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鬼姫吟味書付  作者: あしき わろし
11/12

10 真相

「いや、こいつはたまげた。本当だ」



 場所はかわって、本所にある善八の小料理屋である。

 律はぬるく燗した酒を片手に、餡かけ豆腐を三丁も、たいらげていた。



「佐々木さま、姫さんの言ったことは本当ですぜ。こいつはいける」



 初栄と律にしつこく勧められて、渋々と箸をつけた千冬だったが、



「む――」



 と唸ったきり動かなくなってしまったのを、ふたりが面白がって笑うものだから、また箸をおいて横を向いてしまった。



「で、いったいぜんたい、何だったんでしょうかね」



 いい加減に慣れて来た律が、事件のことを切り出した。



「世が世だからの。盗賊もいろんな手を使うようになったと聞くが、まさか津軽とはの」


「それだ。その津軽ってのは、結局なんなんで?」


「阿片の俗名だ。芥子の実から出る液を、飴状になるまで煮詰めたものが阿片で、少量であれば薬になる。津軽の特産である『一粒金丹』は、これに様々な生薬を混ぜ合わせてつくる」


「姫さんは、何でも知っていますねえ」


「その阿片を専用の煙管につめ、煙草のように火をつけて煙を吸うと、酒など問題にならぬほど酔いがまわって、わけもなく楽しくなり、悩みもすべて忘れ、この世から怖いものがなくなるそうだ」


「なんだか、夢でもみてるような」


「起きながら夢をみることもあるそうだが、じっさいには体を蝕む毒なのだ。しかも一度でも味をしめるや、必ずたちの悪い癖になる。阿片を求めずには生きられず、そのうちに痩せていき、やがて苦しみ死に至る。清国ではこれをめぐり、いくさまで起こったそうだ」



 阿片戦争――。

 この時代より二十年ほど昔におこった、清(中国)とイギリスのあいだに勃発した戦争は、阿片禍に手を焼いた清国政府が、イギリスが持ち込む阿片を取り締まったことに発端があると、こんにちでは誰でも知っている。



「その常習性を、橘屋庄右衛門の一味が利用したのだ。まず商家の若い者に博打をけしかけ、最初はわざと勝たせる――といった手口だろう」


「ふん。惰弱な習いに、手を染めるからだ」



 と、吐き捨てるように言ったのは、すっかりふてくされた千冬だった。

 もちろん、善八へのあてつけでもある。善八は、小さな板場の隅で、さらに小さくなっていた。



「伝一郎が夜遊びから帰り、妙に機嫌がよかったのはその頃だろう。博打に勝たせて阿片を買わせ、最初は少しだけ嗅がせるにとどめ、徐々に量を増やして溺れさせていく。昼まで帰らなかった時には、もう、そこまできていたであろうの」


「ふむ、それで?」


「そのうち金がなくなるが、もう阿片なしではいられなくなる。金を借りてでも欲しがるようになるが、借用するにも限度がある」


「何だか、酒で身を持ち崩す野郎に似てますねえ」


「それどころではない。やがて骨の髄まで阿片にはまりこみ、善悪の分別すらなくなって、どんなことをしても手に入れようという状態にしてから、おぞましい取り引きを持ちかけたのであろう」


「押し込み強盗の片棒を担げ、と――」


「おそらくは、家人の人数や屋敷の間取りを聞き取ったうえで、いったんは家に帰し、寝静まるのを待って、内側から侵入の手引きをさせた――こんなところではないかの」


「ちっ、悪い奴がいたもんで」



 律は酒のはいった茶碗を、ぐいと煽った。



「ついでに、もうひとつ訊いても、よござんすかね」


「ふむ」


「姫さんは、強盗どものヤサは富岡屋から一里から一里半、山谷掘沿いかその近くだ、と言い当てなさった。ありゃあ、どういうカラクリなんですかね?」


「ああ、そこは確率のはなしでの」


「かくりつ?」


「いかに夜とはいえ大勢いては目だつ。残忍なやり口からみても、賊は数人、多くても十人はいくまい。でないと、いたずらに分け前を減らすのみで、二十人からを音もなく葬る浪人を、雇っておく意味がなくなる」


「なるほど。言われてみりゃあ、そうですな」


「さて、そうなると、どうやって三千両を運んだものであろう」


「さあて――たしかに、こいつは厄介だ」



 小判の詰まった千両箱は、いまで言う二十五キロほどに相当する。合計で七十五キロ、仮に分けて運んだとしても、賊が五人であれば、ひとり十五キロ。十人であったとしても七・五キロを持たねばならない計算になるが、



「賊は千両箱ごと奪っている。これは手分けをしたのではなく、まとめて持ち去ったことを意味する。では、千両箱をみっつ、まとめて運んだ手段はなにか。ひと箱に二人つけば持てなくないが、いざというとき身動きがとりにくい。荷車であれば、みっつとも乗せて運ぶこともできようが、町木戸を抜けられまい」



 荷車をひけるような表通りには、町ごとに木戸が設けられおり、夜間は木戸番がついていたので、目にふれず通り抜けることは、まず不可能だろう。



「――舟!」



 そう叫んだのは、むくれていたはずの千冬だった。いつの間にか、話に引き込まれている。



「なるほど、舟ならいっぺんに運べて、自身番も町木戸もねえってわけだ。ムシロでもかけときゃあ、他の舟とすれ違っても、わかりゃしねえしな」


「さよう。であるならば、三千両を運びこむ先は、舟をつけられるか、それにほど近い場所にあるとみてもよいだろう。ただし夜であるうえに、雨も降っていたので、舟足は人が歩くくらいか、もう少し速いところが精一杯だろう。一方で、いかに目だたぬとはいえ、千両箱を舟から揚げるのは、日の出前にすましておくに違いない。凶行がおこなわれたのは、夜八つか八つ半(午前一~二時)以降であろうが――その理由は、親分が詳しかろうの」


「からかっちゃいけません」



 律は頭を掻いた。



「岡場所がひける時刻でさ」


「その時刻までは夜回りも出ようから、賊が押し入ったのは、概ね夜八つ半から、明六つ(午前四時)までのあいだ、ということになる。富岡屋の凶行と、千両箱を舟から揚げるのに、それぞれ半時(約一時間)はかかるであろうから、舟が移動できるのは一里、せいぜいが一里半であろうな」


「薬種問屋が、くさいと思いなさったわけは」


「阿片は、ただ液を煮詰めて火をつけただけでは駄目での。焦がさず煙をたてるには、それなりの知識と経験がいるので、清国には専門の職人までいるときく。唐物(輸入品)をあつかう者なら、異国の知識も得られようし、薬種問屋であれば、実際にためして経験もつめるのではないか」


「白砂糖の件と、昔より商売がうまくいってねえってのは、どう見当をつけられたんで」


「人目につくところで、阿片の煙をたてるわけにもいくまい。締めきった蔵でもあれば、そこを使うだろう。ただ、表向きは商いをつづけねばならんので、そちらにも蔵がいる。薬種問屋があつかうもので、蔵をふたつも使うほど量があるのは砂糖だが、うちひとつを阿片を吸うのに使えるならば、表の商いは以前ほどではない、と言えるだろう。減るとすれば、流通の増えてきた讃岐産や奄美の黒砂糖ではなく、長崎にきていた白砂糖であろうな」



 じつは日本の開国をうけて、二百余年つづいた長崎・出島のオランダ商館も、近ごろ廃止になっていた。時代は、変わってきている。



「なんでもかんでも、ぽんぽん答えちまう姫さんだな」



 もう笑うしかねえや、と律が茶碗を干したとき、板場の隅で小さくなっていた善八が、奇妙なものを小皿にのせて差し出した。



「これは、なんだ?」



 さすがの初栄も首をひねった。

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