プロローグ
あるライトノベル系の文学賞に投稿するにあたり、ほぼ書き上げた時代小説の主要な登場人物4人のうち、2人までを無理やり女性にしてしまうという、我ながら「どうかしていた……」作品ですが、結局のところ1次を通過してくれたのはこの子だけとなります。FC2などにも掲載してました。
むせ返るような血の匂いが、湿気の多い屋敷に立ち込めていた。
暗がりに横たわる死体は、すべて心臓をひと突きにされている。
その傍らに、がっくりと膝をつく若者がいた。
「私は―――なんてことを―――」
ひゅっ―――。
と、部屋の片隅で風を斬る音がした。
刀を振って血を払ったのは浪人風の侍だった。
この凄惨な現場に平然とたたずんで、むしろ、かすかな微笑さえ浮かべている。
死体は店主から奉公人までざっと二十人余。最後のひとりまで物音ひとつたてずに殺された。
すべてこの男の仕業なら、相当な使い手ということになる。
闇のなかを、男が小走りに寄ってきた。
「先生、すべて積み込みましたぜ」
「ふむ―――いかほどであった」
「へへ、ざっと三千両は下りませんよ」
浪人は、うちひしがれる若者に声をかけた。
「聞いたか、おぬしの手柄だ」
「私の―――?」
つぶきながら浪人を見あげる若者の目は、すでに尋常の色ではなかった。
「先生、こいつは―――」
「ふむ。もういかぬか」
浪人は心を動かしたそぶりもなく、
「仕方なかろう」
「あとで口を割られても面倒でさ」
「いかにも―――おい」
そう呼びかけると、
「どれ、早速だが報酬をやろう。おぬしが待ちわびたものだ。はずんでおくぞ」
「お―――おお、おお!」
しかし―――。
若者が這い寄った瞬間、
(ころり―――)
と、その首が落ちた。
「おみごと」
「なに、こんなもの、斬ったうちにも入らんさ」
「いやいや。いつ見ても、ぞっとしまさあ」
浪人はぱちりと刀を鞘におさめた。
首を刎ねたられた胴体から、おびただしい血がほとばしる。
しかしその亡骸は、這いつくばった姿勢のまま動かなかった。
「へっ。野郎、首を刎ねられたことすら気づいちゃいませんぜ」
「ふん」
「見なせえ、いまごろ胴が倒れていきやがら」
だが浪人は、目もくれようとしない。
「どれ、引き上げよう。そろそろ夜が明ける」
「おっと、いけねえ。先生との仕事はこれだから」
と、配下の男は頭をかきながら、
「先生、まだ小雨が降ってますぜ。ついでに傘も失敬していきましょうや」
と、口を歪めて笑った。