観察者
世界が怯えている。
拡大を続けていく自らに怯えているのだ。このままでは、世界は器に収まりきらないほど巨大になってしまう。
世界を収める器。その許容限界を超えてしまっては、世界は存続できない。
だから、小さく剪定し直す必要がある。だが、その役目を担うはずの魔王は管理下に置かれ、世界には干渉することはなくなった。
だから、世界に干渉できる新たなる魔王が必要なのだ。
魔王の存在を以てしてこそ、世界は際限なく拡大する自らを小さく保つことが出来るのだ。
……竜が魔王となるのも、世界の自己防衛かも知れぬな。だが、それを竜たちは逆手に取り、自らの一族を栄えさせた……その結果が、この有様だ。
銀竜シルドラは心の中で呟くと、その巨体を起こした。
竜と、この世界はよく似ている。
留まることなく成長を続け、際限なく大きくなる所も同じだ。唯一、違う点は、世界には成長と止め、そして逆行させる魔王が存在する事。
そして魔王が、必要以上に世界を壊さない為の安全装置たる勇者。
竜には、そんな物はない。成長を逆行させることは出来ず、それが止まるときは竜が死ぬときだ。
だが、自らの意思で死に方や死に場所は選べる。
もう千年以上も生きた。だから、ここが命の使いどころだ。
「盟友よ……我ら竜族と同じ過ちを犯すつもりか?」
銀竜シルドラは呟く。
竜たちは魔王を管理下に置き、自らの種族、その繁栄に利用した。
それを罰するべく、世界は最強の魔王を竜族から生み出し、そして、数多の竜を殺したのだ。
だが、竜たちが魔王を管理下に置いたことで生じた世界の歪み。その全てを解消するには至らなかった。
その歪みが生み出したのが最凶の魔王たる千年魔王である。
「盟友よ……もう、お前には勇者たる力はない。……だから、魔王と化した我は討てぬ」
最凶の魔王。それと同化した勇者は、もはや勇者としての力はない。真なる魔王には対抗できないのだ。
シルドラは、塒である洞窟から出ると空を見上げる。
満天の星空だった。
その星空を見上げ、シルドラは咆吼した。
雷鳴のような咆吼……その声は、近隣の街まで届いただろう。
天をも覆い尽くすほどの巨大な翼を広げシルドラは飛翔した。
……では、世界の剪定作業に取りかかるとしよう。
心の中で呟くと、シルドラは街へと向かう。
魔王としての活動を始めれば、自ずと魔王としての力が自分へと移る。この世界は、そのように仕組まれているのだ。
活動しない魔王より、魔王の如く暴れる竜。人々にとって魔王と認識される存在、それこそが真の魔王となる。
だから暴れよう。そして破壊という名の剪定作業を終えるのだ。
「先に偽りの魔王共々、あの世に送ってやる……我も、遠からず後を追う」
シルドラは呟くと、身体の中に貯めた膨大な魔力、それを火球へと変えて吐き出した。
その一撃で山が消え失せた。
神竜シルドラが乱心した……その知らせが、多くの人々を恐怖と混乱へ陥れるだろう。その恐怖と混乱こそが、魔王という存在を生み出すのだ。
ようやく安全装置が働いてくれた。
私はパソコン画面を眺めつつ大きく息を吐いた。
このまま安全装置が働かなければ、私の造った大事な箱庭は容量の限界を超えて破綻してしまう所だったのだ。
自律した世界をプログラム上で……制作者の干渉は、ごく初期のみ。人々の営みや発展まで内包した完結した世界。
私が造りたかったのは、そのような世界だった。
が、発展が曲者だった。
発展する世界は、限られたリソースを短時間で食い潰してしまう。だから、定期的に世界を小さく剪定してやる必要があった。
世界の制作者であり『神』たる私が直接し剪定する……それも考えはしたが、完結した世界というコンセプトから外れてしまう。だから剪定作業も、私が造った『世界』というプログラムに組み込んだのだ。
その剪定係が魔王である。
当初は正しく機能していた魔王ではあるが、時折暴走し、世界を丸ごと壊しかけてしまう事もあった。
二回目に世界が壊れかけた後、魔王の抗体たる勇者が内部からシステムに介入し魔王を制御下に置いたようだ。
剪定しすぎと言えるほど世界は破壊され尽くしていた。だからリソースも有り余っていたので、そのまま様子を見ていたわけだが、結果、世界は拡張を続けパンク寸前である。
不本意ながら介入を……そう思った矢先に最後の竜が動いてくれた。
「そう言えば、竜には安全装置としての側面を持たせてありましたね……」
その安全装置が暴走してくれたおかげで、一度目の世界崩壊の危機が起こったわけだ。
それを避けるための策として、箱庭の住人に考える力を与えたわけだが、魔王というシステムに介入される結果となった。
「システムに介入した段階で、この世界の仕組みは理解できているのでは?」
助手のA子に言われ、私は苦笑する。
世界の剪定係たる魔王と、魔王が暴走せぬようストッパーとなる勇者。この二役は、システムの介入を受けているため、世界の仕組みは理解できているはずだ。
そしてシステムに介入しているが故に、不老不死とも言える状況にある。世界がシステムが破綻すれば、自分たちが存在できなくなる事も理解しているはずだ。
「理解して、なお世界が滅びても構わない……そう考えているのかも知れませんね。まあ、安全装置も動いてくれたし、このまま観察を続けましょうか」
できれば、箱庭の中の魔王や勇者と話をしてみたいが、そこまでの機能は組み込めなかった。
巣を形成するアリ、その一匹と意思疎通を図るような物で、その機能だけでパソコンのスペックを食い潰してしまう。そして一匹のアリと意思疎通できた所で、アリの巣全体を俯瞰して捉える事はできない。
それに、巣を形成するアリ、一匹一匹に自我に該当する物があるとも思えないのだ。




