箱庭
落雷に撃たれ、シルドラは崩れ落ちるように倒れた。
その全身からは、煙が立ち上っている。そして周囲には、肉の焦げたような臭いが立ちこめる。
崩れ落ちるシルドラを、シャドウは呆然としたように見つめ……そして、リーファに向き直り、跪き頭を垂れる。
「これで良いの?」
リーファの問いに、シャドウは何も言わない……つまり、良いと返答したわけだ。
「想定より、かなり早く魔王様が代替わりしましたね……」
その言葉に、リーファは溜め息を吐く。
「同感……もっと、あの娘に屈辱を味わわせてやりたわよ?」
「勇者殿は、魔王様の半身ですよ?」
シャドウの言葉に、リーファは笑う。
「アタシは、一人で十分。そもそも二人も要らない……正直に言わせて貰うけど、そこまでして、この世界を守る必要なんてあったのかしら?」
剪定されぬ世界が、システムのリソースを食い潰しかけている。
その結果、何が起こるか解らない。
「定期的に破壊されるような世界が正しいとは、私は到底思えません」
千年魔王も、そう思ったのだろう。だから、世界の剪定役を管理下に置き、最小限の剪定に留めた。
その結果が、肥大しシステムの容量、その限界に迫りつつある今の世界だ。このまま、世界がシステムと心中する……それに任せるのが、果たして正しい事なのだろうか?
そう思いつつ、リーファはシルドラに近づく。
シルドラの呼吸は、既に止まっていた。
「結局、アナタは逃げちゃったんだ……」
リーファはシルドラの亡骸に語りかける。
新たな魔王となり、世界を剪定しようと思い立つも、心変わりし逃避のために、あえて敗北した。
イーファやリーファにも、転生の度に記憶の大半を失うため逃げ道はある。だが逃げ道を持たず、転生を続ける自分たちに付き合うシャドウには逃げ道は無い。
「シルドラとは、もっと長い付き合いができると思っていたんですけどね……」
シャドウなりに、シルドラの死を悼んではいるのだろう。
「アタシとしては、シャドウを引き留められる相手が減ったワケだし、それは喜ばしい事だと思っているけど?」
だからリーファは、シャドウの神経を逆撫でするために言ってやった。
シャドウの戦友であり、かつての騎竜でもあったシルドラ。その死を喜ぶような口を利けば、シャドウが何かしらの反応を示す。そう思ってのリーファの発言だったが、シャドウは表情すら変えない。
「では、新たなる勇者殿に、聖剣を届ける手はずを致しましょうか」
「シャドウが直接、届けに行ってあげたら?」
リーファの言葉には応えず、シャドウは影から呼び出した魔物に聖剣を手渡した。
恐らく、シャドウは、この世界と心中する気なのだろう。
千年魔王が、守りたいと願った世界。その形を留めながら、終焉が迎えられる……それならば、シャドウ自身も納得できると。
ならば、リーファもシャドウに付き合うつもりだ。
この世界において、魔王と勇者はシャドウの手駒に過ぎない。
つまり、実質的な魔王……つまり世界の支配者は、シャドウ自身なのだから。
安全装置が、結局、作動しなかった。
正確には、作動した気配はあれど十分機能しなかったと言ったところだろうか?
「さて、どうする?」
メモリーを増設して、世界の拡張に耐えられるようにするか?
そうは思えど、イタチごっこになるのは目に見えている。何より私自身この箱庭には、そこまでの思い入れは無い。
増設するなら、次は改良を加えた新しい世界を作ってみたいのだ。
次の世界は、住人と意思疎通可能な世界を……それをやると、AI人格を一人二人作った段階で容量を食い潰してしまうか。
次の世界の構想を始める……が、恐らく今回と同じ結末になるだろう。
「ドミノ倒しが機能しなくなったんですよね?」
「ドミノ倒し?」
助手のA子に言われ、私は思わず問い返す。
「牌を立てて、巨大なドミノ倒しを作りはしたものの、不具合が起きて途中で止まってしまったって事ですよ?」
小さなドミノ倒しなら綺麗に倒れるが、大きすぎるドミノ倒しは、よほど正確に組まなければ途中で止まってしまう……そう言いたいのだろう。
「言い得て妙ですね……」
言われてみれば、私がパソコンの中に構築した世界は、ドミノ倒しと似たところはある。
世界の住人が拡大させた街を、定期的に壊し縮小する。
勝手に組み上がるドミノを定期的に倒す……それを全自動でやっているようなモノだ。
容量の限界に迫った世界。それをドミノ倒しに例えるのであれば、それこそ巨大なドミノ倒しになるだろう。
全てが綺麗に倒れないと言うのは理解しやすい。
「けど、スタートに近い場所で毎回、ドミノ倒しが止まる……世界の住人が、意図的に止めているのかもしれませんね?」
有り得る話だ。
A子の言葉に私は思う。
食用に育てられている家畜にしても、殺されるのは嫌だろう。
畑の作物にしても、実を実らせる前に刈り取られる葉菜類などは、人間に例えるなら人生これからという段階で刈り取られるのだ。
自我があるなら堪った物では無い。
「容量が限界を迎えた段階で、この世界は終わりとしましょうか……」
失うのは惜しいが、無理をしてまで維持する必要は感じていない。
「終わりにする……すると、このパソコンの中の世界はどうなるんです?」
「ゲームのセーブデータが消えるようなモノですね……この場合、ゲームソフトそのものが丸ごと消えて無くなるのに近いので、全てを失うような物です」
とは言え、データも得られたので、次はもっと長続きする世界が作れるだろう……が、実際に作ってみて思ったが、自分で介入できない世界は眺めていても面白くは無い。
次を作る改良点が見つからない限り、作る事は無いだろう。
「ドミノを並べるのが世界の住人で、並べられたドミノは彼らの家であり街。そのドミノを倒す……つまり街を壊すのが魔王で、その魔王が壊しすぎないようストップをかける役割を勇者に与えたって言ってましたよね?」
その通りだが、どうも勇者が早々に動いてしまい、魔王が世界を剪定する前に倒してしまうのだ。
「AIも嘘を吐いたりインチキをするので、この結果は頷けます……が、なぜか魔王側は、そのインチキをした気配が無いんですよね。不思議です」
「魔王も、パソコンの中の世界の住人ですよね? なら、自分の居る世界を壊したくないのでは?」
その世界を守るための剪定役が、魔王なんですけどねぇ……
私は内心、溜め息を吐く。
近々、パソコンの中の世界は限界を迎える。この世界のために、スペックを全振りしているため、他の用途では使っていない……つまり、この世界を終わらせればハイ・スペックなパソコンが一台増えるわけだ。
「そこまで考えているとは思えませんが……まあ、プログラム上で瓶の中の世界を構築してみましたけど、変化発展は瓶の中の世界とは相性が悪いみたいですね」
「水槽の中で魚が繁殖したら、遠からずパンクしちゃいますよ……弱肉強食の生態系の再現は水槽内じゃ無理ですってば。まして、間引きや剪定を、その水槽内の生き物にやらせるってのは、色んな意味で道義的にどうかと思いますけどね……初心に戻ってAIの開発に戻りましょう?」
そもそも瓶の中の世界は、中に入れたれた魚などの小動物が、寿命を迎えるまで生きてゆけるほど考えられてはいない。
瓶の中で生態系が完結しているように見えるだけの、まやかしの世界だ。
二十世紀末に行われたバイオスフィア2も、中の人間が常に管理を行っている状態ですら生態系の維持は無理だったのだ。
「瓶の中の世界を再現したバイオスフィア2で行われた実験も、結局、生態系の再現には至りませんでしたからね……」
A子が、私の考えを補足してくれる。
その言葉に、私は閃いた。
「バイオスフィアより、私の作った世界は遙かに大きかったわけですが……なるほど。志を持った管理人を置けば、瓶の中の世界を再現できると言う事でしょうかね?」
私が構築した、パソコン内の世界はバイオスフィアより遙かに大きい。その上、当時は意識されす早々に問題化した微生物の酸素消費量……つまり空気の問題は、ほぼ無視できる。そこまで、プログラムでは再現できない……というか、しなかったのだ。
「住人を管理人にした場合、今回の魔王や勇者のように、勝手な行動を取ったりしませんか?」
作られた世界の住人達だけで自己管理できる。それを前提とした場合、管理者によって管理される世界は、私が構築したかった世界とは懸け離れた物となる。
魔王と勇者を用い、世界の刈り取りと、その行き過ぎを止めるための安全装置たる勇者。それは、プログラムによって、無理矢理やらせているような物だ。
反抗できる意思と力があれば反抗してくれるだろう。
ただ、プログラムでしか無い彼らは、私の研究に望まぬ結果をもたらす程度の反抗しかできない。
「なるほど……」
私は呟く。ようやく合点がいったのだ。
あの私が作った箱庭は、彼らには狭すぎた……つまりは、そう言う事なのだ。次に作る世界があっても、そこの住人達には、狭い世界としかならないだろう。
つまり、データ上の世界ですら、私は神に……創造主になれないのだ。
SFはアクセントと言う前提で当初から、この世界観は最初から考えてましたが……空想科学ジャンルに突っ込んでも良さげな内容になってきましたね。




