覚醒
三人称の練習かねて書いてます。
転生とありますが、異世界転生じゃありません。
魔王イーファは、王座から勇者を見下ろす。
勇者の剣を手に、自分を見据え石段を上る少女を、どこか楽しげに見つめる。
少女は勇者であり、名をリーファという。
魔王イーファは、まるでかつての自分を見るように、勇者を愛おしく思うのだ。だが、勇者リーファは、魔王たるイーファに、明確な敵意を向けている。
年は違えど、魔王と勇者はよく似ていた。
勇者は若く少女の姿で、魔王は成熟した女性の姿で、だが、その容姿は本当によく似ていたのだ。
「あたしは……アナタを絶対に許さない!」
魔王イーファは、勇者リーファの言葉に既視感を感じた。そして、その理由に気づき、笑みを漏らす。
勇者は、笑う魔王に向けて不快げな表情を向ける。
そんな勇者の態度など意に介すことなく、魔王は口を開いた。
「ならば、わたしは貴女を許そう」
そう。今ならば、魔王たるイーファには、勇者たるリーファを許す事ができるのだ。
かつてリーファに奪われた、自らの半身とも言える存在を、一時とはいえ奪い返し、そして、これからしばしの間、独占できるのだ。
それを思うと、イーファは楽しみでならない……だけど、少しだけ、心が痛む。
「こんな茶番劇……いつまで続けるつもりなの?」
勇者の言葉に、魔王は考える。
答えは、すぐに出た。
「真に終わりを迎えるまで……さあ始めましょうか。覚悟なさい、これから起こる終わりは仮初めの物。それ故、終わりであると同時に、始まりでもある」
魔王イーファの言葉に、勇者リーファは剣を構える。
悠然と笑うと、魔王は勇者に向かって右手を差し出す。その手が、明るい紫電を帯びた。
そして、魔王と勇者の戦いが始まったのだった。
その記憶は突然、蘇った。
思い出したのは、自らの胸を貫く勇者の剣。そして、その主たる勇者の呆然とした表情。
あの時、自分は……イーファは勇者に討たれたのだ。
記憶は未だ断片的で、全く要領を得ない。
自分が勇者に負ける要素など無かったはずだ。だが実際は負けたのだ。そして、腑に落ちないのは、勇者リーファの浮かべた呆然とした表情……
自分の右手に意識を集中する。手は小さな紫電を帯びるが、かつてほどの力は無いようだ。
仕方ないだろう。自分の体は、まだ十二歳の少女に過ぎない。体の成長にあわせ、力も追々付いてくるだろう。
「転生か……」
かつての自分も、その力がある事は知っていた。例え討たれても、月日を経れば、また、この世に生まれ落ちる事ができるのだ。
だが、よもや、その力を使う事になろうとは。
込み上げるのは、どうしようもない悔しさだった。
闇の王にして、数多の魔物たちの頂点に立つ、魔王イーファが討たれたのだ。そして、勇者リーファが生きている事を、何故かリーファは確信していた。
ならば、するべき事は決まっている。
……それは復讐。
「イーファちゃん……急に立ち止まって何やってるの?」
友人に声を掛けられ、イーファは我に返る。
学窓でもある教会からの帰り道。そこで突然、記憶が蘇ったのだ。
そこで受けた歴史の授業によれば、百年前、イーファは勇者に討たれたらしい。百年ぶりに君臨した魔王であり、それ故、百年魔王などと呼ばれていた。
いや、百年単位で現れる魔王の一人だから、百年魔王と呼ばれ、その百年魔王たちは一様に大した事もできず勇者に討たれていた。かつてのイーファも、ご多分に漏れず……である。
「いや、何でもないよ……」
声を掛けてきた友人に対し、曖昧に笑ってイーファは歩き出した。
この体に生まれ落ちてからの、物心着いてからの記憶はある。断片的で要領を得ないが、魔王としての記憶もある。
そして、魔王たる自分の傍らにいた、腹心にして半身とも呼べる存在の事も思い出した。
イーファは走り出した。
足は速いのだ。喧嘩だって、年上の男の子にも負けた事がなかった……当たり前だろう。イーファは、魔王なのだから。
「イーファちゃん、どこ行くの?」
駆け出したイーファに対し、慌てたように友人が声を掛ける。
「ゴメン、先、帰るね!」
仲の良い友人ではあったが、イーファには優先したい事かあったのだ。
イーファが、この体として生を受け生まれ育ったのは、田舎の小さな村だった。
人口は三百人ほどで、村外れは森になっていた。自宅の前をを素通りし、その森に向かってイーファは駆けていく。
森の奥深くまで入り、イーファは深呼吸して息を整える。そして自分の影に向かって声を掛けた。
「シャドウ……聞こえてたら出て来なさい」
その声に応えるよう、イーファの影から黒衣の男が現れた。
整った容姿の青年ではあるが、身に纏った雰囲気には、どこか老成した物が感じられる。
「お久しぶりです……魔王様」
青年ことシャドウは、恭しくイーファに頭を下げる。
シャドウは魔王の影にして分身。影であるが故に魔王が在り続ける限り滅びる事が無く、影であるが故に魔王と共に滅びる運命にある。
そして影であるが故に魔王に逆らう事ができず、影であるが故に魔王に等しい力を持つ。
現れたシャドウに、イーファは全身の力が抜けた。
嬉しさと安堵だ。かつてと変わらぬ姿に態度。それがイーファを安心させる。
シャドウに抱きつきたい欲求に駆られるが、魔王であるという意識が、それを押し留めた。
そしてイーファは思い出す。
記憶にある、あの戦いの場に、シャドウはいなかったのだ。
「アタシは勇者リーファに負けたのよね?」
「ご安心を。試合には負けましたが、勝負には勝ちました」
イーファには、シャドウの言っている言葉の意味がわからない。
「どういう事?」
「いえ、魔王様を慰める為、適当な事を言ってみただけございます」
イーファは、反射的にシャドウをブン殴っていた。が、殴り倒されても、シャドウは顔色一つ変えもしない。何事もなかったかのように起きあがった。
ずいぶん弱くなっているとは言え、魔王としての力を行使した上で殴ったのだ。だが、シャドウには傷一つついてはいない。
コイツは、こういうヤツだったのだ。『魔王様とシャドウは、常時どつき漫才をやっている』……などと部下たちに言われていた事まで思い出した。
「そもそも、あの戦いの場に、アンタがいなかったのは、どういう事?」
「勇者殿が美人であった為、手が出せませんでした」イーファは再度拳を握るが、それに気づき、シャドウは慌てたのか言葉を続ける。「……というのは冗談で、介入するなとの魔王様の申しつけに従ったまでです」
確かに記憶の中の自分は、あの場にシャドウがいない事に疑問は持っていなかった。
つまり、手出しするなとイーファ自身が言ったのだろう。
だが、シャドウには過保護な所があったはずだ。色々理由をこじつけてでも、あの戦いに介入してきてもおかしくはない……いや、それを見越して釘を刺せば、シャドウの行動も封じる事はできただろう。
全く以てイーファ自身には納得できないが、そう考えるのが妥当なところか。
それに魔王として、かつての記憶と力を取り戻せば、当時の自分の行動も理解できるはずだ。
だが、その前にやっておきたい事が一つ。
「勇者リーファは、生きているわね?」
「魔王様を討った際、その中にあった『永遠』を得たようですので、存命のはずです」
イーファは溜め息をつく。
このシャドウは以前の記憶を、そのまま留めているのに対し、イーファは断片的に留めているだけだ。おかげで、勇者が得たという『永遠』が何か解らないのだ。
名前から察し、恐らく不老長寿の力か何かだろう。
そうイーファは納得した。シャドウに確認を取るのは癪なのだ。それに、知りたかった情報は得られた。
「勇者の居場所は分かる?」
「『永遠』の気配を探れば特定可能です」
ならば良い。
イーファは魔王なのだ。何も正々堂々と戦ってやる必要などない。このシャドウと二人掛かりで挑めば勇者を討つ事もできるだろう。
「先に断っておきますが、私と魔王様の二人掛かりでも、今のところ勇者殿には勝てませんよ?」
そんなイーファの考えを、シャドウは、あっさり打ち壊してくれた。
「勝てないの?」
「勝てませんね……今の勇者殿は、かつての魔王様と同等の力を持ってますので、手も足も出ないかと。かつての魔王様の力を十とした場合、今の魔王様の力は贔屓目に見ても一といった所です」
という事は、シャドウの力を足しても二に満たない。そして勇者の持つ力は十……
もし、勇者がイーファを討つ気になったら、あっさり討たれてしまうだろう。
イーファは大きく溜め息をついた。
「所詮、今度のアタシも百年魔王で終わっちゃうのかなぁ……」
このままの流れで行くと、魔王の座へと君臨する前に討たれてしまいかねない。
学窓で学んだ歴史によれば、前のイーファは八代目の百年魔王だ。このまま魔王の座につければ、九代目の百年魔王となるだろう。
今のイーファを魔王に数えるのであれば、十代前の魔王は、文字通り世界を壊滅寸前まで持っていったのだ。おかげで、それ以前の記録は、ほとんど残されてはいない。
その魔王に関しても、それを討った勇者に関する情報も……である。
ただ、千年ぶりに現れた……千年続いた平和を完膚無きまでに破壊した魔王である為、千年魔王と呼ばれている。
その後に続く魔王は、千年魔王の劣化版としか呼べない魔王たちで、皆、大したことも出来ず勇者に討たれていた。
かつてのイーファも同様で、今のイーファも同様に終わりそうだ。
「魔王様。何も魔王だけが人生ではありません」
魔王たるイーファの腹心中の腹心が何を言ってるのやら……そう思いつつも、シャドウに問う。
「アタシに人間として生きろと?」
ただ、それも悪くはないと思う。
世界を滅ぼそうとか乱そうなんて気は起きないし、誰かを恨んでいるわけでもない。勇者に対しても、一泡吹かせてやれればいい、その程度の考えで別に殺したいとも思っていないのだ。
「そうですね……魔王様が大人になったら私と結婚しましょう」
シャドウは真顔で言った。シャドウは真顔で法螺や冗談が言える男で、イーファは、それをよく知っているはずだった。
けど、顔が熱くなった。
だから殴っていた。振り上げた拳を振り下ろす事で、シャドウを影の中に押し込んだのだ。
「魔王様。一般の方々には、暴力は振るわないでくださいね?」
「分かってるわよっ!」
影の中から話すシャドウに向け、イーファは怒鳴るように言う。
そう、それが分かっているからこそ、今も、そして、かつてもシャドウ以外に本気で力を振るった事はないのだ。




