第九十ニ話 北のアルガスタの支配者
『ゾッ帝の個人的な考察No.8』
ゾッ帝内で流通している通貨について、原作では何も書かれていません。
普通の小説でもそこまで深く書いているものは少数派なので深く切り込むのは止めておきます。
下手に通貨の設定をするよりは適当にぼかしておいた方がいいため、はっきりとした描写をしなかったことは得策でしょう。
作中で買い物をするなどの描写は無いので(ユニフォン編やあとがきを除く)、単に書く機会が無かったのかもしれませんが。
「グラウのヤツ、北アルガスタに向かえと言ったけれど…」
「いったい何を考えておるのか…?」
メノウとショーナ、二人は今、北アルガスタへと向かう列車に乗っていた。
十日ほど前に、グラウの言葉通りに二人は西アルガスタを出たのだ。
既に北アルガスタ領に入っており、もうすぐ目的地である駅に到着するだろう。
北アルガスタ唯一の駅があり、軍閥長の住む街『ゲイム』へと。
「それにしても随分と山が多い地区だな。それに寒いぜ…」
「北じゃからな」
北アルガスタ地区は高い山脈が連なる地区だ。
数十年前は鉱山などがあったらしいが現在は放置されている。
過酷な環境であることもあり、この地区に住む者は今ではほとんどいない。
もっとも大きな街である中心街『ゲイム』も、人口はシェルマウンドなどと比べるとほんのわずかしかいない。
山の各所に小さな村が点在しているものの、それでも人はほとんどいないと言っていいだろう。
「この調子だと雪まで降ってきそうだ」
「山の上には積もっておるみたいじゃな。ほれ」
「あ、本当だ」
遠くに見える山を、列車の窓から指差すメノウ。
山の上に積もった白い雪が、この地の厳しさを物語っていた。
最初は二人とも北アルガスタへと向かうことに難色を示した。
討伐大会の警護というルビナからの依頼を無視することになるのだ、当然のことだろう。
「まぁでも警護の方はジンさんとウェーダーさんが全部引き受けてくれたし、よかったよ」
「それに結局なにも起こらなかったみたいじゃな」
「そうみたいだな」
討伐大会予選の警護はウェーダーとジン、そしてジンの率いる騎士団の有志たちのみで行われた。。
しかし後に聞いた話によると、予選では特になにも起こらなかったらしい。
今回はミサキとヤーツァの乱入を警戒し、特に警備を強化した。
地元の警察はもちろん、ウェーダーの知り合いの賞金稼ぎ達にも何人か声をかけ警備を依頼した。
しかしトラブルは一切なく、予選自体は無事に終了したそうだ。
「…ショーナ、何か変じゃと思わんか」
「大会予選の事か?」
「そうじゃ」
予選に魔王教団が介入してくる、王女であるルビナはそう予想していた。
しかし実際は少し様子が違った。
確かに魔王教団の眷属であるミサキやヤーツァ、シェンといった者達はいた。
そしてメノウ達と交戦した。
しかし、彼らは予選そのものに介入をしたわけでは無い。
「奴らの目的が見えんのじゃ」
「確かにな」
「魔王教団の目的は何じゃ?何を考えておる」
「そんなことわからないよ…」
「それに以前ミサキの言った言葉も気になる…」
ミサキとは今回、南アルガスタ、そして西アルガスタの両方で出会っている。
南アルガスタで会った際、彼女はこういった。
『東アルガスタの予選、荒れるよ』と。
彼女の言う東アルガスタ予選は、北アルガスタ予選の次に行われる。
つまり、もっとも最後に行われる予選だ。
「東アルガスタの予選が荒れる…?どういうことじゃ…」
「ミサキの言葉か?」
以前ミサキの言った言葉がメノウにはどうしても忘れられなかった。
東アルガスタの予選が荒れるということ。
そして…
「(何故ヤツは『ファントム』のことを…?)」
ミサキはメノウが戦士『ファントム』と戦ったということを知っていた。
この事は親友であるショーナも知らない。
メノウだけが知っている事実のはずだった。
彼女の遠い記憶の中に眠る『ファントム』の記憶。
それを呼び起こそうとするも、ところどころ欠落があり思い出すことが出来ない。
霞が掛ったようなおぼろげな記憶が邪魔をしてくる。
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『メノウ…お前はメノウだ!』
『そうか…!ワシは…』
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忘却の彼方にあった過去の記憶。
かつて出会った『ファントム』との記憶…
「ファントム…」
「え?」
「あ、いや、なんでもない…」
「そうか」
「それよりショーナ、確か東アルガスタ予選は最後の予選だったか?」
「ああ。南、西、北、そして最後が東だ」
「最後が荒れるとは…?」
ここに来てメノウはあることに気が付いた。
全ての予選に魔王教団が介入してくる、そういった前提そのものが間違っているのではないかということに。
同じことはショーナも考えていた。
南、西、北の予選は全て囮。
東アルガスタ予選と本戦、そちらが本命なのではないかということに…
「東アルガスタは東方大陸からの移民が多い地区…」
「ミサキも東洋出身と聞いたぞぃ」
「わからねえ。単に東アルガスタ予選が本命ってことなのか?」
「…今はその可能性も考えておいた方がよいじゃろう」
「東アルガスタ予選とガランの本戦…警戒すべきはそこか…?」
だからと言って、北アルガスタの予選の警備を蔑ろにする訳にはいかない。
それを推理するだけの満足な資料も無い今、自分たちの勝手な考えでそう決めつけるのはよくないことだ。
とりあえず今は、その可能性も考慮しつつ、予選の警備をする。
そしてグラウの言った、北アルガスタにいるという人物に合うことだ。
「いったいこの北アルガスタで誰に合えと…?」
「メノウ、北アルガスタに誰か知り合いとかいないのか」
「いや、誰もおらん。心当たりも無いぞぃ」
「俺も北アルガスタに知り合いなんていないしなぁ」
いったい誰に会えと言うのか、それを考えているうちに列車は北アルガスタの駅へと到着した。
北アルガスタは厳しい環境ゆえにあまり人も住んでいない地区。
他の地区に比べ、駅にも人はまばらだった。
そもそも駅自体が随分と古い作りだった。
古びたレンガで作られた、レトロ風の建築物といった感じだ。
「他の地区の十分の一くらいしか人がいないな」
「駅も小さいのう」
三回目の予選はこの北アルガスタで行われる。
しかしその割には人はあまりいなかった。
今まで予選が行われた南と西アルガスタはそれなりに人がいたのだが。
「ショーナ、ワシはアゲートを降ろしてくる。待っててくれ」
「ああ、わかったよ」
「荷物の方は頼むぞぃ」
アゲートを馬用の貨車から降ろすメノウ。
荷物を持ったショーナと共に二人は駅を出た。
北アルガスタというだけあり、他の地区よりも若干肌寒く感じた。
列車内で聞いた話によると、本格的な冬にはこの町一帯が雪に閉ざされてしまうらしい。
「ここが北アルガスタでもっとも栄えてる町って聞いたけど…」
「あまりそうは見えんのう…」
駅前のベンチに腰掛け、一休みするショーナ。
アゲートに持ってきた草を食べさせるメノウ。
できればどこか適当な背に入り休みたかったがそうもいかなかった。
「食い物屋や休憩できる店もない」
「裏道に回ればあるかもしれないが探すのも面倒じゃな」
薄汚れ、古びたコンクリートでできた建物が並ぶメインストリート。
足元のアスファルトはひび割れ、整備自体碌にされていないようだ。
三階建て以上の建物は見当たらず、やはり駅内と同じく人はほとんどいない。
昼間だというのに人通りも激しくは無い。
お世辞でもあまり栄えているようにも見えなかった。
「メノウ、確かグラウから預かったメモがあったよな」
「持っておるぞ」
懐から一枚の紙を取り出すメノウ。
そこにはこの北アルガスタの住所らしきものが書かれていた。
「わかるか、ショーナ?」
「分からないな。だれかこの町の人に聞いてみるか…」
そう言いう二人の前に突然、一台の馬車が止まった。
今時珍しい乗り物に思わず目を丸くする二人。
その馬車から降りてきたのは、一人の老人。
どこか品のある、スーツを纏った白髪の小柄の男性だった。
「南アルガスタ四重臣のショーナ様…ですね?」
「は、はい。そうですけど」
「私はこの北アルガスタの軍閥長に仕える者。お迎えに上がりました」
「…ワシとショーナが北アルガスタに来ると何故知っている?」
「軍閥長は『上から連絡があった』と…」
「そういえばショーナがルビナに連絡していたのぅ」
「ああ。西アルガスタを出るときにルビナ姫に連絡したっけ」
北アルガスタの軍閥長は、恐らくそれを通じてメノウとショーナがこの地を訪れることを知ったのだろう。
列車の運行時間を調べれば、時間ぴったりに迎えを寄越すことなどたやすいことだ。
「お二人を軍閥長の下へと案内いたします。馬車の方へどうぞ」
「申し訳ないが、ワシは自分の馬を連れてきているのじゃが…」
「部下に運ばせましょうか?」
「いや、ワシが乗って行く」
この老人から敵意は一切感じられない。
嘘を言っているようにも見えない。
初めて訪れた町でいきなりのことだったため少々警戒していたが、少なくともこの老人は敵では無いようだ。
彼の言葉に甘え、ショーナは馬車に乗り込んだ。
メノウはアゲートに乗り、その馬車の後について走っていった。
ネイノ 性別:男 歳:74
北アルガスタの軍閥長に仕える老人。
メノウ達を案内するという命を受けている。