第七十九話 伝えたかった言葉
今回の話は短めです。
「め、メノウ!話があるんだ…」
最初はメノウのことを単なる仲間、友達だと思っていた。
しかし、彼女と南アルガスタで別れたあの日、そうではないと気付いた。
そしてそれから数年間、再開するまでずっと彼女のことを想い続けた。
友達としてでは無くい、もっと別の存在として彼女のことを…
「ワシも話したいことが…」
「あっ」
「あっ」
メノウも何やら話したいことがあったようだ。
二人の声が被ってしまい、少しきまずい空気になってしまった。
赤めた顔を少し逸らし、照れくさそうにメノウが言った。
「…川で水浴びしてくる」
そう言ってさっさとその場を去ろうとするメノウ。
ショーナがそれを止めようと言葉を荒げる。
「ま、待ってくれ。今すぐに…」
「ならばお主も一緒に来い、ショーナ」
「えっ…」
ショーナの手を引きながら、川へと向かうメノウ。
キャンプ地から少し離れた場所にある川へ、彼を導く。
川の水面を昇る朝日が輝かせる。
ショーナに対し、川を背に立つメノウが言った。
「一緒に入るか?」
「あ…いいよ」
「ほう」
腰布とさらしを脱ぎながらメノウが言った。
さっさとそれらを脱ぎ捨てると、近くの平らな岩の上に置いた。
一糸纏わぬ姿となった彼女の髪が風に靡いた。
「風が気持ちいいのぅ~」
「…あ、ああ。そうだな」
「なんじゃ、ワシの裸でも見れて嬉しいか?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
「ハハァ…」
誰もいない川に乾いた笑いが響き渡る。
その後しばらくの沈黙が二人を包む。
少し時間が経った後、ショーナが再び切り出した。
「め、メノウから話していいぜ。なんか話したいことあったんだろ?」
「いいのか?」
「あぁ、いいよ」
本当は一刻も早く彼女に本当の気持ちを伝えたかった。
しかしここに来て一瞬躊躇した。
自身の話を先送りにしてしまったのだ。
少し深めの川に身を浮かべながら、メノウが語りだした。
「…ショーナは何故、ワシがこの森にいたと思う?」
「俺と初めて会った時か?」
「そうじゃ」
初めて出会ったとき、彼女は禁断の森の奥、ラウル古代遺跡にいた。
ショーナはメノウのことをラウル古代遺跡の番人、あるいは神官のようなものと考えていた。
しかし、後の旅の経緯などを考えるとどうやらそれは違うようだ。
もしそのような存在であるならば、旅になど出ないだろう。
メノウが何故、禁断の森にいたのか。
今までショーナはそのことについて深く考えることは無かった。
改めて指摘されると、確かに不思議なことだ。
「…わからない」
「今から全てを話す。いつかお主には話さないといけないとは思っていた」
「…一体なにを」
「これから話すことは冗談でもなんでも無い。それをわかってほしい」
「わかった」
いつになく真剣な表情をする彼女に圧倒されるショーナ。
しかし身体は川にぷかぷかと浮いたまま。
そのギャップが少し可笑しくもあった。
「ワシはこの時代の人間では無い。数千年前、ラウル古代遺跡に封印された存在じゃ」
数千年前、この地に存在していたラウル帝国に起きた戦乱。
帝国が滅亡し、領地が森へと変わってもメノウだけはこの地に残り続けた。
ドラゴンの四肢とその魂、血をその身に宿す彼女は不老不死にも近い存在となっていた。
死ぬことも出来ず、遺跡となったラウルに引きこもり続けたのだった。
「数百年ほどはこの禁断の森にいたが、いろいろあってな。その後はワシ自身をこの地に封印したのじゃ」
数千年間、遺跡で眠り続けたメノウ。
理由は分からないが、封印が解け彼女は目覚めた。
そしてショーナと出会った。
「ワシの持つこの異常なまでの強大な力、これはこの身体に宿るドラゴンの力そのものなのじゃ」
「…俺はてっきりメノウは異能者だと思っていたが」
「まぁ、『人間』ではないのぅ…」
かつて東アルガスタでの旅の果てにカツミに語ったメノウの真実。
滅多に話さぬことだが、ショーナにも本当のことを知ってほしかったていう気持ちがメノウにはあった。
本当ならばもっと早く伝えたかった。
数年前の南アルガスタの旅の時点で話すべきだったのかもしれない。
「…まぁ、たとえ何だろうとお前はお前。メノウはメノウだよ」
「そう言ってくれるか」
「当たり前だろ」
「ショーナ…」
頬を赤らめ嬉しそうな表情を見せるメノウ。
川の水面から顔を出す、平らな石の上へと腰をかけた。
続いて彼女はショーナに言った。
「と、ところでお主も言いたいことがあったのではないか?」
「あ、ああ…」
彼がメノウに言いたかったこと。
その心に秘めた本当の気持ちを彼女へと伝える言葉。
勇気を出し、その言葉をメノウに送る。
「メノウ、実は俺…」
「あ…」
「お前のこと…その…さ」
「…」
「すッ…!」
そこまで言いかけたショーナ。
しかしその言葉はそこで途切れた。
彼の顔面にメノウの投げた川魚が激突したからだった。
「前が…見えねぇ…」
「ははは、お主が真面目なことを言おうとするなど数百年はやいわ」
「め~の~う~…」
「イワナでも食ってろ!今日の朝食じゃ」
「テントに戻るからな!これ調理しておくぞ」
「美味くしておけよ」
「ああ、わかったよ!」
「ははは…」
笑い飛ばしながらそう言うメノウ。
真面目な話を茶化されたショーナは怒ってテントの方へと戻って行ってしまった。
その場に一人残されたメノウ。
川から上がり、腰布を巻きながら一人呟いた。
「ショーナもワシに悲しい思いをさせようというのか…
ダメなんじゃよ。それは…」
先ほどまでとは打って変わり、哀しみの顔を川の水面にうつしながらメノウが言った…