第七十八話 小さな灰色の少女、再び!
今のメノウ達は禁断の森の奥の方にいます。
川の近くに少し開けた場所があるのでそこにキャンプを張っています。
「なにを考えているんじゃ…全く…」
怒りながらキャンプ地に戻ってきたメノウ。
川で少し冷えたのか、真っ先にたき火の火にあたった。
片手にいつものローブとベールを持ち、服の代わりに腰布と上にはサラシを巻いている。
ついでに洗濯でもしてきたのだろうか。
「のぞこうとでもしたのか、バカめ」
「うるせー、誰がのぞくかよ!脅かそうとしただけだ」
「それはそれでダメじゃ」
火にあたった後、服などをロープに干しながら先ほど魔法でボロボロにしたカイトにそう言うメノウ。
今の彼女は、いつも身に纏っているローブとベールを外した状態。
腰布とサラシという、あまり普段は見ぬ恰好に少し妙な感覚を覚えるショーナ。
「なんかいつもと違う格好だとなんか変な感じだなぁ」
「そうかのう」
「胸も無いのにサラシなんか巻くなよ、誰も興味ないぞ」
「ッ…!」
口を開ければ、必ず誰かを刺激する男カイト。
わざとなのか天然なのかはわからないが、ある意味そちら方面に対しては究極の才能を持っていると言える。
全く役には立たぬ才能だが。
しかし、普段は怒りを見せぬメノウをここまで怒らせるのは狙ってできることではないだろう。
行動、言動、その全てが噛み合い周囲の人物をイラつかせるのだ。
「そ、そう言えばカイトは何で俺達について来たんだ?」
メノウの怒りを逸らすため、あえて全く関係の無い話を切り出すショーナ。
実は以前から彼に尋ねようと思っていたのだが、ここまでそのタイミングを逃し続けていたのだ。
これを機にその理由をきいてみるのも悪くは無い。
「そう言えばそうじゃな。カイト、お前さんの性格なら一か月あればその間ずっと休んでそうじゃが」
メノウも先ほどまでの怒りを抑え、ショーナの話に同調した。
どうやら彼の考えはうまくいったらしい。
「ああ、その話か…」
いつものふざけた態度から一転、妙に落ち着いた雰囲気になるカイト。
背負った斜め掛けの鞘から一本の剣を取り出し、それを二人に見せた。
「今から三年ほど前、この森で俺は『ある女』と出会ったんだ」
「その剣は…」
「ソイツから譲り受けたものだ」
カイトの出会った『その女』は不思議な雰囲気を纏っていたという。
森の中にもかかわらず、場に似合わぬ格好をしていた。
女は髪が雪の様に白いミディアムヘアで肩に髪がかかるくらい。
整った目鼻立ちで、瞳は吸い込まれそうなサファイアブルー。
耳に蒼い滴の形をした透明なクリスタルのピアスを付けて、風でピアスが小さく揺れていた。
服は長袖の青コットンのロリータクラシックドレス。
「今でもはっきりと思い出せるよ」
川に流され、滝に放り出されたところを彼女に助けられたという。
当時はまだ子供だったため、カイトは彼女に辛く当たってしまったこともあった。
結局、その時の礼や謝罪もできぬままに別れることになったらしい。
「お前たちがこの禁断の森に行くと聞いて、もしかしたらソイツに会えるかもしれない。そう思ったんだよ…」
「…その女の名はなんというのじゃ?」
「名前は『ディーネ』、どこか不思議なヤツだった」
「(ディーネ…!)」
「けどやっぱりそう簡単には会えなかった、あれから何度かここに来たんだけどな」
ディーネと別れた後、何度も彼はこの禁断の森に足を運んだらしい。
普段は国の監視下にあり、入ることはできない。
そのためこっそりと侵入していたようだ。
しかし、何度来ても彼女に会うことはできなかった。
「今回こそはもしかしたらって思ったんだが」
「そ、そうか。何かいろいろあったみたいじゃな」
「ああ、まぁいろいろとな」
「すまんな、さっきはワシが悪かった。もう寝るわ」
「何だよ突然。わかればいいんだよ、わかれば。じゃあおやすみ」
「おやすみん」
そう言ってテントの中に入って行くメノウ。
カイトも別のテントへと入って行った。
今夜はショーナがたき火の番をする番だ。
あらかじめ集めておいた薪を火にくべていった…
「…はぁ」
眠気を殺したき火を見つめるショーナ。
数十分、一時間、二時間。
段々と時間が経過していく。
何か起こるわけでもなく、淡々と時間は過ぎて行った。
メノウとカイトは完全に寝てしまったようだ。
「そういえば、あの日もこんな感じだったなぁ…」
ふと彼は、昔のことを思い出した。
それは初めてメノウと出会ったあの日から少し経った日のこと。
当時敵対していたミーナがメノウと戦ったあの日の夜だった。
「俺はあの時から何か変われたのか…?」
あの時のショーナは、生まれた村を捨てて一人で旅をしていた。
孤独は慣れていた、少なくとも彼はそう思っていた。
しかしあの日、メノウがいなかっただけでふと不安な思いに駆られた。
たった一日、メノウと顔を合せなかっただけで。
「アイツに守られるだけじゃない、守る『俺』になりたい。そう思っていたのに…」
少なくとも今のショーナは『メノウに守られている』存在。
彼女を守ることなどできはしない。
ショーナにとってメノウは単なる仲間。
友達だと思っていた。
いや、彼女が南アルガスタを去ったあの日からそう思い込もうとしていた。
そう思い続け、メノウに心を寄せぬようにしていた。
しかし、数年ぶりに彼女と再会しその考えも揺らぎ始めた。
「メノウ…」
彼女に今の自分の想いを伝えるべきか否か。
この長い夜の中に、その答えを見出そうとするショーナ。
と、その時…
「ん…?」
妙な気配を感じるショーナ。
動物では無い、殺気も何も持たぬ者の気配だ。
魔王教団の刺客でもなさそうだ。
「誰かいるのか?」
「ああ、ここにいる」
ショーナの呼び声に合わせるように、木の影から一人の少女が現れた。
それは灰色の少女『グラウ・メートヒェン』だった。
ショーナは知らないが、少し前まで彼女は東アルガスタの海上にいた。
この南アルガスタの禁断の森から東アルガスタの法輝火嶺諸島付近までは、直線距離にして数千km以上ある。
それだけの距離を、彼女は理由は不明だがショートカットして見せたのだ。
「お前は誰だ…?」
「本名は名乗れない。グラウとでも呼んでくれ」
そう言ってテントの方に視線を移す灰色の少女グラウ。
なにやら訳ありのようらしく、それ以上の詮索はやめておくことにした。
「少なくとも敵では無いみたいだな、それくらいはわかるよ」
「…そうか」
「カイトとメノウ、起こそうか?」
「いや、寝かせておいて欲しい」
「じ、じゃあなんか食うか?南アルガスタ軍から貰った軍用の保存食くらいしか無いけど」
食料袋からイワナの酢漬けの缶詰とチョコレートを取り出し、グラウにわたすショーナ。
布で顔は隠れているが、少し嬉しそうな仕草をした後、彼女はそれを受け取った。
たき火を中心に、ショーナの対面に座るグラウ。
「ありがとう。イワナとチョコレートか、久しぶりに食べるよ」
「まぁ、こんなご時世だしな、チョコなんて高級品、中々食えねぇよ」
「軍の嗜好品だけに甘みも強いな、小さな子供が食べたら喜びそうだ…」
「まぁな」
そう言いながらチョコレートを口に運ぶグラウ。
缶詰を開け、酢漬けも同じように食べていく。
少し時間が経ち、一段落がついたところで、ショーナが話を本題に移した。
「で、アンタは何をしに来たんだ」
「魔王教団に動きがあってな。それを伝えに来た」
それを聞き、それまでの態度から一変、険しい表情になるショーナ。
以前メノウの言っていた謎の組織、魔王教団。
その情報を彼女は伝えに来たというのだ。
「シェンという男に気を付けろ、そしてハンターにもな」
「どういう意味だ?」
「彼女に伝えればわかるだろう」
そう言ってテントの方へと再び視線を移すグラウ。
メノウならばこの意味が分かるということか。
先ほどショーナから貰った缶詰とチョコを食べながら、彼女はさらに話を続ける。
「人斬りのミサキも奴らの仲間だ…」
「以前シェルマウンドでメノウと戦ったやつか」
「そうだ。そして最後に一つ。敵は『魔王教団』だけでは無い」
「どういうことだ?」
意味深な言葉を呟くグラウ。
気が付くと既に日が昇り始めていた。
山の間から太陽が昇り始めている。
「魔王教団と結託する『もう一つの勢力』がある」
「な、なんだよそれ!そんなの聞いてないぞ!」
「…私にもまだ全容は分からない」
「けど…それは確実に存在しているのか」
「そうでなければいくら魔王教団と言えど、この国の中でここまで自由には動けない…」
缶詰とチョコのビニールの包みをその場に置き、立ち上がるグラウ。
一陣の風が吹き抜け、彼女が身に纏っている布がマントのように靡く。
「もう行くことにするよ」
「え…!?」
「先ほどの伝言を彼女に伝えてくれ、必ずだ」
「ちょ、待てよ!」
「そう遠くない未来、再び会うことになる。それまでしばしの別れだ」
「えッ…」
「魔王教団には気をつけよう!じゃあな!」
マントを翻すグラウ。
たった一瞬、その刹那にこの場から彼女は姿を消した。
「グラウ、ヤツは一体何者なんだ…」
あまりにも唐突な出来事に、ショーナは目の前で起こった一連の出来事が、現実なのかが分からなくなってきた。
しかし、たき火の前に置かれた酢漬けの空き缶と包装紙がそれを現実であると証明している。
謎の少女グラウ、彼女はいったい何者なのか…?
と、そこへ…
「お主も気になるか、ショーナ?」
「メノウ!?起きていたのか」
テントの中から顔を出すメノウ。
どうやら先ほどの会話を聞いていたらしい。
ローブとベールは干している途中であるため、今の彼女はそれを身に纏ってはいない。
腰布と、緩めたサラシのみというラフな格好をしていた。
「何者かの気配がしたから起きてみたら…」
グラウも気配を可能な限り消していたらしく、メノウも会話の途中でようやく眠りから覚めたらしい。
途中からではあるが、ショーナとグラウの会話は聞いていたという。
「あやつと出会うのはこれで二度目じゃ」
「二度目?」
「北アルガスタで一度な…」
その時は単に姿を見せただけで会話はしなかった。
しかし彼女が敵では無いことは分かる。
メノウを助け、魔王教団の情報をショーナに提供した。
そして先ほどの会話の際に、彼女が見せた自然な仕草。
どこか不思議な気配の中に親しみと優しさを隠し持っている。
確証はないがそんな気がしたのだ。
「いや、もっと前に…?」
「前?」
「な、何でもない…気のせいじゃな…」
そう言いつつ、汲んでおいた水で顔を洗うメノウ。
昇った朝日がその水面を輝かせる。
早朝の森の中、辺りは静寂に包まれている。
今なら邪魔をする者はいない。
「め、メノウ!話があるんだ…」




