第七十七話 水浴びメノウ
東アルガスタの『法輝火嶺諸島』で行われていたサルベージ作業。
それはかつて大羽の造りだした人造ハンターの技術を回収するための物だった。
灰色の少女、グラウがそれを妨害にかかるも意外なる伏兵にそれを防がれてしまった。
「逃げちゃったかぁ…」
再起不能の状態だったところを魔王教団に救われ、復活した元四聖獣士の少年シェン。
頭を軽く摩りながら、先ほどの灰色の少女がどこへ消えたかを探すため軽く辺りを見回す。
しかしどこにもその気配は無かった。
「妙な術を使うみたいだね」
どうやら彼女は既にこの船から脱出していたようだ。
先ほどの閃光弾の炸裂に紛れ逃げたのだろう。
しかし確かに思いがけぬ妨害ではあったが、直接的な被害があったわけでは無い。
作業員たちに引き続き作業を続けるようにシェンが指示を出す。
「作業を続けろ!」
「わかりました」
その後、一旦船内へと戻り通信室へと向かうシェン。
灰色の少女の存在を他の魔王教団のメンバーに連絡するためだ。
あらかじめ搭載しておいた軍用の通信機を使い、魔王教団の仮本部へと通信を入れる。
「あー、今誰かいるー?」
『うん、いるよ』
「なんだ『アルア』ちゃんか、元気ないねー?」
『別にいつも通りなんだけど』
通信に応対したのはダウナー気味の雰囲気の少女だった。
アルアと呼ばれたその少女は、暗く淡々とした声で話を続けた。
『何で通信を入れたの?『アレ』を回収してたんじゃないの』
「いや~なんか変なのに妨害されちゃって…」
『私、アナタのこと嫌いなの。話したくもないくらい』
そうシェンに言い放つアルア。
彼女は紋様で強化された人間では無く、純粋な魔族の一員。
以前メノウと出会ったアリスと同類というわけだ。
そのため内心では紋様を持つシェンを見下しているのだが…
「そんなこと言わないでよ、僕はキミのこと好きだよ」
どうもシェンが相手だと本調子になれないようだ。
彼の性格がとっつきにくいだけなのかもしれないが。
『それ、アリスやアスカにも言ってたでしょ』
「みんな好きなんだよ」
『ふーん』
「それでさ、できれば援軍よこしてほしいんだけど。また来るだろうしさ」
『わかった。何人かそっちに向かわせるから』
「ありがとう、助かるよ」
『その代わり、頼みたいことがあるんだけど』
「ん、なになに?」
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メノウによる禁断の森での修行を続けるショーナ。
そしてそれにこっそりとついて来たカイト。
既に修業は二週間目に入っていた。
日が暮れかけ、本日の特訓も終わりに近づいていた。
「投げるぞーショーナー!」
「ああ、頼む!」
「これが終わったら今日の修行は終わりじゃー」
直径30cm、長さ2mほどの丸太をショーナに投げ続けるメノウ。
一本だけでは無い、何本も間髪入れず連続して投げていく。
直撃すれば骨折は免れないだろう。
「けっ、あんな特訓何の意味があるんだよ」
一方、もいできたリップルの果実を食べながらそれを横目に見るカイト。
ついて来たのはいいものの、3日目で特訓について行けずダウン。
以降はただ見学するのみとなっていた。
しかしそれも無理はない。
メノウの提示した特訓方法はどれも常識を超えた滅茶苦茶なものばかり。
一歩間違えば致死レベルの傷を負いかねないものもあった。
それによって怪我をしても、治癒魔法で回復させ無理矢理修行を続けさせるというのだ。
ショーナがそれについていけているのが奇跡に近く、常人ならば1日でダウンしてしまうだろう。
むしろ3日持ったカイトですら凄いと言えるほどだ。
「あんなの続けたらいつか死ぬぞ、バカみたいだ」
「バカでいいよ!死なねぇからな」
メノウの投げつけた丸太を蹴り飛ばすショーナ。
さらに別の一本は衝撃波ではね飛ばし、別の丸太を真空波で切り裂く。
これらの技は、かつてメノウが西アルガスタで出会った少女カツミが使用していたもののコピー技。
ある程度コツを掴めば比較的簡単に会得でき、威力も高い。
ショーナがこの数年の間に東洋武術を学んでいたため、基礎的な部分が既にできていたからこそできた技だ。
「ウォーターボール!」
そして次に飛んできたものをウォーターボールのジャンボシャボン玉で同時に防ぐ。
ウォーターボールのジャンボシャボン玉は子供でも比較的に簡単に習得できるもっとも基礎的な魔法の一つ。
これもメノウと別れた後、彼が自力で身に着けた魔法の一つだ。
子供が使う程度の魔法であるが、ショーナはさらにこの魔法に工夫を加えている。
「割れたジャンボシャボン玉の破片が硬質化し、攻撃者に襲い掛かる!」
「おお、丸太が粉々になった」
基本的に防御にしか使えぬ魔法であるウォーターボールを攻撃に転用させている。
ジャンボシャボン玉に特殊な魔法を同時に仕組むことにより、攻防一体の技と化している。
彼のオリジナル魔法ではなく、ある程度魔法を使い慣れた物ならば誰でも使える。
しかし、ショーナの年齢で使える者はなかなかいないだろう。
「よーし、そろそろ終わるか」
「ありがとう、メノウ」
「気にするな、お前さんには強くなってもらわんと困るからな」
彼には何としても予選を突破してもらわなければならない。
それくらいの力が無ければ、大会に乱入してきた魔王教団のメンバーと戦うことは不可能だろう。
「終わったか!二人とも!」
「ああ。少し休んだら食事にしよう」
嬉しそうな声を上げるカイト、そしてそれを鼻と喉を鳴らして笑うメノウ。
軽く休んだ後、森で採取した食料ともらった保存食で今夜の食事を作ることに。
干し肉と野草とキノコで作ったスープ、固パン、リップルのグラッセ。
全て現地調達の材料と保存食で作った物だが、品ぞろえはなかなかのものだ。
「酒は今は飲むわけにはいかんからな…」
グラッセに使用した酒の瓶をしまいながらメノウが呟いた。
魚を釣って酒蒸しというのも考えたが、甘いものを食べたくなったためこちらに変更したらしい。
「やっと食えるぜ。お前は魔法で調理とかできないのかよ?」
「そんなことはできん。逆に聞くがカイト、お前さんはできるのか」
「できねぇよ!そんなこと考えればわかるだろ」
「なんじゃと」
「はいはい、二人とも落ち着けって」
険悪なムードになったメノウとカイトの二人を仲裁するショーナ。
確かにこのまま言い争っていても意味は無い。
そのまま食事をすることに。
「ここに来る前はメノウが料理上手なんて知らなかったな」
「ショーナ、お主と一緒に旅した時は殆ど店で買った物で済ましていたからのう」
「最近覚えたのか?」
「デザートはそうじゃな」
メノウがリップルのグラッセを片手に言った。
北アルガスタでの生活に余裕が出来た際に、調理本を読んで研究したらしい。
「メノウってなんでもできるんだなぁ」
「へへへ、もっと褒めろ!」
「こんな料理なら、俺は毎にちぃ…」
「このキノコうめぇ!」
二人の会話を遮るように、カイトは木のスプーンを忙しなく動かして、キノコスープを口に運ぶ。
勢いよくキノコスープを口に運んだため、飲み込んだ後に具を喉を詰まらせ咽る。
「げふっ」
「うるさい!ちょっと黙ってろ」
「ゲフッ!」
メノウがカイトの背中に手刀を喰らわせた。
おかげで喉を詰まらせていた原因であるキノコが彼の口から飛び出した。
一応助けてくれたとはいえ、明らかに悪意のある方法に、カイトは怒りを隠せない。
「おい!何やってるんだよ!バカかお前!」
「助けてやったじゃろう?」
「うるせぇ!」
「それは己じゃ!喰らえ!」
そう言いながら料理に使ったリップルの皮の絞り汁をカイトの眼にかけるメノウ。
悶えながら眼を抑えるカイトを横目に喉で笑う。
「うわぁ~!眼がぁ~」
「リップルはすごく沁みるんじゃ。川行ってくる」
いつの間にか自分の分の料理を完食していたらしく、彼女はその場を去って行った。
近くの川で水浴びでもする気なのだろう。
珍しくメノウの怒り顔を見たショーナはそれを止めることが出来なかった。
「眼がぁ~」
「だ、大丈夫か?」
「くっそ~覚えてろよアイツ!いつか仕返ししてやるからな!」
「やめとけよ、そんなこと」
「アイツ川へ行くって言ってたな…」
そう言ってその場からゆっくりと立ち上がるカイト。
物音を立てぬように、メノウの向かった川の方へと歩いて行く。
「覗きでもする気かよ!?」
「ハァ?あんなの覗く価値もねぇよ。ちょっとおどかしてきてやるぜ」
数分後、メノウの魔法でボロボロにされたカイトが戻ってきた。
フラフラとした足取りで木の幹に寄りかかった。
「あのクソ女…」
「ハハァ」
「ちょっとかわいいかと思ったら性格悪いんだぜ。あれならミサの方がマシだ」
「そんなこと言っちゃダメだろ!」
ショーナが怒りながら叫んだ。
最初は驚くカイトだったが、それを見てあることを察したようだ。
「お前、ひょっとしてあいつのことが好…」
「り、リップル!」
「アーッ!また眼に汁がぁ!?」
「だ、黙ってろよ…!」
小さな灰色の少女 グラウ・メートヒェン
性別:女 歳:?
恰好:全身に灰色の布を纏っている
武器:天生牙
不思議な力と技を使う、神出鬼没の少女。
シェンの推測によると、グラウ・メートヒェンという名は偽名らしい。