第七十六話 大羽の遺産 ハンター・サルベージ!
大会開始までの約一か月、メノウはショーナに修行を付けることとなった。
場所はかつて二人が初めて出会った場所、『禁断の森』だ。
普段は南アルガスタ軍により閉鎖されているものの、今回だけは特別に入れることになった。
「着いたぜ、英雄さんよ」
「ありがとうな、テリー」
「ありがとうございます、テリー中佐」
禁断の森付近の軍の駐屯地にて、軍用トラックから降りながらメノウとショーナが言った。
二人が話しているのは、『テリー・ヤークィ』中佐。
かつて南アルガスタ陸軍の中佐として戦い、反乱を起こした男だ。
黒騎士ガイヤと交戦するも、その剣技で一蹴されていたが…
「俺たち軍は大々的には動けないからな、お前たちにできることはこれくらいしか無いんだ」
「いえ、これだけしていただければ十分です」
「ああ、食料もたくさんもらえたしのぅ」
テリーの直属の部隊がこの付近で演習を行う予定があったため、それに便乗してこの地まで運んでもらったというわけだ。
そのため、僅か三日でシェルマウンドからこの地へ来ることが出来た。
途中で空軍の飛行機を利用できたこともこれほどの時間短縮につながったと言える。
「それにしても、何故この場所で修行を?」
「まぁ、いろいろあるのじゃよ」
「いろいろ…ねぇ…」
テリーの問い掛けを軽く流しながら、彼から貰った食料をトラックの荷台から降ろしていくメノウ達。
干し肉や瓶詰、その他諸々が数日分となる。
当然それだけでは一か月分には到底足りないため、残りは現地調達ということになる。
「ほれ、ショーナ」
「瓶詰の野菜に固パン、塩…っと」
「干し肉に乾燥豆…ん?」
食料品を乗せたトラックの奥に、何やら見慣れぬ荷物があることに気付いたメノウ。
それを開けてみると…
「おっす!」
「…お、お前さんは」
そこに入っていたのは、シェルマウンドに置いて来たはずのカイトだった。
こっそりと荷物に紛れてここまで追跡してきたらしい…
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それとほぼ同時刻、東アルガスタの海洋上にて。
かつての東アルガスタの軍閥長である『大羽』の研究施設が造られていたという『法輝火嶺諸島』、その地である活動が秘密裏に行われていた。
太陽の輝きが水面に輝き、潮風が吹き抜けるその海洋に佇む二隻の巨大船。
数十年前の大戦時に使われていた軍艦サルベージ用のクレーン船、そして輸送用の大型タンカーだ。
数日前からこの海洋上に停泊し、ある作業を行っているという。
「よし、降ろせ!」
その指示を受け、クレーンを海底に向け降ろす。
数十人の回収部隊がある物を海底から引き揚げようとしていた。
ここ数日間、彼らはこの海洋上でこの回収作業を続けているのだ。
「で、何を引き上げるんだっけ?」
「忘れた」
「そんなことはどうでもいいから引き揚げろ!上から叱られるのは俺なんだぞ」
作業中に頭を抱える部下を叱責する現場責任者の男。
無駄口を叩くならば、その労力を作業に回せないのか。
そう考える彼だが、その一方で部下たちの言い分ももっともだという気持ちもあった。
「(そう言えば俺達は何を引き揚げているんだ…?)」
彼にも引き揚げている物が何なのかわからないのだ。
あらかじめ依頼者から『引き揚げる物』が何かは確かに聞いたはずだ。
しかしそれも思い出せない、無理に思い出そうとすると頭痛がそれを遮る。
それだけではなく、記憶の所々に黒い霧がかかったような不思議な感覚がある。
自分とこの部下二人だけではなく、どうやら部下たち皆が同じ感覚に襲われているという。
「(依頼者は…誰だ…?それも思い出せない…)」
そんな考えを振り切るように作業を続ける責任者の男。
少し作業続きで疲れているのだろう、そう考え彼はこれ以上の詮索をやめた。
やがてクレーンは巨大なコンテナを海底から引き揚げた。
所々痛んでいるものの、中の積み荷には影響が無さそうだ。
「…それを輸送船の方へ積み込め」
「わかりました」
輸送船であるタンカーへとそのコンテナを積みこんでいく。
その後も別のクレーンが違うコンテナをさらに引き上げていった。
引き揚げられる多数のコンテナを見ても、何を回収しているのか、作業員たちは理解できなかった。
やがて巨大な生物の死骸の一部のようなものが引き揚げられた。
大きな骨のような物が連なる、背骨を想わせる物体だった。
「なんだ?ステラーダイカイギュウの死体か?」
「いや、ただのクジラか巨大なサメだろう」
「でかいぞこれ」
少しその場が騒ぎになるものの、どうやら死体などでは無いようだ。
おそらく、沈没船か何かの一部だろうか。
その場にいた作業員の一人はそれを、おそらく船に使用される竜骨(船底にある船首から船尾通して配置される構造材)であると推測した。
とりあえずそれもタンカーに積み込む。
「何を俺達は回収しているんだ?」
「分からないのならば、止めてもらおうかな?」
責任者の男の声に合わせるように、何者かの声が辺りに響き渡る。
クレーンの頂点に立つその声の主。
それは以前、魔獣シヤンを一撃で下した灰色の少女だった。
あの時と同様に全身を灰色の布とマントで覆い、素顔も見えない。
唯一違うのは、背中に刀を一振り背負っているという点くらいか。
「な、何だお前!?」
「どこから来た!?」
「これ以上作業を続けさせるわけにはいかないのでね…」
「何を…!?」
「天生牙ッ!」
天生牙と呼ばれたその刀を引き抜き、自らの立つクレーンをその場で破壊してみせる灰色の少女。
彼女の持つ天生牙により、クレーンはバラバラの鉄屑と化した。
「なんてことを…」
「今すぐ回収した物を海へ戻せ!」
刀を責任者の男に向ける灰色の少女。
もちろん彼に危害を加えるつもりは無い、単なる脅しに過ぎない。
しかし一般人には効果は絶大だ。
「何か妙なマネをすると…」
「どうするって?」
先ほどの灰色の少女と同様に、また別の何者かの声が辺りに響き渡った。
後ろに気配を感じた彼女は、咄嗟にその気配の主から距離を取り、刀をその声の主に対し向けた。
別のクレーンを背に寄りかかるその男は…
「おぉ怖い怖い、そんなにツンツンしないでよ」
そこに立っていたのは、数年前の戦いでメノウ達に倒された四聖獣士の少年、『シェン』だった。
上はタンクトップ、下はゾット帝国海軍の物そのままという簡素の格好。
だが、そのため今の彼の奇妙な姿がハッキリと見える。
「その姿、どうやら悪魔に魂を売り渡したようだな」
彼の左半身に刻まれた不気味な幾何学模様、それは単なる刺青などでは無い。
それには今、このアルガスタを危機に陥れようとしている『魔王教団』が関係している。
彼らがその力を人間に与える際に、刻む紋様なのだ。
この紋様を持つ者は魔王教団の下僕ということだ。
「しょうがないでしょ、どっかのバカ女達のせいで死にかけていたんだから」
黄色い幾何学紋様が刻まれた左手の指を鳴らしながらシェンが言う。
「ッ…!」
メノウ達に敗北した後、重傷を負っていたシェン。
西アルガスタの科学者であるノービィ・ハーザットの手により一時的な手術を受け一命を取り留めるも、洗脳されたツッツにより再度重傷を負わされた。
その後遺症により数年の間、意識不明の植物状態となりこの東アルガスタの病院で過ごしていたという。
恐らくその際に魔王教団の手の者に術を受け、死の淵から蘇ったのだろう。
「ところでキミ、名前は?女の子だよね」
「…グラウ・メートヒェン」
「へぇ」
彼女の言った『グラウ・メートヒェン』、それが『偽名』であることをシェンは見抜いていた。
その意味を直訳すれば『灰色の少女』となる。
「いくら相手が女の子でも、僕たちの邪魔をするのなら容赦しないよ!」
シェンのその声と共に、後ろに積まれていたコンテナの中から二体の魔物が姿を現した。
蛇の姿をした魔物、そして陸亀の魔物だ。
しかしその体は所々が朽ち果て、内部の骨格が剥き出しとなった痛ましい姿となっている。
魔物というよりゾンビと言った方が正しいかもしれないほどに。
「蛇と亀の魔物…いや、『ハンター』か…」
「へぇ、よく知ってるね。こいつらは『玄武型ハンター』のなれの果てさ。紋様で無理矢理動かしているんだけどね」
数年前、この海洋上でメノウとカツミの連携攻撃により破壊された玄武型ハンター。
元々それは青龍型ハンターなどと同じく、二体のハンターの融合体だったのだ。
蛇型ハンターと陸亀型ハンターの融合体、それが玄武型ハンター。
メノウ達に撃破され、破棄されていた物を回収。
魔王の紋様により無理矢理再稼働させたのだ。
「やれ!」
二体のゾンビハンターが灰色の少女に襲い掛かる。
しかし所詮は破壊されたガラクタにすぎない。
彼女の持つ刀、天生牙により亀型ゾンビは一刀のもとに切り捨てられた。
「邪魔をするな!」
天生牙を蛇型ゾンビに投げつけ、紋様を断ち切った。
魔力の源を破壊逸れたゾンビはその場に金属片となり崩れ落ちた。
「ゾンビとはいえ四聖獣士のハンター二体をそれぞれ一撃で倒すなんて、結構やるみたいだね」
「お前やゾンビ共にかまっている暇は無い、作業を止めろ!」
蛇型ゾンビから天生牙を引き抜き、シェンに投げつける灰色の少女。
もちろんシェンはそれを軽く避けて見せた。
その隙を突き、サルベージ作業を再び妨害しようとするが…
「させないよ!」
ハンターの残骸を蹴り飛ばし、灰色の少女を狙うシェン。
なんとかそれを避け、サルベージ作業をする作業員に作業を止めるように語りかけるも…
「作業を止めろと言ってるんだ!腕をへし折るぞ!」
「…やめない」
「先ほどの化け物を見ただろう!?奴らが回収しようとしているのは、この世界を破滅へともたらす魔物なんだ!」
力ずくでの妨害が無駄だと悟った灰色の少女は、何とか説得で止めようとするもそれも効果を成さない。
作業員たちはただ黙々と作業を続けている。
「奴らの悪行に何故気が付かない!?」
「無駄だよ、その作業員は僕の『やめろ』という指示にしか反応しないのだ」
「…ッ!」
「ちょっとした暗示をあいつらにかけたんだよ、この紋様でね」
魔王の紋様を見せつけながらシェンが言った。
「それにしてもまいったなぁ、僕じゃあキミに勝てそうも無いんだよねぇ…」
「…だからといって辞めるつもりは無いようだな」
「当たり前だろ!」
シェンの叫びと共に、回収されたコンテナが次々と割れていく。
そしてその中から様々な種類のハンターが姿を現す。
小型両生類型ハンター、古代魚型ハンター、クラーケン型ハンター…
揚げていけばキリが無い。
それらが一斉に灰色の少女の周囲を囲んでいく。
「ここの海底には大羽さんの造った『水棲獣型ハンター』の試作体の倉庫があったんだよ、僕たちが回収していたのはそれさ」
「ッ…!」
天生牙を構える灰色の少女だが、この状況はさすがの彼女でも好転させることは難しい。
自由の効かない、狭い甲板に多数の敵。
しかも敵は死を恐れぬハンターだ。
脅しも通用しない。
そして元々、彼女は多数の敵との戦いは不得意。
悪条件が重なり過ぎている。
「やれ!ハンター共!」
「私はこんな所で死ぬわけにはいかないのだ!」
懐から取り出した閃光弾でシェンの眼を晦ます灰色の少女。
辺りを包み込む閃光が消えたとき、少女の姿は消えていた…
「逃げたか。まぁいいさ。『アレ』を回収するにはもう少し時間がかかるからね…」
名前:シェン(三年後) 性別:男 歳:十五歳 一人称:僕
元『東アルガスタ四聖獣士』の一人、『青龍』の属性を持つ。
かつての戦いの後遺症で植物状態だったところを魔王教団によって救われたらしい。
ハンターを操る腕は健在。
素の力もかつての数倍に上がっている。