第六十八話 友からの手紙
新章突入です
東アルガスタでの戦いから数年が過ぎた。
カツミ達と別れたメノウは今、北アルガスタの辺境の村で暮らしていた。
僅か一年足らずで『黒騎士ガイヤ』や『悪戯狐ミサキ』、そして『魔竜オオバ』といった者達と出会い、戦ってきた。
戦いの傷は、癒えたものの完全では無い。
いくら驚異的な回復魔法や治癒能力を持っていても、体の奥底に残る傷までは短時間では治らなかった。
そのため今の彼女はできるだけ他人との接触を避け、療養生活を送っていた。
「あぁ…もう朝か…」
そう言って布団から起き上がるメノウ。
北アルガスタの辺境にある、破棄された村。
人も長いこと住んでおらず施設や設備も整備されていない。
それに目を付けたメノウがその村に勝手に住み着いたのだった。
「さっさと食事も済ませてしまうか」
すっかり万年床と化した布団から起き上がるメノウ。
村にあった一番小さい小屋で、彼女は生活していた。
座敷牢のような狭い部屋ではあるが清掃は行き届いている。
そもそも今となっては村全体がメノウの物のような状態。
わさわざ狭い建物に住むことは無いのだが、こちらの方が落ち着くらしい。
「うーん…まだ食べれるな」
作り置きしておいた、ひよこ豆のスープを火で温め直し器にそそぐ。
この痩せた土地でも作ることの出来るひよこ豆は彼女にとって最高の食糧だった。
以前に住んでいた者が栽培していたのだうか、村にはすっかり野生化したひよこ豆の畑があった。
今はそれを採ったり、魚や野獣を獲って生活している。
ラウル帝国時代によく食べていただけに、調理はお手の物だ。
「いただきまーす」
塩と香草、干し肉のだしで味をつけただけの簡素なスープ。
そこに野菜と肉の屑、ひよこ豆を具として入れている。
簡単に作れるが、栄養は抜群。
メノウはあっという間にそれを完食した。
「さて、じゃあいくかのう」
べサン粉のパンと干し肉を弁当代わりに持ち、道具を持つ。
日課となった、村の外れにある古傷によく効くという温泉へと向かうようだ。
他人との関係をできる限り無くした、世捨て人のような生活。
と、そのとき、彼女の眼にある物が写った。
「これは…」
家の扉に挟まった一通の手紙。
丁寧に綴られた宛名、それ以外、封筒には何も書かれてはいなかった。
この家の住所は、メノウの知り合いは誰も知らないはずだ。
不審に思いながらも封筒を開け、中の手紙を確認する。
それを見たメノウは血相を変え、先ほどまで持っていた道具を投げ捨てる。
そして部屋の隅に置かれていた白いローブを纏う。
「…よし!」
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手紙には今日の日付と共に待ち合わせ場所が書かれていた。
その場所は村の外れにある戦前の工場地帯の変電施設だった。
かつては工場で使用される電気をここで調整していたのだろう。
なぜこの場所なのかはわからないが、メノウは特に気にも留めなかった。
目立つ施設が特にない辺境の地であるため、一番目立つこの場所にしたのではないかと考えてはいたが。
「久しぶりにこの名前をきくことになるとはのぅ…」
手紙に書かれていた差出人の名前。
それはかつてメノウと共に旅をした青年『スート』の物だった。
西アルガスタでディオンハルコス教団のキリカ支部を倒すため共闘した、かつての戦友。
今の時代にしては存在自体が珍しい高等魔術師である。
探索魔法か何かを使い、メノウの居場所を何らかの魔法で知ることが出来たのだろう。
そう考えながらも変電所跡にてスートを待つメノウ。
「あんまり気持ちのいい場所とはいえんのぉ…」
錆びついた送電線や変電設備、崩れかけたコンクリート製の建物。
ひび割れたアスファルトの地面。
戦前に使われていた施設だけあり、まるで墓場か何かのような雰囲気さえ感じられる。
本来ならば人っ子一人いないであろうこの地。
しかしメノウはこの変電所跡に足を踏み入れた時から何か妙な気配を感じ取っていた。
「やっぱり何かおかしいのぉ…」
彼女も最初は動物か何かだと思っていた。
しかし、時間が経つにつれその気配が段々とはっきりとしたものになって行く。
呼び出したスートのものでもない。
殺気にも似た『攻撃的な気配』だった。
「…ッ!」
「な、なんじゃ!」
メノウの予感は的中した。
物陰から現れた突如何者かが、背後から攻撃を仕掛けてきたのだ。
咄嗟の出来事だったが、何とか攻撃を避け距離を取るメノウ。
一体誰が攻撃を仕掛けてきたのか睨み据える。
その人物は予想外の人物だった。
「久しぶりね、メノウちゃん」
「お前さんは…南アルガスタのアズサ!」
メノウを襲ったのは、南アルガスタでメノウと共に戦った忍びの少女『アズサ』だった。
シェルマウンド城での決戦の際と同様、黒い忍者装束に身を包んでいる。
忍者刀を携えているので、先ほどの攻撃はそれを使用したのだろう。
「今の攻撃、本気で殺す気だったな…」
メノウがアズサに言った。
彼女はそれを鼻で笑い飛ばす。
メノウならば当然避けられる、そう考えたのだろうか。
「冗談にしても達が悪いぞ!それになんでお前さんがここに…!?」
「それはね、メノウちゃん。あなたを私たちの仲間にするためよ!」
そう言うと、再び刀を構えメノウに斬りかかるアズサ。
スートからの誘い、それらは全てアズサが仕組んだ罠だったのか?
なぜ彼女が襲い掛かってくるのか?
そう思いながらも、メノウは彼女の攻撃を辛くも避けていく。
「ほらほら、避けないと真っ二つになっちゃうよ!」
「な、速い!速すぎる!」
「にははははは!」
眼にもとまらぬ速さで刀を振るアズサ。
何とか避けてはいるが何時まで避けられるかはわからない。
メノウは彼女の戦っている姿を見たことは無い。
しかし、少なくともこんな人間離れした事ができるわけが無いということはわかる。
「くっ…」
「そらそらそらそらそら!」
刀による連撃を辛うじて避けるメノウ。
そのうちの一撃が背後の送電用巨大鉄塔を真っ二つに切り裂いた。
鉄塔の基礎が全て切り裂かれ、自重に耐え切れなくなったそれはそのままその場に崩れ落ちた。
轟音と砂煙が辺りに広がっていく。
「(数十メートルはある鉄塔を切り裂いたじゃと!?)」
このままではいずれ斬られる。
そう感じたメノウは、近くの古びた廃ビルへと飛び込んだ。
上手く姿を消してやり過ごせれば良し。
追ってきたとしても、うまく狭いフィールドを生かせばあのスピードを殺すことが出来る。
「なんなんじゃ、一体。あれは…」
アズサの持つ異常な力に困惑するメノウ。
物陰に隠れつつビルの上の階へと階段を使って昇って行く。
どうやらかつては事務所として使われていたらしく、小さな部屋が数個上下に連なっているだけの構造のようた。
入り口もメノウが入った一つしか無い。
そこから見る限りではアズサはこの建物に入ってきてはいないようだ。
「一旦この場所を離れた方かいいかもしれんな…」
部屋の壁にもたれかけ、気配を殺すメノウ。
しかし、そういったその直後、突如ビル全体に轟音と共に激震が走った。
一回だけでは無い、二回、三回とそれは続いていった。
「な、なんじゃ!」
そう言って立ち上がると同時に、メノウの右の壁が崩れた。
太い鉄骨が壁に突き刺さっており、もう少しで当たってしまうところだった。
何かを感じ取り、ビルを降り下の部屋を覗くメノウ。
そこにも同じく鉄骨が数本突き刺さっていた。
ビル建設に使用するH鋼材と呼ばれるものだ。
建設が頓挫したビルの廃墟から持ってきたのだろうか。
「そこかぁ!」
その叫びと共に、鉄骨が再び壁を突き破り、メノウの目の前の床に突き刺さる。
鉄骨により穴だらけになったビルが、少しずつ崩壊を始める。
巻き込まれる前に、急いでビルから抜け出すも、そのメノウの前に一人の男が現れた。
それは…
「西アルガスタの…タクミ・ウェーダー!?」
かつて西アルガスタの『イオンシティ』で共に戦った賞金稼ぎの『タクミ・ウェーダー』、彼もまたアズサと同様にメノウに襲い掛かってきたのだ。
ビルの外から鉄骨を一本ずつ投げつけ、メノウをビルから出させようとしていたのだ。
土に潜ったモグラを炙り出すように。
「お前さんまで何故、ワシを襲う!?」
「へへへ…」
片手でゆうに6~7mは有ろう鉄骨を弄ぶウェーダー。
先ほどのアズサの時と同様、明らかに人間離れした『異常な力』だった。
「何故かって?」
「ああ」
「お前を倒すために決まってるぜ!」
さらに鉄骨をメノウに向け投擲するウェーダー。
それを避けるメノウだが、ウェーダーはさらに鉄骨を投げ追撃する。
走りながら急いでその場から離れようとするが、当然逃げ切れはしない。
「以前の時とは桁違いじゃ!」
「逃がすかよ!」
逃げるメノウを追いながら、電柱を腕で叩き割るウェーダー。
それを拾い上げ、次々と投擲していく。
この廃墟と化した街には電柱など山のようにある。
投擲する武器には困らない、ということだ。
「あんな物を軽々と…!」
ウェーダーの投げている電柱は1tは軽くあろう品物。
それを軽々と投げる彼の力には驚かざるを得ない。
「誰か忘れてるんじゃないの?」
「アズサ!?」
逃げるメノウの前にアズサが立ちはだかる。
後ろにはウェーダー、前にはアズサ。
左右には廃ビル。
逃げ場はない。
ならば…
「上じゃ!」
上へと飛び上がり脱出経路とするメノウ。
廃ビル自体は3階建て、彼女の脚力ならば問題なく屋上に飛び乗れる。
これも竜の力と魔力の成せる技だ。
だが、屋上にも既に追手が待っていた。
「ふふふ、お久しぶりですね」
「ヤクモ!?」
「貴女に選択肢は2つ。ここで倒れるか、私たちと共に来るかだ!」
そう言うとメノウに対しタロット、トランプ、ゲームのカードを投げつけるヤクモ。
咄嗟のことに完全には避けきれず、そのうちの1枚が頬を掠めた。
魔力が込められているのか避けた2枚は地面に刺さり爆発した。
メノウを斬ったゲームのカードのみが彼の手に戻って行く。
「なんじゃ!どういうことじゃ!?」
「大人しくしててくれる?」
気付くとメノウは3人に囲まれていた。
刀を構えるアズサ、ソードオフショットガンを剥けるウェーダー。
そして残りのカードデッキをマシンガンシャッフルで混ぜ続けるヤクモ。
「にはは…」
「へへへ…」
「ふふふ」
3人に囲まれながらメノウは考える。
この3人がいったい何が目的なのか。
『倒す』か『来る』か、ヤクモはそう言った。
これには一体どういう意味があるのか。
そしてこの3人、どこかいつもと『何か』が『違う』気がする。
この豹変した態度と力だけでは無い。
もっと別の『何か』が…
「どういうことか、私が説明しましょう」
その声と共に『ヤツ』は現れた。
メノウをこの場に誘い出した手紙の差出人…
「スート…!」
「メノウさん、貴女は私達『魔王教団』の障害となりうる者。仲間にならないのならば、消えてもらうまで!」