第六十六話 ユニフォンの伝説
九月三日でこの小説は一周年です。
だからどうした。
メノウの最後の攻撃を受け、その場に崩れ落ちるオオバ。
『幻影光龍壊 弐壊冥』を受けた右腹には大きな風穴が空いている。
カツミの『開陽虎狼殺』を受けた左腕は既に消失、合成魔獣型ハンターの爆発と多数の連続攻撃を受けたオオバ。
もはや彼に戦う力は残されていなかった。
ドラゴンの身体から魔力が徐々に抜けはじめ、やがて元の人間の姿へと戻って行った。
「そうか…私の負けか…」
その場に横たわりなから、虚ろな顔で夜空を見上げる大羽。
人間体に戻ったとはいえ、その体はドラゴンの時と同様左腕を失い、痛々しい傷が残っている。
「ああ、お前さんの負けじゃよ」
倒れている大羽にメノウが言った。
もう自身に戦う力が残っていないことを悟った彼はおとなしくその声を受け入れた。
「だが、君たちもギリギリのようだな…」
「そうじゃ、さっきの合成魔獣型ハンターに魔力を全部使ってしまったからのぅ」
「さっきの攻撃が外れていたらアンタの勝ちだっ…」
「カツミ…?」
「う…メノ…」
そう言いかけ、カツミはその場に倒れた。
先ほどの攻撃を当てるため精神力をよほど使ったのだろう。
かなりの疲労が見えた。
そのカツミの言葉を聞き、大羽は軽く笑みを浮かべる。
自分が勝利したもしもの未来でも想像したのだろうか。
もっとも実際に勝利したのはメノウとカツミ。
大羽は敗者でしかないのだが。
「お前さんはワシと同じラウル帝国の生まれ、それは間違いないな?」
「ああ。ラウル帝国滅亡から数千年。まさか同胞に倒されることになるとは思いもしなかった…」
「その力を、お前さんはどこで手に入れた?」
メノウの知る限りでは、いくらドラゴンといえども、ここまで圧倒的な力を持つ者はいない。
ラウル帝国の守護竜である『ディーネ』と『フィーネ』ですらこれほどの力を持ってはいなかったのだから。
「知りたいか…?」
「当然じゃ、だから聞いておる」
メノウの顔を見てこれ以上黙っていても無駄だと大羽は悟った。
口を割らせる魔法である、『無色理論』をメノウは使用できる。
今の傷ついた身体ではその魔法に抵抗することも出来ない。
大羽はそう考えたのだ。
「…『時空の塔』だ」
『アルガスタ』と異世界である『ユニフォン』を繋ぐといわれている塔、それが『時空の塔』だ。
もっともそれは単なる伝説に過ぎない。
実際は、北アルガスタの最果ての地に存在する、いつ造られたのかもわからぬ謎の建造物。
現在では国から立ち入ることを禁じられている、禁断の遺跡と化している。
「アルガスタとユニフォンを繋ぐといわれる遺跡、そこで私は竜をも超える力を手に入れた…」
数十年前、大羽がその旅の果てにたどり着いた最後の場所。
それが時空の塔だった。
「今から約百年前、その場所に『魔王の力』を持つ者が封印された」
約百年前に封印された魔王の力。
大羽は、時空の塔に封印されていたその力を手に入れていたのだ。
もっとも、彼が訪れた際にはその力は消失しており、『魔力の残り香』と『魔王の記憶の一部』のようなものがあっただけだった。
だが、元来強力な力を持つドラゴンである彼にとってそれは飛躍的な能力上昇に繋がった。
魔力の残り香を使い、自身の能力を最大限に引き出し、残されていた記憶をもとに時空の塔の謎を解読した。
「あの塔はかつてユニフォンと繋がっていた。それは間違いない…」
ユニフォンはアルガスタの数百年先を行く科学力を持つ世界。
その世界の技術が時空の塔には残されていた。
ユニフォンの科学力を使い、大羽はこの東アルガスタの軍閥長に上り詰めた。
大羽の口から語られた『時空の塔』の真実。
だがその半分以上はメノウにとってどうでもいいことだった。
あくまで彼女は、大羽がどうやってその力を得たのか、それを知りたかっただけ。
「ならばもう一つ聞くぞ。何故お前さんは、人間の悪いもの達に手を貸したのじゃ?」
大羽の所有する会社は、表向きは貿易業だがその裏では兵器の密輸と製造を行っている。
そこで作られた兵器は、西のアルガスタの支配者ジョーの手に渡り、多数の被害を出している。
それだけでは無い、ゾット帝国の国外に輸出された兵器は世界の各地で紛争の道具として使われている。
「ラウル帝国に仕えるドラゴンは高潔な幻獣。なぜお前さんはそのような悪いもの達に…」
「君は世界を知らなさすぎる…」
「え…」
唐突に言われた言葉に困惑するメノウ。
「私は長らくドラゴンとして人間の世界を見てきた」
ラウル帝国滅亡後、大羽は世界中を放浪した。
ドラゴンは人間よりも遥かに長い時を生きる。
そんな中で彼は、多くの人間同士の醜い争いを見てきた。
ラウル帝国の滅亡とそれらが重なり、やがて彼はこの世界に価値を見いだせなくなった。
「人は些細なきっかけで争う。僅かに自分たちと異なる者がいるとそれを排除しようとする」
その言葉を聞き、メノウの脳裏にツッツの姿が思い浮かぶ。
異能者である彼女は、もしそれが周囲に知れ渡ったらどうやって生きていくのか。
これまでのような生活は送れない、迫害されながら逃げるように旅を続けるしかないのか…
「君にも心当たりがあるだろう?」
「そ、それは…」
「私と、私のつ…」
そこまで言いかけたその時、メノウ達のいるビルが大きく揺れ始めた。
地震などでは無い、この建物そのものが崩れかけているのだ。
合成魔獣型ハンターとメノウの戦いでビルの壁と支柱を複数破壊。
そして大羽との戦いではカツミの斬撃や大羽自身の攻撃で、ビルに多大な被害を与えた。
むしろ、戦いの途中に崩壊しなかった方が奇跡ともいえる。
「建物が…!」
何とか脱出すべく倒れていたカツミを背負い、辺りを見回すメノウ。
まず最初に目に留まったのは、大羽が使用していた垂直離陸機だった。
操縦はできないが、『電脳融解』を使えば動かすことくらいはできる。
「(こんな揺れではまともに動かせん…!)」
これだけの揺れでは飛行機など動かせるわけなど無い。
ウォーターボールを使えば飛行はできるが今はそんな魔力すらない。
もし使ったとしても硬度を維持できず、浮遊している途中で割れてしまうだろう。
「揺れが…大きくなっ…!?」
今メノウ達の立っているビルの屋上全体にヒビが入り、その半分が崩れ落ちはじめた。
倉庫や階段、ヘリポートが崩れ落ちた。
「うっ…」
倒れていた大羽のもとにもそのヒビが手を伸ばしてきた。。
もはや彼に自力で動く力はほとんど残っていない。
静かに崩壊をはじめ、彼の身体もビルの残骸と共に落下していった…
「…!」
「お前さんには…聞きたいことがまだあるんじゃ!」
崩れゆく残骸と共に落下していく大羽の右腕をメノウが掴んだ。
倒れたカツミを背負っているメノウは、体力、魔力共に限界に近い。
両腕で彼の腕をつかむも、一歩間違えれば共に落下しかねない。
「だから助けた…か…」
「ああそうじゃ!だから今は死ぬな!」
「この状況で私と君のお友達を助けつつ、生還する。そんなことが本当にできるとでも思っているのか?」
「…やってみる」
「私から見れば、やはり君はまだまだ子供だよ…」
軽く笑みを浮かべた大羽はメノウの手を強く握りしめた。
それと共に、二人の体が紅い光に包まれる。
死にかけの大羽の中に残されていた魔力がメノウの中に流れ込んでくる。
「いったい何を…」
「数千年後の世界でかつての同胞に出会えたことを感謝するよ…」
「大羽!」
「最後に行っておく…ヤツは生きている……」
そう言い残し、大羽はメノウの手を振りほどいた。
彼の身体はビルの残骸と共に落下していき、闇の中へと消えていった。
「待て!大羽ああああぁぁぁッッッ!」
メノウの声がむなしくその場に響き渡る。
既に限界が来たのか、それと同時に彼女の立っていた床も砕け始めた。
と、その時…
「掴まって!」
「ザクラ!?なぜ…」
「はやく!」
かつて敵として対峙した、朱雀型ハンターを駆る四聖獣士、ザクラが崩れるその瞬間その場に飛来。
一瞬の内にメノウとカツミを朱雀型ハンターに掴ませ、その場から離脱した。
それと共に戦いの舞台となっていたビルは完全に崩壊。
瓦礫の山と化した。