第五十三話 闇に堕ちた少女!裏切りの…!?
「ならば、貴様が俺を止めてみろ!」
その声と共にヤマカワがメノウに襲い掛かった。
空気を切り裂く真空の手刀、以前カツミも使用した開陽の技だ。
踏み込みと同時に真空の手刀をメノウに振りかざす。
「ビャオ!」
奇声を上げるヤマカワの手刀が空を切り裂く。
それを回避すべくメノウも跳び上がり、空中で手刀を受け流す。
地上に着地し、対峙する二人。
二人の戦いが破しまった。
しかし、その周囲には先ほどヤマカワに倒された修行生たちがまだ倒れている。
これをそのままにするわけにはいかないだろう。
開陽拳士の戦いは衝撃波などを使う以上、周囲に被害が出ることが多い。
「カツミ、ツッツ!倒れているものを道場へと運べ!」
「わかった!」
「は、はい!」
ガウドが二人に命じ修行生たちを避難させる。
メノウもそれを察し、戦いの場を少し離れた位置へと変えた。
着地し間合いを取りつつ、距離を取って行く。
「この程度かのぅ、カツミの技より数段劣るわ…」
この一連の流れは以前、ズール砂漠でカツミと対決した時と同じ流れだ。
あの時メノウは頬に一筋の傷を負った。
カツミの技を完全に回避できなかったのだ。
しかし今回は違った。
上手く回避することに成功したメノウ。
「以前のカツミとの戦いでは身のあたりにキズを受けたんじゃがのぅ~?」
以前カツミから受けた傷の位置を指さし、軽く煽るメノウ。
安い挑発だがこれには理由もある。
挑発に乗った者ほど簡単に倒せる相手はいない。
そして攻撃をしてきたところをカウンターで倒す。
そう考えての行動だった。
だが…
「ふふ…」
メノウの考えとは裏腹に、ヤマカワはあっさりと挑発を受け流した。
いや、それだけではない。
「今の技は開陽の技の中ではかなり初歩的な技の一つだ」
「だからどうしたのじゃ?お前さんの技が弱い言い訳にはならん」
「この技にはいくつかの上位種が存在する」
その声と共に再びヤマカワがメノウに襲い掛かる。
正面からの拳の連打だ。
非常に速い速度だが、威力自体は大したことはなさそうだ。
「この攻撃を避けきれるか!?」
平凡な単なる殴打なのか…?
いや、そんなわけはない。
この男がそんな平凡な一手を打つわけが無い。
「…避けるしかない!『幻影強感制光移』ッ!」
そう感じたメノウは幻影を囮にその攻撃を全て避けきった。
『幻影強感制光移』、以前メノウが青龍型ハンターとの戦いで使った技の派生だ。
以前の幻影制光移とは違い、光により幻影を発生させるのでは無い。
自身の魔力で幻影を呼び出しそれを囮に敵の攻撃から抜け出す。
そして一瞬だけ自身の速度を上げるのだ。
幻影制光移が持久戦向けの技ならば、こちらは超短期決戦向けの技と言える。
多用はできないがあちらよりも実用性、確実性、そして戦略性においてすべての点で上回っている。
「ヌッ!」
ヤマカワの拳を全て避けきったメノウ。
最終的に彼の拳はメノウが経っていた地面に激突した。
普通ならば自爆と笑い飛ばすだろうが、今回は違った。
「な、何!」
ヤマカワの攻撃を受けた地面はその拳を中心に多数の巨大な斬撃痕が残されていた。
深さは浅いが、大きさは数メートルほど。
もしこの直撃を受けていたらと考えると、とても笑ってなどいられない。
カツミの技などと比較にならぬほどの威力だ。
「これも避けたか、中々素早いな」
「まぁの…」
しかし冷静に考えてみると大した技では無いことに気付く。
技など当たらなければ意味が無いのだ。
避けてしまえばどんな高い威力の技も無意味だ。
幸い開陽の技は以前のカツミとの戦いである程度を見切っている。
ヤマカワの技も源流はカツミと同じ、ガウドから学んだもの。
パターンを掴めばあとは避けることは難しくない。
これはメノウの予想に過ぎないが、彼の実力はカツミとほぼ同じ。
技のキレもほぼ同じ程度だろう。
「威力は高いが、避けきれぬ技では無い…」
カツミの強さの元はその実力に加え、天才的な技のセンス、軽快な身のこなし。
そして相手の弱点を瞬時に見抜く慧眼にある。
確かにこのヤマカワもそれらを持ってはいるが、カツミに勝るとは思えない。
修行時代のパワーバランスはヤマカワの方が上だったのかもしれない。
しかし、今でもそうだとは限らない。
少なくとも、開陽拳士としてはカツミの方が強いだろう。
「何を笑っている」
ヤマカワの蹴りと共に足から放たれた斬撃波がメノウを襲う。
カツミの愛用する腕から放つタイプの斬撃波とは違い、数倍巨大なものだ。
しかし、そのスピードはカツミの物と比べるとやはり少し劣る。
これならば、強感制光移により幻影を出し続け短期決戦に持ち込めば勝利できる。
そう確信するメノウ。
「お前さんにこの動きが見切れるか!?」
強感制光移による疑似的な多重影分身。
カツミの前では何回か使用した技なので、もし彼女と再び戦うことがあれば見切られてしまうだろう。
しかし初見のヤマカワにこの技を見切るのはほぼ不可能。
「高速移動…ッ!?いや、違う…!」
この技が単なる高速移動による分身では無いことを理解するも、それへの対抗手段が追いつかない。
下手に止めようとして攻撃をしても返り討ちに会うだけ。
この攻撃の性質がわからない以上、ヤマカワは何もできないのだ。
「クッ…!」
ここにきて初めて顔に焦りか見えてくる。
それと同時にメノウも一気に勝負に出た。
間合いを詰め、ヤマカワに幻影の一撃を放ったのだ。
「『幻影王武壊!』」
ヤマカワの左手を掴み、力を込めその勢いのまま身体を地面に叩きつける。
この『幻影王武壊』はシェンとの初めての戦いでも使用した技。
あの時は幻影を纏ってはいなかったが、今回は違う。
避けることも出来ず、まともに攻撃を受け地面に叩きつけられるヤマカワ。
「ぐ、ぐぅ…」
「じゃがさすがにもう動け…」
「ふざけるなよ!」
その叫び声と共にヤマカワが立ち上がり攻撃を仕掛けてきた。
普通の人間がこの攻撃を受け立ち上がってきたという事実に驚きを隠せぬメノウ。
完全に虚を突かれ、攻撃を受けてしまった。
「な、何ぃ…」
ヤマカワの攻撃、それは自身の衣服の中に隠し持っていた特殊素材の棒による打撃だった。
二本の短い棒でメノウを殴り飛ばし、その二つを連結させる。
あっという間に棒術師の持つ武具へと早変わりだ。
「ぬっ、あれは!」
ガウドが叫ぶ。
あの武具は開陽拳と敵対する拳の流派、『獄食の玉衝拳』の拳士が使用する武具の一つ。
それもあの使い方から察するに、ヤマカワはかなりの高等技を身に着けていると予想できる。
「ヤマカワ!その技を一体どこで!?」
「ふふ、それを説明する必要など俺には無いだろう?」
ガウドの言葉を無視し、再びその棒でメノウに攻撃を喰らわせるヤマカワ。
突きの連打に打撃、これまでとは全く異なる攻撃に戸惑いを隠せぬメノウ。
苦し紛れに反撃を繰り出すもそれをも棒を使った防御で避けられる。
前半で魔力消費の激しい幻影強感制光移と『幻影王武壊』を使用してしまったことが裏目に出てしまった。
「どうだ!」
「くッ…」
ヤマカワの一転攻勢の前にたちまち逆境に立たされるメノウ。
完全に彼の戦術を読み違えてしまった。
そのことを悔やむメノウ。
「終わりだ!」
そう言いながら棒をメノウの頭上へ振りかざすヤマカワ。
と、その時…
「メノウ!使え!」
朱色の棒をカツミがメノウに向かって投げとばす。
南アルガスタでメノウが受け取ったあの棒だ。
ヤマカワの攻撃をかわしつつ、その棒を受け取るメノウ。
『ありがとうな…カツミ…』
『へへ…』
一瞬、メノウとカツミ、二人の目が合った。
それだけで二人の気持ちは十分に伝わった。
その棒を使い、攻撃態勢を取るメノウ。
「付け焼刃の棒術で俺に勝てると思うな!」
「それはどうかのぅ!?」
二人の攻撃はほぼ同時だった。
ヤマカワとメノウ。
二人の勝負、その勝利者は…
「バカな…こんなモノ…が…」
「これは棒では無い、『多節混』じゃよ…」
勝利の女神はメノウに微笑んだ。
その場にたおれるヤマカワ。
メノウの持つ棒、それは『猫夜叉のミーナ』が持っていた武具の複製品。
攻撃を受ける瞬間、多節混を展開して回避。
追撃を与えたのだ。
「ありがとうな、ミーナ…」
そう言って多節混をしまうメノウ。
南アルガスタに滞在した際、『人斬り狐』事件の報酬の一部としてマーク将軍から受け取った物だった。
この場に居ぬミーナの力を借りて得た勝利だった。
「俺の負けか…」
「そうじゃな」
その場に倒れるヤマカワに対しメノウが言い放った。
彼は完全に戦意を消失していた。
「何故、俺は負けたんだ…伝承者にもなれず…玉衝の技にまで手を出したというのに…」
放心状態のヤマカワが独り言のように呟く。
そんな彼の下にガウドが歩み寄った。
その場に崩れ落ちそうになったヤマカワを抱きかかえるガウド。
「教えてくれ…なぜ俺を伝承者にしなかった…」
先ほどヤマカワはその理由を「義娘のカツミに継がせるため」と言ってはいた。
しかし、それは本心では無い。
ガウドが私情を挟むような男でないことは彼もよく知っている。
だからこそ、自分がなぜ伝承者になれなかったのかが分からなかった。
「いっその事、最初からカツミのヤツに継がせる…そう言ってくれれば…」
涙を流し、ガウドに語りかけるヤマカワ。
それに答えるようにガウドは答えた。
「ヤマカワ。お前か伝承者になれなかった理由、それは『可能性』にある…」
「可能性…」
「そうだ」
ヤマカワは人一倍才能に優れていた。
それを開花させたのはこの開陽の寺院での修行だ。
確かに彼の腕ならば開陽の伝承者にもなれただろう。
しかし…
「お前には『開陽拳』という枠組みには囚われないほどの才能があった…」
「俺に…」
「ああ、しかしそれは開陽拳の伝承者としては不要なものだった…」
ヤマカワは拳法の流派を学ぶのに素晴らしい才能を発揮した。
事実、彼は開陽の寺院から抜けた数年で『獄食の玉衝拳』を実戦レベルで使用できるまでに習得していた。
しかし、逆に言えば習得できるだけと言うこと。
ヤマカワはその流派を『極めることが出来ない』のだ。
カツミが一つの流派を深く学べるのならば、彼は広く浅くといったように…
「お前は一つの流派に囚われる男では無い。そう言いたかったのだ。だが…」
カツミが伝承者になったあの日、ヤマカワは一人この開陽の寺院を後にした。
人知れず流浪の旅に出たのだった。
ガウドは彼に対し、そのことを言うタイミングを逃してしまっていたのだ。
「あの日にこの事を伝えられなかったことを今でも後悔している…すまなかった、ヤマカワ」
それを聞きその場に崩れ落ちるヤマカワ。
これまで自分がしてきたことに対する自責の念や後悔に駆られているのだろう。
「うぅ…」
「(カッカの言った通り、カツミが戦わなくて良かったかもしれぬのぅ…)」
二人の傍に立ちながらそう考えるメノウ。
もしカツミが戦っていればさらにややこしいことになっていたかもしれない。
部外者であるメノウだからこそ、こうしてヤマカワを止めることが出来たのかもしれない。
「なんとか丸く収まったみたいだな」
「そうですね…」
それを見ていたカツミが嬉しそうに言った。
彼女としては、かつての兄弟子と友達か傷つけ合う姿など決して見たいものではない。
早々に終わり、ほっとしているのだろう。
一方、ツッツはそんなカツミとは対照的に非常に冷静淡々としている口調で呟いた。
二人がメノウの下に駆け寄る。
「ありがとう、メノウ。感謝するよ」
「ワシも…な。まぁ、勝ったのは嬉しいことじゃ」
「そうだな。ツッツもそう思うだろ?」
「そうですね…確かに嬉しいですね…」
ツッツの言葉が不思議と心に響く。
それと共に、先ほどまで鳴いていた虫たちが一斉にその声を止める。
不気味な静寂が辺りを包む。
そして…
「…ッ!」
「カツミッ!あぶな…ア゛ッ!」
ツッツの放った手刀がカツミを…
いや、彼女を庇ったメノウを貫いた…
名前:ヤマカワ 性別:男 年齢:22
カツミの兄弟子。
かつての実力自体はカツミより上だったが、彼の開陽拳士としての成長はその時点で完了していた。
他の流派を学ぶことで可能性を引き出せるという天才的な才能の持ち主。
様々な流派を学ぶ分強くなることが出来るが、ひとつの流派を極めることはできないだろう。