第五十話 開陽の寺院!
ビャオウとの戦いの翌日。
荒野の一本道をただひたすら歩く三人。
照りつける太陽も苦とせず、ただひたすらに歩いて行く
そんな中、メノウ達は数体の虎型ハンターに襲われた。
当然、カツミとメノウの敵では無い。
すぐに片を付けることが出来た。
「お二人とも、大丈夫ですか!?」
「ああ。このていどなら軽いものじゃ」
「むしろ少し物足りないくらいだ」
恐らく昨日のビャオウが率いていたハンターの残存部隊か何かだろう。
あるいは彼が差し向けたものか。
荒野でハンターを少しずつ送り込み、メノウ達を消耗させていく作戦なのかもしれない。
もっとも、そんな作戦がこの二人に通用するとは思えないが。
そのことはビャオウも十分承知しているだろう。
やはりただの残存部隊と考えるのが正解だろう。
「あたしたちを倒すなら大型肉食恐竜型ハンターの十体や二十体くらい連れてくるんだな」
「…これから先どうするかのぅ」
「さぁな」
荒野を走る一本道を進みながらメノウとカツミは考える。
…ツッツのことをだ。
「メノウ。これから先、お前はツッツを守りきることが出来るか?」
「守って見せる。絶対に…」
シェン、ザクラ、ビャオウ。
これまでにメノウ達は三人の四聖獣士と出会い、そのうちの一人、『青龍のシェン』を倒した。
しかし残りの『玄武』、『朱雀』、『白虎』は未だ倒してはいない。
この先の激化するであろう戦いに一抹の不安を覚える二人。
「すいません、僕のせいでお二人をこんなことに巻き込んでしまって…」
ツッツが申し訳なさそうに言った。
「お前が気にすることは無いさ、悪いのは全部アイツらだ」
「そうじゃよ」
「でも…」
ツッツは大切な仲間であり友達。
失うわけにはいかない、かけがえの無い者だ。
だがこの先、それを守れり切れるかどうかは未知数。
四聖獣士を倒し、東アルガスタの軍閥長と会う。
その最終的な目標を前に、仲間が一人でも欠けることはあってはならない。
しかし敵の狙いはあくまでツッツ一人のみ。
これまでの旅とちがい、より一層の注意を払わなけれはならない。
「なぁメノウ、ちょっと考えたんだが…」
「なんじゃ?」
カツミが以前から考えていた『あること』を切り出した。
それは、『ツッツをとある場所』へ預けるということだった。
悪い言い方をすれば、ツッツはこの先の戦いにおいて必ず足手まといとなる。
戦いの中で彼女を最優先に守るというのは非常に難しい。
最悪の場合、ツッツを守りきれずメノウとカツミの死亡…
という展開も考えられる。
「奴らの手の届かない、安全な場所へツッツを一旦避難させるというのはどうだ?」
「ワシらが着いていなくても大丈夫かのう…?」
「ぼ、僕は大丈夫です!」
そう言うツッツ。
しかし、内心は違う。
出来ることならばメノウ、カツミ達と共に居たい。
しかしそれでは二人の足を引っ張ることとなってしまう。
自分自身、戦いについて行けないということは知っている。
存在自体がメノウ達のウィークポイントである、ということも。
「(僕にも戦う力があれば…)」
そう思うツッツだが、それは無理と言う物。
人知を超えた力を持つ不思議の少女メノウ、激情の開陽拳伝承者カツミ。
この二人が特別なだけであり、並の人間がその二人の領域に到達するまでには遥かな時間と努力か必要だ。
それを望むというのは、あまりにも酷だ。
「しかし、そんな安全な場所がこの東アルガスタのどこにあるというのじゃ…?」
メノウが尋ねる。
この東アルガスタ全域は軍閥長である大羽亜の監視下にある。
当然、東アルガスタ四聖獣士たちもその情報網は持っている。
たとえどこへ行っても彼らは必ず追ってくるだろう。
…ハンターを連れて。
「安全な場所なんて、この東アルガスタには…」
「心当たりがある」
「…え?」
そう言うカツミ。
現在、安全と言える場所は
・ハンターを率いる四聖獣士が攻めてきてもそれを迎撃できるだけの力を持つ者がいる
・権力に屈しない独立した勢力である
・決して敵側に寝返ることの無い信頼が置ける者がいる
これらを満たすものだ。
そのようなものがいったいどこにあるというのか?
「カツミ、そんなものがいったいどこにあるというのじゃ?」
この東アルガスタで唯一安全と言える場所。
カツミの知るその場所、それは…
「あたしの育った開陽の『寺院』だ」
「開陽の…」
「寺院…」
月影の村を失ったカツミが、第二の故郷として育った場所。
それが開陽の寺院だ。
カツミの使用する『激情の開陽拳』の伝承者候補の者達が日々、修行に明け暮れている地。
確かにその場所ならば、上記の条件をすべて満たすであろう。
「そこなら開陽拳の戦士たちがツッツを守ってくれるだろう、あたしが保証する」
その後のカツミの話によると、開陽の寺院は人里離れた山奥に存在しているという。
今いるこの場所からは遠いが、言ってみるだけの価値は必ずある場所だ。
「けど、僕なんかが行って迷惑をかけたら…」
「大丈夫だ、安心しろ」
ツッツの不安を取り除くようにカツミが言う。
確かにツッツの安全を最優先するならば、開陽の寺院は決して悪い選択肢ではない。
なによりカツミの育った地なのだ。
悪いわけが無い。
「…よし、行ってみるかのぅ!開陽の寺院に!」
「ああ!少し遠いけどな…」
----------------
開陽の寺院、それは東アルガスタの北部エリアに存在する。
標高5128.410mを誇る『孤冠の山』と呼ばれる山の中腹に建てられているのだ。
人も滅多に寄らぬこの地ならば、ツッツを預けるに相応しいだろう。
「疲れますね」
「まぁな、すまないが二人とも我慢してくれ」
「ワシは平気じゃ、なんなら運んでやろうか?ツッツ?」
「い、いえ!大丈夫です」
「もうすぐだからな」
数日の時間をかけ、山を登る三人。
獣道や古びた道を進み、なるべく早めの到着を目指す。
かつて寺院の者だったカツミ以外では確実に迷ってしまうだろう。
持ってきた食料もそろそろ限界が近づいている。
南アルガスタを出るころには大きく膨らんでいたメノウの食糧袋もほぼ空になっていた。
朱色の棒の先にくくりつけていた食糧袋を振り回しながらメノウが呟く。
「この調子じゃと虫を喰うことになりそうじゃのぅ…」
「えぇ!虫を食べるのはさすがに嫌です!」
「ワシも嫌じゃわ…虫じゃあ腹は脹れんからのぅ…」
「あ、はい…」
そんな話を続けながらも足を進めていく。
そして、歩いているうちに、三人は妙な場所へと出た。
他の場所とは違い、古びた石畳のある開けた場所だ。
建物らしき場所もあるにはあるが、どうも人のいる気配は無い。
正面にある崩れかけの建物を指さしカツミが言う。
「ここは昔の開陽の修行場だ、今は使っていないから荒れ放題だけどな…」
その後のカツミの話によると、どうやらあの建物を抜けた先に隠し通路があるらしい。
そしてその先が、現在使われている開陽の寺院へつながっているという。
「じゃあ、行きましょう!メノウさん、カツミさん!」
ツッツが叫ぶ。
先ほどまでの疲れ切った表情が嘘のように明るくなっている。
目的地がすぐ近くであると知ったが故だろう。
しかし…
「…待て、ツッツ」
メノウがツッツを止める。
それと同時にカツミが彼女たちの一歩前に出る。
この辺り一帯に漂う妙な雰囲気を二人は感じ取ったのだ。
「ツッツ…」
「はい?」
「こいつを持っておれ!」
そう言って朱色の棒の先にくくりつけていた食糧袋をツッツに投げつける。
それをうまく受け止めるツッツだが、思わずその場に尻餅をついてしまった。
しかしそれと同時にメノウは木陰から飛び出した『何者か』に攻撃を受けてしまった。
「はぁッ!」
先ほどまで食糧袋をくくりつけていた朱色の棒を使い、何者かの攻撃を受け流すメノウ。
襲い掛かってきたのはメノウと同じくらいの歳の少年だった。
胴着を着ていることから、開陽の寺院の関係者なのだろう。
恐らく修行生と言ったところか。
その少年にメノウは問う。
…朱色の棒を構えつつ。
「何者じゃ!」
しかしそのメノウの問いに答えることなく、少年は拳の構えを取る。
「黙れ!『玉衝』の手先め!」
「ぎ、ぎょ…?」
「おい、出てこい!」
その少年の声と同時に、物陰や石畳の下から多くの胴着姿の者達が飛び出してくる。
メノウ達と大して変わらない歳の者や少し幼い者、そして十代後半の者まで様々だ。
その数、およそ二十人といったところか。
突然の出来事に、メノウはカツミに小声で尋ねた。
「カツミ、これは…?」
「面倒だな、あたし達を侵入者か何かと勘違いしているな…」
「話し合いでの解決は…?」
「無理だな、『賊は各個殲滅せよ』が開陽の寺院の決まりだからな…」
「ならば…」
「実力でねじ伏せて分からせるしかない…」
そう言うと、カツミも周りの者に合わせて構えを取る。
メノウは手に持っている朱色の棒を構える。
「久々の人間相手の戦い、腕が訛ってないかを試すいい機会じゃ!」
「よ~し、伝承者センパイの実力ををみせてやろうじゃないか…」
「なに言ってやがる!みんな、かかれェッ!」
そのリーダー格の少年の声と共に全員がメノウ達に襲い掛かった。
カツミとは違い、この少年たちは衝撃波などの技を使うことはできないようだ。
全員があくまで体術をメインとした戦術で攻撃を仕掛けてくる。
非常に規則正しい動きで攻撃を始める。
しかし、それは実戦に置いて役に立つというわけではない。
僅か数発を見ただけでメノウはその動きを瞬時に把握してしまった。
「単調な動きじゃのぅ、軽く避けられるわ」
「な、舐めるなよ!」
攻撃を受けるメノウは、攻撃を仕掛ける者の動きを予測。
ほぼ完璧に避けることができるのだ。
別の者が加わり二対一で猛攻を仕掛けるもそれも全てメノウに避けられる。
「これで終わりじゃ!」
身体を思い切りのけ反らせ、バク転で攻撃を避けるとともに距離を取る。
そして手に持っていた朱色の棒で二人の足を払う。
「うおッ!」
「な、速ッ…」
バランスを崩し倒れそうになる二人の腹に拳の一撃を与え、その場に下すメノウ。
一方、カツミは得意の斬撃では無く通常の体術のみで戦っていた。
斬撃波は非常に殺傷能力の高い技、このような場面で使用することは出来ない。
だからと言ってカツミが押されているというわけては無い。
「ほらほらどうした!開陽拳の実力はこんなものではないだろう!?」
「う、うわぁ!」
情けない声を上げ、その場に倒れこむ修行生の少女。
それを見た別の少年が、カツミの後ろから思い切り殴り掛かった。
しかしカツミにそんな攻撃が通用するはずも無く、それも避けられて逆にカウンターを喰らう。
「く、くぅ…」
「この程度かのぅ?」
「開陽拳の腕も名も落ちた物だ!まさかこの程度とはな…」
二人の威嚇に後ずさりする残りの修行生たち。
と、そこに…
「そこまで!その勝負は終わりじゃあ!」
古びた門の奥から現れた一人の初老の男。
その一喝がその場の空気の流れを変えた…