第四十二話 剣客包囲網 倒せ、汐之ミサキ!
メノウ達がこのシェルマウンドに訪れてから既に二日が経った。
人斬りによる被害者は増え続ける一方だった。
しかし憲兵隊の資料、そしてサイトウとヤクモからの情報により犯人は東方大陸からの流浪者『汐之ミサキ』ということが判明。
名声を求める彼女をおびき寄せるため、メノウ達は『ある策』を決行した…
シェルマウンドの中心街から少し離れた場所にある大型ショッピングセンター、『リンクウ』。
この南アルガスタで一番の規模を誇る商業施設であり、シェルマウンドの住人たちの憩いの場ともなっている場所だ。
多数の専門店、アミューズメントからなるエンタテイメントモールだ。
戦前の軍事用倉庫街を改造したため、天候にも関係なく商業を行うこととができるという。
塗り直しなどは行われておらず、外観は軍事倉庫のままだが中には多くの屋台や店舗が存在している。
…その地に彼女はいた。
シェルマウンドの平和を脅かす『東方の悪戯狐』の異名を持つ剣士、『汐之ミサキ』が。
背中には鞘に納め、布で巻いた暗炎剣も確認できる。
一目見ただけでは剣とは分からないようカモフラージュされている。
ここで再び人斬りを行うのだろうか…?
「う~ん、なに食べようかなー?」
…どうやら違ったようだ。
食事をとるため、このリンクウの屋台街に来ていたのだろう。
数多くある屋台一通り見終わった後、ミサキは一軒の屋台を選んだ。
「ここにするかっ!まさかこんなところに寿司屋があるとはね!さすがの私でも思わなかったよ」
彼女が選んだのは寿司屋だった。
東方大陸の島国の出身であるミサキ。
一応、寿司も故郷で食べたことはあるらしい。
屋台の暖簾をくぐり、中の席に座る。
他の店は混んでいたが、不思議とこの屋台だけは人がいなかった。
ラジオを聞いていた店主がこちらに向かって叫ぶ。
「へい、寿司処『浜ちゃんでい!』へようこそ!」
「威勢がいいですねぇ^~」
そう言いつつ、適当に料理を注文するミサキ。
屋台には数個の寿司ネタが置かれている。
もっとも海鮮類では無く、玉子焼きやいなり寿司用のあげなどだが。
そしてラジオからはやたらトロピカルな音楽が流れている。
「とりあえずシメサバください」
「ないです」
「あ、ない。それじゃあ稲荷を…」
「すいません、さっき…食べちゃいました…」
「は?」
「もう三日も何も食べていなかったんで…」
「三日かよぉ…」
注文した矢先に想定外の言葉が返ってきてしまい驚くミサキ。
稲荷が無いなら別の物をと思い、店長おすすめの寿司を頼んでみることにした。
どのような寿司が出てくるかと期待してみるが、出されたのは訳の分からない物体だった。
「なにこれ」
「こちら貝塚ロールになります」
太巻きの間にリップルの実と肉厚なキノコ、そしてカレーが挟まった謎の料理だ。
店主曰く、彼が独自に作った寿司だという。
自分が注文した料理だ。
そう思いながら、しょうがなくその貝塚ロールを口に運ぶミサキ。
しかし…
「(ゴミッ…)フルーツの味が強すぎる…」
一瞬本音を漏らしかけるミサキだが、何とか適当に取り繕う。
リップルの味とカレーの味がミックスされて肝心のネタであるキノコの味など全く分からない。
カレーの中途半端なスパイスとリップルの渋みが残った、奇奇怪怪な味となっている。
酢飯のせいで量が多く見え、食欲を喪失しかけるが、それでもなんとか残りの貝塚ロールも口に運んでいく
「今回の寿司は文句なしの…百点です!」
そう言って店主が自信満々に言った。
ちなみに彼が言うには、今まで来た客の中には
「想像通りの味ですね」
「おいしいけど…おいしい…」
「消し飛ばすぞ…」
などと言われたこともあったとか。
「以前来たレスラーもどきの男には顔が曲がるまで殴られましたね、はい」
以前この店を訪れた元南アルガスタ四重臣のシヴァにはその仕打ちを受けたという。
ただし代金はもらった。
その際の彼の死刑台に送られる死刑囚のような眼は今でも覚えているらしい。
そんな話を一方的に話す店主だが、ミサキの耳には一切入ってこない。
彼女は今、目の前にある『貝塚ロール』という名の魔物と戦っているのだ。
「完食でぇ…す…」
そう言って貝塚ロールの乗っていた丼を渡すミサキ。
とりあえず口直しにお茶を頼むと、今度は普通の温かいお茶が出てきた。
ここで妙なものが出てきたら、背負っている暗炎剣で店主を真っ二つにしてしまったかもしれない。
…なぜこの店だけやたら人が少ないか、ここにきて理解するミサキだった。
「(暗炎剣くん、やっとまともな物がでてきたぞ)」
自らの持つ剣に語りかけながらお茶を飲む。
温かいお茶を飲んでひと段落つきほっとしたのか、彼女は先ほどから聞き流していたラジオの音声に耳をやった。
『はい、今回の曲は『No Jobs』のトロピカルむ…』
そこでラジオの音声は一旦途切れた。
故障かと思った店主がそれを触ろうとした瞬間、再び放送が際された。
だが、なにやら放送内容が妙なことになっている。
先ほどまでは音楽番組が放送されていたにも関わらず、今放送されているのは…
『人斬りに告ぐ。明後日の午前零時、南アルガスタ最強の男が第8-11号SNNN-ION開発地区で待つ』
最強の男が待つ。
たったそれだけの言葉が放送された後、放送は先ほどの音楽番組に戻った。
しかし、その放送はミサキを動かすには十分すぎる内容であった。
「南アルガスタ最強の男…暗炎剣くん!行こう!」
放送を聞いたミサキは店主に代金を叩きつけ、急いで店を後にした。
その男こそ、彼女が探し求めていた男かもしれない。
この一連の人斬り事件も、そいつを誘い出し、倒すことで名を上げるという計画の一部分にすぎないのだから…
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それとほぼ同時刻、憲兵隊の一番隊屯所ではメノウ達もその放送を聞いていた。
メノウとカツミ、ヤクモ、ノザキ、そして隊長のイトウが屯所の集会場に集まっている。
今回の作戦の原案を出したのはメノウ、そして実行に移したのはイトウだった。
「ラジオの他にも明日の朝刊にも載せるよう依頼してある。もし人斬りがシェルマウンドにいるのなら確実に耳に入るはずだ」
「一応、検問には怪しい人物は引っかかっていませんから、まだこの街にいると思います」
イトウとノザキが言った。
さすがにラジオ放送と新聞記事と言うメディアを利用した行為はメノウ達だけでは不可能。
マーク将軍に頼み込むという手もあったが、それでは彼が各方面に手を回すこととなり時間がかかりすぎる。
素早く行動に移すならば憲兵隊の権力を利用した方が早い、そう考えたのだ。
「ワシはこう、高台からビラをどば^~っとばら撒くというのを想像していたんじゃがのぅ…」
「ふふふそうですね。しかしそれはベストな選択とは言えないです」
メノウ自身が最初に考えたのはビラを撒くと言うものだった。
しかしそれではどうしても偏りが発生してしまい、ミサキの耳に入らないかもしれない。
また、シェルマウンド中にばら撒くほど大量のビラを用意するのにはどうしても時間がかかってしまう。
憲兵隊や、ヤクモとしては出来る限りメノウがこのシェルマウンドにいる間に人斬り事件を解決して欲しい。
もちろんそのために彼女たちに無理強いをするわけではない。
だが、それをかなえるためにはどうしても時間との戦いになってしまう。
時間がかかる、あるいは不確定要素が大きく絡む作戦はベストとは言えない。
「それで、おびき寄せた後はどうするんだ?」
イトウが言った。
彼は言われたまま放送と新聞の手配をしただけなので、呼び出した後の作戦の内容を知らない。
その作戦内容について書かれた一冊のノートを開き、それと共にノザキが語った。
「まずは先ほどの放送通り、第8-11号SNNN-ION開発地区でカツミさんがミサキを待ちます」
「最強の『男』ではねーけどなー」
第8-11号SNNN-ION開発地区は最近開発計画が立ち上がった地区。
そのため現在は一面に更地が広がるのみで障害物などは何もない。
正面から戦うのならばもってこいの場所だ。
「もちろん、実際は一人じゃありません。地下の古いパイプラインにヤクモさんが隠れます」
戦いが始まる瞬間に地下からヤクモが飛び出し、二体一に持ち込む。
実力者であるヤクモとカツミが二人で戦えばまず負けは無いだろう。
現在負傷中のメノウは魔法による後方支援兼回復担当だ。
「本当はメノウさんにも戦闘に参加して欲しかったのですが…」
さすがに負傷中のメノウを戦闘に出すわけにはいかない。
彼女を後方支援に回したのはカツミとヤクモの案だ。
ほぼ完治しかけているとはいえ、彼女の腕は未だ完全な状態とは言えない。
さらに言うなら、すでにヤクモとカツミだけでも戦力は十分と言える。
ここにあえてメノウを加えるというのは、いささか過剰戦力ともいえる。
それに、彼女の場合魔法だけでも十分戦闘を有利に進めることが出来るだろう。
「ワシは別に大丈ぶ…」
「神経がズタズタに引き裂かれているのを普通は大丈夫とは言わないぞ」
「じゃが…」
「あたし達に任せろって!」
以前とのシェンとの戦いでメノウの右腕はかなりの深手を負っている。
メノウの強力な自己回復能力により何とか動いてはいるが、普通ならば一生利き腕が使えなくなるほどの傷を受けているのだ。
本来ならば戦いは避けるべきなのだが、彼女は戦うと言い張った。
カツミ達だけを戦わせ自分だけ安全地帯から魔法で後方支援というのはどうも気が引けるらしい。
しかし、後の東アルガスタでの戦いを考慮するとここで無理に戦わせるにはいかない。
「…わかった。今回はカツミに任せる。頼りにしてるぞぃ」
「ああ、必ずヤツを倒してやる」
「がんばりましょうね」
「…なぁ、ヤクモ。一つ質問があるんだがいいか?」
「何の質問ですか?」
カツミの問い、それはラジオ放送で言っていた『最強の男』というもの。
それはいったい誰なのかということだった。
カツミはこの言葉に何か意味があるのかと思ったのだが…
「…特に意味はありませんよ。ああ言えば名声欲しさに釣られるのではないかと思っただけです」
「なんだよそれ」
ヤクモは軽く流したが、メノウは彼の言った『最強の男』を知っている。
それは…
役職:寿司屋の店長 性別:男 歳:32
シェルマウンドに住む男。
リンクウの屋台街に店を構える。
海鮮類は嫌いなので、濃い味付けをしないと食べることが出来ない。
好きな食べ物は麺類。