第四十一話 過去からの挑戦者!
メノウ達が出会った人物、それは意外な男だった。
「ふふふ、貴女たちも『アレ』にたどり着いたようですね…」
三人の突如現れたのは、かつての南アルガスタ四重臣の一人『ヤクモ』だった。
かつてメノウがショーナ、そしてミーナ達と共に身の南アルガスタを旅した際に対峙した男。
彼は縮地法や札術などの妖術の類を得意戦術としている。
現に今も、お得意の縮地法を使いメノウ達の目の前に現れて見せた。
アズサによると、元軍閥長の失脚後は姿をくらませていたと聞いたが…
「びゃあぁ!?」
突然目の前に現れたヤクモに妙な奇声を上げて驚くカツミ。
彼女を無視し、メノウは彼に言う。
「久しぶり…じゃな?ヤクモ」
「ふふふ、そうですね」
よく見るとヤクモは顔の右半分を覆う仮面のような物を付けていた。
狐を模したデザインのものだ。
それについて彼に尋ねると…
「あの戦いの際に少し怪我をしてしまいましてね…」
あの戦いとは、一年前の黒騎士ガイヤとの一戦のことだろう。
彼の話によると、ガイヤの攻撃で崩れゆく城から脱出する際に傷を負ってしまったらしい。
「仕事柄、人前に出ることが多いので一応顔の傷を隠しているんです」
「仕事…?」
「ええ、今は各地を回って、『奇術師』と『なんでも屋』の仕事をしています」
「ほう」
「まぁ今はオフですし、この仮面も外しましょうか…」
そう言って狐の仮面を懐にしまうヤクモ。
その下には、左頬に大きな傷があった。
仕事で客の前に出る以上、傷を隠すというのが彼の考えなのだろう。
「…あッ!ヤクモってどこかで聞いた名前だと思ったら!」
仮面の下から現れたヤクモの顔を見たノザキが叫んだ。
ノザキは元々はシェルマウンドとは別の街に住んでいた。
そのためヤクモなどの、元南アルガスタ四重臣達と直接の面識があるわけではない。
しかし一年前の事件の後、このシェルマウンドの憲兵隊に入ったのだ。
ヤクモのことは一度だけ憲兵隊に保管されていた資料で見たことがある。
それを彼は思い出したのだ。
「東アルガスタ四重臣のB基地司令官だった…!」
「そうですよ」
「以前、憲兵隊に保管されていた資料で見たことがあります」
「資料ですか」
「消息不明になっていたと聞きましたが…」
「マジすか」
「各地を回っていたとは…」
ノザキと会話を続けるヤクモに対し、メノウが先ほどから気になっていることを切り出した。
彼の言っていた『アレ』とは、メノウ達の追っている人斬りのことなのか。
もしそうならば、なぜヤクモはそのことを知っているのか。
そしてなぜ、彼は今になってメノウ達の下に再び現れたのか。
その質問にヤクモは答えていった。
「単刀直入に言います。人斬りを討伐するために、あなた達の力を私に貸してほしい」
メノウほどの実力者ならば、人斬りと渡り合える。
以前、黒騎士ガイヤ相手にそこそこ善戦できたメノウならばまず敗北は無い。
そう考えての発言だ。
「そしてヤツの持つ剣を回収して頂きたい」
恐らくその剣こそ、先ほどサイトウが言っていた『暗炎剣』という剣だろう。
人斬りの少女が持つ正体不明の剣。
「それが人工の邪剣、暗炎剣か…」
「そう、正式名称『暗炎剣-DB -8934832号-U・T・O 』。東アルガスタの軍事企業が開発した剣です」
『世界四大宝剣』の一つである『魔将』と言う剣が持つ、強大な破壊力を再現するために作られた人工の邪剣。
それが暗炎剣だ。
あくまで科学の力で再現したレプリカであるため、本物の持つ驚異的な破壊力は無い。
とある武器商人がこの南アルガスタにそれを解き放ったという。
「どうやら試作品が武器商人に流出し、人斬りの手に渡っていたそうですね」
「厄介じゃのぅ…」
「犯人が暗炎剣を手に入れたのは、恐らく最近のことです」
ヤクモが独自に掴んだ情報によると、その剣が他の刀剣類と共にこの南アルガスタに入ってきたのは数週間ほど前のこと。
当初は盗品の刀剣で人斬りを続ける予定だったが、暗炎剣を手に入れたため予定を修正。
それを使い人斬りをするに至ったと…
サイトウを見逃したのは、もはや自身の正体を隠す必要が無くなったからだろう。
仮に正体がばれても、暗炎剣と共に別の地区へ逃げればよいだけだ。
「一応、現在その剣を持っていると思われる人物の特定はできています」
意外なことに、ヤクモは暗炎剣の現在の所有者を特定しているという。
武器商人から流れたルートをたどっていき、複数の偽装取引を見抜きようやくつかんだ情報とのことだ。
彼の持つ大きな情報に驚くメノウたち。
「…ということはヤクモ、お前さんは犯人の正体を知っているのか?」
「ええ。居場所寝知っています。しかし…」
たとえ正体を知っていたとしても、自分一人でできることには限界がある。
仮に憲兵隊などに通報したところで、人斬りに勝てるとは思えない。
無駄な犠牲が増えるだけだ。
ヤクモはメノウ達にそう語った
だからこそ、彼はメノウ達に接触したのだ。
「…わかった、協力しよう」
「ありがとうございます」
ヤクモの申し出をメノウは了承した。
いつもの彼女ならば相手の腹の内をもう少し詮索し、その考えを見抜いた後に答えを出す。
それがメノウと言う少女。
しかし、今回は違った。
「…メノウ、あのヤクモとかいうヤツ、信用できるのか?」
カツミが他の者に聞こえぬよう小声で言った。
少なくとも彼女には、あのヤクモと言う男が信用できるとはとても思えなかった。
どこか不思議な妖しさ、違和感を持つあの男を…
「ワシもあの男を完全には信じていないわ。じゃがな…」
「今はヤツに力を貸すしかない…?」
「そうじゃよ…」
サイトウからの情報も頭打ちになった今、例えこのヤクモが何者であったとしても彼の持つ情報しか頼るものは無い。
このシェルマウンドに滞在できるのも、今日を含めなければあと三日。
時間の余裕はない。
彼の真意は分からないが、ここは一時協力するのがいいだろう。
それがメノウの考えだ。
「して、その暗炎剣の持ち主とは一体誰なのじゃ?」
メノウが尋ねる。
確かに、それ知らないと始まらない。
「実は最近、南アルガスタに厄介なヤツらが入ってきましてね…」
「厄介なヤツら…」
「ええ、一言で言うなら、『東方大陸の悪戯狐』…」
「東方大陸の悪戯狐…じゃと!?」
「そいつこそ、暗炎剣を持つ少女、『幻狐流剣術』の使い手『ミサキ・シオノ』です」
東方大陸のとある島国で生み出されたという『幻狐流剣術』、それは剣と残像を操り戦う剣術。
人斬りの少女、ミサキはその剣術を習得しているという。
かつて彼女は自らが生まれ育ったその島国でも同様の人斬り事件を起こしていた。
しかしある時を境に、その島国からパッタリと姿を消した。
…祖国の追っ手から逃れるため、このゾット帝国に彼女は渡海していたのだ。
「彼女の幻狐流剣術は幻術と剣術を合わせた高速戦闘術、暗炎剣を持つ彼女には、並みの人間では太刀打ちできません」
ヤクモによると、元々の幻狐流剣術は刀を高速で動かすのに特化した剣術。
威力は二の次であり、あくまで相手を翻弄するための技がメインなのだそうだ。
しかしミサキはそれを暗炎剣の持つ高威力でカバーしている。
通常の斬撃だけでも厄介だが、それに加えての高威力。
本人の技量の高さも加えると非常に厄介な相手だと言える。
「カツミ、お前さんの開陽拳で何とかならんかのぅ?」
メノウが言った。
カツミの開陽拳も同じく東方大陸が源流である高速戦闘術。
そして高威力の技の数々を持つ。
殺傷能力だけならばカツミの方が上かもしれない。
だが、ここでネックとなるのが暗炎剣の威力だ。
「あたしの開陽拳は正面からの戦闘に特化した奥義、うまく真っ向勝負に持ち込めば勝てるだろうが…」
これまでの事件の傾向からして、犯人であるミサキは相当用心深い性格をしている。
多数の刀剣窃盗を繰り返しても一切捕まらず、証拠も残さなかったのだ。
そのような人物相手に真っ向勝負を挑むのは至難の技だろう。
逆に奇襲をかけられた場合、何もできないままカツミが敗北する恐れもある。
「ワシが戦おうにもこのケガでは…」
メノウの右腕はほぼ治ってはいる状態だ。
以前カツミには肌の表面の傷のみ治っていないと言ったが、正確にはそれは誤りだ。
表面の傷の他にも切り裂かれた内部の神経の一部がまだ完治していない。
日常生活を送れるレベルにまでは治っているものの、激しい戦闘に出るのはまだ無理だろう。
この先メノウとカツミは東アルガスタでツッツを救うという目的もある。
ここで大怪我を負い、その戦いからリタイアするわけにはいかない。
「ではメノウさん、貴女の魔法ではどうですか?」
「う~ん…魔法はそこまで万能ではないのじゃ…」
ノザキの問いにメノウが答える。
魔法には発動までの若干のタイムラグが存在する。
詠唱などの最中に攻撃されればそれが致命傷ともなりえる。
事実、彼女はこれまでの戦いでもほとんど魔法を使用してこなかった。
使用した魔法も、回復魔法や口を割らせる無色理論などの非戦闘用魔法などが殆ど。
「憲兵隊の隊を呼んで皆で戦うと言うのは?」
「あまり得策とは言えませんね。恐らく、無駄な死人を増やすだけでしょう」
ノザキの案をバッサリと切り捨てるヤクモ。
大人数でかかったところで、暗炎剣の前には意味を成さない。
憲兵隊ても最強クラスのイトウ隊長でも暗炎剣を持ったミサキに勝つのは不可能だろう。
事実、彼と同格の剣客であるサイトウもミサキの前では逃げ出すほどだった。
最もイトウならば逃げるなどと言うことはせずに戦うだろうが…
「純粋な剣の腕でミサキに勝とうと思ってはいけない、ヤツは恐ろしい少女です」
「…そのミサキと言う少女はなぜ人を斬るのですか?」
「くだらない理由です。『名声』ですよ」
彼女が人を斬る理由、それは『名を上げるため』だという。
たったそれだけのことで彼女は多くの事件を起こしてきた。
「名声…か…」
それを聞いたメノウが何かを思いついたようだ。
慎重かつ大胆そして用心深き人斬り、幻狐流剣士ミサキ。
彼女と正面から戦い、そして勝利するための方程式を…
 




