第三十三話 西アルガスタからの旅路(後編)
ゾッ帝原作の文字数をそろそろ超えてきましたね…
もうすぐ二章完結です。
東アルガスタ行きの列車、『クッチャ・ピッチャ・ニチャ号』に乗ったメノウとカツミ。
道中に獣型ハンターの軍団を駆る列車強盗団バッタリー一味に強襲されるが、それを撃退。
改めて列車で東アルガスタを目指そうとしたカツミだったが、メノウはそれを一時拒否した。
「…必ず戻って来いよ」
「ありがとうな、カツミ」
カツミに礼を言うと、その場に一人残るメノウ。
正確には、『ヤーツァ・バッタリー』から奪った中型獣型ハンターも一緒だ。
去りゆく列車を眺めながら、先ほどから感じる不気味な『気配』を探る。
この辺り一帯は、列車の線路以外何もない一面の荒野。
植物すら碌に生えていない不毛の大地だ。
隠れる場所などどこにも無い。
あるとするならば地中か、それとも…?
「それで隠れたつもりか!いい加減出てきたらどうじゃ!」
メノウが空に向かって叫ぶ。
太陽が異常なほど輝き、辺りには強い日差しが照りつけている。
この辺り一帯は遮蔽物も無いため余計にそう感じる。
彼女が見上げた空にはただ雲が浮かんでいるのみ。
いや…
「けっこううまく隠れたつもりだったのにね…」
その声と共に空から一人の少年が『飛竜の魔物』に乗って共に降りてきた。
背丈も年齢もメノウと同じくらいだろうか。
しかし、十二~十三歳であろうその少年の眼には底知れぬ『狂気』が宿っている。
今目の前にいる少年は只者ではない、メノウはそう感じた。
この目は人を平気で殺せる人間の眼だ。
「お前さんは…一体…?」
「どうも、メノウさん。僕の名前は『シェン』。『青龍』の属性を持つ東アルガスタ四聖獣士の一人です」
この少年の名は『シェン』というらしい。
彼の言った『東アルガスタ四聖獣士』は、東アルガスタを守る四人の戦士の称号。
赤い巨鳥型ハンターを操る女、ザクラもこれに所属している。
「東アルガスタ四聖獣士、ザクラと同じじゃな…」
「ああ、ザクラさんと会ったんだ。あの人、詰めが甘いんだよね」
頭の後ろをさすりながら、そう言い放つシェン。
メノウには笑顔を見せているものの、その言葉にも隠し切れぬおぞましさを感じる。
「やれ殺すな、女子供は見逃せとか…面倒ばっかり」
「詰めが甘いとはそう言うことか…」
「そういうこと!」
その声と共に、シェンの後ろに控えていた飛竜の魔物がメノウに襲い掛かる。
不気味な咆哮と共に、空気を切り裂きながら魔物が突進してくる。
この魔物は『飛竜型ハンター』、全長十メートルほどの体躯に強靭な足と非常に長い尾を持つ。
あくまで飛竜であるため、腕はもたない。
しかし青龍の名に違わず、その全身を青い装甲で覆っている。
「いきなりじゃの!」
「まぁ…ねッ!」
突進してきた飛竜型ハンターの脚爪による攻撃を軽く避けるメノウ。
あの飛竜型ハンターの青い装甲、あれはどうやら鋭い刃になっているようだ。
翼にも刃が埋め込まれており、軽く触れるだけでも切り裂かれてしまうだろう。
「メノウさん?ゆっくり観察してる場合じゃないですよ!」
シェンの声と共に、飛竜型ハンターの尾先が鞭のようにメノウの背中に叩きつけられる。
完全な不意を突かれたメノウの全身に激痛が走る。
並の鞭では無い。
金属でできた超重量の、さらに刃が埋め込まれた鞭だ。
一気に背中の肉がズタズタに引き裂かれ、多量の血があふれ出てくる。
「あッ…ぐッ…は…」
回復の魔法を使いたいが、恐らくシェンはその隙を与えてはくれないだろう。
呪文を詠唱した瞬間、大きな一撃を受けてしまう。
同じく魔法攻撃も無意味だ。
「普通の人なら今ので体が真っ二つになってるんだけどね」
「お前さん、ちょっと冗談がキツイぞぃ…」
「そう睨まないでよ、かわいい顔が台無しになっちゃうよ!」
喋りながらもシェンは飛竜型ハンターを操りさらなる攻撃を仕掛ける。
再び先ほどと同じく体当たりで攻撃をしてくる気だろう。
ただの体当たりが一撃必殺級の攻撃となる、全身の装甲が刃となっている飛竜型ハンターならではの攻撃方法だ。
「二度目は喰らわんわ!」
そう叫ぶとメノウは突進してくる飛竜型ハンターに向かって走り出す。
何らかの技を仕掛けるつもりだろうか。
そうあたりを付けたシェンがメノウに向かって言った。
「大型肉食恐竜型ハンターに使った『幻影光龍壊』かな?残念だけどあの技は…」
「さぁ、それはどうかのぅ!?」
そう言うとメノウは飛竜型ハンターと交錯する瞬間、体を大きく捻りその攻撃を避けた。
それだけではない。
飛竜型ハンターの左足を掴み、力を込め引き千切った。
そしてその勢いのまま飛竜型ハンターを地面に叩きつける。
「王武壊!」
この『王武壊』は幻影光龍壊ほどの威力では無いにしろ、非常に小回りの利く技だ。
小型の敵ならばこちらの方が有効な場合がある。
不快な金切り声を上げながら苦悶の表情を浮かべる飛竜型ハンター。
「ハンターにも…痛覚はあるからのぉ…」
左手を抑えながらメノウが言う。
飛竜型ハンターの左足の装甲にも当然、刃が仕込まれている。
それを彼女は力任せに掴み引き千切ったのだ。
当然、その代償は大きい。
左手はもはや目も当てられない、使い物にならないほどの状態になっていた。
「肉を切らせて足を断つってこと?メノウちゃん?」
「知らんわ!」
引き千切った飛竜型ハンターの左足を思い切りシェンに向かって投げつける。
しかしシェンはそれを軽く避けた。
ハンターを操る能力だけでは無く、身体能力もかなりのものがあるのだろう。
それをからかう様にシェンがメノウにある言葉を投げかける。
「さすがはメノウちゃん、『竜の巫女』と呼ばれるだけのことはあるね」
彼の言った『竜の巫女』という言葉を聞き、メノウの表情がとても険しいものに変わる。
「…なぜその『言葉』をお前さんが?」
「ハンターをラウル古代遺跡に調査しに行ったときにちょっとね」
今から数か月前、時期的にはメノウが南アルガスタを旅していた時期に当たる。
その時期にシェンは東アルガスタの調査隊と共にラウル古代遺跡を訪れていた。
主な任務はハンターの調査と古代文明の遺産の回収。
この『竜の巫女』の伝説もその時に知ったのだ。
ラウル古代遺跡の調査自体はゾット帝国が国を挙げて行っているが、この時の調査は東アルガスタの独断によるもの。
誰に悟られることなく秘密裏に行われていた。
「お前さん、古代語が読めるのか…?」
「『竜の巫女』は『人間』じゃないから、その耐久力も納得だよ」
「そんなことはどうでもいい!何故お前さんがその言葉を!?」
「僕じゃないよ、学者さんががんばって解読したんだよ。大変だったって」
メノウにとって『竜の巫女』という言葉はとても深い意味を持つ言葉だ。
しかし、その言葉を知る者はこの世界には自分以外にいないはずだと思っていた。
まさかシェンはその言葉を知っていたとは…
しかも、彼の様子から察するに遺跡内の他の壁画の文も解読されているのだろう…
「『竜の巫女の伝説』以外にも何か解読したのか…?」
声色を荒げ、それを問うメノウに対しシェンは再びふざけたような声色で語りかける。
「う~ん、これ言っちゃっていいのかな~?」
「言え!」
「今日は言うなと言われていないから…言っちゃおうかな」
そう言うとシェンは驚くほど軽く、調査した結果を話し始めた。
今から数か月前、ラウル古代遺跡を訪れたのはハンターを調査し、その技術を得るのが目的だった。
古代遺跡の遺産は当初はあくまで『ついで』でしかなかったのだと言う。
ハンターの従属化など最初は想定もしていなかったのだ。
「遺跡で財宝でも見つかれば研究資金の足しにでもできると思ったんだろうね」
「まぁ、そんなもの無いんじゃけどな」
「ハンターも最初は残骸の数個でも回収できれば御の字だったんだよ」
非常に高い戦闘能力を持つハンターを、ラウル古代遺跡という彼らのホームグラウンドで捕獲するのは不可能と判断したのだろう。
東アルガスタの調査隊は捕獲は諦め残骸の回収を目的として行動した。
しかし、ハンターの残骸は発見できなかった。
「ハンターは仲間の死骸でも遠慮無く喰うからのぅ…」
「そう、だからハンターの残骸を回収はできなかった。けどそれよりも、もっといいものがいくつも見つかったよ」
その一つが『古代魔法』、現代では絶滅魔法と呼ばれるものだ。
メノウも使えるがその殆どは魔力の消費が激しい、長い詠唱が必要、などのデメリットが多い。
もちろん、その分得られる対価も大きいが。
古代はこの魔法を用いた戦争などが行われていたが、時が経つに連れそれも衰退。
今では使えるものはメノウを含めた『極々僅かの人物』しかいない。
「まぁ、これは単なる資料的価値が大きいけどね」
他にも何個か発見されたものがあったが、その中でも最も大きな発見は『ハンターの従属化』の方法だろう。
それはかつて、ラウル古代遺跡を滅ぼしたという伝説を持つ『古代王』が使ったとされている。
「自分の脳から送られる電気信号を直接ハンターに流す、単純だけど非常に高度な技術が無いとできないことだよ」
古代王は『オーヴ』と呼ばれる道具を使用することによりそれを実現していた。
メノウ達と戦った追跡者やシェン、ザクラもその方法を利用してハンターを操っているのだ。
もっとも、オーヴ自体はラウル古代遺跡で採取できなかったため人工的に作られた『疑似オーヴ』を使用しているが。
「オーヴにそんな使い方があったとは…」
「竜の巫女のくせにそんなことも知らなかったの?」
「オーヴはそんなことに使うものではない!」
シェンの言葉を聞き言葉を荒げるメノウ。
しかし、心の奥底では彼らの持っている者がオーヴの偽物であることに少し安心していた。
オーヴは『皇帝の守護龍』を召喚するための道具、少なくともメノウはそう聞いていた。
守護龍を従えるに相応しい者が持つべき神聖なる神具。
オーヴとは、決して人間の屑が持っていい物ではないのだ。
「そう怒らないでよ、傷に響くよ」
「…ワシの質問に一つ答えてくれるか?」
「いいよ、答えられる範囲ならね」
「…なぜお前さんたちはツッツを攫った?なぜワシとカツミを東アルガスタへ向かわせようとする?」
ツッツを攫ったのは、彼女が『異能者』だったから。
ザクラはそう言った。
しかしなぜ異能者を攫うのか、それがわからない。
「一つじゃないじゃん、レズはよくばり」
「ふざけるな!さっさと答えろ!」
「わかった、わかった。でもどっちも今は答えられないよ。こればっかりは言えない!」
「は?」
「まぁ、行けばわかるさ!今回はあくまで前哨戦だよ!」
そう言うとシェンは飛竜型ハンターに乗り何処に消えていった。
最初からメノウを倒す気など彼にはなかった。
ヤーツァをけしかけ、彼女をおびき出すだけの『遊び』がしたかっただけなのだろう…
名前:シェン 性別:男 歳:十二 一人称:僕
東アルガスタ四聖獣士』の一人、『青龍』の属性を持つ。
青い飛竜型ハンターを操る。
メノウが苦手とする性格の人物で戦闘中も終始シェンのペースだった。