第三十話 ジョーの暴走
裕P先生に何やら動きがあったようですね…
ウレシイ…ウレシイ…(にちにち)
東アルガスタへと行くための列車はキリカにある駅から出るという。
ザクラが渡した切符は一番値段の高い列車の一番良い席が十枚ほどが束になっている。
しかもアゲートを連れていける馬用の貨車も付いているのだ。
メノウはカツミと共に、ツッツを助け出すため東アルガスタへ向かうことを決意した。
アゲートに乗るメノウと素で歩くカツミ。
「こういう気取った街は嫌いだ」
カツミがそう呟きながら辺りを見回す。
金持ちが金持ちを満足させるために作った街。
そのような物を見ているだけでも全身を掻き毟りたくなってくる。
道中に、以前壊滅させた『ディオンハルコス教団 キリカ支部』があった。
現在は立ち入り禁止となっているが、建物は相変わらずそのままだ。
「趣味の悪い建物だな」
「ワシも同じ意見じゃ」
初めて二人の意見が合った気がする。
もっとも、さすがにキリカ支部の建物を好む者は信者以外そうはいないだろうが。
ピアロプ・トロシードも逮捕され、あの建物は今後どうなるのか。
事件からまだ対して時間も経っていないが、不思議と警察はいなかった。
不審に思いつつ、足を進める二人。
「何で立ち入り禁止なんだ?」
「ここで以前ちょっとした事件が…」
そう言いかけた時、メノウはふと気づいた。
あの時はツッツとスートがいた。
しかし、今はどちらもいない。
「(ツッツ…)」
「…どうした?聞いてはいけないことだったか?」
「すまんの」
「そうか…」
攫われたツッツのことを想い、ふと空を見上げる。
ザクラから渡された手紙と切符をなにげなしに太陽にかざしてみる。
なぜわさわざザクラはこのようなものを渡したのか。
その謎は尽きない。
「(東アルガスタへ行けばわかるのじゃろうか…?)」
切符は今日の昼に発車する列車に使用できる。
丁度今から一時間後だ。
「そろそろ公園を抜けるな」
郊外の公園地帯を抜け、市街地へと入って行く二人。
普段ならこの時間帯はそこまで人が多くは無い。
道路もそこまで混んではいないはずだ。
だが、今日は何か様子が変だ。
「なんじゃ、これは…」
昨日、メノウとツッツがこの町を出たときはこれほど騒がしくは無かった。
しかし今はまるで嵐が通り去った後のよう。
二人の目に写ったのはまさに地獄。
何台もの車が横転、正面衝突。
店舗や家屋に大型トラックが突っ込み、燃料を乗せたタンクローリーが爆破炎上。
「危ねぇ!」
キリカ市街の大通りは大惨事だった。
目を覆いたくなる光景を前にする二人。
だが…
「あれはッ!?」
カツミが目にした光景、それは衝突で車内に閉じ込められ、窓を叩く子供だった。
火が車内に広がり、その子供の泣き叫ぶ悲鳴が聞こえる。
若い母親らしき人物は何とか救い出そうとしているが埒が明かない。
このままではガソリンに引火し爆発してしまう。
「チッ!ガキ!頭下げろ!」
衝撃波で車の上半分を切断し吹き飛ばすカツミ。
急いで子供を中から救いだし母親をその場から離す。
次の瞬間、ひっくり返った車が爆発飛散、車の残骸が辺りに飛び散った。
子供は気絶しているが、幸い大きな怪我はないようだ。
親に抱いていた子供を渡すカツミ。
「おいおい。最近の近代都市は随分過激なんだな…」
皮肉なのか真意なのか意味不明の言葉を吐くカツミ。
それも無理は無いだろう。
サイレンが鳴り響き、何台ものパトカーやレスキュー車、救急車が二人の横を通り過ぎる。
担架でレスキュー車に運ばれてゆく頭に包帯を巻いた男性の怪我人。
すがる様に担架に寄り添い、泣き叫ぶ女性。
彼の母親だろうか。
「酷いのぅ…」
一体何が起こっているのか尋ねよう。
そう思いメノウはアゲートから降り、近くにいた警察隊の男性に声をかけようと大通りを渡ろうとする。
しかしその時…
「おい!戻れメノッ…!」
カツミの言葉が大通りに響く。
それとほぼ同時に、大通りを数台の車とバイクが勢いよく駆け抜けていった。
間一髪で突っ込んできた車を避けるも、危うく轢かれるところだった。
突然の出来事に驚きを隠せず、さすがのメノウも心臓の鼓動が高まっている。
「あ、危ないところじゃった…」
額の汗を手の甲で拭い、息を吐いてカツミの方を振り向く。
一体今のは何だったのか。
メノウには、一番前の車を後続の車やバイクが追っているようにも見えた。
一瞬だが、追われている先頭車両には二人の子供が乗っているようにも見えた。
「(なんじゃ一体…)」
「今の車といい、いったい何なんだ…?」
「わからん…」
人が何人も血だらけであちこちに倒れている。
しかし、彼らを助ける者はいない。
絶対的な『緊急特殊車両』と『人手』不足なのだ。
どうやら他の場所でビルが複数個爆発したらしく、そちらレスキュー車や消防車を優先的に回しているらしい。
中に人が閉じ込められ、救助活動が困難な状態だという。
テロも視野に入れ、警察も街中を駆け回っている。
「ディオンハルコス教団の方に人がいなかったのはそう言うことか…!」
通常ならば事件からたいして時間の立っていないディオンハルコス教団キリカ支部を調査するための警察がいるはずだ。
しかし今はいなかった。
恐らく、その分の人員もこちらに回しているのだろう。
「あ、おい!」
そんな二人の前を火だるまの男が叫びながら走ってきた。
事故か何かで引火したのだろう。
必死で地面を転がって消そうとしているが火は一向に消えない。
燃料を被ってしまったのだ。
メノウがそれを消すため消火魔法をその男にこっそり使用した。
「消火価値、火を消すのじゃ」
その言葉と共に男を包んでいた火が一気に消えた。
魔法の追加効果で傷なども治って行く。
何が起きたのかわからず戸惑う男を尻目に、近くにいた警察隊の男性に声をかけるメノウ。
そして何が起こっているのかを尋ねた。
「私達にも何が起こったのかわかりません。突然、暴走車が多数の人間を跳ね飛ばしたという通報がありまして…」
当の警察隊も何が起こったのかわからないようだ。
彼らによると、突然武装した装甲車がこの街を駆け抜けていったという。
あまりにも突然だったため逃げることもできなかった。
それはまるで竜巻か何かのようにあっという間に去って行ったのだった。
「わからないって…」
「すいません…」
警察隊の男が汗を拭いながら言った。
ちょうどその時、彼の持つ通信機に連絡が入った。
何やら新しい情報が入ってきたようだ。
通信機を取り、それを聞く。
「そうか、わかった…仕方が無い…」
やるせない表情で警察官は二人に語った。
この事件、この惨事を起こした犯人。
その『男』の正体を。
『ジョー』
それがこの大惨事を起こした男の名だ。
西アルガスタの軍閥長であり『支配者』、悪魔のような邪悪さを持つ。
その影響力は西アルガスタの治安そのものに影響を及ぼすほど。
警察や軍も彼に干渉され満足に動くことが出来ない。
彼らが独断で『ジョー』を逮捕するのは不可能なのだ。
「ジョー…だと…?」
その名を聞き、一瞬カツミの顔が引きつる。
「カツミ…?」
「…あ、ああ。どうしたメノウ?」
メノウが声をかけると、ふと我に返ったようになった。
「いや、なんでもない」
その後の警察官の話によると、『ジョー』は王都ガランにて王女ルビナを誘拐。
自らの館に監禁していたという。
現在、彼女は同じく囚われていた少年と共に脱出したらしい。
しかし、ルビナ姫とその少年のその後の所在が分からなくなっているという。
「そんなにワシ達に話してしまっていいのか?」
「どうせみんな口に出さないだけで知ってる事さ…」
「逮捕はできないのかよ」
「できない…上の命令が出ず、現行犯で逮捕してもいずれ解放される。上の連中は裏でジョーと繋がってる」
たとえ逮捕しても警察の上層部が『ジョー』を解放する。
また、警察隊がジョーに返り討ちにあったという事例もある。
下手にヤツを捕まえようとせず、放っておくのが現段階では一番なのだという。
「…腐ってるな」
「現地の一警察である私達にはどうすることもできないんだ」
そう言って警察官は持ち場に戻って行った。
「ジョー…か」
「そんなことより、もうすぐ列車が発車する。急ぐぞぃ!」
そう言ってアゲートに飛び乗るメノウ。
前足を跳ね上げ、アゲートは勇ましく嘶く。
一瞬圧倒されるカツミにメノウが言った。
「後ろに乗れ!」
「お、おう!」
列車の発車時間まであと少し、ここで足止めをされるわけにはいかない。
二人はアゲートに乗りキリカ中央駅へと向かう。
「これはオマケじゃ!再生治癒能力!」
事故現場の去り際にメノウが叫んだ。
単なる回復魔法だが、その効力は大勢の人間の傷を癒すというもの。
ちなみに、この魔法は過去には軍事利用目的で研究されていたのだ。
しかし薬の発達により廃れたという経緯がある。
「大怪我を直すことは出来んが、レスキュー隊が来るまではみんな粘れるじゃろう…」
メノウがアゲートの脚を進めながら呟く。
出来ればこの場に留まって治癒の手伝いもしたいところだがそうもいかない。
一刻も早くツッツを助け出す。
今のメノウにはそれしか考えられなかった。
皮肉なことに、街中の事故のおかげで車も人もかなり少なくなっている。
アゲートが全力疾走しても、それを妨害する者は誰もいない。
「待っておれよ、ツッツ!」
ツッツを助けるため東アルガスタを目指すメノウ。
しかしこの惨劇の元凶『ジョー』が、そして東アルガスタの『皇』と呼ばれる男が…
二人の前に立ちはだかることを彼女たちはまだ知らない…
ザクラ 性別:女 歳:18
『東アルガスタ四聖獣士』の一人、『朱雀』の属性を持つ。
赤い巨鳥型ハンターを操る『謎』の力を持つ。
異能者の素質があるツッツを攫った。
何故かメノウ(とカツミ)を東アルガスタへと招待したがその真意は…?