第二十九話 炸裂!ファントム光龍壊
開けましておめでとうございます。
メノウの魔力を纏った拳が大型肉食恐竜型ハンターの骨格、内部機関を粉々に砕いて行く。
体内から破壊し尽くされればいくら大型肉食恐竜型ハンターと言えともひとたまりもない。
そのメノウの技の名は『幻影光龍壊』、魔法と拳技の合わせ技だ。
幻影を囮にし魔力を纏った一撃を与える。
大型肉食恐竜型ハンター『だったもの』はその場に崩れ落ちた。
「まさか内部から攻撃するとは…」
「ふぅ…一歩間違えたらワシがバラバラになるところだったぞぃ」
メノウが大型肉食恐竜型ハンターの残骸から顔を振りながら出てきた。
全身にゲルが付着しているため、身体を回しながらそれを飛ばしている。
「わ、汚ぇー」
「よし、とれた」
メノウの纏うローブは魔力を纏った魔法具の一種。
ちょっとした汚れ程度なら簡単に取れる。
大型肉食恐竜型ハンターを倒したメノウとカツミ。
次はこの大型肉食恐竜型ハンターを操っていたあの男と対峙する番だ。
そう思いながら、二人は先ほどまであの男がいた岩場へと向かう。
大型肉食恐竜型ハンターを倒してしまえば、あとはあの男を倒すだけ。
メノウとカツミの二人がかりならば、さすがに苦戦はしないだろう。
しかし、そこで二人が目にしたのは…
「これは…!」
カツミが驚くのも無理は無いだろう。
先ほどの男は確かにそこにいた。
ただし、あの大型肉食恐竜型ハンターと同じく体がズタズタになった状態で。
「どういうことじゃ…」
メノウがその男に近寄る。
どうやらあの大型肉食恐竜型ハンターとは違い、まだ辛うじて息はあるようだった。
「おい!これはどういうことだ!答えろ!」
カツミかその男に言った。
男は蚊の鳴くような、小さく震える声で語り始めた。
「お、俺と魔物は一心同体…片方が死ねば…もう片方も…じきに死…」
「何故お前さんはハンターを操ることが出来た!?」
「さ、さぁな…」
段々と男の眼が虚ろになっていく。
出血も激しい。
たとえメノウの治癒魔法を使ってももう助からないたろう。
男の命の灯が消えるその瞬間、彼は最後の力を振り絞り二人に言った。
「だが…『異能者の少女』は…捕え…ること…が…でき…」
そう言い残し、その男は息絶えた。
カツミはふとメノウの方を見る。
別に彼女は捕えられてはいない。
この男は何を言っているんだ?
そう思うカツミ。
しかし、それはあまりにも甘い考えだとすぐに思い知らされることとなる。
突如、甲高い鳥の鳴き声が辺りに響き渡った。
「(なんじゃ…今のは…)」
周囲を警戒するメノウとカツミ。
大型肉食恐竜型ハンターも、あの男も倒れた今、もう心配するものは何もない。
はずだった。
しかしその時、背後から戦いを見ていたツッツが空から飛来した『何か』に囚われてしまった。
「う、うわー!」
それは赤い巨大な機械の怪鳥、巨鳥型ハンターだった。
翼だけでも軽く十メートルはあるだろうか。
あくまで目測であるため、もしかしたらさらに大きいかもしれない。
「新手の魔物か!?」
「そのようじゃな…!」
「あんな空を飛ぶ奴もいるのかよ!」
「じゃがあんなハンターはワシも見たこと…いや、有るような無いような…」
メノウの言葉をよそに、その巨鳥型ハンターは足を器用に使いツッツを捕縛する。
「離せよーバカー!」
ツッツが手足をばたつかせて抵抗する。
しかし、巨鳥型ハンターはその力を緩めようとはしない。
やがて巨鳥型ハンターの背から一人の赤い少女が姿を現した。
この巨鳥型ハンターの姿と色に合わせたような意向の赤い服装、そして血のように赤い髪をしている。
「まさか試作型とはいえ、大型肉食恐竜型ハンターを倒すとは思わなかったよ」
「次から次へと…今度は何者だ!」
カツミがイラ付いたように呟く。
ラーダ、そして先ほどの男、次はこの謎の赤い少女。
一体何がどうなっているというのか。
「私は『ザクラ』、東のアルガスタを守護する『朱雀』の属性を持つ『四聖獣士』の一人よ」
東のアルガスタ、それは今メノウ達がいる『西アルガスタ』のちょうど反対に位置するゾット帝国の地区だ。
『四聖獣士』は東の軍閥長に仕える四人の戦士の称号。
かつての『シヴァ』、『ミーナ』、『ヤクモ』、『黒騎士ガイヤ』が所属していた『南アルガスタ四重臣』とほぼ同じ階級と言っていいだろう。
「え、あ…もう…わけわかんねぇよ!」
「別に理解してもらわなくて結構よ」
「と、とにかくツッツを離しやがれ!そいつは関係ないだろ!いい加減にしろ!」
カツミがザクラに向かって叫ぶ。
しかし彼女は空から見下しながらカツミにこう返した。
「なぜ関係ないと言えるの?」
と。
それに対しカツミはこう答えた。
「当たり前だ、お前らの狙いは異能者のメノウのはずだ!人質のつもりか!」
それを聞いたザクラは憐れみを含んだような笑いをカツミに対して飛ばした。
「なぜ笑う!」
「貴女、『本当に気付いて無い』の?」
「どういうことだ…?」
「つまり、こういうこと!」
そう言うとザクラはツッツの頭を軽く蹴った。
いや、正確にはツッツの被っている『キャスケット帽』をだ。
蹴りを受け帽子が地面へと落ちていく。
その帽子の下から現れたのは、美しい銀色の長髪。
髪紐で留めているものの、その髪は明らかに『少年』のソレでは無い。
間違いなく『少女』のソレだった。
「なッ…!ツッツ…?」
「あいつ…女だったのか…!?」
一人称や出会った時の印象から、メノウはツッツを『少年』だと思い込んでいた。
だが思い返してみると、一度もツッツが『少年』であると確かめた場面は無い。
帽子を取った姿も一度も見たことが無かったのだ。
「私達が探していたのはこの子よ、あなた達のどちらでも無いの」
ザクラはそう言うと巨鳥型ハンターに命じ高度を上げる。
このままこの場を去るつもりだろうか。
そうはさせまいとカツミは近くの高い岩場から跳び上がり、巨鳥型ハンターの片翼めがけて衝撃波を放つ。
しかしその間にも両者の距離は段々と離れていく。
高すぎる高度に阻まれ、彼女の放った衝撃波は空中で威力を失い消滅してしまった。
「チィッ!さすがにとどかないか!」
「メノウさーん!」
ツッツがその銀髪を靡かせながらメノウに助けを求めて叫ぶも、その声はだんだんと小さくなっていく。
巨鳥型ハンターに囚われた彼女を助けることはできず、その場に立ち尽くすメノウとカツミ。
二人は巨鳥型ハンターをただ眺めることしか出来なかった。
「ツッツが…攫われた…」
メノウがその場に崩れ落ち、地面に拳を叩きつける。
「メノウ…お前、ツッツのヤツが女だって…」
「知らなかった…けど、思い返してみると…」
今までの旅の中で、ツッツが少女だとメノウは気付かなかった。
しかし、それを仄めかす言動が全くなかったわけではない。
ツッツはメノウの目の前で決して帽子を取らなかった。
着替える時などもメノウとは常に別室だった。
最初は異性である自分に気遣っているのだと思っていた。
だが…
「あの男の最後の言葉でようやく察することが出来た…もう少し早く気付ければ…」
自責の念に掻き立てられるメノウ。
ツッツは…彼女はメノウの大切な『仲間』だ。
必ず救出してみせる、そう心に誓う。
「ヤツは東アルガスタの四聖獣士と言っておったな…」
「ああ」
「つまり、東アルガスタのどこかにツッツは…必ず探し出して…」
「いや、探す必要もなさそうだぜ…」
そう言いかけたメノウに、カツミはある物を渡した。
それはザクラがこの地に残していった置封筒だ。
封筒の中には手紙と数枚の紙切れが入っていた。
手紙にはこう書かれていた。
『東アルガスタ、三都矢サイバー本社ビルにて待つ』
そして同封されていた紙切れ、それは東アルガスタへの列車の切符。
ご丁寧に港町キリカから東アルガスタの中央都市『難波』への物だった。
東アルガスタは東方大陸からの移民が多い地区。
地名も東方大陸の文字を使った物が多い。
「三都矢サイバー本社ビルへの地図までこの手紙に書いてある…ナメやがって…」
ここまで用意するザクラの意図不明の対応に困惑する二人。
異能者であるツッツを攫う所までは分かるが、なぜメノウとカツミの二人まで東アルガスタに呼び寄せようとするのか?
ツッツと共に連れ去る、または呼び寄せるといった方法ではだめだったのか?
謎は尽きない。
何かの罠の可能性だって十分ある。
しかし、ツッツを助け出すには今はこの東アルガスタに向かうしかない。
「カツミ…お前さんとの手合せはまた今度になりそうじゃ」
元々はカツミの伝承奥義『激情の開陽拳』との手合せをするはずだったメノウ。
そのはずだったが、乱入に次ぐ乱入によりそれもできなくなってしまった。
せっかく自分を訪ねてきたカツミには悪いが、今は一人でツッツを救出に向かわねはならない。
メノウはそう心に決意する。
しかし…
「ここまで関わっておいて、いまさらのこのこ帰れるわけないだろう?」
「カツミ…?」
「あたしも付いて行ってやるって言ってんだよ。察しろよ」
大型肉食恐竜型ハンター、そして巨鳥型ハンター。
二体の魔物を相手にしさらに目の前で少女が攫われた。
それをだまって見過ごせるほどカツミは甘くない。
「ついて行くって…東アルガスタにか?」
「ああ、当たり前だ。それに異能者やハンターにも興味があるしな…」
それを聞き、メノウは思わずカツミに飛びついた。
旅の仲間は一人でも多い方がいい。
これからの敵は今までとは何かが違う、正体不明の存在。
メノウ一人ではいずれ倒れる時が来るかもしれない。
しかし…
「ありがとうな、カツミ…」
「前のヘルワームの時に次いで二つ目の貸しだ。覚えとけよ」
そう言うと、二人はアゲートを連れ港町キリカへと戻って行った。
東アルガスタへと向かう旅に出るために…
名も無き追跡者 性別:男 歳:二十代
『東アルガスタ四聖獣士』に仕える戦士の一人。
強靭な肉体と体力、メノウも驚くほどの体術を会得している。
大型肉食恐竜型ハンターを操る何らかの方法を持っているが、その詳細は不明。