第一話 不思議の少女 メノウ
今作の主人公、メノウとショーナ。
この二人はゾット帝国原作の主人公ジンとカイトを強く意識したキャラクターです。
彼らと意外な共通点や、真逆な点などがあります。
探してみるのも楽しいかもしれません。
馬賊から逃れるため、水路へとホバーボードで飛び込んだショーナ。
水しぶきをあげながら上流へと昇って行く。
彼の目的はただ一つ。
この禁断の森の奥にあるという、伝説の『ラウル古代遺跡』だ。
「(ラウル古代遺跡、帝国の調査隊が何か調べていたみたいだけど…)」
シャーナが心の中でつぶやく。
『ラウル古代遺跡』はかつての『ラウル帝国』跡地。
古代文明の遺産を調査するため、この地区一帯を治める『ゾット帝国』の調査探検隊が以前この地を訪れていた。
一般には公表されていないが、この時奴らはこの地から『何か』を持ち去ったらしい。
偶然その情報を手に入れたショーナは、それを価値のある宝だと確信していた。
「帝国が動くほどの物なんだ。きっとすごいものに違いないぜ」
ショーナがホバーボードを加速させる。
今まで進んできた水路を抜けると、やがて広い湖に出た。
恐らくこの湖が水源なのだろう。
湖は不気味なほど静まり返っていた。
深い森の中にあるというのに、生物の気配ひとつ感じない。
「不気味な湖だなぁ…」
そういいながら、湖の上をゆっくりホバーボードで進むショーナ。
少し辺りを見渡すと、向こう岸に少し開けた場所があるのを発見した。
とりあえずそこを目指そうとホバーボードの向きを変え、進むショーナ。
湖のちょうど真ん中まで進んだその時…
「な、何だ!?」
突如、湖の奥底から巨大な竜のような巨大な蛇とも竜ともつかぬ化け物がショーナの目の前に姿を現した。
全身に金属の装甲を纏った化け物はゆうに数十メートルはあるだろう。
赤い眼をぎらつかせながら、化け物はショーナの方を見た。
『…ッッッ!!!』
声にならぬ音を上げ、化け物は突如攻撃を仕掛けた。
沈んでいた尻尾部分を水面から出し、その先端につけられた金属の槍でショーナに串刺しにしようとする。
「危ねぇ!」
危機一髪それを避け、ホバーボードの出力を最大にしその場から脱出を図るショーナ。
何故このような場所にあのような化け物がいるのかはわからないが、少なくとも今はそんなことを考えている場合ではない。
見たところ、あの化け物は地上での活動はできない水棲生物のようなものだろう。
地上に上がりさっさと逃げれば何とかなるだろう。
先ほど見つけた向こう岸の開けた場所を目指し、スピードをさらに上げようとするが…
『…ッッッ!!!』
それを察知したのか、化け物は先手を打った。
体を大きく捻り、鞭のように自身のボディを水面に叩きつける。
その衝撃が水面に大きな波紋を発生させ、ショーナに襲い掛かった。
「う、うわ!?」
その衝撃を受け、ホバーボードから投げ出され湖に投げ出されてしまう。
泳ごうと思っても体が恐怖で引きつり思うように動かない。
半ば溺れるような形となってしまった、しかし泳がなければあの化け物に…
そう考えるうちにやがて体が少しずつ動かなくなり、だんだんと意識が遠のいてきた。
少しずつ体が水の中に沈んでいくのがわかる。
不思議と先ほどの化け物はもう襲ってこなくなった。
「(このまま死ぬのかな…?)」
そう思うショーナ。
しかし、不思議と恐怖心は無かった。
薄れゆく意識の中、ショーナは目の前に『何か』を見た気がした…
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「ッは!?」
どれくらい時間が経っただろう。
先ほど湖に沈んだはずのショーナは何故か地上で目を覚ました。
少し起き上がり辺りを見回す。
古い遺跡のような建造物があたりに点在している。
ということはここは…?
「ここはまさか…ラウル古代遺跡…?」
「そうじゃよ」
「えっ!?」
ショーナの声に便乗するように一人の少女が遺跡の中から現れた。
歳はショーナと同じくらいだろう。
透き通るような白い肌。
そして同じく白いローブとベールを羽織った神官のような姿をしている。
「お、お前は一体…!?」
この古代遺跡には不釣りあいな清潔感のあるその姿。
整えられた長く深緑の髪。
しかし、なぜこんな古代遺跡に少女がいるのだろうか…?
「まぁまぁ、とりあえず落ち着け」
「お、おう…」
そう言われ、ショーナは少し平静を取り戻した。
それにしても妙な喋り方をする。
ショーナと同じく、年齢は12~13歳程度だろう。
にもかかわらず高僧のような奇妙な言葉遣いをする。
顔はかわいいが、何を考えているのかは分からない。
神官の少女とはこういうものなのだろうか?
そう思い、ショーナは深くは考えなかった。
「訊きたいことがあるんじゃろう?一つずつ順番に答えてやるから、言ってみろ」
少女が言った。
確かに、ショーナには聞きたいことが山ほどあった。
「まずお前の名前は…?」
「メノウじゃ」
きょとんとした顔で言うメノウ。
じっとショーナの顔を見つめる。
少々照れくさくなってしまい、ショーナは思わず顔を背けてしまった。
「わ、わかった、じゃあ次。俺はどうしてここに?」
「湖でおぼれていたのをワシが助けた」
そう言われてショーナは先ほどの出来事を思い出した。
湖で化け物に襲われたことも。
もしこの少女、メノウが居なければ今頃どうなっていたか…
「あ、ありがとう…!助かったよ!」
「礼には及ばんよ。たまたま…」
「ううん、命の恩人だよ!」
そう言われ照れくさくなったのか、先ほどのショーナの様に顔を背けるメノウ。
「なはは…」
「そういえば、おま…キミは…」
「メノウでいい」
「そ、そうか…?」
「ああ。よびすてで構わんよ。あまり気を使わんでくれ」
一通りのやり取りを進め、さらに話は進んだ。
詳しくは話してはくれなかったが、どうやらこの少女『メノウ』はラウル古代遺跡の『とある秘密』を握る存在らしい。
その秘密が何かとショーナは尋ねた。
だかメノウは複雑な言葉や言い回しを多用し、それを話すことは無かった。
しかし、それ以外のことは聞けた。
「以前、ゾット帝国の調査隊が来たときに奴らはこの遺跡にある秘宝を持ち去ったんじゃ」
「秘宝…?」
「『オーヴ』じゃよ」
「オーヴ…?」
オーヴと聞いて真っ先に浮かんだのは、丸いパワーストーンのようなアレだった。
しかし、話によるとどうやら違うらしい。
メノウの語ったオーヴの力、それは驚くべきものだった。
「オーヴはかつてラウル帝国の皇帝が持っていたものでな…」
「うんうん」
「オーヴは『皇帝の守護龍』を召喚するための道具なんじゃよ」
「守護…龍…」
数千年前、かつてこの地にあったというラウル帝国は龍を国の守護神として崇めていた。
『太陽の化身である白き龍』と『月の化身である黒き龍』、そしてその使いの龍たちだ。
「ゾット帝国の奴らはその龍たちを戦争に転用する気なんじゃろうな」
「それってどういう…」
「龍の力は強大、戦に用いれば千の兵も一瞬で殲滅できる…」
世界大戦から十数年がたった現在、復興は少しずつ進んでいるとはいえどの国もまともに機能しているとは言えない。
しかしゾット帝国は比較的早く復興し、一歩進んだ軍事力を持っている。
ゾット帝国にさらに『龍』という切り札が加われば、世界はゾット帝国が支配することとなるだろう。
だか、メノウが語るにはそうはうまくいかないらしい。
「まぁ、龍が真の力を発揮するのはオーヴの持ち主を認めたときだけなんじゃがのう」
メノウがその場で淡々と言った。
その後の話によると、オーヴ自体は単なる召喚の『キッカケ』にすぎないらしい。
資格がある者の前にのみ龍は姿を現し、無い者の前には決して姿を現さないという。
「まぁ、無駄な争いが無いのはいいことじゃ」
「オーヴ以外に盗られたものとかは無いのか?」
「特には無いのぅ」
それを聞き内心喜ぶショーナ。
どうやら帝国の調査隊は遺跡の調査だけを済ませ、他のものは手つかずのまま帰ったらしい。
それならば、古代人の残した宝物などが残されているかもしれない。
神官?であろうメノウには悪いが少し頂こう。
そう思うショーナだった。
しかし…
「一応言っておくけど、遺跡には宝なんてないからな」
「お、おう…」
「まぁ、その代わりにいいものをやろう」
そう言うと、メノウは懐に手を入れある物を取り出した。
そしてそれをショーナに投げつける。
「おっとっと…」
「それだけでも、ここまで来た価値があるというものじゃろう?」
「これって…ディオンハルコス鉱石じゃねぇか!」
メノウの渡した一立方cmほどの石、それはディオンハルコス鉱石だった。
それもかなり純度の高い、超高価なものだ。
「これだけで一年は遊んで暮らせるぜ…」
「それをやる代わりに一つ、頼みごとを聞いてもらいたい」
ショーナに対し、不思議の少女メノウに言い渡されたある条件とは…
「ワシを遺跡の外に連れ出してくれ」
「え…?」
「しばらく外には出て無くてのぅ」
「は、はぁ…」
「持ち物を見る限り、お主は旅人じゃろう?」
ずっと遺跡に一人でいて退屈なのだろうか。
確かに気持ちは分からなくもない。
しかし、一人だけでも大変なのにさらにこんな変な喋り方の少女まで連れては面倒な旅になる。
第一、ホバーボードは一人乗り…
「あ、ホバーボード!」
肝心なことをショーナは忘れていた。
先ほど湖で化け物に襲われた際、ホバーボードを湖に落としてきてしまったのだ。
回収などとても不可能。そもそも破損してしまっている。
これでは旅を続けることができない。
いや、その前にこの禁断の森から出ることさえできない…
「そうだった…ホバーボードが無いんじゃあこの森から出ることすら…」
「森から出る方法ならあるぞ」
「それは本当か!?」
メノウの言葉に飛びつくショーナ。
「ああ、ラウル古代遺跡は地下にも広がっておってのう。禁断の森から外に出る通路もあるんじゃ」
「本当かよ!」
「ああ、その代わり外に出たら一緒に旅について行ってもいいか?」
「いいぜいいぜ!」
「よし、では早速森の外に続く通路を案内してやる。来い」
ラウル古代遺跡のある、禁断の森の地上には恐ろしい化け物がたくさんいる。
しかし、地下ならばそれも無い。
安心して通れるというわけだ。
急造の松明を使いながら地下の通路を進んでいく。
石でできた遺跡とはいえ、作りは非常にしっかりとしている。
崩落の心配はなさそうだ。
やがて地下通路の天井から光が差している部分があった。
その部分の石を外し外に出る。
「意外と早く出れたな」
「ほぅ、今の外の世界はこんな感じになっているのか」
出たのはちょうど数時間前、馬賊に襲われた場所の近くだった。
森を横断するバイパス道路の入り口付近だ。
日は沈みかけ、もうすぐ夜のとばりが降りようとしていた。
と、その時…
「おい、ガキ共!」
どこか聞き覚えのある声があたりに響き渡る。
ショーナが振り向いたその先にいた人物、それは先ほど襲い掛かってきた馬賊の男だった。
馬から降りると、馬賊の男が刀を抜きながらこちらに歩いてくる。
「へへ、ここで会ったのも何かの縁だ。さっき盗り損なったディオンハルコス鉱石をいただく!」
「く、くそぉ…」
「ガキ、女も一緒に連れてたのか?ならソイツもいただくぜ」
「誰がお前なんかに!メノウもディオンハルコスも渡さない!」
ショーナが叫んだ。
道に落ちていた古びた金属パイプを拾い、構える。
脚と手は震えている。
いつもなら逃げ出していたかもしれない。
しかし、何故かそれができなかった。
「うるせぇ!死んで後悔しやがれ!」
馬賊の男が飛び掛かる。
その瞬間、一陣の風が吹いた。
何かがショーナを横切る。
彼の手から鉄パイプが消えた。
「え…?」
ほんの瞬き一、二回の間だっただろうか…?
信じられないことが起きた。
「グッ…ア…」
馬賊の男は吹き飛ばされ、数十メートル先の道路の看板に叩きつけられていた。
そして先ほどまで馬賊の男がいた場所には、鉄パイプを持ったメノウの姿があった。
「メノウ、お前は一体…?」
今回の話に登場する『湖の化け物』は、『ゾット帝国シリーズ』本編に登場する『ハンター』の水棲獣バージョンという設定です。