第百八十六話 不思議の少女メノウ、最後の戦い
ゾット島で行われる死の遊戯シャムゲーム。
わずか数時間でほぼすべての参加者が敗北。
残されたのはメノウとショーナ。
そしてヤマカワとスートの四人。
あとは僅かな傍観者がいるのみだ。
「ロゼ達どうなってる?」
「あのぅ…必ず邪魔者は排除しとけと連絡しておいたんで」
王都の残党兵から連絡を受けたハイウッドはそう言う。
しかしシャムは理解していた。
既に王都の北アルガスタ四天王が全員敗北している、ということを。
「ホモガキら悪さしてるん?」
「…やっぱり来てますよ、突撃」
ハイウッドの報告。
それを聞き、シャムの顔が歪む。
「…わかってるやろな」
「…はい」
そう言って頷くハイウッド。
それと共に場の空気が変わった。
次の瞬間…
「ンッ!シャムさん…!!」
シャムの手刀に貫かれるハイウッド。
彼は自らの命を持って失敗の責任をとったのだ。
ロゼたちの失敗は自らの失敗。
そうとでもいうように。
「食べて…シャムさん…」
地面に崩れ落ちたハイウッドがそう呟く。
最後の力を振り絞って。
追悼、そして『いただきます』を兼ねたシャムの合掌。
その後ハイウッドの亡骸に手を伸ばすシャム。
「アイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
その亡骸を貪り体内に取り込んでいく。
正気を失ったその痛ましい姿に、それを見ていたメノウは嗚咽が収まらなかったという。
しばし静寂の時が流れた。
そして…
「お次はだれでやんすかね?アッアッアッアッアッ!」
高らかに笑うシャム。
先ほどの狂気的な姿とは打って変わったその笑い。
次の挑戦者が現れるまでその場で待つ、という余裕まで見せている。
それを見たメノウたち、彼女たちにも焦りが見え始める。
彼の強さ、そしてその身に宿す狂気に…!
「こうなったら…!」
シャムの圧倒的な強さ。
本当に勝てるのか、思いつめた表情をしたスート。
鬼気迫る顔で彼はメノウたちに言った。
「あの男を…シャムを倒すための『秘策』を使います」
「秘策…?」
首をかしげるメノウ。
その秘策とやらが何を指しているのか、彼女には分からなかった。
いや、その場にいる者たち全てが。
「伝説の『魔龍ヘズ』を召喚します…!この私の召喚魔法で…!」
スートの秘策。
それは召喚魔法により『魔龍ヘズ』を呼び出すこと
旧アルガスタ神話に登場するという伝説のドラゴン、ヘズ。
強大な『力』と『疫病』の象徴と言われており、現在でもゾット帝国各地で伝承が残されている。
「ヘズ…魔龍だと!?そんな馬鹿な!」
スートの肩を掴むヤマカワ。
無理も無い。
魔龍ヘズなど伝説上の存在でしかないはずだ。
しかし…
「魔龍ヘズの肉体は滅んだが、その魂は死んではいません」
「ッ…!?」
「我らが一族がそれを魂の牢獄へと封印しているのです」
「なんと…」
「今、それを解き放ち召喚する!来い!ヘズ…!魔龍と呼ばれし忌まわしき者よ!」
スートの造り出した召喚陣。
そこから召喚される『魔龍ヘズ』。
封印されていた『魂』とスートの魔力により作られた『仮初の肉体』。
その二つが交わり、伝説の魔龍がここに復活した…!
『アグググ…ッ!』
唸り声を上げる魔龍ヘズ。
その姿は四作歩行の地龍のようだ。
鋭利な棘で身を包んだ異形の姿。
羽根は無く、地上を駆ける悪魔の龍。
大きさは体長十メートルはあるだろう。
体高は低いが、それでも三メートル以上はある。
「次の相手は、この龍?ドラゴン?わからんわ…」
「魔龍ヘズ、ヤツを倒せ!」
スートの声に答えるように、シャムに襲いかかる魔龍ヘズ。
その巨体を生かしたのしかかり攻撃。
しかもその動きはまるで小型獣型ハンターのように身軽で素早い。
それでいて、その攻撃はただの一撃ですら必殺の威力となる。
『キシャァァァァァ!』
「おっと」
シャムがその攻撃を避ける。
魔龍ヘズの身体の棘が腕に当たり、僅かに切り傷ができた。
さらに高速で追撃を出す魔龍ヘズ。
「いける…!」
勝利を確信したスート。
だが…
「カット!」
『ギアアアアアッッッッッッ!』
シャムの手刀。
その一撃で魔龍ヘズは真っ二つに切り裂かれてしまった。
断末魔を上げ、その場に転がる『魔龍ヘズ』だったもの。
「馬鹿な…」
スートの切り札である魔龍ヘズも敗れた。
魔力の大半を彼はここで使用してしまった。
全身の力が抜け、その場に倒れるスート。
彼もここでリタイアだ。
「アッアッアッアッアッ」
「くッ…」
残ったのはメノウ、ショーナ、そしてヤマカワだけ。
この三人が敗れれば、シャムは再び王都を目指すだろう。
あの狂信的なシャム軍と合流されれば、今の残存戦力では勝てない。
王都が落ちるのは確実…!
「ワシが行く!」
その声と共にメノウが飛び出す。
そして速攻を仕掛ける。
眼にもとまらぬ早業でシャムを攻め立てる。
拳による連撃、蹴り。
確かに彼女の一撃は軽い。
とはいえ、これだけの連続攻撃を喰らえば大きなダメージを受けるのは確実。
しかし…
「おほぉ^~」
メノウから距離を取り、奇妙なポーズをとるシャム。
大きく足を広げ尻を地につける。
手を大きく広げ、その眼を虚空に向ける。
それはまるで『土』の文字のようにも見える。
「あ、あれは!?」
「傷が回復している!」
なんとこれまでシャムが受けた傷が回復していくではないか。
シャムの『土のポーズ』。
それは『崇破身』と呼ばれる行為だ。
自らの身体が破壊されることを崇拝する邪教。
その身体を『破壊』させるために、身体を『回復』させる。
矛盾した回復技。
それをシャムは使ったのだ。
「アッアッアッアッアッ」
「くッ…」
波の力では勝てない。
そう考えたメノウ。
彼女は更なる手に出た。
「魔龍の力、しばし借りるぞぃ」
先ほど倒された魔龍ヘズとスート。
その二人が残した魔力、それを己の身に取り込んだのだ。
当然拒否反応が起きる。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げるメノウ。
己の精神が崩壊しそうなほどの衝撃。
しかしそれを無理矢理制御する。
そうしなければ勝てない…!
「メノウ!」
その戦いを見たショーナが叫ぶ。
普段のメノウは身を滅ぼす戦い方を嫌う。
そんな彼女がここまでの戦いをするのは明らかに異常だ。
しかし、そうでもしなければ勝てない。
そう言うことだろう。
ショーナは全てを理解していた。
そして、彼もその覚悟を持っていた。
彼の覚悟、それは…
「ショーナ、その剣は…!」
「ああ、邪剣『夜』だ!」
ショーナの取り出した剣。
それはかつて『黒騎士ガイヤ』が所持していた邪剣『夜』だった。
数年前の戦いの後、南アルガスタの武器庫の深くに安置されたと聞いていた。
ショーナはその封印を解放したのだ。
もしメノウが負けたら、この剣を持って戦う。
強大なパワーと引き換えに、持つ者の精神を犯す邪険を。
「なるほど、覚悟はありということじゃな」
「ああ…!」
この場にいる者。
また別の場所で戦っている者。
ミーナ、ツッツ、カツミ、レオナ…
アズサ、ウェーダー、イトウ、ノザキ…
カイト、ジン、ミサ、ルビナ、ルエラ…
サイトウ、アサノ、ヒィーク、レービュ、トウコ…
「全員の思いを乗せて…!」
メノウが一歩前に出る。
そして…
「いくぞシャム!これが最大の『幻影光龍壊』ッ!」
メノウの全力の『幻影光龍壊』。
それに呼応するように踏み出すシャム。
まるでこの戦いを楽しむかのように。
「どちらが勝つ…?」
「見届けましょう、ヤマカワさん」
メノウとシャムの激闘。
永く、激しく、そして醜くも美しい戦い…
そしてこの戦いは、後に伝説として語り継がれることとなる…!




