第百七十六話 メノウはどこだ!?
下の階で戦いを続けるショーナとヌリーグ。
二メートルを超えるヌリーグと平均的な体格でしかないショーナではやはり力に差が出る。
しかも捕縛を目的としたショーナに対し、ヌリーグは完全に殺しにかかってきている。
「依頼主からは殺すなって言われてるが…」
「うおっ!?」
「まあ死んじまったらしょうがないよな!」
資材置き場に置かれていた大きな石畳を投げつけるヌリーグ。
一戸当たりの重さは数kg、そんなものを体に受けてはひとたまりもない。
間違いなく骨が砕ける。
「ぬあッ!」
「あ、危ねぇ!」
なんとか避け続けるショーナ。
辺りには地面に刺さる石畳が。
石畳が無くなったのか、ヌリーグは工事用の大型ハンマーを両手にもち襲い掛かってきた。
「逃げてるんじゃねぇよ!」
「そ、そろそろ酔いが覚めてきたんじゃねーの?」
「おかげさまでな!」
ハンマーの一撃が地面に炸裂する。
それだけでハンマーが深く地面にめり込む。
それを軽く引き抜き、再びショーナへの攻撃を行い続ける。
「そらそらどうだ!」
「ッ…!」
先ほどの攻撃で飛び散った資材に転がり込むショーナ。
攻撃を避けながら、その中から細い鉄の棒を拾う。
「そんなものどうする気だよ!」
「こうするんだ!」
ハンマー攻撃を避けると共に、ヌリーグの足元に鉄の棒を突き刺した。
その鉄の棒に足を引っかけられ、一瞬であるがヌリーグがよろめく。
その一瞬だった。
攻撃を避け続けていたショーナがヌリーグの懐へと潜り込む。
「ゲッ…」
「さすがに酒飲んだ後だとスタミナ持たないよな」
そう言いながらヌリーグの腹へ衝撃波を叩きこむ。
彼はそのまま苦しそうな声を上げながら数メートルほど吹き飛ばされた。
「う、うごけねぇ…目が回る…」
「あんなに酒飲んだ後じゃ無茶だって…」
資材置き場から古いロープと鎖を持ってきて彼を縛る。
後に身柄を引き渡し、ゾット刑務所へと送るためだ。
そんなショーナに対しヌリーグが尋ねる。
「お前、一体何者だよ。ただのガキじゃなさそうだが…」
「俺はショーナ、一応この南アルガスタ四重臣の一人だよ」
「えぇ…マジかよ…四重臣って全滅したんじゃなかったのか」
「結構前にメンバーが変わったんだよ」
「マジかー…」
そう言って拘束されたまま地面に転がるヌリーグ。
まさか自分がそんな相手に戦いを挑んでいたとは思いもしなかっただろう。
「あの緑の髪のガキ、アレはお前の何なんだ?妹か?」
「嫁さんだよ」
「えッ?」
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一方その頃…
三階へと足を踏み入れたと同時に、ツッツとカイトの二人に向け銃が付きつけられていた。
傭兵工作員のクース。
彼が二人の動きを止めたのだ。
「そのまま武器を捨てろ!」
そう叫ぶと共にオートマチック銃を構えるクース。
彼と二人との距離は数メートルほど。
ツッツ、カイトの二人も護身用のオートマチック銃を所持しているが、この距離では役に立たない。
「はやくしろよ」
「しょうがないね」
そういってツッツは隠し持っていたオートマチック銃を足のホルスターから取り出す。
ホスルターでは無い。
ゆっくりと床に置いた。
それとともにカイトの方に視線を移す。
「…」
「…なるほど」
ツッツの意志をくみ取ったのか、カイトも同じくオートマチック銃を床に置く。
普段の彼ならばもう少し苦言を言いそうなものなのだが…
「そうそう、大人しく…」
「へへッ…」
「…?」
オートマチック銃をゆっくりと下に置いたカイト。
その彼が顔を上げ不敵に笑う。
単なる強がりでは無い、その笑みには意味があった。
それは…
「『ウォーターボール』!」
「うわッ!?なんだッ?」
しゃがんで銃を置くと同時に水魔法『ウォーターボール』を発動。
それをクースにぶつけた。
突然のことに対応しきれず、オートマチック銃を乱射し始めるクース。
放たれた銃弾がウォーターボールに着弾、何個かが卵の割れるような音と共に割れる。
「おいツッツ!お前先に行け!」
「わかったよ!」
「ここは俺が引き受けるからな、感謝しろよ!」
「…ありがとう!怪我、しないでね」
「…さっさと行けよ!」
その言葉を受け上の階を目指すツッツ。
カイトの実力は高い。
あんな男に負けはしないだろう。
「…こっちか」
階段を駆け上がり四階へと進むツッツ。
幸いにもこの会には誰も居ないようだった。
人の気配はしない。
そのまま上階へ上がることも考えたがさすがに誰かは待ち構えているはずだろう。
「それなら…」
ツッツはあることを考えた。
そのまま階段を上がっていくよりは…
「こっちから行った方が!」
窓から上半身を出し、上の階の窓へ鎖付き撃剣を打ち込む。
当然窓は割れ、嫌な音と共に下へガラスの破片が落ちていく。
だがそれが彼女の狙い。
これを同じ階層の他の場所でも数回行う。
「よし、次は…」
また、別の数か所の窓には高威力の爆竹を張り付ける。
そしてその最後に再び撃剣を窓に投げつける。
上手い具合に引っかかったことを確認し、すぐにそのまま五階へと侵入した。
窓が割れた音が響き渡るが、先ほどので多少は攪乱させたつもりだ。
爆薬により時間差で窓が割れているのもあり、効果は多少あるだろう。
その間にメノウを探し出す。
「さっきメノウさんがいた場所は…」
さきほどメノウが顔を出した窓のある部屋へと向かうツッツ。
そこだと思われる場所へとたどり着いたが、既に底はもぬけの殻だった。
扉があいていたので中に入り確認をする。
「…ここにいたみたいだけど」
人が居た痕跡のある座敷牢。
どうやらここにいたのは間違いないようだ。
だとしたら、メノウは一体どこへ消えたのか…
「この短時間で隠れたとしても限界はあるし…」
座敷牢にあったベッドに座りながら考えるツッツ。
どこかに隠れても時間稼ぎにしかならない。
しかし逃亡するには時間がかかりすぎる。
「瞬間移動…?いや、それはないか」
一瞬、瞬間移動系の魔法の存在が彼女の脳裏をよぎる。
以前ファントムと共にグラウ・メートヒェンとして活動していた際に、ツッツも類似した魔法を使ったことがあるからだ。
だが瞬間移動系の魔法では無いとすぐに断言できた。
それを使える魔術師がいる可能性も低く、使われた形跡も全くない。
となると…
「…あ!」
僅かに聞こえる風を切る音。
慌てて窓から身体を乗り出し外を見るツッツ。
「これかぁ!」
遠くからこちらに向かってくる一機のヘリ。
恐らく民間の物だろうか。
しかしこんな所を民間のヘリが飛行しているわけが無い。
しかもこちらへと向かってきている。
まず間違いなくあのヘリはこの事件の関係者たちを迎えに来たものだろう。
「まさか屋上!?」
屋上にヘリポートがあるのではないか、そう考えたツッツ。
先ほどと同じ要領で撃剣を使い、五階から屋上へと上がった。
彼女の予想は当たっていた。
屋上にあったのはヘリポート。
そしてそこにいたのは…
「メノウさん!」
「ツッツか!」
ロープでグルグルに拘束されたメノウ。
そしてそれを連れたリート。
そのボディガードをするコーグンだった。
「おっと、動かないでくれる?」
そう言ってオートマチック銃をツッツに向けるリート。
軽く手を上げるツッツ。
ツッツは先ほどのクースのところへオートマチック銃を置いて来てしまった。
とはいえ彼女の得意武器である撃剣はまだ健在。
隙を突けばいくらでも反撃は可能だ。
しかし…
「武器を捨てろ。全てだ」
「…わかったよ」
コーグンの言葉に従い、リストバンドに仕込んでいた小型のナイフを捨てるツッツ。
それとオートマチック銃の予備の弾丸。
余った爆竹と着火用のライターも。
「ほら、これでいいの?」
「ふざけるな。撃剣もだ」
「何言ってるんだよ、撃剣は昇るのにつか…」
そう言いかけたツッツに向け、オートマチック銃を向けるコーグン。
何の躊躇も無く引き金を引く。
彼女の腹へ銃弾が撃ち込まれた
「あッ…」
「ツッツ!」
「腹に隠してる『ソレ』はなんだ?」
コーグンの言った『ソレ』…
ツッツが腹のケースにストックしていた予備の撃剣だった。
ケースが割れ撃剣が転がり落ちる。
それと共に銃の衝撃でその場に崩れ落ちるツッツ。
銃弾が直接当たったわけではないがその衝撃は大きい。
あばら骨や内臓にもダメージが言っているかもしれない。
「き、気づいてたのかよ…」
「当然だ」
「くッそ…」
膝をつき腹を抑えるツッツ。
苦し紛れに落ちた撃剣を拾い上げようとするも、それもコーグンによって防がれてしまった。
撃剣をオートマチック銃で撃たれ、弾き飛ばされてしまった。
「リートさんよ、こっちとしてはさっさと撃ち殺したいんだが」
「ダメよ、そう言う野蛮なことは嫌いなんだから。殺すのは最後の手段よ」
「チッ…」
内心悪態をつきながらも、リートに従いそれ以上の追撃を止めるコーグン。
リートの勝手な指示ではあるが、依頼者である以上従うしかない。
「下の奴らはどうした?」
「へへへ、それはね…」




