第十七話 第一章完結 黒騎士よ永遠に 風の旅人メノウ
永遠に続くかとも思われた長い一夜が明ける。
海から昇る朝日を、メノウ、ショーナ、ミーナの三人は城の残骸から眺めていた。
一睡もしていないせいか妙に太陽の光が目に染みる。
「終わったか…」
「そーだなぁ~」
エレクションの圧政は終わりを告げた。
マーク将軍はテリーを病院に搬送した後、そのことを直ちに南アルガスタ中へと連絡。
混乱を生まぬよう対応を急いでいる。
現在の圧政から、かつてのYK・ニック公の行っていた方式の政策にもどすと発表した。
もちろん、そう簡単にいくことでもないため徐々に戻していくといった形になるだろう。
アズサは一足先に帰った。
ある意味この戦いの一番の功労者だけに何か礼の一つでもしたかったが、彼女はそれを拒否した。
『隠密ってそういうものじゃないのよ』
そう言い残して。
これからこの南アルガスタがどうなっていくかはわからない。
だが、一つ言えるのは以前よりも平和になるということだろう。
「思えばメノウと会ってからいろんなことがあったよなぁ…」
旅の途中でラウル古代遺跡の噂を知り、そこでメノウと出会った。
南アルガスタ中に指名手配され、様々な者達と戦う。
そして軍の総攻撃を退け、シェルマウンドへ到着。
圧政を敷く軍閥長を倒した…
帰還にしてはおよそ数か月程度だが、その時間は非常に長くとも、ほんの一瞬のようにも感じた。
「なぁ二人とも、これからどうする?」
ショーナが訪ねた。
三人の旅の目的、それは指名手配の追っ手から逃れ、エレクションによる圧政を終わらせること。
だが今となってはその両方が果たされた。
「俺は旅を止めてこの街に住むことにした!」
ショーナはこのシェルマウンドの地に住むと決めた。
一応、エレクションによる圧政を終わらせこの地に平和を取り戻した英雄の一人。
マーク将軍が多額の礼金と住居などを提供してくれるという。
元々、彼は理想の住処とあわよくば一攫千金を求めて旅をしていた。
この申し出を断ることは無かった。
「アタシはゾット帝国側に戻るよ。将軍が用意してくれた、前までと違うまともな仕事させてもうんだ」
ミーナは元々はゾット帝国側の人間。
以前はC基地の司令官という、年齢の割に重い仕事をしていた。
だが今度からは適材適所の仕事が与えられるらしい。
「ワシは…」
メノウの旅の目的、それは世界を見て回ること。
ラウル古代遺跡から出て広い世界を見る。
その思いは今でも変わらない。
以前、旅の道中の酒場の店長に預けてきたアゲートも引き取りにいかねばならない。
「ワシは旅を続ける、まだまだいろいろと見たいからのぉ」
「マジか…?」
「ああ、やり残したこともあるしな」
それを聞き、ショーナが引き留めようとする。
旅などしなくても、この街で暮らしていけばいい。
アゲートも後で引き取ってみんなで暮らそう。
そう言うショーナ。
だが、メノウの思いは変わらない。
「このまま、だらだらと別れを引き延ばすのも辛気臭いなぁ~」
そう言うと突然、城の残骸から地面に飛び降りるメノウ。
「ほいじゃ、さよなら~」
そう言ってメノウは去って行った。
とても…
とてもあっさりとした別れだった。
わずか数秒の別れ…
「メノ…」
「もう止めなくていいよ」
呼びとめようとするショーナをミーナが止めた。
彼女には彼女の道がある。
それを止める権利など誰にも無い。
「…また会おうな!メノウーッ!」
「まったのぉ~!みんな~」
「絶対会いに来いよー!」
「ああ!」
メノウの姿が上る朝日に溶けて消えていくように見えた。
その時まで三人のやり取りは続いた。
「じゃあな、メノウ」
この後メノウはどこへ行くのだろうか?
アゲートを引き取りに行ったその後は?
ゾット帝国内を旅してまわるのだろうか?
噂では東のアルガスタは比較的平和だと言われている。
だが、西のアルガスタはエレクション以上に圧政を敷く『支配者』がいるという。
北のアルガスタはその噂すら聞かない秘境…
「大丈夫かな?メノウのヤツ…」
「わからないよ、ただ…」
ミーナは一つ気がかりなことがあった。
メノウの身体能力や回復能力は明らかに常人のそれではない。
以前ミーナと共に爆弾を喰らった際はメノウのみ回復が異常に早かった。
かと言って魔法の類を自身に使用しているわけでもない。
「『異能者』はアルガスタの民に忌み嫌われる…」
そっと呟くミーナ。
アルガスタの民は『異能者』と呼ばれる存在を忌み嫌う。
それは通常の人間よりも数段優れた特殊な力を持つ存在。
ミーナや黒騎士ガイヤのように修行を重ね強くなった人間とはわけが違う。
「お前が『異能者』であろうとなかろうとアタシ達の思いは変わらない。けど…」
もしメノウが『異能者』であるなら、その旅はより険しい道程となるだろう。
その力を悪用しようとする者。
迫害する者…
「気をつけろよメノウ…」
ミーナの言葉が風の中に消えていった…
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数日後、メノウはヒッチハイクなどをしながら以前立ち寄った酒場のある村へ訪れた。
アゲートを引き取りに来たのだ。
「ありがとな」
預ってくれていた酒場の店長に礼を言うメノウ。
アゲートに跨り手綱を引き、店長から買った食料と水を載せる。
この村から、とりあえず別の地区のアルガスタを目指すという。
「次はどこへ行くんだい?」
「さぁ~のぉ~西か、東か…」
目的地など無い。
ただ気ままに旅を続ける。
当分の目標はそれだ。
気の向くままに行くのだ。
と、その時…
「久しぶりだな、相棒…」
そう言って、メノウの前に現れたのはならず者集団のリーダー、アシッド。
以前もメノウを自身の仲間に加えようとした男だ。
もっともその時はミーナに撃退された。
二度目もメノウにやられていた。
よほど懲りぬ男なのだろうか、ただ学習しないだけなのか…
「お前さんも懲りぬやつじゃのぅ…」
メノウが呆れたように言う。
前回あれだけ酷くやられて置きながらまだ来るとは流石に思いもしなかった。
だが、今回のアシッドは何かが違う。
「へへ、今回は助っ人を呼んであるのさ。ジョニー先生!お願いします!」
そう言うと、物陰からジョニーと呼ばれた男が現れた。
手入れの行き届いた剣を持った薄汚い男だ。
恐らく騎士団崩れの傭兵と言ったところだろう。
この時代にはこう言った者が多いのだ。
騎士団時代を忘れられず剣は手入れしているものの、鎧などは生活苦で売ってしまい野盗や傭兵に落ちぶれる者が。
「おいおい、こんな子供のために俺を雇ったのか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「まぁいい。かつてゾット帝国騎士団時代はあのガイヤと同格と言われた俺の剣技を…」
ジョニーの言葉はそこで途絶えた。
彼の身体は吹き飛ばされ、数十メートル先の建物の看板に叩きつけられていた。
そして先ほどまで彼がいた場所には、拳を構えたメノウの姿があった。
「何がガイヤじゃ、あいつの足元にも及ばんわ」
「ひ、ひぃ…メ、メノウ、お前は一体…?」
この少女は普通ではない。
今まで何度か戦ってきたが、改めてそれを実感するアシッド。
思わずその言葉が口からこぼれる。
「ワシはメノウ、それ以外の何物でもないわ」
それだけ言い残すと、彼女はアゲートを駆りその場から去って行った。
既にアシッドは戦意を喪失。
ジョニーも戦闘不能。
この場に長居しても無駄なだけだ。
アゲートのスピードを上げ、山の向こうのまだ見ぬ地へと期待を膨らませる。
「さぁて、次はどこへ行こうかのぉ!」
メノウの長く、険しい旅か始まった。
強者達の戦いの悲劇に巻き込まれていくことも知らずに…
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それとほぼ同時刻…
エレクションの城の残骸の周囲には警備兵が置かれ立ち入り禁止区域となっていた。
巨大な城の残骸の処分予定地もまだ決まっていないため、当分はこのままだろう。
だがそんな中…
「だ、でで…」
エレクションは生きていた。
瓦礫をかき分け、何とか上半身を地上に出す。
ガイヤの一撃自体を受けたわけではないため、彼自身は斬撃による傷は無い。
あの時、偶然にも天井の照明がエレクションを瓦礫から守るように落下していたのだ。
照明がドーム状の丈夫な素材でできていなければこのようなことにはならなかった。
まさに一種の奇跡ともいえる。
「んへぇ…」
彼の口から空気が抜けるような音がする。
そんな彼の前に、一人の少女が現れた。
彼女は紅く長い髪と目許を覆う黒いバイザーを装着し、戦闘スーツに身に包んでいた。
オレンジ色の瞳が黒いバイザー越しに鋭く光る。
「だ、誰だで?」
「生きてたの…」
そう言うと、少女はエレクションにオートマチック銃を突きつける。
「…え?」
「アナタは『あのお方』の単なる写し身でしか無い…」
そう言うと、証書は何の躊躇いも無く引き金を引く。
消音機能付きのため、警備兵にも気づかれてはいない。
弾丸を喰らい、その場の後方にゆっくりと倒れていくエレクション。
「チッチッチッ…うぇ~うぇ~うぇ~うぇ…」
そう言い残し絶命。
彼はこの世から消えた。
「写し身の分際で…身の程を知りなさい…」
その時、丁度彼女のインカムに連絡が入る。
彼女の主人からの物だった。
連絡を聞き、少女『シェリア』はこの地を去って行った…
名前:シェリア 性別:女 歳:?
恰好:紅く長い髪と目許を覆う黒いバイザーを装着、戦闘スーツを纏う
西のアルガスタから来た少女




