第百七十五話 メノウを取り戻せ!
「…昨日はワクワクしすぎて眠れなかったわ」
夜明けの日昇。
それを窓から眺めるリート。
メノウが自分の掌中に収まった、そう考えるだけでゾクゾクとした感情が止まらない。
「あの子をあと少しで好きにできる…ふふふ…」
自室に用意した度数の低い酒。
それを酔わない程度に風味を楽しみながら喉に流し込む。
小さなチーズ、木の実をつまみにさらに酒を飲む。
軽く呟きながらこれまでのことを振り返る。
「あの爺さんを雇ってよかった」
今回の作戦を全て立てたのはコーグン。
リートから大金で依頼を受け、彼女の望む最適な作戦を立案したのだった。
幸い彼女の資金は無尽蔵、資金に悩むことが無く計画を立てることができた。
ある程度腕が経ち、すぐに用意できる人員を三人。
使用する兵器や爆薬、移動手段。
そして暫しの間メノウを閉じ込める場所を。
「ふふふ…」
既にメノウを別の場所に移送するための手筈は整っている。
しかし多少の時間はかかるらしく、今日中にそれが来るかどうかは分からないという。
だが明日までには確実に用意が整う。
リートは、明日までメノウをここにとどめておかなければならないのだ…
-----------------------
一方のメノウ。
昨日に呑み過ぎてしまい、昼過ぎまで眠りすぎてしまったようだ。
既に太陽は天高く昇っている。
「…ふぁ~あ」
眩しそうにそれを手で遮るメノウ。
天に輝く太陽は誰にでも平等に日の光を与える。
囚われの身のメノウにも。
捕えた者にも。
「ぬぅ~…」
ベッドから降り、座敷牢の外を除くメノウ。
不思議なことに見張りがいなかった。
違和感を感じつつ座敷牢内のベッドに戻る。
食事の投入口に食事のパンと水があったのでそれを部屋の中に引き入れ食べることに。
「置かれてから時間が経っているのう」
冷えたスープと固まったパン。
食事が置かれて時間が経っているということをこの二つが証明していた。
「誰もおらんのか…」
あの逃亡未遂以降、見張りが必ずついていたはずだ。
それがいないと言うのはどういうことなのか。
とはいえ今は特にメノウができることは無い。
「…二度寝するか」
不思議とメノウには平常心を保てていた。
魔法はほぼ使えず、体力も落ちている。
それなのになぜ彼女は平常を保てるのか。
その理由は二つあった。
「(…時期が来るまでな)」
必ず事態は好転する。
ショーナの助けが来るか。
敵が隙を見せ、メノウが脱出するか。
或いは別の何かが動くか。
無駄に動いても意味は無い。
焦らず時期が来るのを待つ。
それが最善だと考えたからだ。
そしてもう一つ…
「(囚われの身というのはこういうことを言うのじゃな。ツッツ…)」
数年前、友であるツッツも同じように囚われの身になった。
彼女のことを考えればこのようなことも耐えることができた。
いつか助けは来る。
そう考えながら。
いや、それはすぐに…
「この感じは…っ!」
メノウの身体に不思議な感覚が走った。
この感覚…
立った数日会っていないだけ。
なのにとても懐かしく感じるこの感覚…
「メノウッ!」
「ショーナか!?」
メノウが窓から外を覗く。
その目に映ったのは、この建物の前に立つショーナとカイト、ツッツの三人だった。
窓越しではあったが、メノウとショーナの目があった。
それを二人が確認し合う。
軽く頷く二人。
「ここだな、メノウが囚われてる場所は…」
「山奥の工事作業現場ですね」
「なるほど、誘拐してきた奴を隠すには最高の場所だよな」
メノウが捕まっている山奥のビル。
リートたちの拠点へとやってきたショーナ。ツッツ、カイト。
見たところ罠なども無さそうだ。
「大人数では来れず、ヘリを使うのも難しい…」
「厄介な場所だよなぁ」
ツッツとカイトが言った。
ここ十年以上前は禁止薬物の素材となる『対馬草』を生産するために使われていた場所だった。
極東の島国を原産とする草。
しかし軍により施設は接収し破壊。
対馬草も処分された。
残ったのは破壊の際に使われ、放置された工事車両。
そして対馬草の管理者が使っていた小さなビル。
この辺り一帯は麻薬の生産プラントだったのだ。
「隠れて作ってたってだけあって、まるで隠し砦だぜ」
この辺り一帯は小さな山々が連なっているためヘリや飛行機などで入るのは難しい。
まともに舗装された道も無く、来るだけでもひと苦労だった。
メノウを助けるため進む三人。
だが…
「やはり来たな、ここから先は通さんぞ」
「以前の大男か!」
「お前はあの時のガキだな!」
巨漢のヌリーグが三人の前に立ちふさがった。
ここに助けが来ることはコーグンの想定済みだった。
あらかじめヌリーグを配置し、メノウを運び出すための時間を稼ごうと言うのだ。
「ここは俺がやる」
「ショーナさん!」
「おい、そいつに任せて先に行くぞツッツ!」
「う、うん。カイトくん!」
「ここは通さんぞ!ガキがぁ!」
そう言い、カイトとツッツの二人はビルの中に飛び込んだ。
それを止めようとするヌリーグ。
ビルの中にはメノウがいる。
せっかく捕まえた彼女を奪い返されたら報酬がパアになる。
すぐに追いかけようとする。
「待て!」
「てあっ!」
だがそんな彼をショーナが捕え、弾き飛ばした。
積まれていた資材置き場に叩きつけられ、瓦礫と共に倒れるヌリーグ。
だがすぐに起き上がり、その顔に笑みを浮かべる。
「効かねぇよ、お前みたいなガキの攻撃なんかな」
「…ちょっと酒の飲みすぎじゃないか?」
ヌリーグからキツイ酒の臭いがすることに嫌悪感を示すショーナ。
明らかに呑み過ぎだろう、そう考えながら。
よく見ると先ほどまで彼が座っていたであろう場所には大量の酒瓶が転がっていた。
ついさっきまで酒を飲んでいたのだろう。
「こんな仕事、酒でも飲んでねぇとやってられんぜ。酔いながらでもできるぜ」
「だったらここで酔いを醒ましていくか?」
「できるならやってみろよ」
「ああ、やってやるよ!」
そういって交戦を始めるショーナとヌリーグ。
その場を任せビル内を進むカイトとツッツ。
今回はあくまでメノウの救出が最優先だ。
誘拐犯の捕縛は彼女を救い終わった後でいい。
「おい階段はどこだよ!」
「知らないよ…だから探してるんじゃないか…」
「だいたいお前、最初にあった時と随分態度が違うじゃないか」
ツッツとカイトが初めて会ったのは数か月前の大会前の特訓の際。
しかしその際はツッツの人格では無く、ファントムの人格がメインの『グラウ・メートヒェン』としての出会いだった。
その時はファントムのこともあり、カイトに対し厳しい言葉を使っていた。
「あのときは…僕にもいろいろあったんだよ!」
「あーわかったわかった。はいはい」
「こいつ…!?」
静かな怒りを見せるツッツ。
と、その時…
「お、エレベーターだぜ!」
「エレベーター?」
「あれで上までいけるぜ」
カイトが指差した先にあったのはエレベーターだった。
荒れにのれば上にまで行けるだろう。
しかし…
「まぁ、確実に罠があるだろうけどな」
「だろうねカイトくん。確認しておく?」
「頼むぜ」
「よし」
エレベーターから距離をとり、物陰に隠れる二人。
そしてそこからツッツの持っていた撃剣をエレベーターの開扉ボタンへ投げつけた。
すると着弾した瞬間、驚くべきことがおこった。
ボタンが撃剣により押されたのと同時に、エレベーターが爆発したのだ!
「げぇッ…あそこまでやるかフツー…」
「先を急ごう、カイトくん」
「階段だな」
階段を捜し二階へと上がる。
もちろん罠が無いかを調べ、細心の注意を払いながら。
ゆっくりと階段を踏みしめ、周囲の気配を探る。
…人の気配はない。
そのまま三階へと昇る。
「動くな!」
三階へと足を踏み入れたと同時に、ツッツとカイトの二人に向け銃が付きつけられた。
傭兵工作員のクース。
彼が二人の動きを止めた。
「そのまま武器を捨てろ!」
「しょうがないね」
そういってツッツは隠し持っていたオートマチック銃を足のホルスターから取り出す。
そしてそれをゆっくりと床に置いた。
カイトとツッツ、絶体絶命か…?




