第百七十四話 メノウの呑みへの熱いこだわり
囚われの身となったメノウ。
逃亡も失敗し再び座敷牢の中へ放り込まれてしまった。
毛布をかぶり、ベッドの上で腕を枕代わりにしながら寝転がるメノウ。
どうやら寝つけぬようだ。
僅かな夜空の星と月の光が座敷牢に差し込む。
「…寝ておるのか」
投入口の僅かな隙間から覗くメノウ。
見張りの東洋人、スウリは既に寝込んでいる。
どうやらあの老人以外の面子は大したことが無いらしい。
だからと言って先ほどの様に脱出できるのかいえば、そうではないのだが。
と、その時…
「うぅ~…面倒くせぇ…」
「おい、スウリ、起きろ。交代だ」
そういってやってきたのはヌリーグとクース。
見張りの交代らしい。
手には酒瓶を数本。
酔っぱらってそのままここに来たようだ。
「あ、ああ。交代か!」
「あの爺さんに言われたんだよ」
「わかった…俺もう寝るから…」
そうとだけ言うとスウリはさっさと下の階に降りて行った。
恐らくそのまま寝るのだろう。
一方のヌリーグとクースはそのまま酒盛りを始めた。
「ちゃんと鍵かけたんだから見張りなんかしなくてもいいだろ」
「まったくだよハハハ…」
「おーい、ちょっといいかのう?」
「ん、なんだガキ?」
「ワシにもなんかくれないか?」
相手は酔っ払いだ。
手玉に取ればどうとでもなる。
そう考えたメノウは二人との対話を試みた。
上手くいけば座敷牢の鍵を開けさせることができるかもしれない。
「なんか?」
「なんかっつても酒しかねーぞ」
そう言うヌリーグ。
半分ほど酒が残った瓶を軽く振り、投入口から覗くメノウに見せつける。
「じゃあ酒くれ」
「ガキだろお前」
「酒なら飲めるぞぃ」
「ははは、そいつはいい!」
そういってメノウに酒を渡すヌリーグ。
小さな器に酒を入れメノウに渡した。
酔っぱらっているせいか随分気前がいい。
それを一気に飲み干すメノウ。
「っと」
「おお、飲んだ飲んだ!ハハハ」
「俺も飲ませるぞー、器出せ」
「ほれ」
クースからもらった酒も同じように呑むメノウ。
どちらの酒もこのゾット帝国内で流通している一般的な安酒であり特別美味というわけでもない。
味を楽しむ、というよりは酔うための酒といったものだ。
とはいえ悪いものではない。
「いやー酒はあまり呑まんからのぅ」
「ガキのくせにけっこういけるな」
「ほら、もっとやるよ」
呑みへの熱いこだわりから徐々に意気投合。
座敷牢の中と外での酒宴という奇妙な光景が出来上がった。
「ははは~」
「へへへ~」
「うへへ~」
酒を注いでもらうメノウ。
注ぎながら飲むヌリーグ。
上機嫌で飲むクース。
夜中にふと開かれた酒宴。
だんだんと飲むだけでは無く妙な会話もするようになってきた。
「ワシはな、酒はな、度数が強いのが好きなんじゃよ」
「俺は軽くてもたくさん飲めるやつが好きだな」
「俺も俺も」
「軽いのはジュースと同じじゃよ~子供の飲み物じゃ」
「お前もガキだろ、子供だろ」
等といった呑みへの熱いこだわりの会話。
そして…
「本当はな、人攫いなんてしたくねぇんだよぉ~…」
「そんな仕事でもしないと金を稼げないんだよぉ~」
「でもそうしないと金もないし生きてけないんだ…」
「お前さんらも大変なんじゃな」
メノウは酔いも早いが覚めるのも早い。
一歩退いた目で酔ったヌリーグとクースを見ていた。
「出してやりたいけど金ももらえなくなるし…」
「鍵も無いから出せないけどな」
「…鍵は誰がもっておるのじゃ?」
クースの言った言葉をメノウは聞き逃さなかった。
咄嗟に聞き返し鍵のありかを尋ねる。
「雇い主のリートって女だよ…」
「雇い主?そいつがワシを…」
先ほど脱走した際に見たホワイトボードに書かれていたメンバー。
そのリーダー的存在がリートなのだろう。
メノウはそう理解した。
「なんか巫女がどうのこうの…」
「そうそう、あの爺さんが…」
「巫女?竜の巫女と言っていなかったか?」
「ああ、そんな感じの…」
「もっと、もっと話を聞かせてくれ!」
「うぅぅ…」
「もう眠い…」
「お、おい!」
メノウの叫びも虚しく、二人は酔ってそのまま寝てしまった。
先ほどの言葉が正しいのならば、この誘拐は単なる誘拐では無いということがわかる。
メノウが『竜の巫女』であるということはごく一部の者しか知らないからだ。
「…金が目的ではないのか?」
眼のは右派何故、自分が攫われたのかが気になっていた。
単なる身代金目当てならばこんなに大掛かりなことをする必要は無い。
金持ちの子供を適当に誘拐すればいいだけだ。
メノウとショーナを相手にする、というリスクを背負ってまですることではない。
得体の知れない不気味さがメノウの背筋を走る。
「(何とかもう一度逃げることはできんか…?)」
不気味に思ったメノウは脱獄を再び考えた。
とはいえ今の彼女にできることは何もない。
今表で寝ているヌリーグとクース、彼らも鍵は持っていないと言っていた。
「ぬ~…」
無駄なことを考えるのは止めた。
夜空を見ながら物思いにふけっていた。
最近夜空を見ながら寝ていなかったな、そう考えながら。
「(なんで魔法が使えなくなったんじゃろうなぁ…)」
以前のファントムとの最終決戦の際は万全の状態で使用できた。
その後数日の間も問題なく使えた。
しかしここ最近になって急に使えなくなったのだ。
「(何者かが封じたか?)」
そう考えるメノウ。
魔王教団、幽忠武、大羽やジョーの組織の残党…
心当たりは数多くある。
だが、すぐにそれはあり得ないということに気が付く。
そもそもの大前提としてメノウに『魔術』や『妖術』の類は効かない。
つまり封じること自体が不可能なのだ。
「よっと」
毛布を払いのけベッドから立ち上がる。
気分を変えるため、メノウは少し体を動かしながら考えることにした。
白いローブとベールをたたみ置き、シャツとスパッツだけの姿になる。
そして軽く体を動かす体操を始める。
「ぬ~…!」
軽い体操をし気分を変える。
そんな中、ふと自身の肌に付いた小さな傷に目が行った。
以前のファントムとの戦いのときに付いた傷だ。
剣で肉が抉られた部分だが、既に大部分が治っている。
「(どこか体を傷つけたか…?)」
どこか体内の神経を傷つけたせいで魔法が使えなくなったのではないか。
だがメノウは傷ならば常人の数倍の速度で治る。
よほどの大けがでない限りここまで足を引きずるわけではない。
そしてそんな大怪我も今はしていない。
ファントム戦の傷もほぼ治っている。
となると大怪我が原因という訳でもない。
「(病気…?)」
改めて考えてみるとここ最近の身体は少しおかしかった。
メノウ自身そう思っていた。
体が火照って熱くなり、たまに動悸が速くなることもあった。
だがつらいという訳ではない。
風邪や病の類では無いということはメノウ自身がよく分かっていた。
そしてショーナの元から連れ去られた今は特にそういったことは無い。
「わからん…わからんわ…」
片手で逆立ちをしながら考えに浸る。
身体能力も以前より衰えているのを感じる。
以前ならば指だけでも逆立ちができたのだがそうはいかなくなっている。
「(魔力も身体能力も消滅したわけではないんじゃがなぁ)」
それぞれ体内に存在してはいる。
それはわかる。
だがしかし、それを引き出せぬ状態なのだ。
力の引き出しが何故か引けなくなった状態。
そしてその理由がなぜなのかがわからない…
「時間をかけて調べる必要があるのぅ」
もしかしたら何らかのショックで使えるようになるかもしれない。
あるいは単に気の迷いで使えなくなっただけなのかもしれない。
それならばすぐに使えるようになるだろう。
どちらにせよ、早くここから出て平和な場所でゆっくりと理由を調べる必要があるだろう。
「よっ…と!」
そのまま逆立ちからもとの姿勢に戻る。
部屋内にあった小さなタオルで汗を拭う。
水でタオルを濡らし再び体を拭く。
そしてそのままベッドに寝転がる。
「ショーナ…」
力が使えなくなったことに不安を感じ始めるメノウ。
当然のことだろう。
それまでつかえたものが使えなくなり不安でないはずがない。
これまでは脱出の興奮などでそれを期に止め、考える時間が無かった。
だが今ならそれがどれほど大変なことかが理解できる。
「お願いじゃ、はやく助けに来てくれ…!」
毛布を握りしめるメノウ。
不安と悲しみ、恐怖が入り混じったその声。
メノウが見せたことが無い弱さ。
それが垣間見えた瞬間だった…
名前:クース 性別:男 年齢:21歳
国外から流れてきた傭兵。
移民であるが働き口が見つからずそのまま傭兵を続けている。
現在はリートの元で働いている。
好きなものはたくさん飲める安酒。




