第百七十話 結
今回の仕事を終え、ルビナ姫から報酬を受け取ることができた。
その全額を使いメノウは王都ガラン郊外にあるものを買った。
それは墓。
かつての大切な仲間であった男、ファントムを弔うための墓だった。
郊外の丘の上にある小さな墓地。
「静かに眠れ、ファントム」
墓石に刻まれた彼の名。
『トーマス・ファングレーニン』、ファントム。
その前に拾った一輪の花を置く。
それと小さな焼き菓子、タバコを添える。
「確か…この花じゃったか。お主にもらったのは」
朧な記憶から彼との思い出を探しだす。
昔この花を彼から貰った気がする。
草原に生えていた一輪の名も無き花。
これを彼からもらった…ような気が。
そんなことですらはっきりと思い出せぬ自分に憤りを感じるメノウ。
「ふふふ」
墓石の前にしゃがみ軽く笑う。
よくよく考えてみればそんなことで彼は怒らないだろう。
「あの時、あの場所から随分と遠くへ来てしまったな」
初めてファントムと会ったのは随分昔のこと。
ここよりもずっと遠い場所、遥か昔に出会った。
その当時からはずっと遠くへ来てしまったのだと、改めて実感した。
この墓があるのは王都ガラン郊外。
比較的自然の多く静かな場所を選んだつもりだ。
「あんな戦場をお主の墓などにするのでは無く、ちゃんと弔うべきじゃったな…」
かつての最後の戦いで戦死したファントムの遺体を、当時のメノウとその仲間たちはその地に埋葬した。
長く続く戦いの中であったこと、当時の価値観などから丁重に弔うことができなかったのだ。
だが今ならできた。
「できればもう少し話したかった。お主の方が昔のことをよく覚えていそうじゃったし…」
昔のことを思い出そうにも忘れている部分が多すぎて思い出すことができない。
ラウル古代遺跡で遥かな年月を眠って過ごす内にその記憶がほとんど飛んでしまった。
それが残念でならない。
「まぁ、そう言ってもしょうがないな。ワシはもう行くよ」
そう言ってメノウはその場を去るべく立ち上がる。
メノウも、そしてファントム本人も湿っぽいことは苦手だった。
笑ってこの場を去ろう、彼女はそう思った。
「ははは…」
無理矢理笑おうとするもそううまくはいかない。
かつての仲間であるファントムを手にかけ、失ったのは事実。
それを思うと、一人で笑うことなどできなかった。
「はは…」
やはり心苦しいものがある。
『お前は過去になんか囚われるな。未来を見て生きろ』
ファントムは最期にそう言った。
だが、だからと言ってそう簡単に割り切れるものではない。
「…戻るか」
改めてその場を去ろうとするメノウ。
ここにいたら悲しみに押しつぶされてしまう。
と、そこに…
「メノウさん」
「ツッツか!」
「ええ。ショーナさんからここだって聞いて…」
そう言って小さな花束を墓に添えるツッツ。
以前の『グラウ・メートヒェン』として活動していた際の灰色のローブでは無く、薄いシャツとスパッツという随分とラフな私服を着ていた。
だが、それだけでかなり印象が違って見えた。
「ツッツ、お前さん随分成長したのぅ」
「ははは、そうですか?」
「グラウとして活動していた時はよく分からなかったが、こうしてみると…のぅ」
数年前、かつてメノウよりも小さかったその背は伸び、身体つきもより女性的になった。
メノウを見上げていた少女は、今では彼女を見おろせるようになっていた。
…ほんの数cm程度ではあるが。
「そうだメノウさん、これを」
「これは…?」
ツッツがメノウに手渡したのは、小さな花と木の枝で作られたサークルだった。
彼女が手作りしたのだろうか。
いや、どうやら違うようだ。
「ショーナさんからです」
「ショーナから?」
「ええ。じつは…」
ショーナのかつて住んでいた村では、墓にこのような小物を添えるのが風習として残っていた。
それを思い出しながら彼が作った。
ツッツはそう言った。
「ふふふ。ショーナめ。ふふっ」
そう言いながらサークルをファントムの墓に添える。
「ファントムも喜ぶじゃろう」
「喜ぶ。そうですね…」
「どうした?」
「メノウさん、貴女には今、会うべき人が居ます」
「…ショーナ」
ショーナと大会前に交わした約束。
彼の心に秘めた想いを受け止めること。
だがファントムの死を前にして、メノウのその考えが揺らぎ始めていた。
自分がいることでショーナを不幸にしてしまうのではないか。
死んだファントムを尻目に自分だけ幸せになってもいいのか。
だがそう考えるメノウに対し、ツッツが言った。
「僕はファントムさんと心を共にしていました。だからわかるんです。彼の思いが」
「想い…」
「はい。彼の魂は貴女に幸せになって欲しい。ただそれだけを思っていました」
「ファントム…」
「だからこそ、彼は僕と共に戦ってくれました」
ツッツからファントムの思いを聞くメノウ。
それを聞き自然と足が動き出した。
その行先は当然決まっていた。
ショーナの待つ場所。
この丘の下の小さな公園。
そこに彼を待たせていた。
遮二無二走り彼の元へ。
「ショーナ」
「メノウ」
「「言いたいことが…!」」
会ったと同時に二人の言葉が重なり合う。
言いたいことは互いに同じ。
だがその先の言葉がなかなか出ない。
互いに見つめ合いながら、固まってしまう。
「…俺から言っていいかな?」
「あ、ああ。いいぞぃ」
「ありがとう、メノウ」
軽く咳をし、改めてメノウの目を見る。
視線をずらさず、はっきりと。
討伐祭前にメノウと約束したこと。
それを言うときが来た。
「メノウ、君のことが好きだ。
初めて会ったあの時から、ずっと!」
辺りを沈黙が包み込む。
今までショーナには何度も言った。
二人では寿命が違いすぎる、同じ時を生きることはできない。
ショーナはとても難しい人生を歩む事になるかもしれない。
だが…
「ずっとこの言葉を言いたかった!好きだ!俺と一緒に来てくれ!」
単刀直入。
ムードも何もあったものではない。
だが、それで十分。
その想いは伝わった。
満面の笑みと共にメノウは言った。
「はい、よろこんで…!」
今回の話で一旦区切りがつきました。




