第百六十八話 空に昇る光…
メノウの戦巫女セイバーがファントムの身体を切り裂いた。
彼の身体に斜一文字に深々と刻まれた斬撃痕。
絶対的な覚悟を持ち、彼の命を確実に絶つ。
それだけを考えての攻撃。
その攻撃を受け、ファントムはその場に崩れ落ちた。
それを確認したメノウは展開していた戦巫女セイバーを戻す。
「…ファントム、ツッツ!?」
メノウが真っ先に気になったのはツッツの身体だった。
彼女はファントムと精神を共有している。
たがいに身体に受けたダメージをもある程度共有してしまうのだ。
「大丈夫かツッツ!?」
「え、ええ…」
「立てるか?」
「はい。僕は平気です。けどカツミさんが…」
時間稼ぎのため戦っていたカツミ。
気絶し倒れている彼女に駆け寄るメノウ。
限界をとうに超えて戦っていたその身体は既にボロボロだった。
致命傷こそ避けてはいるが…
「ありがとうな、カツミ。ワシたちのために…」
残った魔力を使い彼女の傷を治す。
メノウの体内に魔力はもうほとんど残っていないため、ほんの少しの治療にしかならなかったが最低限の傷は治せた。
「ファントムさんが…」
「…あ!?」
ツッツの身体には共有されるべき傷が無かった。
あれほどの高威力の攻撃を放ったのだ、無いはずがない。
だが、それが無いということは…
「ファントムさんは…僕が動きを封じてる間に…」
「まさか…!?」
ツッツの言葉を聞きメノウは理解した。
それと共に先ほど攻撃を加えた、敵であったファントムに駆け寄る。
まだ意識はあるようだ。
「うう…」
「まさか…ファントム?」
「よ、よう。最後の最後で…自分の身体取り戻したぜ…」
メノウの攻撃の瞬間、ツッツの中にあったファントムの人格。
それがある行動に出た。
暴れていた肉体の中に入っていた。
攻撃を敢えて受けるために。
「なんだよ…泣いてるのか…」
「当たり前じゃろ…また、昔と同じように…やってしまった…お主を…」
メノウが殆ど忘れてしまった遠い昔の記憶。
しかしその中に僅かに残っていた光景。
それがファントムを殺めた時のものだった。
血だらけの彼を見下ろす自分。
それが僅かに彼女の記憶の中にあった。
「ははは…やっぱりお前は昔とかわらないな…」
「?」
「やっぱり覚えてないのか…」
「それはどういうことじゃ」
「あの時、俺はお前にこう言った…」
ファントムがかつてメノウに言った言葉。
それは
『自分を殺してくれ』
という物だった。
「昔のお主はなぜそんなことを…?」
「あの時…俺が戦った相手は強力な呪術師だった…」
「…ッ!そうじゃ!ヤツは!」
「あの時の俺はもう限界だった…」
かつてのファントムとメノウの長い旅の果ての最後の戦い。
それは広域を支配する呪術者との戦いだった。
千人の強大な軍を率いる彼に対し、ファントムはたった一人で戦いを挑んだ。
右腕と顔の半分を失いながらも戦い続け、彼は戦いを終わらせた。
だが…
「ヤツは最後の最後で俺に呪いをかけた…」
かつての戦いの最後に、ファントムがかけられた呪い。
それは彼の中の魔力を暴走させるというもの。
放っておけば重大な被害をもたらすことになる。
「それを止めるためワシは…お主を…」
「お前にしか頼めなかったんだよ…」
かけられた呪いを封じるためにはメノウの魔法が必要だった。
魔法を使いファントムの命を絶つ。
当然、当時のメノウも反対した。
しかし、当時のファントムはそれを短い時間で説得した。
いや、しなければならなかった。
それでしか解決できないということ。
どちらにせよもう助からない命であること。
それを当時のメノウに説明した。
そして…
「滅茶苦茶なことを頼んですまなかったとは思ってる」
「じゃが、それしかなかった…のか…?」
「ああ。お前は全然気に病む必要なんかないんだ。…全部俺が望んだこと。後悔など微塵も無い」
しかし、当時のメノウにはあまりにも重すぎることだった。
今とは違い当時の彼女は精神もまだ成熟していなかった。
心に大きな傷を負い、世間から離れひきこもるには十分な理由となった。
それ以降、彼女は旅を辞めていた。
そしてメノウはラウル古代遺跡で眠りについていた。
…ショーナが来るまでは。
「メノウ、お前は過去になんか囚われるな。未来を見て生きろ」
「ファントム…」
「お前にも…大切なものがあるだろう」
「大切なもの…ショーナ…みんな…!」
ファントムの言葉を聞き真っ先に思い浮かんだもの。
それはこれまで出会ってきた者たちとの記憶。
そしてショーナとの思い出。
「…ショーナと言ったか、あの少年」
「ああ…」
「アイツはいいヤツだ。見ててわかるよ…」
「ははは。そ、そうか?」
無理矢理な笑顔を浮かべ、ファントムを安心させようとするメノウ。
しかし死にゆく彼を見てそう簡単に笑顔など浮かべられるわけが無い。
涙を流しながら作ったボロボロの笑顔だった。
「お前が…お前たちの仲間が俺のことを覚えていてさえくれればそれで…」
そう言ってメノウの手を握るファントム。
とても弱々しく震える手。
もう彼の命もそう長くは無い。
「魔王教団の紋様…忌々しいモノだけど、そのおかげでメノウと話せた…」
自身の身に刻まれた紋様を見ながら皮肉を込め、乾いた笑みを浮かべる。
世の中何が幸いするかわからない、とはまさにこのことだ。
「ツッツ、お前にもいろいろ迷惑かけたな」
「いえ、貴方がいなかったら僕はあの場所で死んでいましたから」
「ははは…」
その声と共に、メノウの握るファントムの手から力が一気に抜けた。
慌ててメノウが強く握るが、もはやそれは意味をなさない。
「メノウ。奴らは…魔王教団はまた必ずやってくる。強大な力と共に…」
「…強大な力?」
「そしてその後ろに潜む更なる敵たちも…」
「敵…?それはなんじゃ」
メノウが問いかける。
だがそれに対して詳細を満足に答えることができる体力はもう、彼には残されていなかった。
残りの力を振り絞りメノウに言う。
「メノウ…お前たちがこの国を守ってくれ…」
「ファントム…ファントム!?」
ファントムは死んだ。
二度目の死。
二度の死を経験する者などそうはいない。
そしてその二度ともがメノウの手により死んだのだ。
「辛いものは…辛いんじゃよ」
悲しみを噛み殺しそう呟くメノウ。
必死で涙をこらえるも抑えることが出来ない。
たとえ悪くない、恨んでいない、と言われても自分が殺したことは事実。
いくら時が経とうともその事実を乗り越えるのは難しい。
ファントムの身体から無数の光の玉が溢れ天に昇ってゆく。
その肉体は魂が抜かれ、静かに瞼を閉じてた。
メノウはその亡骸の手を握り締め、天に昇ってゆく光の魂を仰ぐ。
一瞬のことだった。
それは精神を追い込まれたメノウが見た幻覚だったのかもしれない。
「じゃあな…」
だがそんな幻覚でも彼女にとっては心の支えになった。
少なくとも彼が苦しんで死んだわけではない。
そう思えたから。
そしてファントム自身がそう言っているようにも感じたから。
天を仰ぐメノウをツッツが無言で抱きしめた。
「…メノウさん、帰りましょう」
「うう…ああ…」
「カツミさんも…僕たちもみんなボロボロです。それに…」
「そうか…」
気絶したカツミ。
そして地面に横たわるファントムの亡骸。
もう誰にも汚されぬよう、彼の尊厳を損傷させぬように、丁寧に葬らなければならない。
彼の意志を最大に尊重したうえで。
と、その時…
「おーい!メノウ!」
遠くから響く声。
それは聞きなれたあの少年の声。
愛馬と共にこちらへと駆けるショーナの声だった。
「…ショーナ」
「行きましょう、メノウさん」
「ショーナー!」




