第百六十七話 過去を裂く刃 強き覚悟で幻影を絶つ
「邪魔だ女ぁ!俺はメノウの奴を始末してぇんだよ!」
「させるかバカ!」
ファントムと戦い時間を稼ぐカツミ。
手刀から放たれる多数の斬撃波でファントムとの距離を稼ぎつつ、一定の距離からの攻撃を仕掛ける。
彼からの攻撃を避けつつ、これを繰り返す。
寸分の狂いも無く。
「絶対にさせない!絶対に…」
一見すると互角、あるいはカツミ遊離にも見えるこの勝負。
だがこの勝負は明らかにカツミが不利。
そう長くは持たない。
そんな二人の元から離れ、物陰に隠れるメノウとツッツ。
先ほどの戦いで隆起した地面の陰だ。
「メノウさん、お話が有ります」
「大切な話なんじゃな」
「わかりますか」
「ふふふ。まぁの」
「実は…」
あまり時間はかけられない。
ツッツは簡潔にまとめ話した。
数年前、メノウを追って旅に出たこと。
ヤマカワから武術をある程度学んだこと。
旅の最中、魔王教団と出会い、交戦したこと…
「そんなことが…」
「これを見てください」
右腕に巻いていた包帯を破り捨て、その下の紋様を見せるツッツ。
腕だけでは無く右上半身に刻まれているそれ。
黄色い魔王教団のものとは異なり、グラウに刻まれている物は灰色。
色こそ違うがパターンは同じ。
一瞬息をのむメノウだが、これまでのグラウを見るに無害なものであると理解した。
「魔王教団の紋様じゃな」
「ええ」
そしてこの紋様が刻まれた経緯も話した。
魔王教団と一度交戦したものの敗北したこと。
その過程で刻まれたものであること。
「…まてツッツ、ならばなぜお前さんは奴らの仲間になっておらんのじゃ?」
「それは僕の…」
ツッツが言いかけたその時、二人が隠れていた地面の隆起がバラバラに崩れ落ちた。
それと共に地面に叩きつけられるカツミ。
致命傷こそ受けてはいないものの全身に傷を負っている。
「う、うう…」
「メノウ、これ以上お友達を戦わせない方がいいと思うぜ」
「カツミ、ここはワシが…」
「ツッツの話、全部聞いたのか?」
「いや、まだじゃ」
「全部聞くまで…アタシが相手する!」
メノウを突き飛ばし、再びファントムに攻撃を仕掛けるカツミ。
だが既に限界は近い。
まともに攻撃は当たらずファントムの放った軽い衝撃波で吹き飛ばされてしまった。
「メノウとそこの灰色のガキも一緒に相手を…」
そう言って剣を構えるファントム。
先ほどと同じく右手に魔力を込めるメノウ。
戦巫女セイバーの構えだ。
だが…
『もうこれ以上、好きにはさせないぞ!』
何者かの声が響く。
メノウ、そしてファントムもこの声の主は知っていた。
それは…
「ファントムの…」
「俺の声じゃねぇか…」
だがファントムがその声を出したのではない。
彼が言ったわけではないのだ。
混乱する二人。
そこへ、隙をついたカツミが再びファントムに襲いかかった!
「な、女ぁ!まだ動けるのか!」
「最後の最後まで…倒れはしないんだよ」
「ぐッ!」
限界はとうに超えている。
メノウはツッツの話を最後まで聞き、理解しなければならない。
先ほどカツミがツッツに聞いた話の内容。
それは余りにも衝撃的なものだったからだ。
もう時間はかけていられない。
「メノウさん、僕は確かにツッツです。けど、それだけじゃない」
ツッツがメノウの手を掴む。
彼女の鼓動、息遣いが伝わってくる。
だがそれだけでは無い。
「この感じは…いや、そんなわけ…」
「僕は…ツッツでもあり、『ファントム』でもある!」
「まさか…そんな…」
そのツッツの言葉にメノウが、そして戦っているファントム自身が凍りつく。
今の彼女の言葉に嘘やまやかしの類は一切入っていない。
そのことはこの場にいる全員が理解していた。
「どういうことだガキ!ふざけたことを…」
「お前の相手はアタシだって言ってるだろ!開陽虎狼殺!」
「ウオッ!?」
カツミの攻撃がファントムの身体を抉った。
その一撃がかなり深い傷を負わせた。
それとほぼ同時にツッツが苦痛の表情を浮かべた。
「うッ…」
「ツッツ!一体これはどういうことなんじゃ…」
「…さきほどの話の続きをします」
ツッツが『ファントム』でもあるという意味。
それはツッツが紋様を刻まれたその直後にまで話をさかのぼらなければならない。
その時、ほぼ同時にアルアの死者蘇生の魔法の実験が行われていた。
眠りについた霊魂、朽ちた肉体を蘇らせ味方に付ける。
それが死者蘇生の魔法だ。
「僕は紋様を付けられ、後は死ぬだけだった…」
肉体は傷つき、精神もズタズタの状態。
死を待つだけだった当時のツッツに手を差し伸べた者がいた。
それは…
「それがメノウさんのかつての仲間、『ファントム』でした」
古戦場で眠っていたファントムの魂と肉体。
それが死者蘇生の魔法で復活していた。
ファントムは魔王教団の眷属となることを拒否した。
そして、死にかけていたツッツにその魂と心の半分を渡した。
それにより紋様の効果をはねのけることに成功したのだ。
「ファントムさんの魂はは紋様の強化能力のみを残し、それ以外を打ち消してくれました」
「グラウとしての力はそれが源流か」
ハーザットによる肉体強化。
ヤマカワとの特訓。
そして紋様の強化能力。
一見いいことづくめにも見える。
だが…
「残った心と魂は今、あの状態で暴れ続けています」
カツミと戦い続けるファントム。
彼はファントム本人の半身であり、ツッツの中にいるのもファントムの半身。
蘇生の際にファントムという人間の人格は二つに分かれてしまったのだ。
そうツッツは言った。
「…なぜそのことをもっと早く言ってくれなかったのじゃ?言えば…いってくれれば…」
『いきなりそのことを話したとして信じたか?』
ファントムの声色と口調で話すツッツ。
なるほど、確かに嘘ではないようだ。
『信じたとして、その後どうするつもりだ』
「それは…」
『片割れの俺にも情が湧き、戦いづらくなるんじゃないか?」
「ッ…!」
ファントム本人としては、暴れまわるもう一人のファントムを止めてほしかった。
しかしツッツの身体では倒すことは実力が足りず不可能。
これは肉体を貸しているツッツ自身も理解している。
『厳しい言い方になるが、メノウに暴れまわる片割れのファントムを倒してほしかった』
「メノウさん、行きましょう!カツミさんも危ないから!」
ファントムとツッツ、二人の心を持つ一人の少女。
彼女がそう言った。
だがメノウにはどうしても気になることがあった。
それは…
「まて、ツッツ、ファントム」
「どうしましたか?」
『…メノウ』
「あの暴れまわる片割れのファントム。あれを倒したらどうなるのじゃ?」
「どうって…」
「ファントムの半身。あれを殺せばお前さんたちもただでは済まないじゃろう」
ファントムの片割れを宿した今のツッツ。
そして暴れまわるもう一人のファントム。
片方が受けた傷は多少弱まるものの、もう片方も受ける。
先ほどのカツミの放った『開陽虎狼殺』をもう一人のファントムが受けた際、ツッツが苦悶の表情を浮かべたのはそのためだ。
『この子には迷惑はかけん』
「ファントムさん…」
『俺がヤツを道連れにする。トドメはメノウ、お前が刺してくれ』
「…いやじゃ!」
『頼むメノウ!』
「もう一度、お主を殺せと言うのか!このワシに!?」
かつてのファントムとの旅の最後。
その時メノウはファントムを殺した。
どういった経緯かは忘れてしまった。
だがその時のことは今でも覚えている。
とても嫌な感覚だった。
もう二度とあんなことはしたくない。
「お主だって嫌じゃろう!死ぬのは…」
『それしかないんだよ、メノウ』
ファントムの心は絶対に揺らがない。
ツッツの中に宿る彼の心。
その絶対的な決意をメノウは感じ取った。
この絶対的な心の前では拒否はもはや意味は持たない。
「ああ…」
戦巫女セイバーを展開するメノウ。
もう一人のファントムと交戦しているカツミの元へ割って入る。
ツッツと共に。
「う、うぅ…」
その場に倒れるカツミ。
もう限界をとうに超えて戦っていたのだ。
無理もない。
礼を込めた軽く彼女に頭を下げる。
「ようやく来たか、メノウ!」
「ああ…」
そう言ったその直後、ツッツがファントムを後ろから締め上げた。
無理矢理動きを封じる。
手段は択ばない。
長くは持たない。
メノウの一撃で終わらせる。
「離せ!このッ!何考えて…まさか…!」
「ああ、『それ』以外ないじゃろう」
これまでにない最大の一撃の戦巫女セイバー。
それがファントムの元へ放たれる。
絶対的で明確な殺意を持ったその一撃。
それを望むもう一人のファントムの意志のためにも、この攻撃で終わらせる。
「ああああッッッッ!!!」
誰の物ともいえぬ叫び声がこの草原に響き渡った…




