第百六十四話 幻影のファントムvs緑瑪瑙のメノウ(前編)
サモさんと代理の二人で復活の『S』やってるのかな?
アルアの言葉に導かれ、メノウはファントムの待つ場所へと向かった。
王都の街並みを走り抜け、検問所を通り抜ける。
身分証を作っておいてもらってよかった、そう思いながら。
何も考えず、ただ一心不乱に足を進めた。
ただがむしゃらに走るのではなく、はっきりとした、確固たる意思をもって。
「…街から離れてしまったな」
王都ガランから少し離れた草原。
そこにメノウは立っていた。
青い空に吹く風。
若草がその風に揺れる。
「この丘の上か」
道も無い草原を歩くメノウ。
どうせ背の高い草も無い、そのまま歩いていく。
もし何もないときならば、弁当でも持ってピクニックにでも来たいような場所だ。
全部終わったらショーナを誘ってくるか…
「いや、まだ終わっていないのぅ」
自嘲した笑みを浮かべつつ歩みを進める。
少し小高い丘の上。
その上にファントムは居た。
地面から飛び出た小さな岩を椅子代わりにし、遠くに見える王都ガランを眺めていた。
「よおメノウ。来たか」
不思議とファントムは驚きはしなかった。
来ることを知っていたのか、それとも感じ取っていたのか。
彼の横にメノウが歩み寄る。
「何をしているんじゃ?」
「眺めてんだよ、街を」
「なぜじゃ」
「活気に溢れたいい街だなって思ってさ」
ゾット帝国で最も大きい都市である王都ガラン。
他の地区の都市、キリカやシェルマウンドと比べてもその差は歴然。
近代的建築と中世的建築が両立したとても住みやすい街だ。
絶えず鼓動を続けるこの街は時代が進むと共に大きく成長していくのだろう。
「あの街は十年後にはもっと立派になっているんだろうな」
「そうじゃな。建築途中の再開発地区もあるらしいからのぅ」
「何ができるんだ?」
「さぁの。家か、店か、病院か?わからんわ。わからん。断言するのやめておくわ」
「ふふふ…」
そう言うと、咥えていた煙草を吐き捨てるファントム。
脚でそれを踏み潰しながら、逆にメノウに問いかけた。
「ならお前はどうだ?十年後、どうなっている?」
「ワシの十年後?」
「十年でも二十年でもいい。数十年後さ」
そのファントムからの質問に言葉を詰まらせるメノウ。
そんなことを唐突に言われても即答などできるわけもない。
「歳はとらず成長することも無い。お前はずっと変わらぬまま。違うか?」
「それは…」
メノウは歳はとらない。
精神的な成長や肉体の鍛錬はできるが外見はほぼそのまま。
変わることが無い。
魔法で無理矢理変えることはできるが、所詮は偽りでしかない。
「俺も同じだ。蘇ったとはいえ『完全』じゃない」
そういって傷の残る自身の腕を見る。
今も彼の顔の半分は削れている。
彼の死因となったかつての戦いの傷はそう簡単に治るものではない。
伸ばした髪と包帯で隠してはいるものの、あまり直視できるものではない。
かつての記憶や戦闘技術、感覚なども一部が抜け落ちてしまっている。
戦いになると妙な立ち振る舞いになってしまうのもこれが原因だ。
「メノウ、お前はそんな状態であのショーナという少年と一緒になる気か?」
「ショーナはワシを受け入れてくれると言った。嘘ではない、本気の言葉じゃった」
「今はそう言えるかもしれんが、時が経つとどうかは分からんさ…」
「そんなことは無い!」
「お前は手を引いてあの金髪の女と一緒にしてやった方が幸せじゃないのか?」
「レオナ…か…」
メノウも何度か考えたことはある。
そう、『自分と一緒になるよりもレオナと共になった方がショーナにとって幸せではないか』ということを。
ショーナの好意は確かにメノウに向いてはいる。
だがメノウが手を引けばその好意はレオナに行くのではないか?
事実、あの二人は昔からの友人。
恋に発展するのは何もおかしいことではないし、レオナが一度告白もしている。
しかしそれをショーナは断った。
その理由は、彼の中にメノウの存在があったからだった。
「別にメノウ、お前にそんなことを言いたい訳じゃないさ。ただ…」
ファントムが腰の鞘から剣を引き抜く。
小さな岩の椅子に座りながら、その剣先を地面に突き刺す。
「お前はもっと昔に死んでおくべきだったんだよ。俺と同じようにな」
「クッ…いきなり何を…」
「だってそうだろ?」
人間の寿命などたかが知れている。
すぐに寿命は尽きるし死ねば蘇らない。
しかしこの二人は違う。
ラウル帝国の秘術で不老不死となったメノウ。
魔王教団の魔術で蘇ったファントム。
共にそう言った概念を捻じ曲げてしまうような存在。
「あの時は俺が死にお前が生き残った。だが…」
「ッ…!」
「今回は逆だ。俺が生き、お前が死ぬ!」
かつての『逆』をやろう。
ファントムはそう言った。
メノウが生き、ファントムが死ぬ。
その逆。
ファントムが生き、メノウが死ぬ。
永い命を持つメノウが死に、ただの人間だったファントムが生き残る。
もっとも、今のファントムはただの人間ではないのだが、彼の中ではそんなことはすでにどうでもよくなっている。
「…ワシはもう何も言わんよ」
地面から剣を引き抜き、それを構えるファントム。
一旦距離をとりそれと対峙するメノウ。
丘に静かな風が吹く。
草にとまっていた虫がその風に乗り飛んだ。
それと共に右手を軽く上に伸ばす。
そしてその腕に魔力を纏わせていく。
「戦巫女セイバー!」
「以前のか…!」
それと共に二人も地を蹴り翔る。
戦巫女セイバーの魔力刃で斬りかかるメノウ。
それを剣で受け止めるファントム。
一件互角に見える刃同士の攻防。
だがその刃はファントムの剣の前には歯が立たなかった。
「けッ!」
「戦巫女セイバーが…!」
ファントムに攻撃を受け流され斬撃波とともに弾き飛ばされる。
それをうけ勢いよく草原の野に叩きつけられ転がるメノウ。
戦巫女セイバーの刃は砕け散り、魔力となって飛散した。
それを見て笑うファントム。
「魔力の剣なんかじゃこの俺はたおせねぇよ!」
「ふふ、そうかのぅ?」
メノウは最初から戦巫女セイバーが通じるとは思っていなかった。
あの技は以前の戦いで既に見せている。
見切られていると考えるのが自然。
今の技には隠し手があった。
「戦巫女セイバーは二度斬る!」
飛散した魔力が再び刃となりファントムを襲う。
先ほどよりは小ぶりの魔力刃がその身体に深々と突き刺さった。
「ぬッ!?」
咄嗟に体をずらしたものの、完全にはよけきれなかった。
二の腕に突き刺さった魔力刃。
一瞬顔を苦痛で歪めるファントム。
だがそれを無視し再び攻勢に入る。
「つあッ!」
両手で構えた剣でメノウの身体を両断すべく斬りかかる。
だがその攻撃はあまりにも大ぶりすぎた。
メノウに軽く避けられ反撃の隙を与えてしまう。
「こッ…いや!?」
その隙を見て攻撃をするかと思われたメノウ。
だがその手を引き後ろへと下がる。
そう簡単に決定打となる攻撃が通るわけが無い。
ファントムがそんな甘い男ではないことは彼女がよく知っている。
「チッ、読まれたか…」
「疾風の裂脚!」
逆部から放つ斬撃波『疾風の裂脚』、それを後ろへ下がると同時に放つ。
下がるという『隙』を自らが生み出さぬため。
この時くメノウは攻撃事態は二の次にし、確実に次の攻め手を打てるように行動していた。
「ふん」
疾風の裂脚によって放たれた斬撃波は威力は低く軽い。
ファントムの鋭い気合のみでかき消されてしまった。
だがそれとほぼ同時に再びメノウがファントムに飛び掛かった。
「戦巫女セイバー…二刀流!」
「ほう…」
二倍の攻撃力と二倍のスピード。
それがこの二刀流セイバー。
しかしその代償として二倍の消費魔力を要求される。
だがその分当然ながら攻撃性能は高い。
その二刀流戦巫女セイバーの斬撃による攻撃に押され始めるファントム。
「小癪な動きを…!」
「この連続切りを避け続けられるかファントム!?」
一瞬でも気を抜けば確実に瞬殺される。
それはメノウもファントムも同じ。
互いに持久力が低く、どちらが先に大技を叩きこむかが勝負の分かれ目となる。
この勝負、勝つのはどちらか…




