第十五話 南アルガスタの最も長い夜(中編)
某所で浜川裕平先生の『ゾット帝国』の世界観が完全に把握できない方が結構いると聞きました。
この小説を読んでいる方にも、もしかしたらいるかもしれません。
いずれ、私用の小説執筆用にまとめた『ジン編』と『カイト編』、その他の『光秀編』などの設定資料集を公開しようと思います。
間違っているところもあるかもしれないので、もしあったらその際は指摘お願いします。
テリーの放ったバズーカは、エレクションに当たることは無かった。
この距離で外すわけがない。
彼は何が起こったかわからず、動揺を隠せぬようだ。
バズーカの爆風の中から現れたのは、エレクションを守るように立つ一人の黒い騎士。
「が、ガイヤ!お前を忘れてただで」
彼が四重臣最後の一人『黒騎士ガイヤ』だ。
これまでの三人とは明らかに実力が違う。
今の砲撃も彼が何らかの方法で避けたのだろう。
「下がってろ」
そう言うと、ガイヤはテリーを軽く睨み付ける。
その眼には冷たく、感情がこもっているのかどうかも分からない。
「軍閥長の犬が!さっきは何をしやがった!」
ガイヤのいる高台を目指し階段を上りながら、テリーが叫んだ。
だが、それをガイヤは一蹴した。
「知る必要は無い」
その声と共に、一瞬ガイヤの姿が消える。
だが、メノウは辛うじてその動きを捕えることはできた。
実質的なスピード自体は以前出会ったヤクモとそう変わりは無い。
だが軽量な装備のヤクモに対し、ガイヤは鎧を纏い剣を所持。
さらに魔法による縮地法を使うヤクモと、純粋な脚力による高速移動。
どちらが上かなど比べられるはずがない。
「(超高速移動…!)」
ガイヤが姿を現したと同時に、テリーの身体が宙を舞う。
彼の担いでいたバズーカは真っ二つに切断されていた。
ガイヤの持つ剣が抜いたかどうかまでは見えなかった。
だが恐らくその剣で切断されたのだということがわかる。
テリー自身は外傷自体は無いものの、切断の際の衝撃波で床に叩きつけられた。
「よくやっただで!コイツは明日処刑だで!」
「く…そッ…」
「じゃあ、次はあの女の子の相手も頼むだで」
エレクションが言った。
それを聞き、一瞬ガイヤの表情が曇る。
ここにきて初めて、彼の感情が見えた気がした。
「だが相手はまだ子ども…」
「オラに逆らうとどうなるか、やってみるだでか?」
エレクションが不気味な笑みを浮かべる。
それを見たメノウがガイヤに問う。
「お前さんは何故あんなのに従う?」
「いきなりどうした?」
ガイヤほどの力があれば、わざわざ誰かの支配下に着くことも無い。
エレクションを倒し、自身が軍閥長になることもできるだろう。
少なくともエレクションよりははるかに頭の切れる人物でもある。
それ程の男が何故、軍閥長の部下などをしているのか。
その問いに対しガイヤはこう答えた。
「軍閥長は俺達を助けてくれたからだ」
「『達』…?」
「俺と俺の妹だ」
そう言うと、彼はこれまでの経緯を語りはじめた。
数年前ガイヤはかつて、ゾット帝国親衛隊に所属していた。
だがとある事情で除名され、中央アルガスタを追われた。
唯一の肉親である妹と共に流浪の旅に出たガイヤ。
しかし…
「旅の途中で妹が病気を患ってしまったんだ…」
まだ幼かった彼女は、旅の疲れや衰弱などから謎の風土病になってしまった。
この時代では有用な薬はほとんど存在しない。
まして、特殊な風土病の薬など…
「全身の毛や肌が段々と白くなっていく奇病だった。どこの村医者も匙を投げた…」
そんな彼の前に、エレクションが現れた。
当時、四重臣のメンバーを集めていた彼。
マーク将軍からガイヤの噂を聞きつけてやってきたのだった。
高い給料といい生活を保障するから仲間になれ、彼はそう言った。
ガイヤはそれに加え、妹の治療を要求。
エレクションはそれを了承した。
「…今、妹さんはどうしてる?」
「療養中だ」
面会謝絶ではあるため直接会えてはいない。
だが、この城に専門医を何人も集めてくれたおかげで回復に向かってるらしい
「…そうか」
何とも言えない、不思議な表情を浮かべるメノウ。
一体彼女は何を考えているのだろうか…?
そのようなことは一切気にも留めす、ガイヤは『ある提案』をメノウに叩きつけた。
「できれば子供は殺したくない。お前、俺たちの仲間にならないか?」
「何?」
「ヤクモと俺、お前の三人で…」
「あんなモグラおっさんの下でなど働きたくないわ!」
メノウがエレクションを指さしながら言った。
それを聞き、彼のモグラみたいな頭と顔が怒りで赤く染まる。
「ガイヤ!ソイツを殺すだで!」
「…ッ!悪く思うな!」
それを聞き、ガイヤは自身の持つ剣を抜いていく。
黒い柄と不気味に輝く緑色の刀身。
それを見てメノウは理解した。
先ほど感じた嫌な気は、この剣から発せられていたのだと。
「な、なんじゃ…その剣は…」
その美しい見た目からは想像できないほどの凶器を秘めたその剣。
このような禍々しい剣は見たことが無い。
それの持つ業に圧倒され、無意識のうちに数歩後ずさりしてしまうほど。
「あれは『邪剣 -夜-』、世界四大宝剣の内の一振りです」
その言葉と共に現れたのはヤクモ。
いつの間にかこの戦いを影から観戦していたようだ。
高台からガイヤとメノウの二人を見下ろすように語り始める。
「『邪剣 -夜-』…」
「大昔に東方大陸の鍛冶師が生み出した妖剣です」
東方大陸の鍛冶師が伝説のディオンハルコス合金を元に生み出した剣。
それが『夜』だった。
ガイヤの手に渡る前、かつてこの剣は三人の男が手にしたことがあった。
だが、そのうちの一人は鞘から抜いた瞬間に自我が崩壊。
かつて知将と呼ばれていたその男は、その後の一生を冷たい牢獄で過ごすこととなった。
もう一人は一時の超覚醒による力と引き換えに記憶を失った。
そして最後の一人。
野獣の力を得るも、人間としての心と知性を失ってしまった。
「それを軍閥長はどこからか入手し、ガイヤに渡したというわけです」
「そ、そんなものを持って、お前さんは平気なのか!?」
メノウがガイヤに問う。
「正直かなりキツイさ。少しでも油断したら一瞬で精神が崩壊するほど…」
そう言いながら、ガイヤが地を蹴りメノウに向かって突進する。
先ほどのテリーの時と同じく一撃で仕留めるつもりだ。
それを後ろに身体を移し間一髪避けるメノウ。
だが、『邪剣 -夜-』の放つ衝撃波により弾き飛ばされてしまう。
着地する寸前に何とか受け身を取るも、全身の骨が砕けるほどの衝撃が走る。
「うぅ…!」
ただの衝撃波だけでこの威力。
メノウの主な戦闘パターン、それは近接戦闘による高速の連撃により相手を倒すことにある。
だが、ガイヤに近接戦闘はほぼ不可能。
まず間違いなく、近づいただけであの剣にやられる。
それ以外の戦術となると、メノウが使える魔法ということになる。
だが、魔法など出す前にやられるのがオチだ。
「やるだで!ガイヤ!」
エレクションが物陰から叫ぶ。
「…終わりだ!」
剣がメノウに向かって構える。
直接当てるまでも無い、衝撃波だけで倒せる。
そう考えての判断だった。
だがその時、ガイヤの顔が一瞬歪んだ。
彼の手に投擲された『何か』がぶつかり剣を手放しそうになる。
「ッ!」
投擲されたモノ。
それは…
「あれは…ミーナの三節混!?」
「そのとーり!おまたせ」
「アズサから全部聞いたぜ、メノウ!」
壊された扉の前に立つミーナとショーナ。
アズサからメノウが城に殴り込みをかけることを聞いた二人は彼女の制止を振り切り駆け付けたのだった。
「黙ってて欲しいと言ったのに…」
そう呟くメノウ。
だがその内心は逆だった。
一人で戦うことに限界を感じていたところに、二人が来てくれた。
それだけで嬉しかった。
彼女の折れかけていた心に再び火が付いた。
「メノウ、大丈夫かよ!」
「あ、あんまり…」
二人が来てくれたとしてもガイヤに勝てるかどうかは分からない。
仮に逃げたとしてもヤツは確実に、どこまでも追ってくるだろう。
つまりここでケリをつけるしか未来は無い。
しかし正攻法で戦っていては勝てない…
「…ミーナ、あやつの妹は知っとるか?」
「え、何で急に…」
「早く答えてくれ!」
「あ、ああ。知ってるさ…」
普段とはまるで違う剣幕で叫ぶメノウ。
その剣幕に圧倒されるミーナ。
一応、かつては同じ四重臣として活動していただけありミーナも多少は知っているようだ。
「どこにいる?」
「あの奥に治療室が…」
ミーナが部屋の隅の扉を指さす。
「頼む…」
「え、なに?」
「時間稼ぎ頼む!」
ミーナの多節混を拾い上げ、彼女に渡すメノウ。
それとほぼ同時に、ダッシュで部屋の隅の扉を目指し飛び込んだ。
ガイヤと、何故かエレクションが血相を変えメノウを止めようと叫ぶ。
「あのガキ!」
「と、止めるだで!」
ガイヤの妹を人質にする気だろうか?
一瞬そう思うショーナ。
だが、メノウがそのような性格ではないことは彼が一番よく知っている。
では何故…
「や、ガイヤ!早くアイツを!」
「当然だ!」
「おっと、アンタの相手はアタシだ!」
ミーナがガイヤの前に立ちはだかる。
剣を振りかざし、ミーナを真っ二つにしようとするもそれを三節混で受け止められる。
…いや、正確には『三節混の内部ワイヤー』に、だ。
「こいつは内部にディオンハルコス合金製のワイヤーを通した特性の三節混さ!…ってどっかで言ったなこのセリフ!」
「何!ディオンハルコス合金だと!」
「そう、その剣と同じ素材だ!」
三節混の中央で剣の直撃を回避。
衝撃波を両サイドの混で受け流す。
対ガイヤにおいての回避としては理想的な方法だった。
「が、ガイヤ!さっさと始末するだで!」
「わかってる!」
ここにきて焦りが見え始めるガイヤ。
勝負を急ぐあまり、戦術が一気にお粗末になる。
先ほどまでとはまるで別人のように動きが単調になっている。
それとは別に、ミーナの目的はあくまで時間稼ぎ。
とにかく逃げては受け流し、の繰り返しだ。
「や、ヤクモ!お前があいつを止めるだで!」
「はい、では…」
「させるか!」
「…!」
ショーナがヤクモに飛び掛かる。
高台にいた彼はショーナと共に階段を転がり落ちていく。
「行け、メノウ!」
「おぉ…痛い痛い…」
「妙な動きはするな!頭打ち抜くぞ!」
ヤクモの頭にオートマチック銃を突きつけるショーナ。
これはお手上げだ、とでもいうようにヤクモは両手と上げ首を横に振った。
「マーク、オラと一緒に来るだで!」
「さ、させるかよ!」
先ほどまで気絶していたテリーが最後の力を振り絞って起き上がり、壁に飾ってあった装飾槍を手に持つ。
そして、エレクションに向けて投擲した。
直撃はしなかったものの、その槍は彼の足元の床に突き刺さった。
「ひぇっ…」
「こうなりゃ手でも足てもなんでも貸してやる!行けぇ!」
叫ぶと同時にその場に崩れ落ちるテリー。
意識自体はハッキリとしているが、もうほとんど動けないようだ。
一方で、腰が抜けたのかエレクションはその場から立ち上がれないでいる。
「ま、マーク!お前だけでも…」
「もう遅いわ」
そう言って、メノウが扉から姿を現した。
その手には、何かを抱えているようだった。
「ル、ルナァ!」
それを見たガイヤが叫ぶ。
あれが先ほど彼が言っていた妹なのだろう。
以外過ぎる行動に呆気にとられるショーナ。
「め、メノウ」
「おっと、油断は禁物ですよ!」
「おっぶぇ!」
その隙にショーナのオートマチック銃を弾き飛ばし、ヤクモが彼から距離を取る。
そしてエレクションの元へと移動する。
「なるほど、それがコレの名か…」
「き、貴様!ルナから…妹から手を離せ!」
「離してほしいか?」
「当たり前だ!」
「そうか…」
そう言うとメノウは…
ガイヤの『妹』を思い切り床に叩きつけた。
鈍い音が部屋に響き渡った。
名前:ルナ 性別:女 歳:9歳
ガイヤの妹。
全身が白くなる謎の奇病になってしまう。