第百五十一話 幻影狩りのラスト・ナイト
最近、メノウは幻影光龍壊を使っていないです。
今、ここにいる面子は王都防衛のために集められた者たちだ。
事前に顔を軽く合わせた程度の者ばかり。
殆どの者はこうしてゆっくりと会話をするのは初めてだった。
立食を楽しみながら、同時に会話を楽しむ者も多くいた。
「酒はあるけど、あんまりいいもんねぇなぁ…」
そう呟くのは傭兵タクミ・ウェーダー。
先ほどまでは酒が一切置いていなかったが、準備がおわり少し置かれるようになった。
だが、置かれているのは彼好みの物では無かったようだ。
「ワインとかそんなのばっかりだな」
「あんまり文句言わないの。食べさせてもらってるんだから」
そうウェーダーに言ってたのはアズサ。
二人は王城周辺の警備を任されていた。
「明日もあるからあんまり飲んじゃダメなんだからね」
「…まぁ、しょうがないか」
どうやら酒を飲むのは諦めたらしい。
もともと彼はワインなどの甘みのある酒はあまり好みでは無い。
明日のことも考え飲むのを止めることに。
と、そこに…
「お、アズサにウェーダー!」
「アズサさん、ウェーダーさん、お疲れ様です」
そこに現れたのはメノウとショーナだった。
どうやら誰かを探しているようだが…
「よう、二人とも」
「もしかして何か探してる?」
「ええ、スートさんを探しているんですけど…」
後で行くと言っていたものの、この会場に姿が見えないスート。
もしかしたら何かあったのではないか、とよからぬ想像をしてしまったのだ。
魔王教団、幽忠武、ディオンハルコス教団キリカ支部の残党。
メノウたちが知る限りでも彼の敵は多すぎるからだ。
しかし…
「スートさんならさっき見かけたよ」
「たぶん水を貰いに…あ、ちょうど戻ってきたみたいだぜ」
「お、あそこか!」
「ありがとうございます!」
ウェーダーの指差した先にスートがいた。
手には水の入った瓶を持っていてた。
城の中から水を貰ってきたのだろう。
「スートさん!」
「どうしましたか?」
「いえ、ちょっと聞きたいことがありまして…」
ショーナが尋ねたかったこと、それは幽忠武のことだった。
彼らの動きについて今後、何らかの対策などを打つのかどうか。
魔王教団も厄介だが、彼らも今後敵対勢力として現れた場合かなり面倒なこととなるだろう。
強大な力を持つ戦士が多数所属しているのだ。
兵力や武力も備えている。
しかし…
「彼らについては監視を強めるとのことです。ただ、積極的な干渉は避けると…」
それがゾット帝国側の出した答えだった。
積極的な干渉をしなければ幽忠武側も動かない。
ただしある程度の平和交渉のみ続けていくとのことだ。
また、スートにも気になることがあったらしい。
「そういえばレオナさんは?」
「レオナには今回の魔王教団の騒動については話していないので…」
「巻き込みたくない…ということじゃな」
「そう、メノウの言ったとおりです…」
「…そうでしたか」
そう話す三人。
また、別の者達は…
「なあお前さぁ…」
「なんだ?…たしかカイトって言ったかお前」
「ああ」
片手に大きな骨付き肉とカレーを持ったカイト。
そんな彼が話しかけたのはカツミだった。
これから食べようとしていたミートローフを皿の上に置き、彼女はどうも不満そうな表情を見せる。
「お前はルビナとルエラに呼ばれて来たんだよな」
「姫サマを呼捨てかよ…」
「おい答えろよ」
「ああ、そうだよ。姫サマに呼ばれて来たんだ」
「お前の顔、どっかで見たことある気がするんだよなぁ…」
「気のせいだろ…?あたしは…知らないな」
「あ、そっかぁ…」
「それより料理とって来いよ、もっともっと」
「そうだな、とってくるよ」
カイトを適当に言いくるめ話を終わらせたカツミ。
食べ損ねたミートローフを口に運び噛みしめる。
マッシュポテトとグレービーソースの風味が口に広がる。
「…そうかあいつ、あの時のガキか」
そう呟きながらも、彼女はある人物を探していた。
彼女にとって絶対に合わなければならない人物がこの場に居るからだ。
その人物とは…
「なぁアンタ、ジンさんって言ったっけ」
「そうだが、何か…?」
「以前聞いたんだ。アンタがあの西アルガスタの支配者だった男、『ジョー』を倒したって話をさ…」
「…もう何年も前の話だ」
カツミの故郷はかつて西アルガスタの支配者だった男『ジョー』に滅ぼされていた。
そのジョーを倒したのが、数年前のジンとルビナ姫だった。
仇ともいえる男を倒したジンに対し、礼を言いたいらしい。
「姫サマとアンタがそうだったなんて驚いたよ」
「…」
「いろいろと言いたいこともあって…」
そこまで言ったカツミに対し、ジンが喋るのを制した。
苦虫を噛み潰したかのような険しい表情をしながら。
「すまない、あの時のことはあまり思い出したくないんだ…」
「…そうか」
今の彼の様子を見てカツミはそれ以上の会話を止めた。
ジンにも何か辛い経験があったのだろう。
そう考えて。
「…しょうがないか」
そういって水の入った瓶と料理の乗った小さな皿を片手にその場を少し離れるカツミ。
元々人の多い場所はあまり好きではない性格。
風にでも当たろうと、王城の裏庭の庭園へと移動した。
「ふぅ…」
水を飲み一息つく。
最近は神経を常に張りつめていたので、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだ。
庭園の端に積まれた煉瓦を椅子代わりに。
皿に乗ったパンをかじり、肉と共に食べる。
そしてそれを水で流し込む。
「やっぱり人が多いところは落ち着かないな…」
「考えることは一緒か」
「…ヤマカワさん!」
そこにやってきたのは兄弟子のヤマカワ。
どうやら彼も同じようにここで食事をしていたらしい。
片手に串刺しになった肉を持っていた。
「後ろいいか?」
「ああいいよ」
後ろの木に持たれかけるヤマカワ。
今回の一連の出来事について彼もいろいろと言いたいことがあるらしい。
「カツミ、東の病院で別れてから何年になる?」
「三年だ」
「…三年か。長いな」
「そうか?あたしにはあっという間だったよ」
数年前、カツミはメノウと共に東アルガスタ四聖獣士、そして大羽と戦った。
その戦いで負傷し、一行は東アルガスタの辺境の村の病院で療養していた。
メノウは先に退院し北アルガスタへと旅に出た。
後に残されたカツミとツッツはそのまま療養をしていたのだが…
「カツミ、あの子は…ツッツの行方は知らないか?」
「ツッツの?いや、知らないな」
「そうか」
「気になるのかヤマカワさん」
「一応な…」
数年前、ヤマカワはツッツに頼まれ開陽拳と玉衝拳の基礎的な技を教えた。
戦う力が欲しい、とのことだった。
しかしあまり上達はしなかったらしい。
「才能はあったみたいだが、あまり上達しなかったな。ツッツのヤツ…」
「カツミの退院より先だったから行先も聞けなかった。連絡も取り合っていないのか?」
「全然。あたしもずっと旅してたから、手紙のやり取りもできないしな。電話もねぇし」
この数年の間にカツミは国中を回っていた。
かつての目的であったジョーへの復讐も、メノウとの旅の中で徐々にその心が薄れて行った。
そのうちにジョーはジンの手により失脚。
カツミは金を稼ぎながら旅を続け、拳の腕を磨いていたという。
「あたしもやること探してたんだよ。この数年間」
「見つかったか?」
「傭兵としての仕事はたくさんあたが、それくらいだな」
「そうか」
「あと十数年もしたら山奥に寺でも立てて、後継者でも探すかな。これでも開陽拳の伝承者だしな」
「俺に譲ってもいいんだぞ、その権利」
「まだそんなこと言ってるのかよ」
「ははは、冗談だ」
「まったく…」
皿に残っていた飯と肉を食べ、残りの水も飲み干すカツミ。
庭園の草木がそよ風で踊る。
夕闇の中を。
「ツッツ…行方知れず…か」
そう呟き、空を見上げるヤマカワ。
気づくとそこには夜の闇を照らす月が浮かんでいた。
同じころ、それを同じように見ている者たちがいた。
メノウとショーナだ。
「今日は月がよく見えるのぅ」
「そうだなぁ」
「灰色の…グラウのヤツも大丈夫みたいじゃし、あと気になるのは…」
メノウがその視線をショーナに移す。
明後日の試合は準決勝と決勝。
その結果ですべてが決まる。
「なあメノウ」
「なんじゃ。どうしたショーナ?」
「あの約束、覚えてるか?」
「森での約束か。覚えとるよ」
微笑みながらそう言うメノウ。
彼女に答えるためにもショーナは絶対に優勝しなければならない。
気つけにショーナは手に持っていた酒を一気飲みした。
あまり酒に強くないせいもあってか、すぐに顔が赤くなってしまった。
そんな中…
「…今日さ、一緒に寝てもいいかメノウ」
「なんじゃ、いきなり。いつも一緒に寝ているじゃろう。酔ったか。酒でも飲んだか?」
「それもあるけどさ…」
「…ああ、なるほど」
「メノウ…」
「いいぞぃ」
満天の星空。
その夜空に輝く月。
そのまま夜はふけていった




