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ゾット帝国外伝 丘の民の伝説編  作者: 剣竜
第7章 幻影への鎮魂歌
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第百四十九話 裂かれた灰色の力

09/03でこの小説は三周年を迎えます。

原作ゾッ帝はいつになったら再開するのでしょうか?

気になるところです。

 ミサキの首を掴み、一気に地面に組み伏せるグラウ。

 首の骨こそ折れてはいないが、突然の変調に攻撃を受けた当の本人は目を見開く。


「ごへッ…」


 言葉にならない声がミサキの口から洩れる。

 首を強く掴まれ息をすることすらままならない。

 いくら魔王教団の紋様により強化されたと言え、これではたまらない。


「ここからは本気でいく!」


 そのまま首を掴み、ものすごい力でミサキの身体を投げ飛ばす。

 まるで砂袋か何かを投擲しているかのように。


「うぎゃあッ!」


 試合場の石畳に叩きつけられ、ミサキの身体が数度バウンドする。

 これがたんなる殺し合いならば、あのまま首を絞めてもよかったのだがこれは試合。

 首絞めを過度にすることはできない。

 地面に叩きつけられたミサキに対し、さらに追撃をかけるグラウ。


「ずあッ!」


「ひぃぃ!」


 顔面に向けて放たれた衝撃波を回避するミサキ。

 いつものミサキとは違い、その表情に余裕はない。

 ギリギリの状態。

 そこから何とかグラウと距離を取り体制を整える。


「は、はは…随分つよいね…」


 そう言いながらミサキは無理矢理作った笑顔を浮かべる。

 普段の彼女ならば得意の高速攻撃で戦いの主導権を握り続ける。

 そして相手を一方的に攻めることを得意としている。

 だが今回は違う。


「どうした、いつものように戦わないのか?」


「は、はは…」


 これまでの人生においてミサキは『強敵』と戦ってきたことがほとんど無かった。

 もちろん、数年前のメノウやカツミとの戦いなどもあるので全く戦ってこなかったわけではない。

 だが、『近年戦った強敵』となると話は別だ。

 最近、彼女が経験した戦いはほとんどが自分より格下の相手とのものだった。


「(刑務所に入ってたせいかな…?て、手が…)」


 彼女は数年間、刑務所で暮らしていた。

 隔離された独房だったため、まともな運動もできなかった。

 食事も刑務所の物などたかが知れている。

 いくら紋様で強化したとはいえ、数年のブランクまでは覆せない。


「どうした?震えが止まらないのか」


「ま、まさか!」


「そうか…!」


 強がって見せるも所詮は虚勢でしかない。

 そんなやり取りをしてる間にも、グラウが一瞬で距離を詰めミサキの間合いに入る。

 そしてそのまま腹に蹴りを放つ。

 単純な動きであるが、今のミサキにはそれも見切ることはできなかった。


「うげぇッ!」


「…ッ!」


「は、速いよ…」


 紋様で強化されているとはいえ、強敵との戦いの経験の不足。

 数年のブランクがあるミサキ。

 対照的にそのようなものなど一切ないであろうグラウ。

 その差は歴然としていた。


「もうお前に勝ちの目は無い。諦めたらどうだ?」


「いやだ…せっかく外に出れたのに、負けたら…」


「…ッ!」


「もうあんな牢獄になんて、戻りたくないんだよぉ!」



 涙を流しながら叫ぶミサキ。

 グラウに対しこれまで以上の猛攻をかける。

 だがそれは怒りに任せた単調な攻撃。

 頭に血の登った今の彼女では攻撃を当てることすらできなかった。


「ミサキのヤツ、完全に頭に血が上っておるのぅ」


「チッ…あれじゃあ勝てるものもかてねぇぜ」


 屋根の上から観戦しているメノウとファントム。

 上から見ていてもミサキの単調な攻撃ははっきりとわかった。

 冷静さを取り戻し、普段の状態で戦えばまだミサキに勝利の可能性があったかもしれない。

 だが今の彼女の様子では…


「てあッ!」


「…遅い!」


「うわあ!」


 このまま勝負が続けば、勝利するのはグラウだろう。

 今のミサキには勝つ確立などほぼ無い。

 せっかく放った攻撃もグラウに軽く避けられてしまう。

 頭に血が上り、パターン化した攻撃など何も恐れるものではない。


「なんで当たらないのぉ!?」


 手刀を連続で放つも全て回避される。

 そして反撃を喰らい続ける。

 この勝負はグラウの勝利か…



「チッ…しょうがねェ…」



 …と思われた。

 しかしそれは以外過ぎる形で覆されることとなった。

 グラウの攻撃に思わず目を閉じたミサキ。

 しかし、いつまでたっても攻撃が放たれないことに気が付いた。


「…え?」


 ゆっくりと目を開けるミサキ。

 その眼に入ってきた光景、それは…


「うッ…ぐあッ…」


 グラウの身体に突如現れた大きな傷跡。

 まるで刀に切り付けられたかのような大きな斜め一文字の切り傷。

 彼女の纏っていた黒いマントごと皮膚を切り裂き、その傷跡から勢いよく血が噴き出る。


「な…まさ…か…」


 その場に倒れるグラウ。

 深くかぶったローブのせいでその表情までは見ることができなかった。

 だが恐らく驚きを隠せぬ顔になっていることだろう。


「まさか…ヤツ…が…ッ…あッ!?」


 この傷ではもはや戦うことはできない。

 それは誰が見ても明らかだった。

 何が起こったのか理解できず、対戦相手であったミサキも理解が追いつか数にいるようだった。

 脱力し、その場に座りこむミサキ。


「は、ははは…へへ…」


 異常とも思えるグラウの出血。

 それはミサキの身体までもを濡らしていた。

 だがこの傷はミサキが刻んだものでは無い。

 確かに手刀は放ったが、これほどの傷ができるとは思えない。

 グラウと対峙していたミサキ本人も驚きを隠せない。

 そして…


「なんじゃ、なにが起こった…?」


 その戦いを観戦していたメノウ。

 彼女も同じく驚きを隠せなかった。

 ミサキが何かをしたわけではない。

 強いて言うならば、『グラウの身体が独りでに裂けた』とでもいうしかない。


「は、ハハァ…!」


 メノウと共に観戦していたファントムがかすれた声で笑う。

 快楽と苦痛を同時に味わったかのような奇妙な表情で。

 味方陣営の勝利に興奮しているのだろうか…?


「ど、どうやらお前のところのヤツは戦闘不能みたいだぜ、メノウ?」


「一体何が起きたのじゃ…?」


「お、あの魔法使いのヤツも出てきてるな。お前んとこのよぉ…!」


 大怪我を負ったグラウを、救護班に混じったスートが回復に回る。

 彼はあらゆる魔法に長けた高騰魔術師。

 応急処置程度の魔法ならば軽い物だ。

 だが…


「どうですかスートさん!」


「治せますか?」


「酷い傷だ…!くッ…」


 思わず絶句するスート。

 可能であれば治療も施したかったが、これほどの傷ではそれも不可能。

 応急処置だけを済ませ、あとは病院の医師に任せることにした。


「早く医師の元へ!私ではこれ以上はムリです!」


「は、はい!」


 スートに言われ、グラウを病院へと運ぶ係員。

 当然こんな状態では試合続行など不可能。

 自動的に勝者はミサキと言うことになった。


「か、勝った…け、けど…」


 運ばれていくグラウをそのまま眺めるミサキ。

 試合には確かに勝利した。

 それは事実だ。

 だが、今までに感じたことの無い何か妙な感覚が彼女の中に残り続けていた。



 ---------------



 この試合の一部始終を見ていたファントム。

 そしてメノウ。

 ファントムはこの結果に満足した様子だ。

 だが、メノウは違った。


「一体これは…」


「は、ハハァ…どうやらミサキのヤツが勝ったようだな」


「う、うう…」


「なかなかおもしろい試合だったぜ。ひ、暇つぶしにはなったか…」


「くぅ…」


「ん、ンンッ!」


 噛みタバコを吐き捨て、その場から立ち上がるファントム。

 高台から飛び降り、その場から立ち去ろうとするが…


「おい、お前がファントムか!?」


「…なんだお前は?」


「話は他の奴から聞いた。お前に用があるんだ」


 ファントムの前に現れたのは、ゾット帝国騎士団のカイトだった。

 斜め掛けの鞘に納められた剣の柄に手をかけ、いつでも抜ける体勢をとる。


「お前を捕まえろって言われてな。悪く思うなよ!」


 そう言ってファントムに攻撃を仕掛けるカイト。

 一瞬で剣を抜き、ファントムの間合いまで距離を詰める。

 そして剣の先を彼の顔に突き立てる。


「結構な腕だな…」


「ありがとよ」


 その動きはファントムでも完全には読めなかった。

 カイトは騎士団の中でも若手のエース。

 その腕はさすがと言ったところだ。


「だが、やっぱりガキだな!」


「おわッ!?」


 剣を弾き飛ばし、そのままカイトを掌底で弾き飛ばすファントム。

 カイトが手放した剣を奪い取り、そのまま彼を攻撃しようとする。

 だがそれは不発に終わった。


「そうはさせん!」


「チッ、メノウ!?」


 ファントムの手から剣を奪い返すメノウ。


「ほら、受け取れカイト!」


「速く渡せ!」


 メノウから受け取った剣をファントムに向け構える。

 だが…


「悪いが今は戦う気分じゃないんだ。じゃあな…!」


 そう言ってファントムはその場から去って行った。

 黒いマントを風に靡かせながら。


「ち、逃げられたか…」


 そう言うカイトだが、その顔には無念の感情は無かった。

 ファントムの行動をある程度想定していたようにも見える。


「お前さん、戦う気は最初から無かったな」


「ああ。さすがにこんなところで戦うほどバカじゃねぇよ」


 周囲への被害を考えれば、ここで戦うのは得策では無い。

 いつものへらへらした態度の中でも、彼なりに深い考えを持って行動しているようだ。


「捕まえるって言ったのはアイツの眼を誤魔化すためだ」


「誤魔化す…?」


「メノウ、お前に話があって来た」


「ワシに…話…?」


「ああ。魔王教団のことについてだ」




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