第百四十七話 負傷の猫が感じた違和感
8/11に何かが起こる…?
試合はレオナの圧倒的勝利で終わった。
気を失い、右脚を砕かれたミーナに戦いを続行することは不可能。
だがそのあまりにも異様な戦いぶりに会場はざわつきを見せていた。
「さすがにやり過ぎじゃないのか…?」
観客の一人が思わず呟く。
ヒィークやヤクモのクリーンな戦いとは違う凄惨な戦い。
傷を負い、自身の流した血で赤く染まったミーナを見ればそれは明らかだ。
「ミィ!大丈夫か!?メノウ、すぐに治療してくれ!」
「わ、わかった!」
カツミがメノウを抱え試合場へ飛び込む。
急いでミーナの元へ駆け寄る二人。
魔法治療を施すことで額の傷と全身の打撲は治すことが出来た。
だが、右足の骨折までは治せない。
すぐさま病院へと運ばれることになった。
急いで担架と係員がやってくる。
「酷い…」
カツミが小声で言った。
ミーナを担架にのせるのを手伝いながら。
しかしそんなことは気にも留めず、レオナは控室に戻って行った。
「試合なんだからしょうがないじゃない」
そう言い残して。
確かにこれは試合。
ルールを破った戦い方をしたわけでも無い。
痛めつけすぎではあるもののルールの範疇だ。
「メノウ…か、かっちゃん…」
「ミーナ!起きたか!」
「ミィ!傷はメノウが治してくれたぞ!」
「うん。ありがとうね、メノウ」
「大丈夫か、すぐ病院へ…」
そう言うメノウの手をミーナが掴む。
何かを訴えるかのように。
「あ、アタシさ…」
「な、なんじゃ?どうした!」
「あの子と…戦ってる時…嫌な感じがしたんだ…」
おぼろげな意識のなか、ミーナは戦いの中で感じた違和感をメノウとカツミに語り始めた。
試合中に身体中に走った悪寒、そして奇妙な感覚。
「ごめん、頭がぼーっとして…アタシがなに言いたいのか…」
「大丈夫じゃ」
「ちゃんと聞いてる、だから話してくれ!」
「自分でも…よくわからないけど…何かが変…気をつけ…」
そう言い残し再び気を失うミーナ。
混濁した意識のなか、彼女が必死に語った言葉。
それを胸の仲に刻む二人。
一方その頃…
「ショーナくん、勝ったよ」
「レ、レオナ。ちょっとやり過ぎじゃないかと思うぜ…?」
控室にいたショーナにもそう言われてしまう。
しかし全く気にする素振りは見せず、彼女は話を続ける。
「これで準決勝…私とショーナくんで戦えるね…」
「あ、ああ」
椅子に座るショーナの後ろから抱きつくレオナ。
さきほどメノウに抱きつかれた時とはまた違った感覚だった。
「ん…?」
ふとレオナの手に目をやるショーナ。
彼女が右腕全体に巻いていたバンテージ、その下に何かが見えた。
刺青のようなものが。
「…これって」
「あッ…!?」
慌てて彼から離れ、手首を隠すレオナ。
見られてはいけないものを見られてしまった。
そんな感じの動作だ。
「…私がどんなタトゥーしてても関係ないでしょ!」
「な、なぁレオナ。もしかして…」
「今日はもう疲れたから帰るね!」
「あ、おい!」
そうとだけ言い残し、レオナは帰って行った。
彼女のバンテージの下に見えた刺青。
ショーナはそれに見覚えがあった。
禁断の森で戦ったシェンという少年がその身に刻んでいた物と似ていたのだ。
「…何か意味があるのか?」
シェンの紋様は眷属の証。
しかしショーナはその事を知らない。
実は、メノウたちからはそのことを一切聞いていなかったのだ。
そのためレオナが刻んでいた刺青の意味も察することはできなかった…
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一方その頃、負傷したミーナと彼女に付き添ったカツミを見送ったメノウ。
気を紛らわせるために購入したクレープと水も喉をあまり通らなかった。
「ミーナの言った通り、先ほどの戦いは明らかにおかしかった…」
レオナの戦いを見たメノウの脳裏には、あることがフラッシュバックしていた。
それは以前の北アルガスタでのアズサ、ウェーダー、スートとの戦いだった。
なぜ今になってあのことを思い出したのか。
メノウにはそれが分からなかった。
しかし…
「嫌な予感がするぞぃ…」
ショーナの元へ戻らなければならない。
早く。
そう思い足を速めるメノウ。
だがその時…
「よお、メノウ…」
「…ファントム!」
メノウの前に現れた黒装束の男、ファントム。
血走るその眼。
青白く不気味なその肌。
冷たい肌。
傷で抉れた顔の半分を布で隠し、露わになっている方の瞳でメノウを見る。
「…アイツのところに戻るのか?」
「そうじゃ。今のワシの心はお主の元には無い。お主なんか…」
「ハハハ、これはキツイなぁ。さすがにちょっと傷ついたぜ」
きつく言い放つメノウ。
それに対するファントムの言葉を聞き、ふと我に返る。
今は敵とはいえ、ファントムはかつての仲間。
そんな彼に対しなんということを言ってしまったのか、と…
それを振り払うように声を荒げ、叫ぶメノウ。
「…お主は敵じゃ!どうせなら今ここでッ!」
「おいおいおい、こんな人ごみで戦うのかよ?」
「…あッ」
ここは大会の会場。
周囲には多くの人々がいる。
そんな中で戦えば当然被害は出る。
頭に血が上っていたのだろうか。
普段ではできる配慮すら今のメノウにはできなくなってしまっていた。
「くッ…」
「ははは、やっぱりお前はガキだよ」
「…中身の年齢はワシの方がずっと上じゃ」
「それでもガキだよ、お前は」
「くっ…いったいお主はワシに何の用があって来たのじゃ…」
「ああ、そうだった。忘れるところだったよ」
そう言って本題を切り出すファントム。
どうやら彼は次の試合を一緒に見ないか、と誘いに来たらしい。
次の試合、それはグラウ・メートヒェンと汐之ミサキの試合。
先ほどのレオナとミーナの試合と同じく女性同士の戦いということもあり、この大会でも期待の試合となっている。
「敵であるお主となぜ見なければならんのじゃ」
「まぁいいじゃねーか。昔は仲間だったんだからさぁ」
「…ふん」
だがここで機嫌を悪くされ暴れられても困る。
ファントムを監視する、その意味も込め共に観戦することに。
「…そこまで言うならしょうがないのぅ」
「次の試合はお前のお仲間だろ?灰色のやつ」
「そうじゃ、お主のところのミサキと戦うのじゃ」
観客席では無く、会場敷地内にある高台で観戦する。
そのため試合場を眺めることが出来る高台へと昇る二人。
「おーおー!ここからならよく見えるぜー!」
「…ファントム」
「なんだよ?」
「お主は一体何を考えておる?」
今の彼が何を考えているのか、メノウには全くわからなかった。
一見すると昔のファントムのような態度をとっているようにも感じる。
しかし彼の心の家が全くと言っていいほど読めない。
その振る舞いが自然の物なのか、単なる演技なのか…
「さぁな。ただ、昔みたいに一緒に楽しみたいだけさ」
そう言ってその場に座り込むファントム。
「お主はワシを恨んでいるのではないのか?」
「当然恨んでるさ。殺したいほどに…な!」
その声と共に懐から取り出した小刀をメノウに向けて投擲するファントム。
しかし軽く受け止められ、逆に彼女に跳ね返されてしまう。
小刀は虚しくファントムの足元に突き刺さった。
「お前に不意打ちが効かないことくらいわかってるさ」
「ッ…!」
「復讐はしかるべき場所で…な」
地面に突き刺さった小刀を拾い上げ、再び懐にしまうファントム。
もっとも彼もこんなものでメノウに傷をつけられるとは思ってもいなかったようだが。
「うぅ…」
「それより、そろそろ試合が始まるみたいだぜ」
そう言って試合場の方へと目をやるファントム。
メノウもそれを眼で追う。
試合で戦うふたり、グラウとミサキ。
その二人が試合場で対峙していた…




