第百四十五話 クモ狩りの男!
70話以上想いを伝えられない男
レオナの元へと見舞いに行ったメノウとショーナ。
その翌日、ついに準準決勝が始まった。
本日の試合は
・ショーナ対ガイ・ジーヌ
・猫夜叉のミーナ対レオナ・ミーオン
・汐之ミサキ対グラウ・メートヒェン
・シャム対サイトウ
となっている。
「ガイ・ジーヌ…以前に俺を襲ってきたヤツだな」
「気を付けるのじゃぞ、ショーナ」
「ああ」
待機室で試合開始を待つ二人。
他の者は別の部屋で待機しているらしく、いま部屋にいるのはこの二人だけだ。
外の雑踏が部屋の中に風と共に入ってくる。
「なぁメノウ」
「なんじゃ」
「えっと…」
「どうした?具合でも悪いのか」
「以前の約束、覚えてるよなメノウ。俺が優勝したら…」
「ああ、覚えとるよ。忘れるわけが無い」
禁断の森での特訓の日々の中でかわした約束。
当然忘れるわけが無い。
「負けられないよな。当然…!」
「そうじゃ。じゃから…」
メノウがショーナの手を握る。
昔は同じくらいの大きさだった手。
だが今では彼女の手が随分と小さく感じた。
「絶対に勝ってこい」
「…ああ」
今日の初試合。
第一戦はショーナ対ガイ・ジーヌ。
試合のため部屋から出ていくショーナ。
「さて、どうなるかじゃな…」
部屋の窓から試合場を見下ろすメノウ。
と、その時…
「よう、メノウ」
「カツミ!お前さんも見に来たのか?」
部屋に入ってきたのはカツミだった。
彼女は参加者ではないが、警備とミーナの付添いという形で訪れていた。
「ああ、ミィの応援も兼てな」
「ミィ…ミーナか」
「ああ。アイツも今日の試合だからな」
ミーナの試合はショーナの次。
レオナとの戦いとなる。
「アイツも当然、優勝狙ってるぜ」
「じゃろうな」
「お前とショーナのヤツには悪いが、あたしはミィの応援させてもらうよ」
「ふふふ。お、そろそろ試合始まるみたいじゃぞ」
試合場で対峙する二人。
ショーナとガイ・ジーヌ。
この状況でもフードをかぶりその顔を隠す彼に対し、ショーナが言った。
「数日前、俺とメノウを襲ったのはお前だな…!」
「ふふふ…ええ、そうですよ」
「いい加減そのフードを取って正体を見せたらどうだ!」
このガイ・ジーヌという人物、その素性は全て謎に包まれている。
しかしショーナはその正体についてあたりをつけていた。
かつて出会った『あの人物』と似た雰囲気を感じたのだ。
それは…
「なあ、南アルガスタ元B基地隊長の『ヤクモ』さんよ!」
ショーナがその正体であろう人物の名を叫ぶ。
観念したのか、口元を緩め笑みを浮かべるジーヌ。
身に纏っていたマントとフードを脱ぎ捨て、その正体を明かす。
ジーヌ…いやヤクモが。
「ヤクモ!?」
「あの時、前夜祭に乱入してきたヤツか!」
それを見て驚くメノウとカツミ。
人を見抜く能力には自信がある二人だが、こればかりは見抜けなかった。
「メノウさんが見破るならともかく、あなたにバレてしまうとはね」
そう言うヤクモ。
ある程度変装には自信があったのだろう。
「魔王教団に下った男じゃ」
「厄介だな…」
北アルガスタ辺境の村におけるメノウとの戦い。
そして前夜祭でのカツミとの戦い。
魔王教団を名乗り二人と戦ったヤクモ。
その彼が今、ショーナと戦おうとしている。
「おいおい、城での戦いでお前を足止めしたのは俺なんだぜ?」
「ふふふ、そういえばそうでしたね…」
数年前のシェルマウンド城での戦いで、ショーナはヤクモの足止めをするため彼に飛び掛かっていた。
あの時感じた感覚とジーヌに襲われた時感じた感覚がどことなく似ていたこと。
不自然なジーヌの大会履歴。
それらが答えを導き出したのだ。
「『ヤクモ』の名前で大会出場はできないだろうからな、『ガイ・ジーヌ』の名前で変装して出ていたんだな?」
「ええ、そうですよ」
元々『ガイ・ジーヌ』という人物は存在しなかった。
ヤクモが身分を隠して大会位に出場するための隠れ蓑のような物だったのだ。
背が高く見えたのも身に纏っていたユニフォームによるものだったのだ。
観戦者の仲にもヤクモを知る物がいたが、大半の者はパフォーマンスのために衣装を脱ぎ捨てたとしか思っていないようだ。
「前夜祭では逃がしたが今回はそうはいかないぜ」
「ふふふ、そうですか」
試合である以上、ヤクモの得意戦術の大半は封じられる。
縮地による高速移動とそれを生かした体術に絞られるだろう。
しかしそれがどれほどの力を持つかは未知数…
「(今回は試合だ、前夜祭の様に逃げることはできないぜ…!)」
以前カツミとヤクモが交戦した際に、彼は逃亡し決着はつかなかった。
それ以前でも彼がまともに戦ったという記録は無い。
どの戦いも必ず逃亡、或いは降参といった形で決着がついてしまう。
降参はともかく、逃亡という手段は今回は使用できない。
「では、始めましょうか」
「ああ…!」
そう言って互いに構えを取る。
ヤクモの正確な実力は不明だが、かなり高いとみて間違いないだろう。
ジーヌとしての大会記録、実力でもぎ取った元南アルガスタB基地隊長という地位。
そしてカツミとの戦いがそれを証明している。
「(どうする、攻めに行くか…?)」
「迷ってるならこちらからいきますよ」
ヤクモが一瞬で距離を詰めショーナの懐へともぐりこむ。
得意の縮地を使った戦術だ。
ショーナの足を払いバランスを崩させる。
その隙を見て更なる攻撃をしかける。
だが…
「つッ!?」
その瞬間、ショーナはわざと体勢を崩し上半身から地面に倒れた。
足払いを受けたのならば下半身から倒れるのが普通だ。
その逆をすることで、意表を突き一瞬の隙を自分の時間とする。
手に入れた一瞬の時間を使い、彼との距離を取り一旦離れる。
突然の攻撃に驚きを隠せぬものの、相手の攻撃パターンに入る事だけは避けることが出来た。
「いきなり狡い手をつかうじゃないか…!」
「あの時の少年がこれほど強くなっているとは…」
数年前のシェルマウンド城での出来事を思い出すヤクモ。
黒騎士ガイヤとの戦いの仲、ヤクモの動きを止めたのはショーナだった。
あの時はただ銃で脅していただけのショーナだったが今は違う。
「俺だっていろいろあったんだ。強くならないといけないんだ」
「ふふふ…」
地を蹴り再び距離を詰めるヤクモ。
首を狙い手をかける。
その攻撃をショーナはあえて受けた。
「うっ…」
「貴方、わざと攻撃を…!」
僅かに急所をずらし、ショーナは攻撃を受けた。
以前のヒィークとの戦いのときと理由は同じ。
この距離ならば、確実にこちらの攻撃を当てることが出来るからだ。
「ずあッ!」
ただ力を込めただけの蹴り。
腹へ向けた単なる蹴り。
しかし通常ではかからない程の力が込められた蹴りだ。
「ぬぅっ!」
相手がショーナということもあり、若干心に余裕があったヤクモ。
言い換えれば見くびっていたともいえる。
『いつもメノウの後ろにいた少年』
ヤクモの持つショーナに対するイメージがこれだ。
だが、今の彼は違う。
体術勝負でヤクモに必死で喰らいついている。
「これは気を抜いてはいられないですね…」
「ああ、そうだよ!」
更なる連撃を与えるショーナ。
そしてそれを受け止め、的確に反撃を与えていくヤクモ。
最初こそショーナが優勢だったが、時間が経つにつれその様子も変わっていく。
「おいおい…やべーんじゃないか?アイツ」
「ショーナ…」
最初の攻防とは打って変わり一転攻勢。
追い詰められていくショーナ。
「あのヤクモってヤツ、やっぱりかなり強いな」
カツミは以前の前夜祭でヤクモと戦ったことがある。
その時のヤクモは体術主体の戦法では無く、札術をメインとした戦いを展開していた。
今回とは違う戦術ではあったか、彼の強さは十二分に把握している。
「実力ではたぶんヤクモの方が上だな…」
「どうする、ショーナ…?」
確かに純粋な実力ではショーナの方が劣っている。
ヤクモの連撃の前に体力を擦り減らさせていく。
「こうなったら…」
試合場の端でヤクモを迎え撃つショーナ。
もしここから落下し、堀に落ちてしまえば場外となってしまう。
ギリギリの瀬戸際の攻防。
その狙いは…
「な、何を…!?」
「へへへ…」
ヤクモを羽交い絞めにし、動きを封じるショーナ。
もしここで離してしまえば彼の動きを封じることはもうできなくなってしまう。
警戒され僅かな隙も生まれなくなるだろう。
純粋な実力ではヤクモに劣るショーナ。
そんな彼が勝つ方法はただ一つ。
「同時落下狙いか!?」
同時に堀に落下しての引き分け狙い。
いや、正確にはどちらが先に落下したかなどの判定が行われる。
この判定勝負へに持ち込もうというのか…?
いや、違う。
「そんな狡いまねするわけないだろ!」
「まさか…!」
羽交い絞めにしたまま、スープレックスの態勢でヤクモを場外の堀に叩き落そうとするショーナ。
通常の勝利では無く場外狙いのようだ。
だが、当然そのままでは技をかけたショーナ自身も場外扱いとなってしまう。
それを防ぐため、堀と試合場のギリギリで踏ん張り自身の落下を回避。
「そんな無理な姿勢で…一緒に落ちてしま…」
「絶対に落ちねぇよ!」
「…ふふふ」
ヤクモは負けを認めたのか抵抗を止めた。
そのまま彼は、水の張った堀に叩き落された。
激しい水しぶきと共に彼の身体が水中へ沈んでいった。
「くっ…はぁはぁはぁ…!」
試合の上では、たとえどんな強者でも勝てないものがある。
それはルール。
前大会優勝者であるヒィークがそうだったように。
ヤクモを下し、この試合はショーナが制した。
続く第二試合がやがて始まる。
猫夜叉のミーナとレオナの戦い。
だがその試合内容は想像もしないものとなった…




