第百三十九話 マイビ・トウコと蘇る五つの技巧
武闘派組織『幽忠武』、その戦いに現れた謎の女トウコ。
妙齢の女性特有の艶美な笑みを浮かべながらメノウとスートに提示したもの。
それは数十年前に奪われた討伐祭の優勝賞品だった。
まだゾット帝国がアルガスタ公国と呼ばれていた時代の品だ。
「これは私にとっても、思い入れがある物でしてね…」
「しょせんは奪ったものでしょう?」
「ふふふ…」
スートの言葉を軽く流し、トウコは話を続ける。
地上で観戦していた観客たちは、突然の幽忠武勢の乱入で困惑しているはず。
不満を持っている者も多いだろう。
そこに人質奪還。
そして数十年前に奪われた優勝賞品を持って帰れば、民衆も納得するのではないか、と。
トウコはそう言った。
「もちろん、この勝負を受けるのはそちらの自由です。無視して帰っていただいてもかまいません」
最初に提示した勝負の条件は五回戦というものだった。
トウコも今さらそれを覆そうとは思わない。
この賞品奪還はあくまで『ボーナスステージ』のようなもの。
当然スルーするのもメノウ達の自由というわけだ。
「…少し時間をください」
「ええ。ご自由に」
「ありがとうございます」
そう言ってスートはメノウに小声で話しかける。
この戦いを受けるかどうか…
トウコ達に聞かれぬように。
「どうしますか?」
「いいんじゃないか?受けても」
「しかし…」
スートはショークとの戦いで受けた攻撃で魔力のバランスを崩してしまっている。
魔法を蝕む毒のようなものを受けてしまったのだ。
時間が経てば直るものの、今は魔法はかなり使いづらくなっている。
「私は今は戦えません。もし受けると戦うのは…」
「ワシしかいないのぅ」
「…任せてもよろしいですか?」
メノウも最初の試合で腕を痛めている。
しかしその時のダメージはもうほぼ回復している。
戦えないわけでは無い。
今のスートを無理やりたたかわせるよりも、勝率はずっと高いと言える。
「ああ」
「すいません、いつもいつも…」
「役割を分けているだけじゃ。ワシは戦ってお前さんは魔法を使う。それだけじゃ」
メノウは一回戦のレービュ戦以降戦っていない。
その時減った体力や魔力も回復してきたところ。
戦うにはもってこいのコンディションだった。
スートに話をつけ、メノウが出る。
「貴女が戦うの?」
「そうじゃ」
メノウの言葉を聞き口もとに軽い笑みを浮かべるトウコ。
その笑みを隠すように、懐から取り出した扇で口もとを覆う。
「ふふふ…」
「何故笑う?」
「失礼。ちょっと昔を思い出してね。思い出し笑いよ…」
「して、戦う相手はだれじゃ?」
既にキィーカックたち五人の戦士は倒れた。
最後に戦うのは一体誰になるのか…?
周囲にいるのは観戦している兵士たちのみ。
他に戦えそうなものといえば…
「もちろん決まっているでしょう?」
「お前さん…というわけか」
「ええ」
そう言うと、トウコは先ほどレオナとキィーカックが戦ったリングに飛び移る。
息ひとつ乱れぬ一跳びでの動き。
なるほど、確かに隠れた実力を持っているのだろう。
今の動きだけでメノウはそれを理解した。
トウコが扇で軽く空をあおぐ。
余裕綽々といったところか。
「そこで戦うのか、ちょっと待っておれ」
リングにのぼるメノウ。
自分の身長より少し高いリングに上がるのに以外と苦戦してしまった。
「ワシも飛び乗ればよかったわ…」
「大丈夫、上がれる?」
「ち、ちょっと待って…」
レービュとの戦いのときのように、甲板にラインが敷かれただけのバトルフィールドの方がよかった。
そう思いながらリングに上がるメノウ。
「メノウさん、私がセコンドにつきます」
「せこんど…?」
「アドバイスします」
「おお、頼むぞぃ」
スートがリング外から言った。
その言葉と共に、トウコと対峙するメノウ。
互いに構えを取る。
それを合図として試合が始まった。
しかし…
「(どう攻めるかじゃな…)」
試合は始まったものの膠着状態になる。
トウコの構えは東洋武術の物とよく似ている。
それを砕き力を込めないようなアレンジを加えている。
相手の出方が分からない分、攻め辛いのだ。
魔法攻撃を使うのか、格闘攻撃を主とするのか。
「…ッ!」
「ふぅ…」
手に持っていた扇を懐にしまうトウコ。
これまでの幽忠武の面子とはまるで違う風格。
それがこのトウコからは感じる。
と、その時…
「試合はどうなった!?」
何者かの声が空気を裂く轟音と共に響き渡った。
その声の主はメノウと戦った幽忠武第一の刺客、レービュだった。
彼女は炎の魔法の使い手であるとともに、貴重な『飛行魔法』の使い手でもある。
魔力を燃焼させ飛ぶことが出来るのだ。
急いでリングに駆け寄り、状況を確認する。
「貴女は一階層にいた炎使い…!」
「魔術師か!何故トウコさんが戦っている?キィーカックは?」
「ま、待ってください。説明しますから」
スートがレービュの問いに答えていく。
キィーカックはレオナが倒したこと。
人質は解放されたこと。
トウコがアルガスタ公国時代の賞品を賭け、勝負を挑んできたこと…
「アレを!?トウコさん、一体何を…!」
そう言ったレービュに軽く視線を移すトウコ。
それで彼女はトウコが何を考えているか悟ったようだった。
「…まぁいい。アンタがそう考えてるなら。セコンドにつかせてもらうよ」
そう言ってトウコ側に座るレービュ。
セコンドとは言っても、できることはそこまで多くは無いが。
「さあ、試合再開よ」
「そうじゃな」
試合再会。
メノウは敢えて構えを解いた。
相手がどう出るか分からぬ以上、このまま続けていても膠着状態が無駄に続くだけ。
あえて彼女は『逆』の行動に出た。
「ん…?」
「アイツ、ゆっくり歩いて…!」
構えを溶き、ゆっくりとトウコの元へと歩いていくメノウ。
ゆっくりと一歩ずつ。
足を進め、確実に距離を詰めていく。
「これはこれはかわいい子。逆に手が出せないわね」
そう皮肉を込めて言うトウコ。
しかし確かに彼女の言うとおり、この状況では『逆に』手が出せない。
何らかの攻撃を仕掛けてくる時よりも、単なる徒歩の方が死角が少ないのだ。
隙だらけのように見えるメノウのその姿勢にも何らかの意味がある。
うかつに近接戦闘に持ち込むことはできない…
「手は出せないけど、別のものは出せるのよ」
「…メノウさん、気を付けて!」
「おぅ…」
「ふふふ…」
掌を下に向け右手を軽く振る。
それが『合図』だった。
彼女の右腕が炎に包まれ、それと共にトウコの手に魔力が纏わっていく。
薄い羽衣の様にも見えるそれは徐々に姿を変えていく。
…熱く燃え盛る業炎へと。
「炎!?」
「たッ!」
トウコの繰り出した魔法炎を後方へと下がることで避けるメノウ。
リングに一抹の炎の軌跡が描かれる。
炎の規模は小さい。
だが威力は高そうだ。
消えることなく燃え盛る炎。
「まぁ、軽い身のこなし」
「は、速いのぅ…」
「ふふふ」
「それにしても、この魔力のパターンは…」
メノウはこの魔法攻撃に見覚えがあった。
詠唱を必要とせず、魔力を直接燃焼させるタイプのモノ。
魔力消費が激しい代わりに、その他の性能全てがとても高い水準を持つ。
短期決戦に最適な魔法と言えるだろう…
「今のはレービュの技じゃな」
「ええ。あの子のものより改良を加えてあるけどね」
今の炎の魔法はレービュが使用した物と同じ系列の魔法だ。
しかし異なる点も多い。
それはこの戦いを見ているレービュ本人も理解していることだ。
「この私の『霊火羽の炎』よりも遥かに繊細な動き。そして精密さ…」
レービュの炎はまさに業炎。
その場にある物全てを焼き尽くす。
空気中の酸素までも。
しかしトウコの炎は違う。
最低限の魔力で最高の威力を出す。
そのため炎自体も小さいのだ。
しかし直撃すればレービュの業炎と同等か、それ以上のダメージを追うことになるだろう。
「私の炎の壁でもトウコさんの攻撃は防げないな」
そう言うレービュ。
しかし、トウコの攻撃はこれだけでは無い。
炎の形を代え、距離を取ったメノウに攻撃を仕掛けた。
長く細く伸び形を変えた炎。
それはまるで『鞭』のよう…
「どうこの鞭の味は?」
遠距離からの炎の鞭による攻撃。
それを何とか回避するメノウだが、それも長くは続かない。
トウコの持つ長い鞭。
それも実態を持たぬ炎でできた鞭なのだ。
物理法則を無視した動きでメノウを捕え、その身体を焼く。
「あぁぁッッッ!」
身体に当たる瞬間に魔力を込め質量を持つ実体として現れる炎の鞭。
炎の熱と鞭の衝撃、二倍のダメージがメノウを襲った。
リングのローブに叩きつけられ、バウンドするメノウ。
「このパターンは二階層の…」
「そう、手深蛇の技も私は使えるのよ」
二階層でアリスと戦った男、『手深蛇』のテミータ。
彼は鞭術の使い手。
鞭に毒を仕込むという奇抜な技を使ってはいたものの、鞭術の腕は本物だった。
その技をも彼女は使えるというのか…?
いや、それだけでは無いだろう。
メノウとスートはそう考えた。
「まさか…」
「これまでに戦った五人の戦士たちの技全部を使えるということか…!」
名前:毎日 トウコ 性別:女 歳:五十代 一人称:私
使用武器:恐らく無し
はぐれ戦士集団『幽忠武』に所属する謎の女。
キィーカックの後に現れた、正真正銘『最後の刺客』といえる。
ルールは守り、あくまで正々堂々とした戦いを好む。
その歳からは想像できぬほど軽快な動きを見せる。
『蓮族』という極東の大陸の一族の出身。




