第百三十七話 高空層の決闘 レオナvs五人目の『巨人』!(後編)
キィーカックとレオナの試合。
それはこれまでのメノウ達の時の試合とは違い、観客を入れたうえで行われた。
観客と言っても、敵側の者たちだが。
さらに格闘技の正式な試合で使われるようなロープで囲われたリングを使用しての戦い。
カウントによる勝利も存在する。
二人の試合を見ながらふと、スートが言った。
「まるでレスリングですね」
「もーれーぬ」
「え?」
「いや、なんでもない」
もしレオナが敗北すれば、人質は当然返してもらえない。
最初に幽忠武の面子が出した条件を飲み、交換となるだろう。
しかしもしそうなれば、百年近く続いた伝統ある魔王討伐祭に傷をつけることとなる。
そしてそれを開くゾット帝国事態の名も。
民衆の士気の低下や不満の増加にもつながる。
「この試合は単なる人質奪還の戦いでは無いのです。国の威信をかけた戦い…!」
「…負けられんというわけじゃな」
「ええ」
そう言って戦いを見守るスートとメノウ。
キィーカック三メートル以上の巨体。
それはストロングポイントであるとともに、ウィークポイントでもある。
レオナはそう考えた。
「なんとか近づけば…!」
攻撃のリーチが長い分、懐に潜り込まれたら脆いのではないか?
そうでなくとも限界まで近づけば攻撃のチャンスは生まれる。
今の様にある程度距離をとっても、ただ的になりに行くだけだ。
ならば…
「なんとしても!」
「ハァッ!」
足に力を込め、拳に力を込める。
それと共にレオナへと殴り掛かるキィーカック。
一撃一撃が必殺級の威力の拳。
今までのレオナはこれを避けることしか頭になかった。
しかし…
「もう逃げない…!」
その恐怖心から、その拳が何倍にも大きく見えていた。
しかし今は違う。
正確にその攻撃を避け、キィーカックの懐へと入り込む。
「グッ…!」
このままではマズイ、そう考えたのかレオナに足払いを賭けるキィーカック。
しかしレオナは反撃が来ることもある程度は想定済みだった。
それを避けつつ、彼の背後へと周る。
「討伐祭の試合では禁じられている技だけど、ここなら使える!」
「なっ…アァッ!?」
キィーカックの背後を取ったレオナ。
そのまま彼の背中にのぼり、後ろから腕で喉を締める。
半ば無理矢理な形ではあるが、スリーパーホールドの型に入った。
「実力では勝てないかもしれないけどこれなら!」
スリーパーホールドは相手の呼吸器官を締めることで気絶を狙う技だ。
しかも、今のレオナはキィーカックの三メートルの巨体にぶら下がるような形で技をかけている。
つまりレオナ自身の全体重を技にかけているのだ。
彼女の平均程の身長がここで生きた。
比較的体重は軽めだが、それでも数十kgはある。
それを首に受ければさすがのキィーカックでも無事では済まない…
「く、くぅ…!」
キィーカックの首に半ばぶら下がるように、技をかけ続けるレオナ。
普通ならば数秒で決まるこの技。
しかし何かがおかしい…
「レオナ!お前さんの技、効いてないぞ!」
観戦していたメノウが叫ぶ。
その声と共に、それまで動きを止めていたキィーカックがレオナの腕を振りほどき、腕を掴む。
そしてそのまま彼女をリングを囲むロープに叩きつけた。
「ふぁっ!…え!?」
「ぬっ!」
ロープから跳ね返ってきたレオナを再び殴り飛ばし、リングへと叩きつける。
「うッ!痛ッ…!」
リングに叩きつけられ苦悶の表情を浮かべるレオナ。
顔を打ったらしく、鼻と口から血が流れる。
しかし今戦っているのがリングでよかった。
もし四回戦までと同様に甲板だったら…
まず間違い無くこの程度では済まなかっただろう。
「う、うぅ…何で…?」
改めてキィーカックの首に視線を移す。
技をかけている時にはあまり気にしなかったが、彼の首は非常に太い。
恐らく弱点となる部位であるため、何らかの方法で鍛えたのだろう。
しかし、だからと言ってそれだけでレオナの技に耐えたとは、にわかには信じられなかった。
「あの男、遊んでおるな…」
試合を見ていたメノウが言った。
先ほどからキィーカックは大した攻撃をしていない。
どこかレオナに見せ場を作り、それを破るといったような戦いをしている。
現に今もレオナを攻撃できる絶好のチャンスというのに、それをしていない。
首を手で押さえながら骨を鳴らしている。
「今回は観客が多いからね、しょうがないね」
「遊んでいるつもりかのぅ」
アリスの言葉に対しメノウがそう言う。
キィーカックは五人の中でも最強クラスの力を持つ男。
観客がいることで少々気が大きくなっているのか、余裕が出てきているのか…
「しかしそれなら…」
「油断してるってことだよね?」
「そうじゃよ」
正攻法ではレオナがキィーカックに勝つのは難しいかもしれない。
しかし相手が油断しているのであれば話は別。
その隙をつけば、勝利を掴めるかもしれない。
「(随分と余裕そうじゃない…)」
「へへへ…」
「…ふっ!」
口に溜まった血をはきだし、顔に残った流血の後をスカーフでふき取るレオナ。
レオナ自身も、キィーカックが手を抜いて戦っていることには薄々気づいてはいた。
ここからどう巻き返すかを、攻撃を避けながら考える。
考えている間にも攻撃は続く。
それらを避けつつ、時にはあえて受けて流しながら。
「一体どうすればいいの…!」
改めてレオナはキィーカックのその体躯に視線を移す。
三メートルを超える巨体。
最初に見た時はその巨体そのものが弱点だと考えた。
しかし首への一撃は無駄に終わった。
「弱点は一体…?」
レオナの発想自体は悪くは無い。
巨体はそれ自体が弱点となる。
それは事実。
スピードが殺される、小回りが利かなくなるなどの欠点がある。
しかし当然それを補う術を身に着けているものだ。
キィーカックもそうだろう。
「(絶対に補えない弱点…)」
レオナは探した。
敵の猛攻を避けながら、どんな者でも絶対に補えぬ弱点を。
ボロボロになりながらも立ち上がり、なんとか試合を続ける。
「ふぅあッ!」
攻撃を受け意識が飛びそうになりながらも、必死でそれを繋ぎとめる。
諦めずに再び立ち上がり、攻撃を受け流す。
「くッ…!あぁッ!」
しかし考えを張り巡らせるうちに、ほんの少しだが体の動きも鈍くなってしまう。
そこをキィーカックに突かれてしまった。
腹に痛恨の一撃である蹴りを受け、その場に転がりながら悶絶するレオナ。
「ガッ…はぁ…」
「キィ…!」
転がるレオナの頭を掴み、徐々に握る力を強めていくキィーカック。
アイアンクローをかけつつ彼女の身体を持ち上げ、頭からリングに叩きつけた。
額を割るような一撃。
彼女の頭に激痛以上の痛みが走る。
「ツ…ッッッ!」
余りの痛みに叫ぶこともできない。
意識が飛ぶ、という段階はとうに過ぎている。
痛みのせいで感覚が覚醒し、それがさらに痛みを掻き立てる。
「クゥッ…!」
頭を押さえつつ、先ほど考えていたことに思考を戻す。
絶対に補えぬ弱点を突く。
それが勝利への道である。
「痛ッ…」
しかしそれでも先ほどの傷が痛むからか、頭が回らない。
思考が浅いところで止まってしまう。
その浅いところで思考が出口を求めてぐるぐるしている。
言葉にするのも難しい、何とも言えぬ感覚。
痛覚は研ぎ澄まされる一方、思考能力の低下がはっきりとわかる。
「頭がぼうっとしてきた…」
僅か一メートル半ほどの小柄な少女が三メートルの巨漢に勝つなど無理な話だったのか。
しかし今のレオナはそんな考えにすら至らない。
そこまで思考が回らないのだ。
だが…
「痛い…痛み…!」
そんな中、レオナはおぼろげな意識の中である答えを導き出した。
それが正しいかどうかは分からない。
しかしそれは、その身がボロボロになりながらもたどり着いた答え。
無駄にはしたくない。
「見つけた…!」
思考は回らない、しかし身体は動く。
傷だらけの身体を動かし一転攻勢。
攻撃に移るレオナ。
「絶対に補えない弱点、それは…!」
キィーカックの拳の攻撃を避けるレオナ。
しかし今回は避けるだけでは無い。
咄嗟に腕に喰らいつき、体全体を使ってその動きを封じる。
身体全体を使い、キィーカックの腕に対し十字固めを決めたレオナ。
ここに来て初めて彼の表情に苦悶が浮かび上がる。
「痛みを感じるということ…!」
人間である以上、痛みは絶対に感じる。
いくら我慢しても限界はある。
咄嗟に痛みを感じれば反射的に回避行動をとってしまう。
当たり前のことだ。
改めて言うまでもないほどに当然のこと。
しかし…
「当然のことなのに、何で今まで気づかなかったんだろう」
レオナにはキィーカックが人間では無い、別の何かのように見えていた。
視覚的にという意味では無く、感覚的な意味で。
絶対に超えられない壁のように見えていたのだ。
勝つつもりで戦いに臨んではいたものの、心の奥底ではどこか怯えがあった。
「(いくら大きくても相手は同じ人間なんだ、倒せないわけない…)」
その思いがレオナを奮い立たせる。
技は通じなくてもダメージは蓄積している。
今までの戦いは決して無駄では無かった。
「私達は早く戻って、討伐祭の続きをしたいの。こんなところで止まってるわけにはいかない」
レオナも討伐祭の予選を突破するほどの実力を持つ。
つまり格闘センスはゾット帝国でもかなり上位に入る。
それがさらに彼女の自信となっていく。
「ぐぅ…はぁ!」
しかしだからと言って形勢が逆転したわけでは無い。
単にレオナが気を持ち直しただけだ。
キィーカックはその流れを断ち切るため、その長い脚で蹴りを放った。
思い切り力を込めた蹴り。
直撃すれば車を一撃でスクラップにしてしまうほどの威力だ。
「避けろレオナ!」
「もちろん!」
メノウの言葉を聞くまでも無く、キィーカックの攻撃を回避するレオナ。
思い切りバックへと跳び、リングのロープへと身体を埋める。
強力なロープに囲まれた特性の試合用リングだからこそ使える技が、彼女にはあった。
「ふ…はぁッ!」
ロープの反動を利用しキィーカックの腹部へと、全身を銃の弾丸のようにして突っ込む。
全く予想外の攻撃に対応しきれず、キィーカックはそのまま攻撃を受けてしまった。
レオナの拳が深く腹部に突き刺さる。
初見でここまでリングの特性を生かした攻撃をレオナがしてくるとは、考えもしなかったのだ。
それだけでは無い。
その反動を利用しさらにロープへと跳ね返ったレオナ。
「これで…!」
ロープの反動を利用しキィーカックの頭部に蹴りを叩きこんだ。
よろめきながら、キィーカックはその場に倒れた。
五回戦を勝利したのはレオナ。
ボロボロになりながらも、血路の果てに掴んだ勝利だった。
名前:キィー・カック 性別:男 歳:二十代
使用武器:素手で戦うため無し
はぐれ戦士集団『幽忠武』に所属する三メートルの巨体を持つ戦士。
特殊な技は使用しないが、その一撃一撃が必殺技級のパワーをもつ。
単なる蹴りですら、力を込めれば殺人級の威力と化す。
相手の技をあえて受け、それを上からたたきつぶして倒す、という戦い方を好む。
しかしその特性上、試合では必ずケガを負ってしまうらしい。




