第百三十六話 高空層の決闘 レオナvs五人目の『巨人』!(前編)
四人目の魔術師ショークを倒したスート。
カートは彼をギリギリまで追い詰め、勝利した。
命こそ奪わなかったが、もはやまともに戦えるような状態では無い。
そんなショークが勝負の最期に残した言葉…
『五人目の『キィー・カック』は…ずっと…強…い…』
五人目の戦士はさらに強いという。
霊火羽のレービュ。
手深蛇のヤツ・テミータ。
獅要快のショウ・カイ。
死欲斌のショーク・ヒン。
この地で戦った他の者達よりも。
昇降用ホバーボードで次の階層へと向かう五人。
「次は私が出るよ」
そう言うレオナ。
しかし彼女の強さには疑問が残る。
他の四人、メノウ、アリス、アスカ、スートとは違い彼女はあくまで強い『一般人』でしかない。
魔法も使えるらしいが、精々ゾット帝国総合学校の魔法科で魔法を習った程度。
義務教育レベルであり特筆すべきものでは無い。
「そういえばキミは討伐祭の本戦出場者だったねぇ」
「うん、格闘技も自信はあるよ」
「へぇ…」
アリスの言うとおり、レオナは討伐祭の本戦に出場している。
ゾット帝国中から強者の集まる大会でベスト十六に残っているのだ。
格闘技の腕はかなりの物。
だが、逆に言えばそれだけだ。
「頼む、レオナ」
「うん!」
メノウは敢えて何も言わなかった。
このレオナという少女はショーナにどこか似ている。
その雰囲気、センス、そしてその表情が。
「絶対勝つよ」
以前、ショーナは自身の実力よりも圧倒的に上の者にも怯まず戦った。
禁断の森のシェン、英雄ヒィーク・アークィン、そして本気のメノウ。
そんな彼と同じものをレオナからメノウは感じた。
「…」
スートは逆に少し懐疑的な表情をしている。
とはいえ彼の心境ももっともだと言える。
ここまで来て敗北したら全てが水の泡だ。
「いよいよ五人目か、面倒だったね」
「だねぇ。戦うの面倒だからさっさと終わらせたかったけど」
意外なことに魔王教団の二人組、アスカとアリスはレオナが戦うことに何も口を挟まなかった。
勝利至上主義の二人ならば何か言いそうなものだろう。
しかし、それには理由があった。
「まぁ、いざとなったら…」
「あ、悪い顔ー!」
彼女たちの目的は仲間である『アルア』の奪還。
他の人質はどうでもいい。
もし仮にレオナが敗北したとしても、アルアだけ実力行使で取り戻すつもりなのだ。
…メノウ達を囮として。
「下に戻ったらみんなでおいしいもの食べよう。お腹へったしぃ」
「ああ。お金ならたくさんある、好きなモノを食べればいいさ」
レオナの勝負などどうでもいい、そう言わんばかりに話す二人。
とはいえさすがに堂々と話すとまた面倒なことになる。
なので隅で小声で話していた。
時折、レオナに対し声援を送りながら。
「がんばれよ、キミなら勝てるさ」
「あんまり力入れずに!リラックスだよ」
「二人とも…ありがとう!絶対勝つよ!」
そう会話をしているうちにホバーボードは五階層へとたどり着いた。
今までの階層とは違い、若干作りが違った。
甲板の中央に造られた特設リング。
そしてその後ろには人質の捕えられた小屋が。
その周囲には幽忠武側の兵士が数名。
力ずくでの奪還防止、というわけだろうか。
「最後の舞台だけあって、そこそこいい感じじゃないか」
リングの周囲には観客席が。
幽忠武側の兵士達が静かに座っている。
百人近くはいるだろう。
最後の試合というだけあり、期待度も高いようだ。
「…じゃあ、行ってくる」
「おう」
リングの上へと上がるレオナ。
兵士たちの静かな視線の集まる中を進み、最後の戦いの場となるであろうリングへと昇る。
今までとは違い、格闘技の試合で使われるようなリングだ。
とはいえ、リングの広さはそれの数倍はあるようにも見える。
しかし、いざリングの上にのぼっても相手となる敵の姿が無い。
「どこ!?私の相手は?」
「ふふふ…」
甲板の隅に積まれたコンテナの裏から、対戦相手の男が姿を現した。
その名は『キィー・カック』、四階層のショークが言った強者だ。
「すごい…大きい…!」
レオナが驚くのも無理は無い。
彼はなんと身長二メートルを遥かに超える長身の大男だったのだ。
メノウの身長の二倍以上…
三メートルはあろう巨躯。
極端に大きな筋肉を持っているわけではないが、それでも人並み以上はある。
スリムというよりは、筋肉の付いたノッポというべきか。
「おいおい、アイツ本当に人間か?」
「まるで魔族みたい…」
キィー・カックの規格外の巨躯に驚きを隠せぬアスカとアリス。
掴み所のない、深く不気味な眼光。
常人のそれよりも一回りは巨大な手。
そして何よりその巨体。
彼女たちも、そして修行で世界を巡ったスートでもここまでの人間は見たことが無かった。
「こんな人間がいるなんて…!」
「あなた、凄い魔術師なんでしょ!?あんな人間が本当にいるの?」
「私は世界を巡り、様々な部族や人種を見てきた。だけどあんな…!?」
「レオナー!がんばれー!」
メノウの応援のみが会場に響く。
静かに見守る幽忠武の兵士たち。
同じく静観するアリスとアスカ。
キィー・カックはゆっくりと歩き、リングへと上がる。
その曲に圧倒されるレオナ。
…やがて勝負の幕は上がった。
勝負の開始を告げる銅鑼がなったのだ。
「…ッ!」
その音とともにキィー・カックがパンチを繰り出した。
何の変哲もない拳の一撃。
しかし、三メートルの巨躯を持つ彼が使うとその威力はかなりの物となる。
巨体であるため、腕もその分長いのだ。
リーチも常人の数倍はある。
「きゃッ!」
腕でガードすることでダメージを軽減したレオナ。
攻撃を受け流し反撃をするつもりだったが、それもできなかった。
「ハァッ!」
再び拳の一撃を繰り出すキィー・カック。
戦略などまるでない、単なる拳の連打。
しかしその一つ一つ威力がとても高く、まさに必殺級の威力。
まともに受ければひとたまりもない。
「うわっ…!」
リング内を逃げ回り、なんとか避けるレオナ。
反撃に出ようにも攻撃が止むことが無い。
そして隙も無い。
単純な拳の連打だからこそ、逆にレオナにとって攻め辛いのだ。
複雑な攻撃ならば、相手を煙に巻くくらいはできるのだが…
「逃げてないで戦えー!」
「魔法、魔法使って!」
アスカとアリスの野次なのか声援なのかよくわからぬ言葉がとぶ。
だが確かに魔法は有用。
討伐祭の試合と違い、この戦いは魔法の使用は許可されている。
「それなら…」
再び殴り掛かるキィー・カック。
その拳が放たれる瞬間、レオナはとある魔法を使用した。
両手を合わせ、掌に魔力を集中させる。
「びっくりシャボンボール!」
その声と共に、合わせた手のひらを勢いよく離す。
それと共に溜まった魔力が、小さな無数の水泡として現れた。
ウォーターボールの派生技である『びっくりシャボンボール』、レオナが独自に作ったオリジナル魔法だ。
「小さな水の泡が集まって壁になるのよ!」
ウォーターボールは非常に単純な魔法であるため派生技が多い。
これもその一つだ。
強度が低い代わりに、無数のシャボン玉で攻撃の威力を相殺する。
だがそれだけでは無い。
「(そのまま拳が当たれば…)」
シャボン玉が割れるとともに、それを形成していた魔力が辺りに飛び散る。
割った相手に対しカウンターとして働くのだ。
割れたガラスのその破片が、割った者に対し飛散するように。
無数のシャボン玉は攻防一帯の技なのだ。
しかし…
「ぬあ!」
「へえぇぇぇ!?効かなッ…!?」
割れたシャボン玉の魔力など気にも留めず、キィーカックはそのままレオナを殴り飛ばした。
そのまま彼女は勢いよくリングに頭から叩きつけられてしまった。
「うぇッ…!」
「レオナ!」
メノウが叫ぶ。
なんとか受け身を取ったレオナだが、完璧とは言えなかった。
今の攻撃で額を切ったのか、目の上から血が流れおちるレオナ。
それを手で拭い、スカーフを額に巻き止血する。
「ははは…っ」
余裕の笑みを見せるキィー・カック。
それに対し、勝負の序盤にもかかわらず追い詰められたレオナ。
彼女の顔には焦りが浮かんでいた…




