第百三十三話 清勢斬刃 獅要快のカイ
レービュを倒し二階層へとたどり着いた一行。
そこで待っていたのは『手深蛇』の称号を持つ戦士『ヤツ・テミータ』だった。
メノウは一旦退場し、この戦いはアリスへと譲ることに。
「じゃあ、お前さんに任せよう」
「任せてよ。じゃあ、行ってくるのです」
メノウ、アスカ、レオナ、スートに見送られながらテミータの前に立つアリス。
高度三千メートルの高空での戦い。
さきほどのレービュとメノウの戦いの時もそうだったが、やはり平地よりも戦いにくいと言える。
アリスが吹き荒れる強風に困惑する中、対戦相手であるテミータは余裕の表情を見せる。
「おいおいおい、こんなガキが相手かよ。やる気でねーな」
そう言いつつも、自身の持つ武器を構えつつ戦闘態勢を取るテミータ。
彼の使う武器は鞭。
しかも細かい金属製のスパイクが付いた特殊な物だ。
「特殊な素材で作られた鞭だ。当たると痛みだけじゃすまないぜぇ」
軽く鞭を空に舞わせるとそれを素早く丸くまとめる。
そして腰にしまうテミータ。
単なるパフォーマンスなのだが、相当余裕があると見える。
「ふーん…」
一方のアリスは特に戦闘態勢を取るようなことはしなかった。
その様子を見たレオナは疑問に思った。
「ねぇ、そういえばアリスちゃんって強いの…?」
彼女にとって、アリスは特に戦闘能力を持たない『一般の少女』にしか見えていない。
ここに乗り込んだということは多少腕が立つのだろう、といった程度の認識だ。
「アリスの強さか、見てればわかるさ」
そう言ってレオナの言葉を聞き流すアスカ。
同じ陣営の仲間である以上、多少は手合せなどもしたことはあるはず。
アリスの強さは彼女が一番知っているはずだが話してはくれなかった。
他に彼女と交戦した経験があるのは…
「ワシは一度、アリスと戦ったことがあるぞぃ」
メノウは以前アリスと戦ったことがあった。
辺境の廃村でヤクモ達と共に現れた彼女と…
「どうだった?」
「う~ん…どうと言われてものぅ…」
しかしその時はアリス本人では無く、彼女の操る魔獣と戦っただけだった。
本人がどれほどの力を持つかはメノウにもほとんどわからない。
唯一分かるのは…
「ワシは斬撃波を使えるのじゃがな」
「斬撃波?」
「ショーナがヒィークとの試合で使った衝撃波の強化版じゃ」
「ああ、なるほどね」
「それをアリスに使ったことがあった」
「でも斬撃って…危ないような気がする」
あわてて「直撃しないようにしてな」、という注釈を入れるメノウ。
とはいえ、辺境の廃村での戦いでは牽制及び挑発の意味を込めてあの技を使用した。
直撃しないように、というのも間違いでは無い。
「アリスのヤツは全く怯まんかった」
こけおどしは通用しない、外見の割に肝の座った者。
厄介な魔法を使う少女。
メノウはアリスをそう評価した。
逆に言えばこれ以上は何もわからないということだが。
「もう戦いが始まるみたいだよ、お二人さん」
アスカの言葉を受け試合場に目をやる二人。
既に戦いは始まっているようだった。
「シルバーレイン!」
アリスが使用した魔法は『シルバーレイン』、ゾット帝国内でも比較的使用者の多い汎用魔法の一種だ。
魔力により生成された剣を数本、テミータに向けとばす。
だがテミータはそれを軽く避けた。
空は切るが肉は切らず。
「おいおいそんな汎用技が効くと思ってるのかよ?」
「バカにしないでよ!」
「あーはいはいはい!めんどくせぇなぁ!」
その声と共に腰に巻いてある鞭を取るテミータ。
それを思い切りアリスに向けて振り放った。
数メートルは有ろう長い鞭を自在に操り攻撃する。
鞭と言えば打撃系の攻撃をイメージするが、彼の鞭は違う。
「え…わっわ!」
避けようとするアリスだが間に合わず、右腕に鞭が当たってしまった。
当たっただけでは無く、鞭は彼女の腕に巻きつく。
そして…
「うぅ…痛い…」
「その鞭には棘がついてるからな。特に痛いだろ?」
アリスの左腕に食い込む棘の鞭。
細かい棘が何本も彼女の腕に突き刺さっている。
出血こそないが、その光景はとても痛々しい。
「うぅ…」
「ハハハ!どうだこの鞭の味は!」
テミータが鞭を引っ張れば引っ張るほど、アリスの腕に棘が食い込んでいく。
出血が無いのが逆に不気味なほどに。
やがてアリスの身体に変化が表れ始めた。
力なく崩れ落ち、その場に膝をつくアリス。
「何か腕が…身体が変になっちゃったみたいだよぉ…」
「早速効いて来たな!」
「どういうことなの…」
「この鞭には『毒』が仕込まれてある、速効性のな!」
身体の自由を奪う毒が、彼の持つ鞭の棘に仕込まれてある。
ある程度の量を摂取すると体の動きを封じられる。
大量に摂取すれば死ぬほどの毒だ。
アリスが受けたのは人間の致死量ギリギリの量。
これ以上受けたら確実に死ぬ。
「死ぬギリギリの量を与えた。もう身体も動かんだろ?」
「えっ…」
「抵抗できない相手を痛めつけるってのが…」
「足…手が…」
「へへへ…最高に楽しいんだよなぁ」
鞭を引っ張り、そのままアリスを引き寄せるテミータ。
勝負が開始して僅か数分、抵抗できないアリス。
このままでは、勝負の結果は火を見るより明らか。
そう思ったレオナが叫んだ
「もう勝負はついたよ!それ以上はやめて!」
「外野からの降参は受け付けることはできんな。こいつは降参って言ってないし」
「もういいよアリスちゃん!棄権して!」
レオナが叫ぶも、アリスは声を出そうとはしない。
毒がもうかなり回っているのか、喋ることもできなくなっているのか…
「あ、アリスちゃん…」
「ほらよっと!」
アリスの顔を思い切り踏みつぶそうとテミータが足を上げる。
と、その時…
「おっ?」
その足を掴むアリス。
先ほどまでの震えた弱々しい手つきでは無い。
強い力の込められたその手…
「呆れた、本当に『勝てる』って思ってたんだぁ…」
淡々と言葉を吐くアリスを前にし困惑を隠せぬテミータ。
これが先ほどまで死にかけていた者なのか。
そう思うほどに。
「な、何…!?」
「久しぶりに身体を動かしたから、おもしろいと思ったんだけどね」
腕に巻きついていた鞭を勢いよく引き抜くアリス。
先ほどまで毒が回っていたとは思えぬほど、軽々と動いていく。
鞭をテミータから奪い取り軽く振り回す。
…棘の部分を掴みながら。
「お、おい…どういうことだ…!」
「どういうことって?」
「毒が周ったはずだろ?動けないはずだろ!」
予想外の事態に弱いのか動揺を隠せず、うろたえるテミータ。
鞭を奪われたことにも言及できないほど。
現に、アリスが棘の部分を握っていることにも気付いすらいない。
「ううん、動けるけど」
「なんで…!」
「あ、そうだ。この鞭返すね。はい!」
「えっ…あ、ああぁ!」
先ほどのお礼とばかりに鞭を勢いよくテミータに叩きつけるアリス。
その軽い返事とは裏腹に、言葉にできないような鈍い音が辺りに響く。
鞭が彼の身体に二人、めり込む音。
通常の鞭の攻撃よりも遥かに強力な力が込められていたことの証。
街は彼の身体に巻きつき、棘もその身に突き刺さって行く。
「う、うわあ!棘が!毒が…!」
「これでアリスの勝ち。終わり終わり」
自身の鞭で縛られ身動きを完全に封じられたテミータ。
毒が回ってきたのか動きが段々鈍くなり、最終的に気を失ってしまった。
こうなってしまっては試合続行自体が不可能。
勝負はアリスの勝ちとなった。
「おわったよ」
「アリスちゃん…ケガ大丈夫…?」
「ケガ…?ああこれ?」
自身の治療魔法を使い、先ほど受けた怪我を治していくアリス。
受けた毒も抜き、彼女の身体は試合前の状態に戻った。
「魔法使えるからね。ある程度は平気なの」
「そ、そうなんだ」
「毒も耐性付けてたから平気へいき!」
「は、はは…」
「いやー、強かったねー相手の人」
レオナにはそう言ったアリスだったが、実際は全く違う。
そもそも毒など最初から効いていなかったのだ。
テミータは人間に対して有効になる程度の毒しか使用していなかった。
しかしアリスは『魔族』、身体の構造自体が違うのだから効くはずがない。
「おいアリス」
すれ違い様に、アスカが小声で呟いた。
「なにアスカちゃん」
「あまり遊び過ぎないように。面倒だろう」
「あれ、バレてた?」
「まったく、ボクが気付かないとでも思っていたのか」
実は最初のシルバーレインの時点でテミータを倒すことは可能だった。
しかしそれでは物足りないと感じ、わざと手を抜いた戦術で彼を手玉に取っていたのだった。
「ごめんなさーい」
「わかればいいさ。それじゃあ、次の階に行こうか」
「はーい」
二回戦を突破した一行は次の階層へと向かった。
昇降用ホバーボードを使い上へと向かう。
次の階層で待つのは…
「来るか…強者が…」
第三階層のバトルフィールドの中央に座り、次なる挑戦者を待つその男。
鞘に納められた斜め掛けの刀、若草色と藍色に染められた和装。
三人目の戦士、『獅要快』の称号を持つ男『シヨウ・カイ』だった。
名前:ヤツ・テミータ 性別:男 歳:22 一人称:俺
使用武器:毒鞭
はぐれ戦士集団『幽忠武』に所属する、毒鞭を操る戦士。
性格が悪く相手をいたぶる戦い方を得意とする。
そのため鞭の毒も、あえて強すぎないものを使用している。
相手がもがき苦しむ様を見るために。




