第百三十二話 八手毒蛇 手深蛇のテミータ
三月ですが、裕P先生に復活の兆しがありませんね…
レービュとメノウの戦い。
それは時間にしてみれば僅か数分の戦いだった。
だがその数分の間に攻防の応酬があった。
これだけの時間に全力を出し切った二人の腕は相当高いと言える。
「炎の壁が消えた…」
レービュの発動していた炎の壁が消えていく。
彼女が倒され、魔力の供給が止まったからだろう。
「さて、後やることは…」
レービュの攻撃を受けた右腕を押さえながら、倒れている彼女の元へと歩いていくメノウ。
戦巫女セイバーを展開したまま。
多量の出血をし、戦闘不能状態となったレービュ。
とはいえ、彼女はまだ生きている。
そんな彼女に対し、メノウが行うことはたった一つ…
「うッ…ぐッ…」
「これで終わりじゃな」
それを黙って眺めるスート。
軽い笑いを浮かべながら好奇の目で見るアリスとアスカ。
そして…
「(まさか…そんな…?)」
その様子を見たレオナは、ある考えが頭をよぎる。
この試合の敗北条件にして、試合終了の条件の一つ。
それは『死亡』だ。
メノウは勝利したが、レービュにはまだ試合続行の意思がある。
まだ試合自体は終わっていないのだ。
「め、メノウちゃん!」
レオナが叫ぶ。
だがメノウはそれに答える素振りすら見せない。
試合を終わらせるためにメノウがとった行動。
レービュに手を振りおろす。
「あ…!」
レオナが目をそむける。
考えられる限り最悪の手をメノウがとったのではないか。
彼女はそう考えた。
しかし…
「…立てるか?」
メノウはその振り下ろした手をレービュへとさし延ばす。
最初は警戒するレービュだったが、敵対心が無いことを悟ったのかメノウの手をつかんだ。
傷を刺激せぬように立ち、格納庫の壁にもたれかける。
「なぜ手を…?」
「まだ試合終了の言葉を聞いておらんかったからのぅ」
「そうだったな。降参だ。私の負けだよ…」
こうして初戦が正式に終了した。
勝者はメノウ。
これで次の階層へと進める。
「次の場所へはどうやって行けばいいのじゃ?」
「上から大きなホバーボードが降りてくる。それに乗ってくれ」
「わかった。ありがとうな」
レービュの指差した先に、大型のホバーボードが降りてきた。
通常の移動用ホバーボードとは異なり完全に昇降用に造られた装飾も無い簡素な物だ。
申し訳程度に落下防止用の低い柵がついていた。
「次は厄介な奴が相手だ、精々気をつけろよ」
「おう」
「あつつ…」
傷口を炎で焼きながらメノウを見送るレービュ。
焼いて治るものなのか、とも思えるが何故か傷が塞がっていった。
「それで治るのか?」
「そういう魔法なんだよ、熱いけど。さっさと行け!」
レービュに言われ一階層を後にし、二階へと向かうことに。
他の四人と共に昇降用のホバーボードへ乗り込む。
「もうお友達とのおしゃべりは終わったのかい?」
「まぁの」
「結構いい戦いだったじゃないか」
皮肉めいた口調でアスカが言った。
それを無視し二階層へと進む。
ゆっくりと昇降用ホバーボードが上がる中、メノウは改めてここにいる他の人物の顔を見る。
「へー、ありすちゃんは魔法使いなんだ」
「そそそ!いろいろな魔法がつかえるよ」
「アスカちゃんは?」
「ボクは魔法は苦手でね。まぁ…いろいろさ」
アリスとアスカの二人と話すレオナ。
短時間で仲良くなれる辺り、気さくな性格らしい。
「(レオナはいいヤツじゃ)」
顔も性格も、戦力としても頼りになる。
だが、所詮は試合用の技。
相手がルール無用の戦いを仕掛けてきた場合には弱いかもしれない。
「…」
無言で地平線を見つめるスート。
彼は魔術師だが、物理的にも強い。
以前操られた彼と交戦したメノウだがその技の前に追い詰められたこともあった。
今回の戦いでもきっと頼りになるだろう。
「(この二人はどの程度の腕じゃ…?)」
一方、気になるのは魔王教団の二人だ。
アスカとアリス。
この二人が戦っているところをメノウは目撃したことが無い。
唯一、アリスが『人形遣い』であるということは知っているが…
「(どのように戦うのか…)」
魔王教団に所属している以上、その力はかなりの物であるだろう。
そうでなければこの地に乗り込んだりなどしないはず。
と、その時…
「メノウさん…」
「どうしたスート?」
「ちょっといいですか?」
小声で耳打ちするスート。
どうやら魔王教団の二人に対して猜疑心を持っているらしい。
無理も無い。
彼は以前、アリスの人形として彼女の手に堕ちたことがあった。
表面上は取り繕っているものの、内心は穏やかでは無い。
「あの二人についてどう思いますか?」
「…なんとも言えんのぅ」
少なくともあの二人は嘘は言っていない。
攫われた仲間を救いたい、という想い自体は本物だ。
戦力としても役立ってくれることも間違いないだろう。
「ワシだって言いたいことはいろいろある。じゃが…」
先述のスート達のこと、ミサキ達の脱獄、ファントムなどの一連の事件。
それらについて言及したいことは山ほどある。
しかし今は人質の救出が優先。
そういったしがらみは全て一旦おいておき、人質を助ける。
「今は人質を助けることを優先したい」
「わかりました」
そんな会話を挟みつつ、第二階層へと到着する一行。
先ほどと同じように装甲飛行船上部の甲板へと向かう。
そ火で待っていたのは…
「下のバカ炎女を倒したか、ようやるもんだ」
二階層で待っていたのは黒髪で細身長身の男だった。
黒を基調としたレザー系の装束、ボサボサの長髪。
あまり戦いを得意とする人物には見えなかった。
試合場となるエリアの真ん中に座り、一行を迎え入れる。
「キミが次の相手かい?」
「俺は『手深蛇』の称号を持つテミータ、『ヤツ・テミータ』だ」
アスカの問いに黙って頷くテミータ。
痩せた細い体の割に二メートル近くもある長身。
不健康そうな肌にどこか毒々しい目つき。
正直なところ、先ほどのレービュと比べると強そうには見えない。
「俺は炎しか取り柄の無いあのバカ女とは違うぜ」
左腕に彫られた無数の毒蛇のタトゥー、それがその称号の由来だろうか。
だるそうに腰を上げ立ち上がるテミータ。
この戦いは勝ち抜き戦。
再びメノウが出ようと一歩前に出る。
しかし…
「待って」
そう言ったのはアリス。
メノウの前に立ち彼女を手で制する。
「まだ手の痛み、とれてないでしょ?」
「まぁ、少し残っておるが…」
「ここはアリスに任せて」
レービュとの戦いで負った痛み。
傷自体は大したことは無いがまだ痛みは残っている。
それでは満足に戦えないだろう。
「お前さん…」
「ふふっ!じゃあ行ってくるのです」
そう言ってテミータの前に立つアリス。
「おいおいおい、もういいか?さっさと終わらせてーんだよ!」
そう煽ってくるテミータ。
アリスとテミータ、二人の戦いが始まった。
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一方その頃、地上にて。
大会の運営側は事態の対応に追われていた。
乱入により休止状態となってしまった大会。
その対応にだ。
そんな中…
「大会休止!?」
「何があった!?魔王教団か!?」
「いえ、実はね…」
控室にて、ミサから話を聞くミーナとカツミ。
二人は別の用事で一旦、会場を離れていたためこの騒動を知らなかったのだ。
少し前に戻ってきた二人は異常を感じ、事情を知るミサに話を聞いたのだった。
これまでの経緯を聞き、頷く二人。
「あたし達がいない間にそんなことがあったなんてな…」
「どうするカツミ?」
「応援に行ってやりたいが、上空3000mじゃなぁ…」
「せめてみんなが勝つように祈るくらいしかできないね」
「敵である魔王教団を応援することになるなんてな…」
高度3000mが、そのまま高い障害となってのしかかる。
応援にいこうにも、そこまで到達することが非常に難しい。
飛行機で行こうにも、招かれたメノウ達以外が行くと撃ち落とされてしまうかもしれない。
だが、それ以外で行く方法など…
「なんか変な感じね」
「チッ!応援に行ければなぁ…」
無念の声を上げるミーナとカツミ。
応援に行ければ…
その言葉が控室に虚しく響いた。




