第百三十話 高度3000mの決闘 『S』を奪還せよ!
スペシャル企画『シャム奪還編』、スタートです。
会場付近にあるビルの屋上。
そこから天空を眺める一人の男。
幽忠武の戦士達の襲来を笑いを浮かべながら見ていたのは…
「ははははは!よくわからねぇが、おもしろいことになってるなぁ!」
かつてのメノウの盟友。
そして今を生きる強敵。
ファントムだった。
そんな彼の背後に、また別の人物が現れた。
ファントムもその気配を察したらしく、ゆっくりと振り向いた。
「よお、灰色の。ケガはどうだ?」
「ふん」
現われたのは灰色の少女グラウ。
戦う気は無いらしく、ファントムに対し尋ねたいことがあるという。
「そう怒るんじゃねえよ。さっきの奴ら、面白そうじゃねえか」
「…あれは魔王教団とは関係ないのか?」
「ははは、あんな目立つようなことする訳ないだろ」
「奴らは一体…?」
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魔王討伐祭に乱入した謎の組織。
それは『幽忠武』と呼ばれる最凶の戦士達だった。
数十年前の世界大戦時に某国によって生み出された強化兵士、そしてその子孫。
それらが集まって誕生したのが戦士集団『幽忠武』だという。
特定の勢力に属さない、気まぐれな戦士集団だ。
現在は強化兵士以外にも、訳ありの武人なども幽忠武に属しているらしい。
「3000mか…」
3000m上空まで飛行可能な飛行機を用意し、彼らの待つ飛行要塞へと向かう一行。
飛行機の都合上、あまり多くの人数を乗せることはできない。
軍用の高空飛行用の機体であるため、人員があまり乗れないのだ。
パイロットを除けば、この飛行機に搭乗しているのは五人だ。
「随分高いところまで来たのぅ」
飛行機の窓から地上を眺め、少し興奮気味に話すメノウ。
人質奪還にも進んで協力した。
強さも申し分なく、討伐祭に参加していない彼女は体力、魔力共に温存した状態。
この人質奪還作戦には最適な人物だった。
「う、うぅ…」
「大丈夫ぅ?アスカちゃん」
「狭くて高いところは苦手なんだ…」
メノウと共に同乗しているのは魔王教団の少女であるアスカとアリス。
人質の中には彼女たちの仲間であるアルアがいる。
他の人間の人質には興味は無いが、彼女を救うため一時的に手を組むことになったのだ。
「狭いだけ、とか高いだけ、なら大丈夫なんだが…」
「大丈夫?お水飲む?」
そう言ってアスカに水を渡したのはレオナ。
討伐祭の試合ではあまり負傷していなかったため、来ることが出来た。
ちなみに彼女は『魔王教団との戦い』については一切知らない。
そのため、アリスとアスカ達のことは『討伐祭の参加者であるミサキの知り合い』程度にしか認識していない。
「…礼を言うよ」
「レオナちゃん…だったっけ?私にもお水ちょうだい」
「はい、お水」
「ありがとー」
飛行機内に置かれた水をアリスに渡すレオナ。
その様子を注意しながらじっと見つめる男が一人。
ゾット帝国でも有数の高等魔術師、スートだ。
彼もこの奪還作戦に同行したのだ。
このメンバーで唯一の男性でもある。
「スートさんもいりますか?お水」
「え、ああ。はい」
レオナから水を受け取るスート。
魔王教団が敵である以上、アリスとアスカの二人から目を離す訳にはいかない。
しかし、今だけはこれから共に戦う仲間。
貰った水を飲み一旦、心を落ち着かせる。
「ふぅ…」
「どうしたスート、心配か?」
「心配じゃない、といえば嘘になりますね」
メノウの問いに対しスートはそう答えた。
ここに来る前、地上。
そこでスート達はこの空中要塞で戦える者、戦いを希望する者を探した。
しかし…
「ショーナは二日酔いとケガ、ヤマカワもケガ、カイトとジンは王族の警護…」
ヤマカワは、ミサキとの戦いから一か月ほどが経過しているものの具合がいまだに悪いらしい。
腹部を貫通するほどの怪我だったのだ、動けるだけでも奇跡といえる。
重要な戦いに怪我人を参加させるわけにはいかない。
ショーナもヒィーク戦の傷がまだ完全に治ったわけでは無い。
魔法による治療をあと少し続ける必要があった。
ジンとカイトは王族であるルビナとルエラを守るという重大な使命がある。
呼べれば重大な戦力になりえたのだが、こればかりは仕方のないことだ。
「ウェーダーさんやアズサさんはこういった戦闘は苦手でしたね」
この二人はどちらかといえば、破壊工作や諜報が得意な人物。
直接の戦闘は不向き。
「憲兵隊のイトウ隊長や南アルガスタ陸軍のテリー大佐は地上の警備で手を回せない…」
いつ地上の大会会場にまた別の者達が襲撃をかけてくるとも限ら無い。
とくにこういった討伐祭のような行事はテロリストや過激派にとって格好の的となる。
イトウやテリーと言った者達をこちらに回すことはできない。
「グラウはミサキやファントムの監視…」
魔王教団のアリスとアスカが来たとはいえ、地上の眷属がいつ暴れだすとも限らない。
グラウはそう言った者達の監視や抑止力として地上に残った。
こうなると、戦える者は限られてくる。
直接的な戦闘が苦手なスートが来たのも、これが理由だったのだ。
と、その時…
「スートさん、下から通信が入っています」
「あ、はい」
飛行機のパイロットに言われ、機体前方にある通信機をとるスート。
それは地上にいる王女のルエラからの連絡だった。
『スート…』
「ひ、姫!?」
『お願いします、皆の運命はあなた達の手にかかっています』
「はい、必ず救い出して見せます」
『それとちょっと…』
「え…?」
ルエラはメノウに通信を代わるよう言った。
それを受け通信機を受け取るメノウ。
「はい、メノウです。ただいま高度3000m、順調です」
『お前そんなキャラだっけ?』
「…ショーナか?」
『ああ、なんか大変なことになってるって聞いてな…』
通信機の向こうにいたのはショーナだった。
今回の戦いに参加できぬことを詫びながらも、メノウ達に応援の言葉を送った。
『がんばれよ。勝ってこい』
「ああ、勝ってくる」
『頼むぜ』
それだけを言うと、ショーナは通信を切った。
短い会話だったが、彼の伝えたいことはすべて理解できた。
そして…
「見えました、あれが『幽忠武』の待つ空中要塞です」
飛行機のパイロットが窓の外の巨大な飛行体に目をやる。
先ほど討伐祭の会場に現れた装甲飛行船。
それと同型のものが五機。
「はぇ^~すっごい大きいのぅ…」
「けっこうすごいねぇ、アスカちゃん」
「あ、ああ…」
並んで飛んでいる、というわけでは無く五機が縦一列に並んでいる。
さながら、それは塔の様にも見えた。
縦に並ぶ五機の装甲飛行船。
それらを纏めて空中要塞と呼ぶ。
「どこから入りますか?」
「一番下の飛行船にだけ着艦用のデッキがあります。そこに行きましょう」
デッキに飛行機を泊め、一行は飛行船へ。
意外なことに、幽忠武側の一般兵士はほとんど…
いや、全くいなかった。
これほどの勢力ならば兵士くらいはいるものとばかり思っていたが。
「飛行船を航空母艦に改造しているのか」
「でも他の飛行機は無いみたいだねぇ」
アスカが感心したような様子で辺りを見回す。
だが甲板には他の飛行機などは泊められていない。
「うぅ~風が強い~」
「落ちると大変じゃぞ、レオナ」
「怖いこと言わないでぇ」
高度3000mの天空。
その気温は地上よりもはるかに低い。
空気も薄く、吹き抜ける風は身体を切り裂くほどに鋭い。
「で、この後どうするんだ?」
「幽忠武側の戦士を倒せばいい、とは言っていたがのぅ…」
天空3000mで待つという幽忠武の戦士。
しかしその姿はどこにも見えない。
上空に浮く四つの飛行船にいるのだろうか?
そう考え始めたその時…
「おっと、一旦待ってもらおうか」
その声と共に、甲板の収納格納庫が開き始めた。
轟音と共に格納庫が開き、幽忠武の戦士が現れた。
メノウたちの前に立ちはだかったのは、黒髪の東洋人の少女だった。
年齢は17、8程度だろうか。
動きやすそうな和装と腰布をした鋭い目つきのその少女…
「この上の船に行くなら、このアタシを倒してからにしてもらおう」
「なんだと!?」
「邪魔しないでよぉ!」
アスカとアリスが抗議するも、その少女は一切聞き入れようとしない。
彼女の言うとおりに勝利しなければ、この先は通れないということか。
「お前たちがゾット帝国側の戦士だな。来たことは褒めてやるよ」
「正確にはちょっと違うけどね」
「ねー!」
アスカとアリスが笑みを浮かべながら、その少女に言い放つ。
二人は魔王教団所属なので、正確にはゾット帝国側では無い。
もっとも今だけは協力体制をとっているので、幽忠武の少女側も間違いでは無い。
「アタシに勝てば先へ進める。この『霊火羽』の称号を持つ『レー・ビュ』に勝てばな!」
一対一の試合形式で勝ち抜いていけば人質を救える。
敗北すれば人質は返さない。
その場合、ゾット帝国は幽忠武側の条件を飲み人質の返却を求めることとなる。
「さぁ勝負だ!ゾット帝国の戦士達よ!」
『霊火羽』の称号を持つ幽忠武の少女レー・ビュ。
空を割くような声で彼女が叫んだ…!




