第百二十九話 大会乱入!『幽忠武』の戦士たち!
『シャム奪還編』、始まります!
討伐祭二日目。
前日の余韻を残したまま、試合会場は更なる熱狂に包まれていた。
観客席はすべて埋まり、参加者に熱い声援を送り続ける。
本日最初の戦い、それはグラウの試合だった。
「でも確かあの子って…!?」
その様子を待合室から見ていたレオナが言った。
昨日の夜、グラウが負傷し病院へ行ったことを彼女は知っている。
結構深い傷出会ったということも覚えている。
しかし、回復魔法と病院での治療を合わせても、しばらくは安静にしておいた方がいいはずだ。
「ワシは止めたのじゃが…」
レオナの近くの椅子に座っていたメノウがそう言った。
だがグラウは聞かなかったという。
そんなグラウの相手、それは身長200cmを超える大男だった。
「うわぁ…大きな人…」
思わず驚嘆の声を上げるレオナ。
それに対するグラウの身長は150cmより少し高い程度。
子どもと大人…
いや、それ以上の差があることは歴然としている。
スピードならともかく、パワーだけならばグラウに勝ち目はない。
「…さてどうなるか、じゃな」
メノウのその声と共に試合が始まった。
速効で勝負を決めるべく大男がグラウに向かって突進する。
「メノウちゃん、どっちが勝つと思う?」
「あの大男、ただの力押しでは無いみたいじゃ」
大男の攻撃を避け、反撃をするべく距離をとるグラウ。
しかし大男もある程度の動きを読んでいたらしい。
すぐさま彼女の背後を取り、脇腹へ拳を叩きつける。
「あっ…!」
レオナが声を上げる。
右腕の怪我をグラウの動きから読んだ大男。
彼女の身体の右側を攻めていく。
傷の部分に直接攻撃をしないのは、せめてもの情けか…?
「ッ!」
いや、グラウは全ての攻撃をギリギリで避けていた。
身体を捻り、最小限の動きでの回避。
まるでどこに攻撃が来るかを完璧に予知しているかのよう。
攻撃が当たらないことに業を煮やした男が大ぶりの一撃を放つが…
「終わったのぅ」
メノウの言葉通り、勝敗は決した。
男の一撃が放たれるその直前、グラウが彼の腹に蹴りを放った。
弱い部分を的確に狙った鋭い一撃だった。
二日目の第一試合、それはグラウが制した。
「よし、灰色のを迎えに行くか、レオナ!」
「ええ、そうね」
待合室を出て試合場へと向かう二人。
しかしそこにたどり着くころには、既にグラウはそこから姿を消していた。
どうやら一人で先に帰ったらしい。
「あらら、先にいったのか?」
「そうみたいね…」
このまま待合室にそのまま戻るというのもアレなので、二人は少し早めの昼食をとることに。
試合の参加者と関係者のみが使える食堂へと足を運ぶ。
「なに喰うレオナ?」
「適当でいいんじゃないの」
「とくに食べたいものもないしのぅ…適当でいいか」
結局、やわらかいパンと肉の具だくさんスープ、サラダのセットを注文する二人。
水を飲みつつそれらを口へ運ぶ。
「そういえばレオナ、ショーナのヤツはどうした?」
「ショーナくんね。実は…」
朝から姿の見えないショーナのことを尋ねるメノウ。
昨日、レオナとショーナは二人で食事をしていた。
その時ショーナは勢いもあってか酒を大量に飲んでいた。
どうやら二日酔いでダウンしているらしい。
「あぁ…なるほどのぅ…」
「私は飲まなかったけど、ショーナくんすごい量飲んでたから」
「おおぅ…」
二人がそう話している間にも試合場では次の試合が進行していた。
次の試合は魔王教団の眷属である悪戯狐のミサキの試合。
しかし一般参加者とミサキとでは到底勝負にはならない。
この試合はミサキが勝利した。
「今日で四試合が終わるから、明後日がショーナくんの試合ね」
「明日ではないのか?」
「明日は休憩や調整が入るみたい」
「ほう」
と、二人が話しているところにある男が割って入った。
「よう、緑娘!」
その男は金髪の逆毛で、額に長い紅いはちまきを巻き、頬に古い刀傷がある。
紅い桜柄の半被はっぴを羽織り、腹に白い腹巻を巻いている。
下は大工が穿くような黒いズボンで、黒い足袋に草履。
かつて紅の一派を率いていた男、サイトウだった。
「おーお前さんは!」
「南アルガスタ代表のサイトウさん!」
レオナと同じく、彼は南アルガスタの代表だ。
彼は次に試合を控えている。
そのため試合前に腹ごしらえをしに来たという。
「試合前に食うのはやめた方がいいぞぃ」
「へ、かまわんかまわん!」
適当に注文した麺類と飯を食べながら言うサイトウ。
数年前と比べると、その性格は若干丸くなったようにも感じる。
そのことをメノウがそれとなく言うと…
「ああ?紅の一派か。そんなんもうやってられへんわ!」
どうやら彼によると、紅の一派の構成員が徐々に減っているらしい。
数年前は南アルガスタ全土にいたメンバーが、現在は数名。
サイトウと一派結成時からの仲間数名が残るのみだという。
「なんか別の組織に入るっちゅうヤツが多いんや」
「別の組織…!?」
「この大会で優勝してまた仲間あつめてやるでー!」
「(もしかして別の組織とは…!?)」
メノウはサイトウが言うその組織が『魔王教団』ではないかと推測した。
魔王教団は来たる活動の時までにメンバーを集めている。
おそらく、紅の一派から構成員を引き抜いていたのではないか…?
「というわけで、この大会はワイが勝たせてもらうで」
「好きにしろ」
「酒飲みてぇが、試合前じゃしょうがねぇ。また今度や」
そう言い残すと、サイトウは席を立ちあがった。
どうやら会話の途中にも食事をしており、既に注文した品々を完食したようだ。
去り際に先ほどの試合でミサキが勝利したことを彼から聞いた。
「さっきの試合で勝ったんわ、あの人斬りミサキや」
「やっぱりな」
「あのガキ、ワイを襲っておきながらのうのうとしやがって…!」
サイトウは数年前、ミサキと交戦したことがあった。
南アルガスタで人斬りとして暴れていたミサキと。
その時の戦いが原因で彼は大怪我を負ってしまった。、
そのため、ミサキに対してあまりいい印象は抱いていないのだろう。
「まぁ、次の試合はワイじゃけぇ、暇なら応援してくれや!」
そう言ってサイトウは去っていった。
次試合のために。
「…変わった人ね」
「そうじゃなぁ」
やがて次の試合が始まり、サイトウはそのまま勝ち抜いた。
剣士としては一級の腕を持つ彼だが、東洋武術も得意中の得意。
一般の参加者を軽く下した。
「次の試合はシャムさんっていうオーバーグラスの人ね」
本日最終試合はシャムと一般の参加者だった。
意外なことに特に見どころの無い、普通の試合だった。
堅実な手で勝利を得たシャム。
これまでの三試合が見どころのある物だっただけに、観客は若干物足りなさそうにしていた。
「これで今日の試合が終わったのぅ…」
「明日は休んで、あさっての試合に備えなきゃね」
全ての試合が終わり、締めくくりの挨拶をルビナとルエラが行う。
ねぎらいの言葉や明後日の準々決勝に備えるなどの内容の話が進んでいく。
話も終わり、ルエラが舞台から降りようとしたその時…
『ふははははは!この程度の戦いで『最強』を決めるとは、片腹痛いわ!』
突如、試合会場に何者かの声が響き渡った。
スピーカーを通しているらしきその声と共に、会場全体が影に包まれた。
空に輝く太陽を遮るように試合会場上空に現れたソレ。
その正体は…
「あれは…!?」
「飛行船!?すごい大きい!」
思わず外に飛び出るメノウとレオナ。
空に浮かんでいたのは巨大な飛行船だった。
単なる飛行船では無く、各所に装甲版を張った戦闘仕様のものだ。
恐らく大戦時のものを復元、改良した物だろう。
ゆうに200m以上はある。
「なに、どういうこと!?」
「なんだあれは!あんなもの計画には無かったぞ!?」
同じように現われたのは魔王教団のアリスとアスカ。
彼女たちもこの状況を完全に把握しきれぬようだ。
「お、お前さん達じゃないのか!?」
「違う、こんな派手なことしないよ!」
アリスに詰め寄るメノウ。
嘘は言っていない、二人にとっても完全にイレギュラーな事態なのだ。
他の参加者、サイトウやミサキも困惑を隠せずにいる。
『我々『幽忠武』はこの大会のやり直しを要求する!』
突如現れた謎の飛行船、そしてそれを駆る謎の集団『幽忠武』…!
その目的は『大会のやり直し』であるという。
しかし、当然そんなことはできるはずがない。
『あるいは、大会優勝者の称号を我々に譲渡するか…さぁ、選んでもらおう!』
「どちらの条件も受けることはできません。早く立ち去りなさい!」
舞台の上に立っていたルビナがマイクを取り、彼らにそう宣言する。
この討伐祭は国の威信をかけたもの。
当然、どちらも受けることはできない。
『ならば、我らの『選んだ戦士達』と戦い勝てば、そちらの要求通りそのまま引き下がろう』
「取引ですか?そんなものに応じるわけ…」
『これを見てもか?』
そこには飛行船に吊るされた選手控用の小屋があった。
当然、中にはまだ数名の参加者や関係者が取り残されている。
設営スタッフや整備の技師、事務員など数名。
参加者の身内や応援、ファン。
さらにその中には…
「助けてー!」
「あ、アルアちゃん!」
「アルア!?本当か?」
「ほら、あそこ!」
アリスの指差す方を目を凝らして見るアスカ。
小屋の中にいたのは、確かに魔王教団の少女アルアだった。
二人の方を見ながら悲痛な顔で手を振っている。
たまたま昼寝をしていたらそのまま人質にされてしまったのだ。
そして…
「おお!すっげぇ!大飛行船が当たりましたぜ!?」
予想外の出来事に驚きを隠せず、混乱した口調でしゃべる男。
大会参加者のシャムだった。
試合終了後にそこで休憩していたところをタイミング悪く捕まってしまった。
『この飛行船の上部に入り口がある。そこから入って来い!上空3000mで待つ!』
そう言うと、飛行船はゆっくりと上昇を始めた。
上空3000mで待つ、そう言い残して…
「すぐに空軍を差し向けろ!奴らをすぐに始末し…」
「待ちなさい、ウェスカー!」
軍を差し向けようとしていたウェスカーをルビナが止めた。
あの飛行船は戦時中に造られた物。
仮に軍が交戦するとなれば、この王都上空を戦場にすることとなる。
場合によっては墜落の危険もある。
「しかし姫…!」
「貴方は奴らの情報を集めてください、後は私達で何とか対策を立てます」
「ぐ…わかりました…!」
姫であるルビナにそう言われては彼も退場するしかない。
ざわめく観客を落ち着かせ、一旦帰宅させる。
これ以上、何かあっては危険だからだ。
「ともかく、今は人質の命を最優先すべき…」
先ほどは一旦反故にした優勝の権利の譲渡。
大会のやり直しは規模の関係上、ほぼ不可能だ。
人質がいる以上、優勝の権利を渡すしかないが…
「だったら話は早い…!」
「え…?」
「アルアちゃんもいるし、しょうがないか!」
「人質奪還…じゃな…!」
魔王教団の少女、アスカとアリス。
そして緑の少女メノウ。
会場スタッフ、アルアそしてシャムを含めた人質の『奪還』作戦が歩みを始めた…!




