第百二十一話 風の舞う空!
焼肉さんの本名が開示されたらしいですね
本物なんかな、断言するのやめとくわ、確証が無いわ
王城で行われた舞踏会、そこに現れた招かれざる者ヤクモ。
そして彼と対峙するように現れたのは疾風の少女カツミだった。
舞踏会場の中央でにらみ合う様に対峙する二人。
招待されていた他の客たちはそれを遠巻きに見ていた。
「これは懐かしい。今でも覚えていますよ。南アルガスタでのこと…」
「行方不明だとは聞いていたが、まさかこんなところで会うとはな」
数年前、二人が顔を会わせたのは南アルガスタで暴れる『人斬り』汐乃ミサキを捕まえる際だった。
メノウとカツミに協力し、共にミサキを捕まえるようなそぶりを見せていた。
しかし、戦いの途中で行方不明となっていたのだ。
一時は仲間という立場であったが、残念ながら再会を喜べるような間柄ではない。
「容赦はしない、速効で終わらせる!」
「そう簡単に行きますか!?」
ヤクモとカツミ、二人は共に高速戦闘を得意としている。
その速度は並の人間には決して捕えられぬほど。
二人の動きを見ていたメノウでもその気配を感じ取り、ギリギリ追える程度だ。
「速い…!」
「メノウ、他の客たちを避難させるか?」
ここには他の無関係な参加者も大勢いる。
その者達を戦いに巻き込むわけにはいかない。
しかし…
「止めた方がいいと思いますね」
シャムがショーナの提案を否定した。
もちろん、デタラメに否定したわけでは無い
彼にも考えがあってのことだ。
仮に部屋の外にも敵がいたら、それこそ大パニックになる。
部屋の中だけならばまだ、被害は最低限に防げる。
「もし何かあってもある程度なら…」
「メノウの魔法で防げるか?」
「ああ、ある程度なら魔法で防げる」
「とりあえずは二人の様子見ってわけか…」
その間にも、カツミとヤクモの戦いは激しさを増していく。
二人の戦いの舞台はいつの間にか天井の梁の上へと移動していた。
この会場は床から天上までの高さが十数メートルはある。
梁は人が数人は乗れるくらいの幅。
「なるほど、あまり被害は出したくないというわけですか」
「まぁな」
「それではお望みどおりに…!」
懐から札を三枚取出し、小手調べとばかりにそれを投擲するヤクモ。
いつもの爆裂札では無く紙で作られた普通の札だ。
しかしその威力は金属の刃をも凌駕する。
なんとか全発を避けきるカツミだが、それら三枚の札は背後の石柱に深く突き刺さった。
「マジか…!」
札が当たっていればそれだけで再起不能になっていただろう。
爆裂札同様、普通の札にも注意しなければならない。
彼の一撃はそれ自体が致命傷となるレベルの攻撃なのだ。
「ならばこっちも!」
得意の脚部からの斬撃波を放ち反撃を試みる。
これはカツミの最も得意とする攻撃パターンだ。
しかし…
「うっ!?」
ヤクモ側は何とか今の斬撃波を避けた。
それだけでギリギリだったらしく、その表情はかなり苦いものだ。
もし直撃していたら大怪我をしていたところだ。
仕方も無いだろう。
だが、問題はそこでは無かった。
「しまった…!梁が…!」
梁に斬撃波が直撃し、深い切れ目が刻まれていた。
切断こそされなかったものの、これではいつ崩れるかわからない。
その場から別の梁へと飛び移り、体勢を立て直す二人。
「派手な攻撃はできないな…」
「お互いに、ね…」
「チッ…」
「カードはまだあるんですよ」
札をマシンガンシャッフルで混ぜながらそう言い放つヤクモ。
ざっと見て数十枚以上、隠し持っている分も含めれば百枚以上はあるだろう。
球切れは期待でき無さそうだ。
「そら!」
その中の一枚を抜き取りカツミに投げつける。
小さな衝撃波を数発放ち札を撃ち落とし、着弾を防ぐカツミ。
しかしそれと同時に煙がカツミの身体を包み込んだ。
爆裂札では無く、煙幕札だったようだ。
「煙幕ッ!?」
視界を遮られたカツミの顔が苦悶の表情を浮かべる。
この梁という狭いフィールドでこれは命取りとなる。
神経を研ぎ澄まし、ヤクモの気配を探知。
反撃にうつった。
「そこッ!」
「なッ…!?」
右腕を大きく振り衝撃波を放つカツミ。
煙幕をかき消しヤクモを吹き飛ばした。
彼もこの意外な一撃に驚きを隠せぬようだ。
その衝撃により、梁から落下しそうになるも天井からかかる照明につかまり別の梁へと飛び移る。
「危ない危ない。落ちるところでしたよ」
「そうだな、体は落ちなかったな。けど…」
「あッ…!?」
先ほどまでヤクモの持っていた札の数々。
それがカツミの衝撃波で飛び散り、梁の下へと落下していった。
空をふよふよと舞いながら落ちていく札。
「メノウ、その札あつめておいてくれ!」
「まかせとけ!」
爆裂札など危険な物も混ざっている。
安全のため、札はメノウに任せることにした。
「よっと!」
空を舞う札を跳び上がりながらうまくキャッチしていくメノウ。
爆裂札や煙幕札などの危険な物は魔法で封じつつ回収していった。
しかし、全て回収できた‐わけでは無かった。
天井の照明に引っかかっていた一枚の爆裂札を取り残してしまった。
それに気づかず、地面に落ちた札と舞っていた札を全て回収したメノウ。
「これで最後じゃな…」
「待ってメノウちゃん、あれ!」
レオナの指差したのは残されていた一枚の爆裂札。
メノウがそれに気づいた時には既に遅かった。
それが時間差で爆発を起こし、照明を粉々に粉砕したのだった。
「なに!?」
「しまった!」
その爆発と同時に叫ぶカツミとヤクモ。
爆破により飛び散った照明の破片がその場にいた全員に襲い掛かった。
これを全て回避するのはまず不可能だ。
「部屋全体を包む…ウォーターボール!」
咄嗟に巨大なウォーターボールを生成し、障壁がわりにし防御するメノウ。
なんとか破片から皆を守ることが出来た。
一方、カツミとヤクモは…
「はっ!」
戦いは再開されていた。
天井から釣らされた照明を足場代わりに梁を飛び移って行くカツミ。
先ほどまでの梁の上とは違い、飛び移りながらの戦闘ならばある程度自由に動ける。
飛び道具の札は先ほど無効化した。
「大人しく降参した方がいいんじゃねーか?」
「降参ですか」
梁から梁へと飛び移り、ヤクモの立っている梁へと移動するカツミ。
距離を取りつつ彼と対峙する。
「ああ」
「いえ、やめておきますよ…!」
縮地でカツミの懐へ入り、拳を叩きこむ。
今二人が戦っているのは十数メートルの高所、落下すれば怪我は確実。
受け身をとったとしても相手からの追撃があるかもしれない。
カツミの衝撃波はここでは使用できない。
「うッ…!だけど…」
再び距離を取ろうと下がろうとするヤクモの腕をカツミが掴みとり、その場に組み伏せる。
一瞬の内に不意を突かれた彼の首にカツミが手刀を突きつける。
「暴れるなよ…」
殺す気は無い。
あくまで捕縛をするだけだ。
しかし抵抗するのであれば…
「動くっていうなら…このまま首を掻っ切ってやろうか?」
「ふふふ…」
「何故笑う?」
「隠し札は警戒しておいた方がいいですよ?」
そう言ってヤクモが袖から取り出したのは一枚のカード。
先ほど使った煙幕札の残り最後の一枚だった。
「しまッ…!」
その場で煙幕札を炸裂させるヤクモ。
その彼からの攻撃を警戒し、煙幕の中で感覚を研ぎ澄ませるカツミ。
しかし攻撃が来ることは無かった。
「これ以上いても意味は無いのでね…!」
そう言い残し、ヤクモは会場の換気用の窓を破り外へと逃れていった。
恐らくそのまま屋根を伝って逃亡する気なのだろう。
そとには衛兵もいるが、捕まえられる可能性は低いだろう。
「クッソ…逃がしたか…」




