第百十三話 鏡に映る記憶
対馬鏡欲しい
「と、いうわけでワシとウェーダーは、イオンシティを盗賊の手から護ったというわけじゃ」
フィーリアの願いから、今までの旅の話を始めたメノウ。
数年前の南アルガスタでの戦いから、西アルガスタへの旅を語っていた。
今はちょうど、西アルガスタでの盗賊との戦いの話をしていたところだった。
「そこらへんの話は俺も初耳だぜ」
「そういえばお主には話したことなかったか」
「ああ」
「それにしても、結構話したのぅ…」
話し始めてから既に二時間ほどが過ぎていた。
途中でいれてもらった三杯目の紅茶もすっかり冷めてしまっている。
「とりあえずここまででいいかしら。また後で話を聞きたいわ」
「…そういうばフィーリア、外の濃霧はどれくらいで晴れるのじゃ?」
「そうね…だいたい、二日か三日ほどでいつもは晴れるわ」
それを聞きメノウとショーナの表情が曇る。
できれば早めに王都ガランへと行きたかったのだが、ここで足止めを喰らってしまうとは思いもよらなかった。
そしてその間の宿も問題だ。
さすがに三日もこの屋敷にいるわけにはいかないだろう。
「三日か…」
「長いのぅ…」
「その間は私の屋敷にいるといいわ」
「そんな、悪いですよ…」
「二人もいきなり転がり込んでは迷惑じゃろう。無理をせんでも…」
濃霧で迷ったのは二人の責任だ。
それで他人に迷惑をかけるにはいかない。
そう思う二人だがフィーリアは笑って答えた。
「泊まり代の代わりに旅の話を聞かせてくれたら…ね?」
こんな辺境の地での一人暮らしでは人と話すこと自体が稀。
フィーリアはしばしとはいえ、話し相手ができたことがうれしかったのだろう。
「二階に使っていない客室があるわ。避ければ使ってちょうだい」
「いろいろとすいません…」
「面目ないのぅ…」
「困っていたらお互い様よ」
フィーリアに案内され二階へと上がる二人。
鏡張りの階段を上ると、その先にはまた一段と変わった光景が広がっていた。
「なんじゃこれは…たまげたのぅ…」
「変な鏡がたくさんあるぜ」
映された鏡像が歪む鏡、色が次々と変わっていく鏡、映されたものの身体の一部が妙な形になる鏡。
その他にも、何に使うのか分からない用途不明鏡が廊下の両側にたくさん置かれていた。
「しばらく使ってなかったから、実験で作った鏡を置いてあるのよ」
二階の廊下に並べられた大量の鏡。
壁自体が既に鏡張りとなっているが、そこにさらに小さな鏡が大量に置かれているのだ。
一階が整理整頓されていただけに、その光景はやはりどこか異様な物に見えた。
「ごめんなさい。ちょっと散らかっているけど気にしないで」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
「おーい見ろ、ショーナ!この鏡おもしろいぞ!」
「なにやってんだメノウ」
メノウが見ていたのは、大量に置かれた鏡の中でもひときわ目立つ大きさのものだった。
姿見に使えるくらいの大きさはある。
その鏡の効果は『鏡に映された鏡像が勝手に踊りだす』というものだった。
鏡の中の鏡像『メノウ』が妙な踊りをしているのがおもしろかったのだろう。
「変な鏡だなぁ…」
「ここらへんにあるのは全部失敗作なの。あまり見られるとちょっと恥ずかしいわ」
「へぇ…」
「誰か欲しい人がいるなら、格安で譲るわよ?」
「俺はいいです」
「お、あれはなんじゃ…?」
次にメノウの目に留まったのは、廊下の奥の扉だった。
他の扉と違いここだけ鏡面になっていない。
古びた木製の扉が付けられていた。
フィーリアに聞こうかとも思ったが、彼女は今ショーナと話していた。
「フィーリアさん、この鏡はなんですか?あとそれ」
「これは白黒に写る鏡ね。割と成功したほうの鏡よ。そしてこっちが…」
邪魔をするのも悪いと思い、メノウは声を掛けなかった。
気になっているその木製の扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。
「(…何か嫌な感じがする)」
扉に手をかけると…
いや、扉の前に立った時点メノウはなにか重苦しい空気に囚われていた。
開けたくはない、しかし扉の向こう側が気になる。
メノウはゆっくりとその扉を開けた。
「…これは」
扉の向こうにあったのは家具も何もない部屋。
やはり壁や天井一面に鏡が貼られている。
しかし、そこに写り始めた鏡像はメノウのそれでは無かった。
『これだ!』
「!?」
鏡面に映されたのはメノウでは無い、一人の少女。
しかしメノウにはその少女に見覚えがあった。
それは数年前、西と東のアルガスタを共に旅をした『疾風の少女カツミ』だった。
彼女の得意技である衝撃波を放った瞬間の鏡像が映し出されていた。
その『声』と共に。
いや、映し出されたのは彼女だけではない。
『メノウ!今ならイケるぞ!』
『おう!』
その先にいたのはメノウ…
いや、数年前の『メノウ』だった。
それはかつて東アルガスタの法輝火嶺諸島での戦闘のワンシーン。
鏡面に映しだされていたのは『メノウの記憶』だったのだ。
「この戦い…これは…!」
東アルガスタの支配者だった男、大羽の元へと向かっていたメノウとカツミ。
彼の配下だった『東アルガスタ四聖獣士』の四人も彼女たちの前に敗れ、あとは大羽本人を残すのみとなっていた。
しかし、その二人の前に現れたのが…
『うわぁ!』
映像の中の『カツミ』が放った衝撃波で吹き飛ばされたのは『ツッツ』だった。
西アルガスタの支配者ジョーの部下であるハーザット博士。
彼の手によりメノウたちの敵として、かつての仲間であった『ツッツ』が立ちはだかった。
その洗脳を解くためメノウとカツミは彼女と戦った。
『あの時、お前さんを守れなくて悪かった…ツッツ…』
『え…?』
『すまん…』
そう言うと、鏡の中の『メノウ』は無色理論を『ツッツ』に放った。
それを受けた『ツッツ』はその場に倒れ、気を失った。
助けるためとはいえ、当時のメノウはツッツを傷つけてしまった。
彼女を守れなかったこと、傷つけてしまったこと。
それは今でもメノウの心に残っていた。
「クッ…!」
メノウは勢いよくその部屋の扉を閉めた。
思い出したくない記憶ではある。
しかし、それと同時に忘れてはいけない記憶でもある。
メノウにとってこの記憶はとても重大な意味を持つものなのだ。
「…メノウ、大丈夫か?」
「ショーナ、お主も今のを見ていたか」
「ああ。お前が扉を開けたところからずっと」
「この部屋は『記憶を映す鏡』、嫌なことを思い出させてしまったみたいね…」
フィーリアによるとこの部屋の鏡は、辛い記憶を鏡面上に再現する力があるという。
今回は数年前のツッツとの苦しい戦い、そしてその果ての勝利が映されたのだ。
「ワシは大丈夫じゃよ」
「メノウ、今のは…」
今の映像がメノウの辛い記憶を具現化した物ということは分かっている。
しかし、それでもショーナは知りたかった。
今の映像がどういった事件だったのかを。
「…聞きたいか?」
「…ああ」
「フィーリア、お前さんも聞くか?」
なぜこのタイミングで、メノウはそのようなことを話そうとするのか。
辛い事象であれば無理に話す必要は無い。
心のどこかでメノウはこのことを誰かに打ち明けたかったのかもしれない。
「ええ、ぜひ聞きたいわ」
「…ありがとう」
「そこの部屋が客室よ、そこで話しましょう」
「そうじゃな…」
フィーリアに案内され、二階の客室に入る。
この部屋も鏡張りではあるが、さすがにメノウとショーナの二人ももう慣れたようだ。
部屋に置かれていたベッドに腰掛けるメノウ。
ショーナとフィーリアは床に座った。
「あれは数年前、南アルガスタでの戦いの後じゃった…」
メノウが語り始めたのは、かつての東アルガスタでのツッツとの出会い、そして別れだった。
荒野で死にかけていたメノウをツッツが拾ってくれたこと…
センナータウン、イオンタウン、港町キリカでの出来事…
そして東アルガスタ四聖獣士のザクラにツッツが攫われたこと…
「一緒に旅してたのってカツミって人だけじゃなかったのか」
「そうじゃ」
「さっきの記憶の鏡に映っていた方がカツミさん?」
「ああ」
ツッツを救うために東アルガスタに乗り込み、四聖獣士と戦った。
シェンとの戦いの後に一旦ツッツを取り戻した。
「あのときは本当に助けることが出来た…そう思っていた」
ショーナがメノウから聞いていたのは、メノウとカツミの旅の断片的な物でしかなかった。
改めて聞かされた話の連続に驚きを隠せない。
そして開陽の寺院でのヤマカワとの戦いの後にツッツは洗脳により離反した。
「助けるためとはいえ、その後の戦いでワシはツッツを傷つけてしまった…」
大羽との戦いが終わった後、メノウとカツミ、ツッツは東アルガスタの病院に入院していた。
メノウとカツミは比較的すぐに回復したもののツッツはそうはいかなかった。
肉体的な傷だけでは無く、精神的なダメージが大きかったのだ。
それを治すには長い時間がかかったらしい。
「傷が治ったワシは逃げるように退院し、東アルガスタを離れた…」
メノウは怖かった。
自分が傷つけてしまったツッツと共にいることが。
「その後、ツッツがどうなったかはワシは知らない。ヤマカワに聞けば分かるかもしれんが…」
「…そうか」
「臆病者なんじゃよ、ワシは…」
名前:アスト・P・フィーリア 性別:女 歳:17
恰好:青みがかかった銀色の長い髪。少し地味な青い色合いのルームドレス。
東アルガスタの『鏡の館』に住む少女。
ゾット帝国でも有数の魔術師であり、『鏡』を用いた魔法の研究をしている。
仕事の都合上、人と会うことが少ないため人をもてなすことがうれしくて仕方が無いらしい。




