第百十話 過去との決別 目指せ王都ガラン!
ファントムの襲撃から数日が過ぎた。
ショーナ達は更なる襲撃に備えていたものの、あの予選の日以降、敵の動きはパッタリとなくなった。
詳細は不明だが、メノウに憎悪の念を抱いていたファントム。
再び現れても不思議では無かったのだが…
「何も起きないってのはいいことなんだろうけどなぁ…」
宿泊施設の部屋の窓から外を眺めつつ、ふとショーナが呟いた。
常に緊張の糸を張りつめ、警戒を強めていたが一向に敵が来る気配は無い。
しかしだからと言って気を抜くわけにもいかない。
予選は無事終了したものの、まだ最後の本戦が残っている。
王都ガランで行われる本戦が…
「…メシでも作るか。今日まだ何も食ってないし」
時刻は昼だが、今日はうっかり朝食を抜いてしまった。
さすがに食事抜きのままというわけにもいかないので、宿泊施設の一室にある簡易的な調理場で食事を作ることに。
材料は買いだめしておいた保存食と豆、芋くらいしか無かったがこれで適当に仕上げる。
「確かメノウは豆が好きだったよな」
残っていた瓶詰のひよこ豆と干し肉と芋でスープを、その傍らで豆の素揚げを作る。
メノウとショーナの共通する好みとして、『強めの香りの食べ物』というものがある。
そのため、料理を作って二人で食事をとる際は、必ず香草をふんだんに使うことになっている。
「香草を刻んでいれて…」
簡単な調理であるため、すぐに料理は完成した。
保存食の中から固パンを取り出し、料理や茶と共に机の上に置く。
そして外にいるメノウを呼びに行った。
気を紛らわせるため、灰色の少女グラウや退院したヤマカワと一緒にトレーニングをしているらしい。
「おーい!みんなー!」
「お、ショーナか?」
建物の裏庭でトレーニングをしていたメノウ。
どうやらヤマカワを相手に組手をしていたようだ。
やはり『ファントム』のことはあまり考えたくないのだろうか…
「ショーナ、お主もやるか?特訓」
「俺だけではメノウを相手にするのはキツイ。交代してくれないか…?」
以前、ミサキから受けた傷自体は完治したもののヤマカワはまだ本調子ではないらしい。
グラウは特訓に参加せず見ているだけだった。
「ヤマカワさん、あまり無理しない方がいいですよ」
「むぅ…」
「ショーナ、何か言いに来たのかのぅ?」
「特訓もいいけど食事ができたからさ、呼びに来たんだよ。みんなの分作ったんだ」
「お、食事か!」
「グラウー!お前も食うだろー?」
「灰色のー!どうする?」
遠くの木陰に座りを特訓を眺めていたグラウ。
そんな彼女に対し二人が叫んだ。
「もらいます」
そう言いながらこちらへ歩いてくるグラウ。
その全身に纏った灰色の装束のせいで彼女の表情までは分からなかった。
しかし、どこかうれしそうな感じがするのは気のせいではあるまい。
皆で机の上に並べられた料理を囲む。
「余りモノで作ったからちょっと自信ないけど…」
「そんなことないぞ、やっぱりショーナの作る料理はうまいな」
スープを飲みながらメノウが言った。
以前の南アルガスタ予選や禁断の森での訓練の際に、メノウとショーナは二人で交代で料理を作っていた。
その時よりも若干腕が上がっていた。
「汁に香草が入っているのか」
「口に合いませんでしたかヤマカワさん?」
「いや、俺の地元では強い香草を食べると旨すぎて記憶が遠くなるという言い伝えが…」
「なんじゃそれ」
「単なる言い伝えだ。美味い」
一方、グラウはスープと揚げ豆を交互に見ながらなにやら妙な動きをしていた。
器に手を出したり、引込めたり…
「熱い?持てる?」
「なにをしておる灰色の?」
「あ、無理だわ」
「そいつの器だけ金属製なのか。それだと熱いだろう」
ヤマカワの言葉通り、グラウの食器だけ何故か金属でできていた。
器が足りなかったから数合わせで使用したのだろう。
しかしそのせいで食べづらくなっていたらしい。
少し時間をおいて冷ますことで、彼女もようやく食べれるようになった。
「顔を隠しながらよく器用に食べれるな…」
「もう慣れましたから」
「なんでお前さんは顔を隠すのじゃ?何か理由でも…?」
「いろいろあるんですよ。いつかは見せますよ」
「ほー!」
そういいつつも料理を口に運び続けるメノウ。
数日前のあの錯乱状態からは想像できないほどに。
本当に元気を取り戻したのか、それともただ単に無理しているだけなのか…?
ショーナにはそれが分からなかった。
「あーうまいうまい」
「なぁメノウ」
「なんじゃショーナ?」
「気分を悪くしたら悪い。けど、今きいておきたいんだ」
「…なるほど。何を言いたいか大体は想像がつくわ」
「お見通しだな」
「ファントムのことじゃろう」
「ああ…」
やはり触れてほしくなかったのか、メノウの表情が一気に曇る。
しかしその顔には以前のような錯乱は無い。
ある程度、気持ちの整理はついているということなのだろうか…?
「ほとんど覚えていないことなど、考えてもしょうがないじゃろう?」
「…そうか」
「じゃが、できれば…」
「できれば?」
「少しだけでいい。ファントムと話がしたい…」
ファントムに何があったかはわからない。
しかし、彼とかつて旅をしたという記憶、そしてその旅の果てに『何か』があったということだけは覚えている。
もしかしたら話し合いで和解出来ないか、そういった考えがメノウの脳裏に浮かんでいた。
「あの男は強い。殺す気で戦わないと貴女の命が危ないんですよ」
メノウのその考えに対しグラウが言った。
彼女は以前、蘇ったファントムと僅かにだが剣を交わした。
たったそれだけではあるが、そのファントムの強さは嫌というほど理解している。
「殺す…ファントムを…」
「そう、甘さは足を引っ張るだけ、そんなものは必要ありません」
「ファントムは『ワシに殺された』と言っていた…」
「そんな戯言に耳を傾ける必要などありません!貴女を惑わすための嘘に決まっている」
「灰色の…」
「甘さは捨ててください。過去のことにこだわるよりも、歩むべき未来へと進むことの方が大事なはずです」
「…甘さか」
そう小さく呟くメノウ。
ふと立ち上がり、席を外れる。
そのまま、先ほどヤマカワとトレーニングをしていた庭へと出て行ってしまった。
「グラウ、いくらなんでも言い過ぎだぜ!」
「甘さを捨てろと言っただけだ」
「ファントムはメノウの昔の友人なんだ、そんな相手に対して…」
「戦いという極限状態の中では甘さを見せた方が負ける。負けとはこの場合、死だ」
甘さを見せれば瞬殺される。
戦いとはそういうもの。
それはショーナもわかっているし、理解もしている。
しかし、自身の気持ちはそう簡単には割り切れない。
人の感情はすぐに割り切れるものでは無い。
「…だからって」
「確かに少し言い過ぎたかもしれない。だが…」
グラウがそういったその直後、庭から大きな爆音が聞こえた。
辺りに鈍く低い重低音が響き渡った。
建物の壁が揺れ、軽い地震を受けたような感覚だ。
「あの人はそんなに弱い人では無い」
「え…!」
爆音の正体、それはメノウの放った魔力を使った攻撃技だった。
地面にできた大きな穴、それは彼女の放った攻撃によって発生した物だ。
衝撃により抉れたのではなく、魔力により『消滅』していた。
今までメノウが使った攻撃技の中に、これほどの破壊力を持つ技は存在しない。
その場にあった岩も、地面も『消滅』していたのだ。
「灰色の!」
「はい」
「甘さを捨てろと言ったな。これが答えじゃ!」
「この技は…!」
「この新必殺技をヤツらに叩きつけ、このゾット帝国を救ってやる!」
今までのメノウの特異技は『幻影光龍壊』だった。
しかしこの技は原理自体は非常に単純であり、それと同時に欠陥も多い技だった。
ショーナにも完全に見切られたこの技をこれから先も使っていくのはさすがに無理がある。
事実、禁断の森でシェンと戦った際には通用しなかった。
「この力で戦う、それでよいか!」
「…お願いします!」




