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ゾット帝国外伝 丘の民の伝説編  作者: 剣竜
第5章 東アルガスタ最終予選 史上最大の『前哨戦』…!
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第百九話 朦朧なる『幻影』の記憶



「…はッ!」


 次にメノウが目覚めたのは布団の上だった。

この東アルガスタに滞在する際にヤマカワが手配した宿泊施設の一室。

ショーナと共に止まっていた東洋建築の部屋だ。

畳の上に敷かれた布団の上に彼女は寝かされていた。


「はぁ…はぁ…」


 身体を起こし、今自分が置かれている状況を確認するメノウ。

身に纏っているのは薄い肌着のみ。

ローブとベールはどこにあるのかと軽く部屋を見回す。

それらは布団の横に畳んでおかれていた。

全身汗だく、心臓の動悸は激しい。

間違い無い、原因は…


「夢か…?あれは…」


「いえ、夢ではありません。あなたは確かに昨日ヤツと出会った…」


 障子を開け隣の部屋から現れたのは灰色の少女グラウ。

身に纏った灰色のローブの懐から乾いた手ぬぐいを取り出しメノウに投げ渡した。


「灰色の…!」


 手拭いで汗を拭きつつ彼女の話を聞くメノウ。


「ファントム…、ヤツは魔王教団の手によって蘇りあなたを強襲した」


「…夢ではないのじゃな」


「ええ」


「全て…夢ならよかったのに」


 メノウの記憶。

ショーナと出会うよりももっと昔。

遥か遠い時の記憶。

メノウとファントムは共に旅をした仲間だった。


「ショーナ、そこにいるのじゃろう?」


「…ああ。いるよ」


 グラウが空けた方とは逆の障子に写る影。

そこにショーナはいた。

壁にもたれかけ畳に座り込んでいる。

メノウのいる位置からでは、彼の表情はよく見えなかった。


「お主には聞いてほしいことがある」


「なんだい?」


「ファントム…いや、ワシの友『トーマス・ファングレーニン』の話じゃ」


「…ああ、いいぜ」


 いつもと変わらぬ明るい声で答えるショーナ。

いや、その声はどこかこわばっているようにも聞こえる。


「ありがとう」


「灰色の、お前さんも聞くか?」


「…ええ。聞かせてもらいます」


「で、どんな話なんだ?早く話してくれよメノウ」


「…そうじゃな。まずはヤツとの出会いから話そうか」


 そう言ってメノウはファントムの話を始めた。

事の始まりは数千年前のラウル帝国滅亡の頃まで遡る。

帝国滅亡後、しばらくして彼女は一人の戦士と出会った。

それがファントムと呼ばれる戦士『トーマス・ファングレーニン』だった。


「そういえばメノウってラウル帝国出身だったよな」


「まぁの」


「で、その後はどうなったんだ?」


「まぁいろいろあって旅をすることになった」


 ラウル帝国が滅亡し、行く場所が無くなったメノウ。

遺跡とかしたラウル帝国跡地で生活することも考えたが、ファントムに引きずられるような形で旅をすることになったらしい。

長きにわたる旅の中で二人の絆は固いものとなっていった…


「二人きりの旅というわけでは無い。とうぜん仲間もいたぞぃ」


「へぇ…」


 ファントムが率いる旅の一行にメノウが参加する形となった。

数人の仲間とリーダーであるファントム、といったチーム構成だった。


「ワシが今使っている技の殆どはその時に教えてもらったものじゃ」


 幻影光龍壊、幻影濃異八点、幻影強感制光移といった『幻影』の名を持つ技の数々。

そして極東の古武術の基本形。

それらは当時の仲間たちから教わったものだ。


「いろいろなところを旅した。海や樹海、当時の大都市や交易都市、砂漠…」


「いまと大して変わんねぇな」


「そうかもしれんな」


 旅を続けて数年。

メノウとファントム、そして仲間の最後の戦い。

それが彼らの別れるきっかけとなった。


「最後の戦い…そこでヤツは…」


 昨日のファントムの言葉。

そして記憶の中のファントムの最期がどうしても重なってしまう。

最後の戦い、そこで彼は命を失ったのだ。


「…話したくないのなら無理に話さなくても」


「いや、大丈夫じゃ」


 生前のファントム最後の戦い、それは小国を襲った軍勢との戦いだった。

旅の果てにたどり着いた砂漠の小国。

そちら側にファントムとメノウ達はついた。

しかし互いの兵力差は歴然としていた。

 

「二千人もの軍勢が都市を強襲した。もちろん後続の軍もいた」


「ヒェ…」


「ワシとファントムは小国側についた。戦える者は千人ほどじゃったか」


 敵の数は合計五千人以上。

海の果てからやってきた異国の軍勢。

それに対し、ファントムたち小国側は千人足らず。

ファントムは先鋒の二千人の軍勢を相手にたった一人で戦いを挑んだ。


「二千人を相手にし、ヤツは勝った。たった一人で。じゃが…」


「その戦いでファントムは死んだのか」


「そうじゃ」


 その戦いで彼は命を落した。

自らが倒した敵軍の兵たちの亡骸と共にその身は朽ち果てた。

はずだった…


「メノウ、ひとつきいていいか?」


「なんじゃ」


「奴は…ファントムは『死んだのはお前(メノウ)のせい』って言ってたけど…」

 

 昨日、ファントムの言ったその言葉。

それはある意味では合っている。

しかし、ある意味では間違いでもある。


「…ワシは何もしていない、本当に」


「…わかった」


 そうとだけ言いながら、ショーナが軽くうなずく。

ここまでメノウは非情に淡々と話していった。

昨日の様子から、もう少し感情のこもった話し方をするものだとショーナは思っていた。


「ショーナ…」


「ん?」


「今のワシにはもうほとんど『思い出せない』のじゃ。ファントム以外の友の名も、顔も、奴が死んだときの悲しみも…」


 いままでの話も、メノウの朧な記憶からなんとか引き出したもの。

ファントムの最期の戦いも、その旅の記憶も…

彼の死から既に遥かなが経っている。

そうなれば当然悲しみも、記憶もうすれてくる。

かつて毎日のように見た顔も、声も、今のメノウはおぼろげにしか思い出せない。


「遥か昔、共に過ごした仲間との日々が今となっては殆ど思い出せない…」


 涙をこらえながら、なんとか話を続けようとするメノウ。

しかし言葉が続かない。

かつての大切な日々を忘れてしまった自分に対する怒り、そんな自分に対する恐怖。

それらが入り混じった感情に押し潰れそうになっているのだ。


「あれから数千年、あの旅のことはもう朧にしか覚えていない…」


「メノウ…」


「さっきは何もしていないと言ったが、もしかしたらワシが忘れているだけなのかも…」


 ファントムの言っていたことが事実であり、メノウがそれを忘れている。

メノウがかつての仲間であるファントムを殺した。

それが事実なのかもしれないと自虐を込めて彼女自身が言った。

しかし…


「それはありません、絶対に」


「灰色の…!」


「俺もそう思うぜ」


「ショーナ…!」


「お前はそんなことする奴じゃない。少なくとも、俺の知っている『メノウ』はな」


 そういうグラウとショーナ。

さらにショーナはある疑問をメノウに投げかけた。


「ファントムもあの魔王教団の紋様をつけていた。アレを解除したらどうなるんだ?」


「紋様…!そうじゃ、そういえばヤツはそれをつけていた…」


 昨日のメノウは錯乱状態になっていたため、今の今まで忘れていた。

しかし、蘇ったファントムの身体にはあの紋様がはっきりと刻まれていた。


「あの紋様を消せばもしかしたら…」



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