第百六話 『英雄』 ヒィーク・アークィン
すでに東アルガスタ予選の開始から五時間が経過した。
昼の休憩を一旦はさみ、予選試合が今なお続いていた。
膨大な数の参加者もそのほとんどがドロップアウト。
現在残っているのは東アルガスタでも名の知れた強者ばかりだ。
「いま勝ち残っているのはどのような者がおるのじゃ?ショーナ」
「えっと、そうだな…」
「何人かは紋様で強化された眷属なのじゃろうが…」
眷属化による魔力ドーピングで予選を勝ち進んでいる者が何名かいることが先ほどの戦いで判明している。
このドーピングの厄介な点は通常の検査では絶対に発見できないという点だ。
特徴的な紋様で判別し様にも、隠蔽、或いは別の刺青などに擬態されては探しようがない。
「勝ち残ってるのは『マキ・ペッパー』、『毒蠍のガイ・ジーヌ』、『シン・テイル』…」
「その名簿に書いてあるのかのぅ?」
「名簿って言うか、まぁ写真つきのパンフレットだな」
元々ある程度名声を得ており、なおかつ勝利に貪欲では無い人物。
独自の誇りを持って戦っている者。
単に自分の純粋な実力を知るために大会に参加している者。
そのような者たちであれば眷属化などする必要は無い。
だが、逆にどんな手段を用いてでもそれらを欲している者、それが眷属となっている可能性が高い。
名簿だけでは誰がそうなのかは分からないが。
「『彩湖 Mr.マイーン』、『ナスッチ』…」
「ほうほう」
『サークル・ポプラ』、それに…」
「それに?」
「そうか、この人が残ってたんだ」
「いったいだれなのじゃ?」
「過去三年間、連続優勝を果たしたこの人だよ…」
パンフレットに掲載されたその人物の写真をメノウに見せるショーナ。
そこに写っていたのは眼鏡をかけた細身の優男。
とくべつ美形でも無ければ不細工でもない、普通の人物。
一見では強そうには見えないが…
「英雄『ヒィーク・アークィン』、ゾット帝国の表世界では『最強』と言われている人さ」
「最強の英雄か…」
英雄ヒィーク。
このゾット帝国内で最強の拳士として名を轟かせている男だ。
ただし生死をかけた命懸けの戦いでは無く、格闘技の試合などの競技性のあるものを専門としている。
あくまで競技格闘技というカテゴリーでの『最強』ということだ。
だからと言ってその実力が低いというわけでは無い。
かつてとある格闘技の大会でただの一度も相手から攻撃を受けずに優勝した、という記録も残されている。
「ここ数年の討伐大会では三回連続で優勝してるんだ!すごい人だよ」
目を輝かせながら語るショーナ。
メノウといると忘れがちだが、彼もまだ十六歳の少年なのだ。
英雄と呼ばれる男に対して憧れを持っても不思議では無い。
「その男に会いたいか?」
「ああ、もちろんだよ!」
「じゃあ会いに行くぞ」
「うん…って、ええ!?」
「ただ会うわけでは無い。それほどの男ならば魔王教団に狙われる可能性もある」
「あ、そっか…」
先ほどショーナの上げたヒィーク以外の人物『彩湖 Mr.マイーン』などは一般参加者よりは確かに強い。
しかし、特別秀でた力があるとは言い難い者たちが殆どだ。
魔王教団に狙われるかどうかは怪しいところ。
ほぼ確実に狙われるであろうヒィークにコンタクトをとってみるのは間違いでは無いだろう。
「ショーナ、今のお前さんは南アルガスタ四重臣なのじゃろう?」
「そうだけどさぁ…」
南アルガスタ四重臣や東アルガスタ四聖獣士のような地位にいる者はゾット帝国内である程度自由に活動する権利を持っている。
自身が所属する地区だけでは無く、別の地区でもかなり自由に動けるのだ。
当然、南アルガスタD基地を治める地位のショーナもその権利を使うことが出来る。
「南アルガスタ四重臣のショーナと言う者だが、ヒィーク・アークィンのところへ案内してくれ」
「四重臣!?は、はい!わかりました!」
今のショーナは南アルガスタ四重臣のD基地を担当している。
それを証明する身分証をパスがわりに、ヒィークのいる場所へと向かう。
係員に案内されたのは、試合会場から少し離れた場所にある特設の宿舎だった。
「それでは私はこれで…」
「ありがとう、悪かったな時間をとってしまって」
「い、いえ。それでは…」
そういって係員はその場から去って行った。
それを見ながらショーナが一人呟いた。
「権力振りかざして移動か。嫌な人間になったなぁ」
「ははは。よい、よい。使える物は何でも使え」
「嫌な人間だあ。あはははは!」
そういいつつ、ヒィークのいる個室の扉の前に立つ二人。
前回の大会の優勝者であることから特別待遇として、彼専用の特設の個室が用意されていた。
「トントントン!」
「なに言ってるんだメノウ」
「おもしろいじゃろう?」
「いや、別に…」
「僕に何か用かな?」
メノウとショーナのやり取りを聞いていたのか、部屋の中から彼が現れた。
英雄と呼ばれる男、『ヒィーク・アークィン』だ。
短めの茶色の髪に眼鏡、比較的細身の身体。
彼の試合はしばらく先なので、試合用の服装では無く普段着を着ていた。
「ヒィークさん、貴方に話があります」
「キミ達は一体…悪い人ではなさそうだけど」
「申し遅れました、俺は南アルガスタ四重臣の一人ショーナです」
「付き人のメノウじ…です」
空気を読み言葉遣いにも気を使う二人。
慣れない言葉に少々戸惑うメノウだった。
メノウたちを悪人ではないと一発で見抜く辺りはさすがは大物と言ったところか。
「話しなら部屋の中でしよう。ちょうど一人で退屈だったんだ」
「あ、ありがとうございます」
「そう緊張しなくてもいいよ。さぁ入って」
ヒィークの部屋の仲は他の参加者用のタコ部屋とは違い、家具や簡単な調理場なども置かれた中々豪華な作りだった。
高級そうな木製の家具と絨毯、最新の家電の数々。
ベッドや食材なども置かれているため、ここだけで数日は生活することもできそうだ。
「ささ、座って」
客人用の椅子に案内される二人。
テーブルを挟む様にその対面に座ると、ヒィークがその後ろにある棚に手を伸ばす。
飲み物と菓子などの軽食が置かれているらしい。
「何か飲むかい?お菓子もあるけど…」
「わしみず」
「えっと…俺は…」
「そう緊張しなくてもいいよ」
「じゃあ俺も水を…」
大会運営から用意された瓶入りの水とコップをヒィークが二人に差し出す。
それを飲みつつ、メノウが話を進めていく。
「いきなり訪ねてしまってすみ…すい…」
「ははは、別に敬語じゃなくてもいいよ」
「ハハハ、こういう喋り方はどうも苦手じゃ」
改めてヒィークにこれまでの経緯を話していく。
中途半端に話しても意味は無い。
魔王教団のこと、この大会にその眷属が紛れ込んでいること。
既に参加者に多数の被害が及んでいること。
「う~ん、そんなことが…」
「…信じてくれますか?ヒィークさん」
「うん、信じるよ。さっきも言ったけどキミたちは悪人ではないみたいだしね。嘘を言っているようにも見えない」
「ありがとうヒィーク。話しが早くて助かる」
もしこの話を信じないのであれば王女であるルビナに連絡を取り証明してもらうという方法も考えていた。
しかしこれでその手間も省けた。
「魔王教団の手から貴方を必ず守ります」
「魔王教団…百年ほど前の伝説上の存在だと思ってたけど、まさか実在するとは…」
「あと数年で魔王封印から百年が経ちます。奴らはそのときを狙って行動を起こすようです」
「今はそれまでの準備期間、というわけだね」
「はい。数年後の魔王復活の際に動きやすくするため眷属を集めているらしいです」
腕を組み頷きながらショーナの話に耳を傾けるヒィーク。
と、そのとき…
「ヒィークさん、そろそろ試合開始ですよー!」
部屋の外からヒィークを呼ぶ声がする。
先ほどの係員の声だ。
どうやら彼の試合が近づいているらしい。
それを聞いたヒィークは、壁に立てかけてあった試合用の混を手に取る。
「そろそろ試合のようだ。観客が僕の試合を待っている」
「俺も行きます。貴方に何かあっては…」
「わかった。頼りにしてるよ」
「ええ」
「改めて、よろしくお願いします」
深々と頭を下げるヒィーク。
彼が『英雄』と呼ばれる男と聞いた時、その地位を鼻にかけたような性格ではないかとメノウは考えていた。
しかし実際は違った。
むしろ普通の好青年の様にも見える。
「ショーナ、ワシは先に行くぞ。ヒィークのことは任せた」
「え、メノウはどうするんだ?」
「無色理論の魔法で眷属共を無力化してくる」
以前、操られたスート達や眷属と化したシェン達にも使用した無色理論の魔法。
一応ショーナも使えるが、彼は魔力探知能力に乏しい。
眷族の無力化を行うにはメノウが適任だ。
無色理論の魔法で無力化すれば、眷属となる前の状態に戻せる。
「できればミサキの無力化も狙ってみるが、難しいじゃろうな」
「頼むぜメノウ。俺はヒィークさんを護衛する」
「僕からも頼む。ゾット帝国にとってこの大会はとても重要な物なんだ。それを悪用しようとする人たちは前大会優勝者として…いや、一参加者として、絶対に認めるわけにはいかない」
「ヒィーク、お前さんの想いはわかった。お主もがんばれショーナ」
「ああ」
そういってメノウは一足先に会場へと向かっていった。
それを追う形でショーナとヒィークも会場へと向かっていった。




