第百五話 警護対象はただ一つ!
ヤマカワを下したミサキは会場から去って行った。
この先何回か試合があるだろうが、ヤマカワより強い者はそういない。
ミサキ自身、この後の試合は全て消化試合であることも理解していた。
「にゃはははー!まぁこれで予選は実質突破だねー」
休憩所で手に付いたヤマカワの血を水で洗い流し、手拭いでふき取る。
先ほどの予選会場はまだ騒ぎが収まらないため少し離れた場所で一旦休むことに。
屋台で食事でも買おうか。
そう思い一旦、会場外へと出る。
「魚、さかな、サカナ!」
試合前に見つけた焼き魚の屋台で食事を購入。
串に刺さった焼き魚数本を片手に、もう片手に水の瓶を持ちどこか座れる場所が無いかを探す。
そのとき…
『迷子のお知らせです』
「ん?場内放送…?」
先ほどのヤマカワとの戦いで重傷を負わせた件で放送で何か言われるのか、と思い一瞬身構えてしまったミサキ。
しかしその内容は単なる迷子のお知らせだった。
耳を傾けたことに後悔しつつ、再び脚を動かすミサキ。
『西アルガスタのキリカ市からおこしのアルアちゃん、十一歳…』
「ブへッッ!?」
『運営にてお待ちです。繰り返します。西アルガスタの…』
「なにやってんのアイツ…」
その放送を聞き、食べていた焼き魚を思わず吹き出してしまうミサキ。
アルアは魔王教団正規メンバーの一人。
位で言えばアリスやアスカと同等の存在だ。
運営の方にいると聞き、急いで迎えに行くことに。
「はいはい、泣かない泣かない!もうすぐお迎え来るから」
「うぅぅ…だってぇ…」
「あのー!」
係員の女性になだめられている黒髪ショートヘアに黒ローブの全身真っ黒の少女。
彼女が魔王教団正規メンバーの少女、アルアだ。
少しあきれた表情をしながらも、仕方が無くアルアを引き取りにいったミサキ。
泣いてるアルアに焼き魚を渡し何故迷子になっていたのかを問い詰める。
「何で迷子になってたの?」
「アリスとアスカとはぐれた…」
「えぇ…」
「だって私、体力無いんだもん…それで…」
「あー…そう…」
「それに最近は魔法使いっぱなしで…」
「と、とりあえずあの二人さがそ!ね!」
「…ありがとう」
そう言いながら辺りを歩く二人。
少ししてアスカを見つけることが出来た。
どうやら彼女も先ほどの放送を聞いていたらしく、アルアを迎えに行く途中だったようだ。
「お、アスカちゃん見つけたー!」
「なんだミサキ、キミが迎えに行ってくれたのか」
「まぁね」
そう言ってアルアを引き渡すミサキ。
「もう迷子になったらだめだぞ」
「…わかったアスカ」
そういう二人を見てミサキはあることに気が付いた。
普段ならばアスカといっしょに行動をしているアリスの姿が無いということに。
いないならば、いないで全く困らないが気になったのでアスカに尋ねることに。
「アリスちゃんは?いないの?」
「ああ、アリスか。彼女なら他の眷属に作戦を伝えに行ったよ」
「ええー!?私、そんなの聞いてないよ!」
ミサキも眷属であるが、そんな作戦など一切聞いていない。
そのことに対し不満を漏らすもアルアがそれを補足する。
「…だって貴女、策なんか使わなくても勝てるでしょ?強いし」
「そういえばそうだね。私に作戦なんかいらないか!」
「うん」
「なんか気分いいからこの焼き魚二人に全部あげるよ!適当に会場内回ってくる!」
そう言ってミサキは二人に先ほど買った焼き魚を渡してその場から去って行った。
少し褒めただけで調子に乗ってしまう、単純な性格のようだ。
「ボクの見込み違いだったかなぁ?アレ仲間にするの」
「…戦力としては使えるからよかったと思うよ」
ゾット刑務所からミサキを脱獄させ、仲間に引き入れたのはアスカだ。
いくら強いとはいえ、頭が回らない者では困る。
もっともアルアの方は気にしていないようだが。
「…でも眷族に関しては、アリスが探してきた『アイツ』が一番戦力として有効そうだけど」
「ああ、『アイツ』か。アリスはよくあんなヤツ見つけられたよ。ボクも最初驚いたよ」
「私も協力したんだよ。大変だったけどね…」
「確かこの会場にいるんだろう?」
「うん。どうなるか楽しみだよ…」
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一方その頃、メノウとショーナは別の参加者の試合が行われている試合場を回っていた。
ヤマカワは何とか一命を取り留め病院へと搬送された。
しかし別の魔王教団の眷属がいつ、他の参加者をヤマカワと同じ目に会わせないとも限らない。
「…どこもかしこも眷属共が」
「そんなにたくさんいるのか?」
「いや、そういうわけではない。ただ、想像していたよりはずっと多く紛れ込んでおる」
どうやらすでに様々なところに眷属が紛れているらしい。
会場のいたるところに魔力の気配があった。
あまり公にしたくないという上からの意向があったため、入場規制などを行わなかったがそれが裏目に出てしまった。
多少無理をしてでも入場規制をかけるべきだったのかもしれない。
「眷族ってミサキやヤーツァ、シェン達だけじゃなかったんだな」
「使い走りとして動く者も集めていたんじゃろうな」
恐らくゾット刑務所以外にも、何か所か犯罪者収容施設を襲っていたのだろう。
そこから逃げ出した犯罪者や各地のならず者をあつめて眷属としているのだ。
「あそこのヤツも眷族じゃな」
メノウが指差した参加者には、以前シェンが身体に刻んでいた紋様と似た物があった。
元々あった刺青にかぶせるような形で紋様が刻まれているため、一見するとわからないように偽装されている。
「他にも服の下に紋様を持っている者がいるみたいじゃ」
「マジかよ…」
「あまり大声で話さん方がいい。厄介なことになる」
一旦、試合場からでて会場隅の資材置き場に場所を移すメノウとショーナ。
今後どうするかを話すことに。
「アイツら、東アルガスタの予選突破者を全員、魔王教団の眷属にするつもりだぜ…」
「何か大きな騒ぎを起こすのではなく、こういった形で攻めてくるとはのぅ」
「予想外だったぜ」
一つの地区の予選突破者は四人(北アルガスタのみ二人、余った枠は敗者復活戦の勝者に与えられる)、合計十六人が王都ガランで行われる本戦に出場することとなる。
仮に、東アルガスタの予選突破者全員が眷属となれば本戦出場者の四分の一が魔王教団の息のかかった者ということになる。
「ヤマカワさんを眷族になるよう誘ったように、既に参加している人を眷属にするか…
それかミサキのように既に眷属になった者を出場させて予選突破させるか…」
「そのパターンじゃな」
「どうする?参加者全員とっ捕まえて眷族かどうか調べるか?」
「できるだけ公にするなと言われておるからのぅ…」
「けどそんなこと言ってる場合じゃないぜ」
「仮に全員を調べて眷属共を失格にしたとしても、暴れられたら困るじゃろう?」
「あッ…」
「さっきのミサキの時にも言ったが、中途半端にルールに乗って戦っている分、今の眷属共は厄介じゃ」
「魔力で身体強化してるんだからなんとかルール違反で失格にしてぇけど」
「魔王教団の紋様はワシの無色理論で消せる、いざとなればそれで…」
毎年行われる魔王封印祭、それはこのゾット帝国内に置いてとても重要な祭典だ。
国民の士気高揚のため、そして魔王を封印したという事実を伝えていくため、絶対に中止するわけにはいかない。
魔王教団の妨害は絶対に阻止しなければならない。
「こうなれば少々、手荒な方法でいくしかないのう」
「どういうことだ?」
「少なくとも、今の眷属共は一般人に危害を加えるつもりは無いようじゃ。…参加者を除いてな」
「まぁな」
「この東アルガスタ予選、これからワシらが防ぐのは『参加者への闇討ちのみ』に絞る」
メノウが提示した作戦。
それは眷族は観客などへは危害を加えない、それを想定しての物だった。
確かに今回の予選で、眷属たちが参加者以外の一般人に危害を加えても彼らにとってプラスになることは無い。
そう考えると警備対象を『参加者のみ』に絞るというのは悪いことでは無い。
「観客たちはあくまで会場の警備の人に任せるってことか」
「そうじゃ。もしそれで対応できなくなったらワシらが出ることになるが…」
「人員が少なすぎるんだよ。もう少し俺たち側に戦える人がいれば…!」
「国の内部にも魔王教団の手の者が紛れ込んでいるらしいから、難しい問題じゃなぁ…」
汐之ミサキ(三年後) 性別:女 歳:十七歳
格好:炎と狐をモチーフとした金色の刺繍を入れた赤い着流し
人工の邪剣『暗炎剣』を所持していた少女。
数年前、メノウとカツミのふたりと戦い敗北。
その後はゾット刑務所に投獄されていた。
魔王教団のメンバーであるアスカの手によって脱獄、眷属となった。
刀を武器として使用するが、通常の武器では彼女の力に耐え切れず、すぐに壊れてしまう。
一応格闘術も使えるため、武器無しでも戦えるが…
東方大陸の島国に伝わる『幻狐流剣術』を使用する。
彼女は一体、どこで暗炎剣を手に入れたのだろうか…?