第百三話 二つの拳を持つ男vs東洋の悪戯狐
魔王教団の少女たち、アリスとアスカ。
そしてその場にはいなかったがもう一人の少女、アルア。
その三人が今、この東アルガスタ予選会場にいる。
メノウたちの前に現れ、今回は『何もしない』と言ったが…
「魔王教団の三人は「何もしない」、と言ったが…」
「眷属が「何もしない」とは言ってないんじゃな」
かつて南アルガスタ予選の際にメノウの前に現れた眷属のミサキ。
彼女はこの東アルガスタ予選で何かを起こすと言っていた。
具体的なことは言わなかったが、何か事件が起こるに違いない。
そうでなければ、これまでの南、西、北の予選で何もしなかったというのが不自然だ。
「そういえばヤマカワさん、戻ってくるの遅いな…」
流れゆく人々の列を眺めながら、ふとショーナが呟いた。
参加確認をすると言って受付をしに行ったきり、既に一時間近くが過ぎている。
いくら参加人数が多いと言っても、単に登録されているかの確認をするだけにこれほどの時間がかかるだろうか…?
「…まさかッ!ヤマカワさん!?」
「嫌な予感じゃ…!」
頭に手を当て、ヤマカワの持つ魔力の足跡をたどるメノウ。
拳士である彼は強力な魔力を持たないが、それでもメノウならば辿るくらいのことはできる。
多くの人々が行き交うこの予選会場、そこに残されたヤマカワの持つ魔力の足跡。
雑踏が放つ騒音も今のメノウには耳に入らない。
神経を研ぎ澄ませ、彼の魔力を辿る。
「…ヤマカワッ!」
そう叫ぶとともにメノウが走り出した。
焦りの表情を浮かべながら。
間違いない、ヤマカワの身に何かあったのだ。
「…クソッ!」
ショーナもメノウの後を追う。
人混みをかき分け、建物を乗り越え、ヤマカワの元へと向かう。
彼がいたのは会場から少し離れた建物の裏手だった。
しかし…
「チッ…!」
舌打ちをしつつ、『敵』と対峙するヤマカワ。
いたのは彼だけでは無い、他の参加選手たちも十人ほどいた。
しかしその者達は全てその『敵』に倒されていた。
残っているのはヤマカワのみ、という状況だ。
「ひゃははー!お兄さん強いねー!」
ヤマカワと戦っていたのは魔王教団の眷属である人斬り少女ミサキだった。
以前メノウと戦った時とはまた違う刀を数本、腰に掛けていた。
「クッ…大会前だというのに…」
「暗炎剣くんみたいな刀がまたあればいいんだけどねぇ」
かつて所持していた人工邪剣のことを思い出しながら独り言を言うミサキ。
その代替品として市販の刀を使用しているのだろう。
何本も持っているのは、並みの刀では彼女の攻撃自体に耐えられないため、破損したとき用の保険という所か。
事実、既にミサキが持っている刀はボロボロになっていた。
「ヤマカワ!」
「大丈夫ですか!?」
そういうミサキとヤマカワの前にメノウとショーナが割って入った。
驚嘆の表情を見せつつも、どこか少し嬉しそうな仕草をみせるミサキ。
「やはりお前さんか、ミサキ!」
「そだよー」
ミサキがふざけた仕草と表情で答える。
それだけ見るならばかわいいととることもできる。
しかしこれまで彼女のしてきた言動が、それをより一層不気味な物にみせていた。
「メノウ、倒れてる参加者たちに手当てを頼む」
「わかった。ショーナ、お前さんはどうする」
「こいつと戦う」
その言葉と共に前へと出るショーナ。
ミサキがどれほど強いかは彼も知っている。
以前の西アルガスタでのグラウとの戦いを少し見たが、それだけでも彼女の強さは痛いほどよくわかる。
「キミが戦うの?まぁいいけどー?」
明らかに見下すような態度を見せるミサキ。
しかしそこにヤマカワが割って入った。
「その勝負、一旦待ってもらおうか」
「ヤマカワさん?」
「戦いはまだ終わっていない。ショーナ、キミが出るのは俺が倒れた後だ」
そう言って地面に転がっていた棒術用の棒を拾い上げるヤマカワ。
先ほどミサキに倒された別の参加者が持っていた、予選試合に使用するためのものだ。
「悪いがしばらく貸してもらうぞ…」
先ほどミサキの強襲を受け倒れた参加者に対してヤマカワが言った。
彼が持っていた棒術用の棒は破損して既に使い物にならなくなっていたのだ。
「じゃあ東洋拳法のお兄さんが先!そっちのキミは後ね」
「ヤマカワさん!?」
「勘違いするなショーナ、今ここで戦うわけでは無い」
「そそそそ!私とこのお兄さん、実はこの予選で当たるんだよね」
魔王教団所属ではあるものの、大会認可できないわけでは無い。
そもそもミサキが参加者を襲っていた理由、それはあらかじめ自分の対戦相手となる者を間引くため。
もちろんその間にも魔王教団の眷属となりそうな者を探してはいたのだが…
「なかなか仲間になってくれそうな人いなくてさ、カッとなって全員ボコボコに…」
「誰が魔王の手先になど好き好んでなるものか!」
「…ふーん」
そうとだけ言うと、彼女は黙って去って行った。
「魔王教団、厄介な奴らよ…」
「ヤマカワさん、ほんとうに戦う気ですか?」
「ああ。当然だ。何か問題でもあるか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
「ん?」
「参加者が何人も襲われたんです、大会運営の方に連絡を入れた方が…」
参加者十人が襲われたのだ。
さらに別の眷属もこの大会に紛れ込んでいるという話も先ほど聞いた。
大会運営に連絡し何らかの対策を打つべきだ、そういうショーナ。
しかし…
「止めた方がいいじゃろうな」
「メノウ!?」
負傷した参加者たちを魔法で治癒していたメノウ。
どうやら一通り治癒し終わったらしくすこし一休みをしていたらしい。
そんな彼女がそういった。
「そもそも犯罪者として捕まっていたミサキが平然と大会に参加できる。それが不自然だとは思わんか?」
「この大会はあくまで平和のための祭典。危険人物は参加できぬようになっている」
「…あッ!」
メノウとヤマカワの言葉を受け、ハッと気付くショーナ。
本来参加できぬ者が参加している。
明らかな異常事態であるが、何故そんなことが起きているのか。
考えられる可能性は複数あるが…
「本来参加する予定だった人物に成り代わり参加しているか…」
「参加できぬはずのミサキを選手として出場させることが出来るほどの権力を持つ『何者か』がいるか…じゃな…」
以前、ルビナ姫との対話にて魔王教団は一般人に化け、この人間社会に紛れているとの話を聞いた。
魔王教団だけでは無くその協力者である人間や眷属も様々な場所に紛れているという。
今回の場合、ミサキは最初から本名である『汐之ミサキ』の名でエントリーをしていたる
つまり、ヤマカワの言った『成り代わり』での参加では無いことになる。
「やはりルビナの言った通り、魔王教団に手を貸す『何者か』がいるようじゃな…」
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約一時間後、メノウ達はヤマカワの参加する予選の会場へときていた。
この予選も南アルガスタと同じく四か所に分けて予選を行い、四人の代表を決めるのだ。
会場の規模や参加者、観客の人数、そのどれもが他の地区のそれを上回っている。
しかし大会予選の本質自体は全く同じ。
勝ち残ればよい、そして本戦への出場権を獲得すればよいのだ。
「ハァッ!」
「うわっ!?」
ヤマカワの放った衝撃波が対戦相手を吹き飛ばしダウンさせる。
他の地区と比べ、東アルガスタは比較的レベルの高い戦術を駆使し戦う者が多い。
しかしあくまで『多い』というわけで全員がそうというわけでも無い。
参加者の大半は他の地区と同レベルがそれ以下の者が多い。
「ヤマカワさんは順調に予選を勝ち進んでいるけど…」
彼の試合を見ながらショーナが小声で言った。
実は先ほどのミサキの強襲を受けた参加者たちは、ヤマカワ以外全て予選を棄権してしまったのだった。
「まぁ、問題はミサキじゃな…」
ミサキも同じ会場で順調に予選を勝ち進んでいた。
先ほど持っていた刀はさすがに使っておらず、素手による拳技を駆使し戦っていた。
刀が無くとも意外と戦えるようだ。
「女だからって手加減は…!」
「てやー!」
「うぐッ!見た目の割に力が!?」
一瞬で対戦相手を倒したミサキ。
攻撃を受け流し、その威力を相手にそのまま返すカウンターのような技を使ったのだ。
彼女の故郷である東洋の格闘技の一種だろうか。
「殺したらその時点で失格だからね…」
他の誰にも聞かれぬよう、小さな声で呟くミサキ。
元々、彼女は人斬りとして通っていた人物。
このような試合形式での戦いはあまり好きではないらしい。
しかし今はあくまで魔王教団の眷属としての活動を優先すべて。
そう考えているのだろう。
「次がヤマカワとミサキの戦いじゃな」
「ああ」
「一応、ワシの治癒魔法で傷は一通り治しておいたが…」
先ほどミサキに襲われた際の傷は全てメノウが治癒しておいた。
ヤマカワ、そして棄権したほかの参加者たちもだ。
「ヤマカワは開陽と玉衝、二つの拳を使う…」
「両方とも東洋拳法だな」
「そうじゃショーナ。この勝負、どうなるかワシにも読めん…」
数年前にメノウたちに捕まった時点でミサキの指名手配は無くなっています。
また、ゾッ帝全域で手配されていた訳ではないので観客はミサキを見ても元指名手配犯だとは気づいていません。