第百ニ話 魔王教団の少女たち
岬高校の優等生
メノウ達がこの地に訪れて約十日が経過した。
討伐大会最終予選、それがこの東アルガスタで始まろうとしていた。
この地での予選が終われば王都ガランでの本戦が開始される。
かつてこの地を滅ぼそうとしていた魔王、その封印を祝う魔王封印祭。
そして、それと同時に開催される武術大会、魔王討伐祭。
この予選が無事に終われば…
「おーおー!やはり人もたくさん集まっているぞぃ」
「南アルガスタや西アルガスタよりも遥かに多いな」
メノウとショーナ、二人は会場の入り口でヤマカワを待っていた。
あらかじめ参加受け付けは済ませておいたのだが、その確認に少し時間がかかるらしい。
ショーナは万が一の時の戦闘を考え、動きやすくかつ戦いやすい服装で来ていた。
以前の南アルガスタ予選の時に来ていた物と同じものだ。
メノウはいつものローブとベールだった。
「以前ショーナに買ってもらった服は私服じゃからな」
服や帽子は宿に置いてあるが、ひとつだけ身に着けているものがあった。
以前西アルガスタでショーナからもらったドッグタグだ。
金属チェーンで二枚のタグを纏め、それを首からかけている。
二枚組になっている金属板の内の一枚にメノウ自身の名を刻んであった。
「あ、それ俺が以前あげたやつだな」
「ああ。このドッグタグというのは自分の名を刻むものらしいのう」
「軍や警察とかで使うんだ。最近は単純にアクセサリーとしても使われてるけどな」
「二枚組じゃからもう一枚の方にも何か刻みたいのじゃが…」
名前の掘られていないもう片方のドッグタグを見ながらメノウが言った。
そう会話をしつつ、ヤマカワを待つ二人。
入り口で待っていてわかるが、観客だけでもかなりの人数が集まってきている。
そしてその観客を対象とした露天や大道芸人の類がいたるところに存在していた。
どうやら闘志を燃やしているのは大会参加者だけでは無いようだ。
「他の地区の数倍は人が来ているみたいじゃな」
「何らかの理由で他の地区の大会に出られなかった人も来るみたいだぜ」
「寝坊とかかのう」
「そんなところじゃねーの?」
予選会場は別の競技用の会場を転用した物だが、その規模もかなり大きい。
元軍閥長である大羽が統治していた時代に作られたものらしい。
様々な競技に対応できるように観客席や広さなども計算されて造られている。
外がどんな天候でも、中で活動ができる全天候型のドーム型の会場だ。
収容人数は理論上は数万人とも言われている。
「ところでメノウ、話は変わるけどさ…」
「なんじゃ」
「…メノウ、魔王教団の奴らはいるか?」
「ああ。いるな。僅かに魔力を感じるぞぃ」
「そうか…」
「一応抑えているみたいじゃがな。ワシにはわかる」
既に魔王教団はこの会場に潜り込んでいるらしい。
魔力で姿を変えているのか、それともどこかに潜んでいるのか…?
「メノウちゃーん!ひさしぶりー!」
そう考えていたその時、ふとメノウを呼ぶ声がした。
はきはきとした、明るい少女の声だ。
「メノウ、だれか呼んでるぞ」
「ん?」
「知り合いか?」
「いや、東アルガスタに知り合いはほとんどいないのじゃが…」
「こっちだって~!」
そう言いながら人混みをかき分け現れた一人の少女。
それはメノウにとって忘れることの出来ぬ人物だった。
「…お前さんは魔王教団の!?」
「そそそ!」
「アリス、とかいったか…」
「確か前に北アルガスタで会ったきりだったっけ?」
「そうじゃな。数か月前にな…」
以前、メノウとアリスは北アルガスタで交戦している。
アリスの養子は以前と変わらず、黒いとんがり帽子を被り、帽子の先がくるんと曲がっている。
髪は淡いピンクのストレートヘアに、髪の先端を紅く染めていた。
左の瞳が澄んだ蒼、右の瞳が緑の異色眼。
黒いワンピースを着て、胸に小さな紅いリボンをつけ、右手首にブレスレットを嵌めている。
「そう睨まないでって!アリスこわいよ~」
「ぬッ!」
「敵さんがこんな堂々と出てくるとは予想外だったぜ…」
メノウとアリスの間に割って入るショーナ。
周囲に危害を与えぬよう、会場横の植え込みを背にしながらアリスを睨み据える。
いつでも戦闘を始められるように体勢を整える。
「(相手は一人だ。仮にシェンと同じ強さだとしても俺一人で押さえるくらいはできる…)」
「ふーん、この感じ、シェンの奴をやったのはあんたね?」
「ッ!?」
「まぁいいけどね。そんなに強くもないヤツだしぃ~」
「あいつが強くないって…!?」
「おもしろそうな青龍型ハンター持ってたから遊び相手にいいと思ったんだけど、あんた達が壊しちゃうんだもん」
魔王教団にとって紋様で強化されたシェンと青龍型ハンターなど単なる尖兵、下っ端の使い走りに過ぎない。
今、二人の前にいるこのアリスという少女ですらシェンより遥かに大きな力を持っているのだろう。
「(こいつ、見た目の割に強いのか…!?)」
仮にショーナが捨て身で戦ったとしても勝てる相手では無い。
むしろ下手に刺激してしまっては周囲に無駄な被害を出すだけ。
この場では、ショーナはアリスに対し何もできないと言っていいだろう。
「シェンのことはミサキから聞いたのじゃろう、アリスよ?」
「そそそそ!あったりぃ~」
「…ッ!」
「そう怖い眼で見ないでって。アリスはいま戦う気は無いのです」
戦闘態勢を取るメノウとショーナに対しそう言い放つアリス。
確かに今の彼女からは戦闘を行うという気配を一切感じない。
言っていることも嘘ではないようだ。
と、そこへ…
「やあアリス、何やってるんだ?食事を買ってきたんだがいらないか?」
アリスの知り合いと思われる少女の凛とした声。
少女は灰色のツインテール、服は華やかな着物を着てマントを羽織っている。
手には穴あきグローブを嵌め、何やら小さな紙袋を抱えていた。
膝下からすらっと足が伸び、素足で草履を履いている。
「ん、ああアスカね。ちょっと話してたところなのです」
「ああ、この二人が…」
とぼけたような態度からは想像できぬような鋭い視線。
一瞬ショーナとメノウを見ただけで全てを見透かすかのような眼光。
彼女もアスカと同じく、魔王教団の一員なのだろう。
「アルアちゃんはどうしたのですか?一緒じゃ…」
「さっきはぐれた」
「えぇ…魔力辿って探せないのですか?」
「めんどくさい。それに彼女ならすぐ戻ってくるさ」
メノウたちそっちのけで話し始める二人。
その会話内容からもどうやらこの解除にはもう一人、魔王教団のメンバーが紛れ込んでいるようだ。
「一応自己紹介はしておくよ。ボクはアスカ、もちろん魔王教団のメンバーだ」
そう言ってメノウ達に軽く一礼するアスカ。
今は魔力を押さえているものの、その強大な力は完全に隠しきれるものでは無い。
その漏れ出す魔力を感じ取ったメノウが軽く魔力の性質を分析する。
どうやらアリスとはまた違ったタイプの魔力を持つらしい。
「あとここにはいないけど連れにアルアっていう子がいるんだが…」
「アルアちゃん、迷子になっちゃったみたいなのです」
笑いながらふざけるように言うアリスとアスカ。
しかしメノウたちにとっては笑い事では無い。
少なくともこの会場には『三人』の魔王教団メンバーがいることになる。
以前のシェンのような眷属も入れればさらにいるだろう。
「迷子とは大変じゃな…」
「人が多いから探すのが大変なのです。少し減らしたら楽になるかも…?」
「何かする気かのぅ?」
「まさか!」
「この会場でボクとアリス、そしてアルアは『何もしない』、これだけはハッキリと言っておくよ」
「何もしない…?」
「そそそそ!私達三人は何もしないのです。ただし…」
アリスが邪な笑みを浮かべる。
確かにこの二人、そしてこの場に居ないアルアは何もしないのかもしれない。
しかし…
「私の仲間たちは何か行動を起こすみたいです」
「せいぜい高みの見物をさせてもらうよ、お二人さん」
そう言い残し、アリスとアスカの二人は人ごみの中へと消えて行った。