第百話 恋する不思議の少女(前編)
ヤマカワの手配した宿に根を張ってから数日が過ぎた。
大都市ナンバの郊外にある安宿だが、東洋風の落ち着いた雰囲気の場所だ。
客は少ないが清潔感もある木造建築の平屋。
どことなく南アルガスタの東洋街を思い起こさせる造りだった。
「…ん、もう朝か」
障子から差し込む日光に起こされるように、目を覚ますショーナ。
床に敷いた布団というのが慣れないのか、少し体に違和感を感じるらしい。
草で作った畳に木と紙、硝子で造られた壁。
彼にとってはそのどれもが新鮮に見えた。
「九時か、寝過ぎたな」
宿では食事は出さないため、自分で何か用意しなければならない。
朝の食事はなににするか、そう考えながら身支度を整えていく。
着替えを終えると、部屋の縁側から外へ出て庭にある共用井戸へと向かう。
「いい天気だ…」
宿の庭にある井戸で顔を洗いながら空を見るショーナ。
新聞を見ることも考えたがこの宿では東洋文字の新聞しかおいていないらしい。
全く読めないわけではないが、東洋文字は少々読みづらい。
ゾット公用語版の新聞を別の場所で読めばいいと思いここで読むのはやめた。
「そういえばメノウとヤマカワさんはどこだろう。飯食ったかなあの二人?」
ショーナと一緒に寝ていたメノウ、別の個室を取っていたヤマカワ。
二人の姿が見えなかったのだ。
最初は身支度をしていたか朝食をとっていたかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
となると…
「…裏庭か!?」
東アルガスタに来てからメノウは、宿の裏庭で特訓をよくしていた。
今回もそうだった。
ヤマカワに頼み、特訓に付き合ってもらっていたのだ。
「はッ!」
「ヌッ!?」
メノウの衝撃波を長型二節混で受け流すヤマカワ。
武具を中心とする『玉衝拳』と斬撃を得意とする『開陽拳』、二つの拳を使うのが彼の戦い方だ。
多種多様な技と高威力の斬撃を合わせたハイブリット戦術。
総合能力ならば、開陽拳の妹弟子であるカツミよりもずっと高いと言えるだろう。
「返してやる!」
メノウに反撃の衝撃波を放つヤマカワ。
それをローブで防ぐも、ヤマカワはさらに二節混で攻めるべく距離を詰める。
数メートルの距離差が一瞬で消滅。
しかしその動きをメノウは読んでいた。
「幻影制光移!」
「以前の技か!?いや、違う!」
高速回避でさらにヤマカワと距離を取る。
以前、メノウがヤマカワとの戦いで使用した技とは違い、この技は太陽光を魔力の源とする技。
そして現在は太陽が照りつける晴天の空。
光の力による高速移動が可能となるのだ。
「せい!」
距離を取ると同時に多弾衝撃波を放つメノウ。
虚を突かれたヤマカワはそれを受け吹き飛ばされ、地面に片膝をついてしまう。
このまま戦っていても勝てない。
そう悟った彼は戦闘態勢を解いた。
「ふふふ、相変わらず強いな…」
「お前さんもな」
「あれからさらに修行を積んだつもりだったが、お前はその先をいっているようだ」
そう言って特訓を一旦終える二人。
「あ、おわった」
特訓が終わったことを確認したショーナ。
朝食を何にするか聞きに来たのだが、二人の戦いの前に圧倒されすっかり忘れてしまっていた。
改めて二人に尋ねることに。
「二人とも朝飯どうする?」
「朝飯って…オレはとっくに食べたが」
「ワシは食べてないぞ」
ヤマカワは起床してすぐに済ませてしまったらしい。
一方のメノウはショーナと同じく、まだ何も食べていないようだ。
それを聞いたヤマカワが二人に言った。
「二人で適当に食べてきたらどうだ?」
「え?」
「ついでに少し街で遊んで来い」
「…こんな状況なのに遊べる訳ないでしょう!」
「魔王教団の眷属どもがいつ来るかもしれんと言うのにのぅ…」
ヤマカワの提案に対し否定的な態度を見せるショーナとメノウ。
確かに彼らの意見はもっともだ。
しかし…
「こんな状況だからこそ言っているんだ。特にメノウ、お前は最近特訓のし過ぎだ」
「…それがどうした?」
「精神が荒むと力も荒れるという」
これは東方大陸の思想の一つだ。
精神を重んじる文明が発達した東方大陸では心の安定が最も重要とされている。
全ては精神、つまりは心が大切なのだ。
「ワシの心が荒れているということか?」
「ああ。それにショーナ、キミもだ」
「俺も?」
「そうだ。それに何も難しいことを言っているわけでは無い。すこし力を抜けと言っているだけだ」
魔王教団との全面的な対決を前にして若干気合が空回りしてしまっているメノウとショーナ。
そんな二人に対し、ヤマカワはただ『とりあえず落ち着け』と言っているに過ぎない。
彼の言うとおり、心が荒れれば力も荒れる。
精神を落ち着かせることこそ重要なのだ。
「これから先、しばらくは休息など自由に取れん。今のうちにしたいことがあればするといい」
「…わかりました」
「まぁ、どっちにしろ腹減ったしのぅ」
「それもそうだな」
「よし、行くか!」
ヤマカワに言われ、ナンバの街へとくり出したメノウとショーナ。
確かにここ最近はロクに遊ぶことすらしていなかった。
今日くらい、息抜きをするのもいいだろう。
たまたま目に入ったカフェに入る二人。
既に時刻は十時を過ぎている。
昼時に近いということもあり、店内は賑わっていた。
「とりあえず飯食おうぜ。オレたち二人とも朝飯抜いてるからさ」
「そうじゃな。なににするか…」
昼も近いためどうせならば少し多めに食べてしまおう。
そう考えた二人は多少大目に注文をした。
カフェであるため、料理自体が軽食がメイン。
そのためどうしても量が多くなってしまうというのもある。
「メノウ、少し食べすぎじゃないか?」
「そうか?」
「種類の違うベーグル五個にチキンの炒め物、カツサンドに酒瓶一本とミルク…」
「さすがに一気には食べんわ。ベーグルと酒はまた後じゃ」
「まぁでも、俺も人のことは言えないかな」
「ショーナが注文したのは…チキン…じゃないわ…カツ…え?」
「ピザ味のポテトフライとカレーパスタだよ。二品だ」
「あ、そっかぁ…」
「あとレモンジュース…」
そんな会話を二人がしているうちに店員が料理を持ってきた。
メノウの前に置かれるカツサンドとチキンの炒め物、そしてミルク。
ベーグル五個と酒はまた後ほど来るらしい。
そしてショーナの料理だが…
「なんだこれ?」
ショーナの前に置かれたのはカレーに浸かったパスタ、それに何かの破片のようなものが乗った食べ物だった。
パスタではあるがカレーに浸かっているという都合上、皿では無くどんぶりのような食器に入っている。
意味の分からない料理を前に困惑する二人。
「二品頼んだのじゃろう?何で一品なんじゃ?」
「あの、ちょっとすいません!ちょっと店員さん!とめてもらっていいですか!?」
「はい」
持ってきた店員を呼び止め、この料理が何なのかを尋ねるショーナ。
この謎の料理に対する納得のいく説明を求めた。
「なんとなくイメージはできるけど…この食べ物はなんですか?」
「チーズカレーパスタです」
「ほらやっぱりぃー!?」
「当店のオリジナルメニューです」
「(オリジナルメニュー…何か既視感があるのぅ…)」
「普通のチーズでは無く、ピザ味のポテトを使うことで味に広がりを…」
「すいません、もういいです…食べます…」
オリジナルメニューであるチーズカレーパスタを前に絶句するショーナ。
パスタが伸びてしまっているのと、上のピザ味のポテトの無駄に多い量。
このせいで食欲が減退してしまうのだ。
「…う」
「それでは…」
「(ああ、以前の南アルガスタの旅でマイホムとかいうヤツが似たようなの作ってたのぅ…)」
「メノウ、少し食べるか?」
「い、いや、遠慮しておこう」
数年前の旅でメノウはオリジナルメニューに薬を盛られたことがあった。
アレ以降、似たような食べ物が少し苦手になっているのだ。
もちろん耐性や判断力を着けるよう努力はしたが、それでもまだ苦手意識は残っている。
とはいえ、この料理はそれを抜きにしても『まずそう』なのだが。
「よし、全部喰うぞ!」
「ワシは自分の分だけ…」
無理矢理チーズカレーパスタなるオリジナルメニューを腹に押し込むショーナ。
それを憐れみつつ、チキンの炒め物とカツサンドを食べるメノウ。
メノウの二品は普通の料理で味も良い。
それだけにショーナのチーズカレーパスタがどうしても酷く見えてしまう。
「た、食べたぞ…」
「す…すごいな…」
結局、ショーナはチーズカレーパスタをすべて食べきった。
食後のデザートであるブルーベリージャム入りヨーグルトを食べつつ、今後のことを話すことに。
「なぁメノウ、この後どこ行く?」
「う~ん…いざ遊ぶとなると、どこへ行けばいいかわからんのぅ…」
「そういえば俺たちってこうやって街で遊んだことってなかったよな」
「そう言われてみればそうじゃな。一緒に旅して、武術の特訓をして…」
「ははは!その間に少し遊んだくらいだよな」
改めて考えると、二人の関係は奇妙な物だ。
旅先で出会い意気投合。
ミーナやアズサと言った仲間も加わったが、特に親しくなったのはこの二人だった。
命がけの経験を何度も経験し、互いのことをよく知ったからこその関係だ。
「そうじゃな、これじゃと恋人というより師弟関け…」
「…あッ?」
メノウが口にした言葉。
無意識のうちに出たものだったのだろう。
ほんとうに思っていた言葉がふと、漏れてしまった。
「えッ!?あッ…!?いや…」
「えっと…」
「…」
「…」
「その…あれ…じゃな…」
「…そ、そうだな」
「う、うぅ…」
「と、とにかく、次どこに行くかをさ、き、決めようぜ!」
「そ、そうじゃな…」